「断る」
「ゑ」
呆れた顔で橙矢は青娥を見た。
「幻想郷を壊す?馬鹿言え。ここを壊したって待ってるのは外の世界だけだろ?」
「……えぇ、そうですよ」
「………もう外の世界なんてご免だ」
「珍しいですね。戻りたくないと言う人がいるなんて」
「残念ながら俺は人の予想を覆す事が多くてね」
「でも困りましたね……。てっきり戻りたいものだと思ってましたが……」
「アホか。例外なんだよ俺は。それより早く帰れ」
手をヒラヒラと振って帰そうとする。
「そうは言っても……」
(人間にしてあの戦闘能力、それに加えて推測で……強化……の類いの能力持ち。こちらとしてはどうしても協力してほしいわ…………)
「そろそろいい加減に帰ってくれるか?」
「……分かりました。今日は突然の訪問すみません……。ではごきげんよう」
踵を返して飛んでいく。消えてまで見続けていた橙矢は一言。
「白か…………」
家に入ると机に大量の紙が置いてあった。
「………………なんだ?」
制服の上着を脱いで座ると一番上の紙を手に取り、読むとため息を吐いた。
「………退治依頼か……」
(まったく……辞めるって公言したはずなのに……)
物分かりの悪い奴等だ。
しかしその中に違う手紙が入っていることに気付いた。
「…………新しい退治屋をもう起てたのか……」
それは慧音からの手紙だった。内容を見る辺り里長には内密にして持ってきた…のだろう。
どうやら里の中で一番の刀を扱える者がなったらしい。だが刀を扱えるといっても殺す事に関してはまったくの初心者、だからまだ依頼は頼めないというのだ。
「………情けねぇ」
適当に依頼でも受けてやるか、とひとつの手紙を取り、目を通す。
「………それでいいか」
思い立ったらすぐ行動。
紙を放ると開いたままの戸から外へ出ていった。
『―――里より退治依頼
紅魔館近隣の森にて妖怪または妖獣による里人殺害が多発。これの討伐を依頼。なお、推測により数はおよそ五十。なお生け捕りとされている人もいるのでその救出も』
――――ジャリ、と砂を踏む音が耳に響いた。
「………この辺りのはずなんだが……」
紅魔館から少し離れた場所、やや大きい口を開けている洞穴の前に来る。
……少し妖術で細工されており、普通だったら気付かないだろう。
「………おいおい、いかにもいらっしゃいなんて雰囲気出してんじゃねぇか」
軽くノックしようと思い、拳を強化して、壁を殴り付けた。
轟音が洞穴内に響き渡る。
「な、なんだァ!?」
洞穴の中から悲鳴が上がった。
「……………行くか」
鞘から刀を抜くと一気に駆け出す。
すぐに下っ端だろうか妖獣がこちらに駆けてくるのが目に映る。
「な、お前は――――ぎっ!?」
妖獣が気付いた時にはすでに懐に潜っており、首を撥ね飛ばす。
流れるように右足を軸にして残った身体を蹴り飛ばした。
奥に飛んでいって一拍するとざわめき始めた。
「うおっ!なんだこれ!」
「敵だ!くっそ!誰だ!」
「………元退治屋だ」
逆手に持ちかえると妖怪や妖獣に群れに突っ込んでいく。
「元退治屋…!?何の用だ…!」
「暇だからな…少し退治屋の手伝いだ」
次々と混乱している妖怪を切り裂き、あるいは殴り飛ばす。
「そんな理由で殺されてたま―――るぶァ!?」
あまりにも五月蝿いので腹を蹴り飛ばす。
「うるせぇよ……お前らは喋る価値もない下等妖怪……。殺されるのが仕事だろ?」
「調子に乗りやがって……!」
振り上げられた鋭利な爪を刀で弾くと心臓部分に突き刺し、そのまま横に振り抜く。血が顔に付くがいつもの事だ。もう何とも思わない。
「………………そういえば生け捕りがいるって聞いたんだが……そいつらは何処なんだ?」
まだ相当な数がいる妖怪共に生け捕りの安否確認をする。
「生け捕り?……あぁいたなそんな奴等」
………答えは予想通りのものだった。
「いた?………そうか、もう喰ったのか」
「は……ハハハ!そうだ!喰ったんだ……!」
気が狂ったかのように笑いだす。
「………何がおかしい?」
