東方空雲華【完結】   作:船長は活動停止

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第三十四話 邪仙の勧誘

 

 

カクンと頭が揺れて村紗は目を覚ました。

「ん……あー………あれ?」

「………ったくやっと起きたか。人の膝で気持ち良さそうに寝やがって」

「え、私寝てたの?……どの辺りから?」

「知らねぇよ。俺が気付いた時には寝てたんだから」

「うわー、やっちゃった!橙矢、もう一回話してくれない?」

「馬鹿かお前は。するわけないだろ」

「そこをなんとか……!」

「うるせぇうるせぇ、寝てた方が悪いんだからな」

えーひどーいなどと文句を言う村紗の額を指で弾く。

「同じ話をしてられるほど俺は暇じゃないんだよ」

「へぇ……例えば?」

「は?例えばって何がだよ」

「暇じゃないならさ、普段何してるの?あ、間違っても退治なんて言わないでね」

「………お前に話す義理なんてねぇよ」

「もしかしなくてもやることないんでしょ」

「だったら話せってか?悪いが何を言われても話さねぇぞ」

「…………ま、別にいいけどさ」

拗ねたように口を尖らせる。

「そんな拗ねんなよ。今度来たときにまた話してやるから」

「ほんと!?約束だよ!」

思い付きで言ってみたが思った以上に食い付きがよかった。

……これはほんとに話さなきゃいけないものだよな。

なんて今さら後悔するが仕方無い、と無理矢理自分を納得させた。

「………そういえば村紗」

今思い付いたように橙矢が村紗に声をかける。

「ん?どしたの」

「昨日の僵尸の事なんだが……」

「あー、それが何か?」

「あの僵尸額に札が貼ってあったよな。……誰がやったやつなんだ?」

僵尸は額に札を貼ることによってその札を貼った者の従者となる。つまり昨日見た僵尸は誰かの従者、ということになる。

「………へぇ、よく知ってるねそんなこと」

村紗の眼が細まって瞳の中心に橙矢を捉えた。そして立ち上がると縁側へと出る。

「……橙矢の言う通り芳香、あぁあの僵尸の名前ね。宮古芳香。元々人間だった古代日本人だった。それでね、その芳香の主人は…………霍青娥。修業の積んで寿命を伸ばす人間、仙人。……あぁいや、あいつは少し違うな、彼女は普通の仙人とは違い邪な考えを持っているせいか邪仙、なんて呼ばれてる」

「邪仙……?」

「うん、それと橙矢は気を付けた方がいいよ」

「あ?何でだよ」

すると村紗は振り向いた。

「人間が大好きだからだよ。もちろん悪い意味でね。気に入るとすぐに僵尸にして手元に置こうとする」

「……………………」

「橙矢は外来人ってだけで只でさえ有名なのにそれに加えて退治屋をやってて更に知名度が上がってるからね。きっと青娥の耳にもすでに入ってると思うよ」

「マジかよ………」

「まぁでも青娥自身の力はそんな強くないから橙矢だったら互角……くらいかな。面倒なのは僵尸の方、なんせ喰われた人はそのまま一時的とはいえ僵尸になるんだからねぇ。下手すりゃ僵尸製造業だよ」

「……想像しただけで不気味だな」

「安心しなよ。橙矢に何かあったら私が助けるからさ」

「………お、おぅ……」

屈託のない笑顔を見せられてたじろぐ。

(………邪仙ねぇ………)

 

 

 

 

 

 

 

 

「外の世界に興味はありませんこと?」

向日葵畑の中心にある家の中で風見幽香は向かい側に座る客人の言葉にピクリと指先を動かした。

「………外の世界?」

「えぇ、貴方は何でも幻想郷最強の妖怪(自称・笑)と―――――」

瞬間客人の頬に傘が掠る。

「…………幻想郷最強?そんなの興味無いわ……それと(自称・笑)は無いんじゃないかしら?邪仙」

邪仙、そう呼ばれた霍青娥は失礼、と言って両手を上げた。

「……それでも貴方は妖怪の中でもかなり上位の強さを持つと聞きます」

ふん、と鼻を鳴らして傘を下ろす。

「………それで、その話とさっきの話、何か関係があって?」

「あります。貴方にとってはこの幻想郷は小さすぎる。そこで手を組んで外の世界へと行きませんか?」

「…………………………」

「外の世界に行けばこの幻想郷なんかよりももっと強い者と出会えるかもしれませんよ」

「へぇ、この森羅万象を具現化した者が集まるような幻想郷よりも?」

幽香の言葉に深く頷く。

「もちろん。………ですが生憎と外の世界の住民のほとんどはこの幻想郷にいる里の人間と大差ありません。ですがごく一部の生物は幻想郷でいう能力に限りなく近い力を有していると聞きます。……あくまで噂程度のものですが」

