「着きましたよー。ここです」
歩いて十分のところに陽の光を浴びた橙矢の家と似た一軒家が建っていた。
「へぇ、思ってたよりも小さいのな」
「む、悪かったですね。小さくて」
「いや別に悪いだなんて一言も言ってないんだが………。俺としてはこっちの方が好きだよ」
「そうなんですか?」
「あぁ。必要最低限のものがあれば充分だ」
「分かりますそれ。他にいらないものがあっても邪魔なだけですしね」
「おいおい、お前は女なんだから少しはそういうのに興味を持った方がいいぞ?」
「……?どういうことですか?」
「さぁ、お前の捉え方次第だな」
「焦らさないでくださいよぅ……」
食い下がる椛を放させると家に足を進める。
「で、もう入っていいのか?」
「えぇ良いですよ。多少汚いですが」
「汚いのか」
「決まり文句ですよ」
「………………なんだ、つまんねぇの」
「もう、冗談はいいですから」
どうぞ、と戸を開ける。椛が入っていくと続くように橙矢も入っていく。
「お邪魔します……。………ん、結構綺麗じゃないか」
内心、ほんとに汚いかと思っていた。
「そうですよね。普段からは意識して整理してますし」
「へぇ、いい心掛けじゃないか」
「当たり前です。清く正しい白狼天狗ですから」
「お前はブン屋か」
「あ…………」
「キャッチコピー思いっきり被ってたぞ」
「ま、間違えただけですよ!」
「はいはい、分かった分かった。それで、何処らで寝ていいんだ?」
「え?あ、そうですね……別に何処でもいいですよ」
了承は得た。確認すると横になる。
「………少し寝る」
「はい。ごゆっくり」
瞼を閉じると同時に寝息をたてた。
コンコン、と戸が叩かれた。
橙矢に掛け布団をかけようとしていた椛は首をかしげた。普段、椛の家に来る者は天狗くらいか同僚しかいない。しかも椛を除いて他の同僚は哨戒の仕事である。
………何か緊急事態でもあったのだろうか。
「…………」
一応千里先まで見通せる能力を使って家の外を見てみる。
するとそこには青い髪をした女性がいた。
「あの人は仙人の………。何の用なんだろ?」
不思議に思いながら戸を開けた。
「…………はい」
「こんにちは、白狼天狗さん。少しお時間よろしいですか?」
「……えぇ」
「ありがとうございます。実は私ある人を探していまして」
「……はぁ」
「東雲橙矢というんですけど知らないですか?」
「……………いえ、知らないですね」
椛はすでに邪仙ということを知っているので何か良からぬ事を考えている事を勘づいた。
「あらそう?…………じゃあ貴方の家の中にいる人は誰かしら?」
「――――――!」
一瞬息が詰まるが堪える。
しかし答えはそれだけで十分だったのだろう青娥は椛を押し退けて入って行こうとする。
「………ッ!」
携帯している剣に手を伸ばすと同時に青娥の目の前に剣を構える。
「……出ていってもらえると嬉しいですね」
「さっきの質問の答えは是、ということですか」
「……………………だとしたら何ですか。貴方には何も関係無いでしょう」
「そっくりそのまま返すわその言葉」
口調を崩して少し下がる。
「…………帰ってもらえますかね」
「それは無理よ。こっちにも事情があるからね」
「………………まず彼をどうするか聞いておきたいですね」
「言うわけないでしょう?」
「では、私独断の判断で排除させていただきます」
「勝手になさい」
剣を構え、先を青娥へと向ける。
「…私はこれから用がありますので……それでは頼みますよ」
急に畏まった口調になり、青娥の姿が消えた。
「ッ何処へ!?」
足下を見ると地に穴が空いていた。しかも下に深く。
「………逃げたのですかね」
すると穴の中から光の奔流が椛に向けて放たれる。
「ッ!」
頭を後ろに倒して避けた。
「まったく………面倒事を押し付けられたわ…………ねぇチワワちゃん?」
続くように人影が穴の中から出てきた。
「お前は…………ッ」
日傘をさし、緑の髪を揺らしている最強の妖怪―――風見幽香がそこにいた。