「元退治屋ァ……大方あんた、里に頼み込まれて来たんだろうが……もう遅いんだよ!俺等は殺した!人間を!助けられ―――」
斬、という音がし、妖怪の腕を根本から斬り裂いた。
「ッァ!テメェ!」
「……生け捕りが死んだ?……そんなもの勝手に殺しとけばいい。俺はただ単にお前らを殺しに来ただけだからな」
「な………」
「残念だったなァ……くそ妖怪さ。俺は元、退治屋だ。今の退治屋とは違う。殺したい時に殺して殺りたい時に殺る。………運が悪かったな。ま、同情はしてやらねぇから安心しろ」
愕然とする妖怪の腹を蹴りあげ、地に叩き付けると頭を踏みつける。
「さて……どうして殺してくれようか……。どんな死に方がいい?斬殺、殴殺、撲殺、銃殺、抹殺、暗殺。あ、暗殺は違うか………まぁいいや。何でもいい、選ばせてやるよ」
「……………!!」
「………さーん……にーい……」
「や、止めろ………!!」
「いーち………零だ」
瞬間飛び上がり、やや低い天井を強化した足で蹴りあげる。
「何を………」
橙矢の突然の行動に呆けるがその意図に気付くと顔を蒼白に染めていく。
「まさか………」
目を見開く妖怪の目に映るは巨大な岩石。
「――――――――――」
ブチッと肉が千切れる音がして妖怪を潰した。
「………これで最後……な訳無いか」
奥から来る足音を耳に入れると殺気を放った。
「貴様!よくも我が同胞を――――」
「うるせぇ」
死ね、と呟くと目の前にいる妖怪を縦に真っ直ぐ裂いた。
「粗方片付いたかな………」
全身を血塗れにしながらも少しも顔色を変えることも無い。……まるで人間でないようだ。
「………さて、人間の死体でも探して里に届けようかな」
先程拾ったカンテラを手に更に奥へと進んでいく。
進むにつれて血の臭いと肉が腐った臭いが混ざりあって……何とも言えない臭いがする。
「くっさ………」
「だ……誰ですか………」
横にあるちょっとした穴から弱々しい声がした。
「誰かいるのか?」
「ヒィ………!」
すぐに悲鳴を上げて引っ込んだ。
「あ、おい待てって!」
追いかけて追い付くと肩を掴む。
「は、離してください!」
どうやら声からして女らしい。それもかなり幼い。………見た目からして十いってるかいってないかの歳。
「落ち着けよ!ただの人間だ!」
「嘘です!そう言って騙そうとしてるんでしょう!」
「何言ってんだ!よく見ろ!」
「触らないで!」
「…………いい加減にしろッ!!」
カンテラを捨て、両肩を掴んだ。
「ッ!」
「安心しろ………多少血が付いているが……」
「え………東雲………せん……せい?」
「…………お前………あの時の」
何時だったか、橙矢が一日寺子屋の教師をしていたときの話か。その時の生徒の中の一人だった。あの時と違うのは返り血が少し付いているだけ。外傷は無いようだ。
「先生……!」
怯えるように橙矢にしがみついた。
「………大丈夫か?」
「みんな……みんな殺されちゃって……」
「大丈夫だ………もう大丈夫だからな」
あやすように頭を撫でる。
「…………………」
一通り少女が泣き止むと橙矢はそこら中に広がる死体の山を集めていた。
「………あの東雲先生何をして」
「……こいつらも里に帰すんだよ」
「………………………」
「……お前にはまだこの光景を見るのは早すぎる。少し離れてろ」
「……………はい」
――――やがて見付けれた分の死体を集めると近くに映えていた木を何本か折り、丸太をくっ付けて容易な板を作り、それを強化した腕で引っ張る。
「……相変わらず慣れねぇや」
死体というものに外の世界ではまったく関係が無かった橙矢にとって同種の死体というのはあまりにも衝撃が強すぎた。
(それに………)
チラ、と橙矢の服の端を摘まんで隣を歩く少女を一瞥する。
この歳であの死体を見てしまったのだ………もう元のような生活は出来ないだろう。
「…………………」
掛けてやる言葉も無い。それでも絞り出した言葉が……。
「………そろそろ里だな」
「……………………うん」
十六夜の月が橙矢と少女の見て嘲笑っている。
………そんな気がした。