「なるほどね。私にとっては非常に興味が沸く内容だわ。けど……貴方の目的は?」

「私、ですか?」

「そうよ。さっきから思ってたけど聞いたところ私にばかりメリットがあって貴方には何もメリットが無いように聞こえる……けど本当は何かしら目的があるのでしょう?……そしてその目的は貴方一人だけじゃやり遂げられないからこうして私のところに協力を求めてきた………こんなことろかしら?」

「…………ッ!」

青娥は盛大に心の中で舌打ちした。

(いつかバレるとは思ってたけどまさか協力する前からなんて……。仕方無い……)

「……えぇ、そうです。私には目的があります。ですがそれはいずれ分かります」

「……焦らされるのは好きじゃないわ。焦らすのは好きだけれど」

「それはどうかと思いますが………」

「ま、良いわ。その内話してもらうから」

「それでは……」

「えぇ、その話に乗ろうじゃない」

「………意外ですね。貴方がこうも簡単に乗ってくれるなんて」

「あら、それじゃあ期待に応えようかしら」

「やめてください」

ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべる幽香に土下座する邪仙。

「もちろん冗談よ。して分かってると思うけど外の世界に行くには巫女に頼み込まなきゃ行けないのよ。まぁ間違いなく弾かれると思うけど……その辺りはどうするのよ」

「ひとつ策があります。私には従者の僵尸がいます」

「あー、大体想像がつくわ。それで?」

「?他に説明するところなんてありましたか?」

「大有りよ。巫女を僵尸化させるまでは分かるわ。でもそしたら他の実力派の妖怪やらが必ず来るわ」

「大丈夫です。貴方の他にも協力してくれる方は……そうですね。三、四人くらいいます。まだ話に行ってはいませんが」

「ふーん、それでその協力者やらが阻止してる間に巫女を使って結界を開けて外に出るってことね」

「いえ少し違います。まぁ巫女を僵尸化させるまでは合ってますが………残念ながら結界を開けるなんて小規模ではありません」

「……………まさか貴方」

この邪仙の本当の目的を今確信した。

「………えぇ、開けるのではなく壊す、んですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方になりかけた頃橙矢は命蓮寺の前で面々と向かい合っていた。

「………世話になったな」

「もう一泊していけばいいのに」

「村紗、東雲さんも困っているでしょう」

「ご主人だって淋しいくせに」

未だに文句を言う村紗を星が宥めるがナズーリンに茶化される。

「ナズーリンは黙ってなさい」

「はいはい」

「…………ま、別にこれでもう会えないわけじゃあるまいし……暇な時にまた来るよ」

「その時は命蓮寺の面々総出で歓迎するよ」

「そんな大袈裟な」

「社交辞令に決まってるだろう」

知っていたが………。

「……じゃあ俺はそろそろ行くよ」

「そうか、くれぐれも気を付けたまえよ」

「そうだな。鼠に噛まれないようにするよ」

「こんなときに皮肉を言わないでくれ」

「悪い悪い」

「東雲さん、またいらしてくださいね」

「あぁそうさせてもらうよ寅丸さん」

「絶対来てよね!」

「分かった分かった、また来るから」

どうどうと村紗に落ち着かせると頭を撫でる。

「それじゃ、またどっかで」

片手を上げて振り返ると歩き出す。

「さてと…………何しようか」

身体を伸ばすとこれからどうするか考えた。

 

 

 

 

 

 

 

家に着いた時にはすでに日が暮れ、夜が更けていた。

「……………で、さっきから何だ」

ずっと前から視線を感じていた。見定めるような、もっとも橙矢が嫌う視線だった。

「……………………………」

「……もう姿を隠す必要無いんじゃないか?」

「そろそろ出てきたらどうだ。でないとこの一帯さら地にしてでも見付け出すぞ」

「それをして困るのは貴方だけでしょう?」

下から声がするが下は地。

「………へぇ、何のトリックだ?」

「こういうこと」

目の前の地に穴が開いてそこから一人の女性が出てくる。

「……………」

「どうも、始めまして。元退治屋……いえ、東雲橙矢さん」

「……………宗教勧誘ならお断りだ」

「え、ちょっと。急に何ですか」

「あれ、違うのか?てっきりどっか変な宗教の信者かと」

「……私の何処を見てそんなこと………」

「だって変な格好してるしおまけに青髪っつー明らかにおかしい色してるし、壁抜けの術だなんて……」

「……………!」

急に女性が驚いた表情をした。

「あれ、どうかしたか?」

「いえ……何でもないです」

「それともなんだ。バレたかと思ったか?邪仙、霍青娥」

「――――!」

青娥は一気に距離を取る。

「………私を知ってるなら何故早くから言わなかったのです?」

「驚かしたかったから」

「……ほんとにそれだけですか?」

「嘘をつく必要なんてあるか?」

「…………いえ、すみませんでした」

「………して俺に何か用なのか?」

「………えぇ」

「で、何の用なんだ?」

「……そうですね、東雲橙矢さん、

――貴方幻想郷を壊しませんこと?」

「断る」


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