「………珍しい組み合わせですね。仙人と妖怪だなんて」
「ちょっとした訳ありよ」
「……で、貴方も橙矢さん目当てですか?」
「詳しく言うと私が、ではなくあの邪仙がだけど」
何処が良いんだか、と幽香はため息を吐く。
「まぁでも仕事だからね。お姉さん張り切っちゃうわよ」
「…………婆くさいですよ」
少しつっこむと幽香の額に青筋が浮かんだ。
「失礼な犬ね。躾が必要かしら……」
「結構です。普段から嫌というほどやらされますから」
「興味無いわそんなこと。それより早く渡してくれるかしら」
「断じて断りますよ」
すると傘を閉じて真っ直ぐ椛に向ける。
「………分かってないわね。私はお願いをしている訳じゃないわ。命令してるのよ」
光が傘の先端に集まっていく。
「……ッ!」
剣を振り上げて傘を下から叩き上げる。傘が上を向き、上空に光の奔流が飛んでいく。
「あんなの喰らったら………」
想像しただけで背筋が凍る。だがそれだけで終わると思ったら大間違いである。
「ゴ……ッ!?」
腹に強烈な一撃をもらう。
「ゲホッ!カハッ!?」
膝から崩れ落ち、幽香を見上げる状態になる。
「やはり所詮天狗は天狗ね」
「…………ッ!」
「さ、早く仕事を済ませて帰って寝るとしましょうか」
欠伸をして椛に傘の先端を向ける。
その時椛の家の戸が開かれた。
「………おーい椛……すげぇ寒いんだが………」
眠たそうに瞼を半分開けた橙矢が出てきて、二人を視界に入れた。
「………………何してんだよ」
「と、橙矢さん来ては駄目です!」
「あら東雲。久し振りね」
「風見幽香…………まずこの状況を説明してもらえるか?」
「……私がこの子にちょっと躾をしただけ」
「…………信じるとでも?」
刀に手をかけていつでも抜けるようにする。
「えぇ、寧ろ信じない方がおかしいわ」
「…………ほざくな。俺が聞いているのはそんな事じゃない。……簡単に言うと椛をやったのはお前かって聞きたいんだ」
「もちろん私がやったわ」
瞬間幽香の目の前に刀が迫る。しかし、
「……いきなり酷いじゃない」
首を傾けただけで避けた。
「…………それはこっちの台詞だ」
橙矢がしたように幽香も傘を橙矢に向けて降り下ろしていた。
「………………あいつ確かなるべく傷つけるなって言ってたけど………無理ね」
「…………ッ!」
横から首を狙った薙ぎりを上半身を逸らして避け、足を払う。
「あら」
予想外だったのか地に倒れる。
その間に椛に元へと急ぐ。
「おい、大丈夫か」
「何とか……大丈夫です」
立ち上がった椛に肩を貸すと家の中へと入れる。そして戸を閉めると同時に家全体を強化させる。
直後椛の家が衝撃で揺れる。
「あの野郎家ごと壊す気か……!?」
それだけは何としても避けたい。
意を決して戸を開けると眼前に幽香がいた。
「あら、開けてくれたの」
「ッなわけあるか!」
身体全ての体重を乗せて幽香に突進し、吹き飛ばす。
「相変わらず容赦無いわね……」
「お前相手に手加減出来る奴なんざいるわけないだろ!」
「ごもっともね」
「……………」
「でも良いわ、本気で来なさい。私は貴方ともう一度戦う事を楽しみにしてたの」
「……………あ?」
「この間は死神に邪魔されたけど……今回は邪魔されてもあのチワワちゃんだからね。いないものと同じだわ」
「へぇ?……が、それは少し間違いだな」
「何か間違ったこと言ったかしら」
「あぁ、まずひとつ。あいつは白狼天狗だ。犬だなんて言ったら怒って戦闘力千くらいは上がるぞ?それともうひとつ。………あいつの持ってる剣あるよな?………あの剣、確か妖力を素材として作られている。つまり妖怪にとってはこれ以上のない危険な物だ」
「………それで?」
「………後ろ、気を付けた方がいいぞ」
後ろ?と振り向く。
「な―――――」
そこには例の剣を振り上げた椛が。
「チッ……!」
舌打ちして傘で受け止めようとする。
がそれよりも早く剣が降り下ろされ、幽香の身体を切り裂いた。