東方空雲華【完結】   作:船長は活動停止

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第二十五話 暴食な闇

 

「橙矢ッ!!」

「…………ッ」

薄れ行く意識の中で覚えがある声が響く。

「………また邪魔が入ったわね」

ルーミアが面倒くさそうに第三者を見る。

「ルーミアァ!あんた……橙矢にッ!」

焔が巻き起こり、闇をハネ飛ばす。

「……………」

妹紅は闇が弱まったと同時に橙矢に纏わりつく闇を払い、手を掴むと後ろへ跳ぶ。

「橙矢!大丈夫か!?」

「………あぁ……なんとかな」

「すまない……私が遅かったばかりに……」

「気にすんな………ッ!」

妹紅のすぐ後ろに迫っていた闇を妹紅と闇との間に自らの身体を割り込ませた。

再び激痛が橙矢を襲う。

「~~~~~ッゥ!」

「橙矢!」

「――――邪魔だ!」

妹紅を突き飛ばすと前方から無数の闇の触手が飛んでくる。

腕を強化させて全て斬り裂いていく。だが所詮無駄な抵抗。

両サイドから来た触手を防ぐ術はなく何とか右から来るものは裂く。

直後左から強い衝撃が走る。

「ゴッ………!」

何十メートルも吹っ飛んだ。

頭から木に突っ込み、一瞬何も考えられなくなる。

「ッアァ!」

頭を抱えて痛みを何とか紛らわそうとする。

下手したら頭蓋骨に皹が入ってるかもしれない。

その時妹紅が橙矢に追い付く。

「橙矢!おい、大丈夫か!?」

「…ッあぁ……なんとか…ッ!」

身体全体から今まで蓄積してきた痛みがあふれでてくる。

「――――ァ……ゴハッ!!」

口から大量の血が吹き出る。手で口元を押さえるが指の間からボタボタと垂れてくる。

「悪い妹紅……もう動けそうにねぇや……ちょっと里に助け呼んできてくれ」

笑みを作って妹紅を押す。

幸いまだルーミアには見付かっていない。

「冗談じゃないよ!あんたを置いて行けるか…ッ!」

なんとか腕を動かして胸ぐらを掴む。

「いいか……俺は兎も角お前も勝てるかどうか分からねぇ奴なんだぞ……!だったらまだ動けるお前が行って助けを呼んでくる方が確実だろうが!」

「……ッ!」

「早く行きやがれこの蓬莱人形がッ!」

掴んだままの腕を強化し、投げ飛ばす。

「とっとと行けや!」

妹紅が着地し、橙矢の方を見ると頭の中が恐怖一色に染まった。

橙矢が怒りを露にして妹紅を睨んでいた。

まるで行かなければお前から殺すぞ、とでも言っているかのように。

「……………ッ」

唇を痛いくらい噛んで、しかし妹紅は走り出した。

「いいか、私が戻るまでくたばるんじゃないよ!」

そう捨て台詞を残して。

 

 

 

 

 

 

 

「………ようやく行きやがったか」

後ろに体重を乗せてそのまま倒れる。

元々助けを呼ぶ必要なんてない。

どうせすぐに見つかるのだから。

足元の方から土を踏む音が聞こえた。

「…………お出ましか……」

木にもたれ掛かりながらゆっくりと立ち上がる。

「…………よぉ、随分と早いじゃねぇか」

前にいる常闇の妖怪に話しかける。

「………………」

「黙ってないでなんか話したらどうだ……」

挑発的に言うと触手が飛んでくる。

「ッ!」

紙一重で避けると刀で裂く。

「さて……もう少しお付き合い願おうかなッ!」

吐血している事もとうに忘れ、ルーミアに向かって駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

紫がスキマを開き、霊夢がその中へ入ると森の中にいた。

「ここって………里の近くの」

「えぇ、近い、とは言いづらいけど比較的里には近い方よ」

「何でこんなところで……」

「知らないわよ。……それよりも早く人喰い妖怪さんを見つけるわよ」

「あら、貴方の事だからもう見つけていたのとばかり思っていたわ」

「失礼ね、闇が邪魔をしてよく分からなかったのよ。……………それにいくら私でもあんな闇直に触れたら痛いどころじゃすまないわ」

辺りはすでに闇に覆われており、所々闇に触れて溶けていた。

「…………ほんとに大丈夫なのかしら。何か無性に不安になってきたわ」

「………言えてるわね」

軽口を叩いているが二人はいたって真剣だった。

「ま、昔みたく結界を壊されなきゃいいんだけど」

「……………そうね」

「それより………ルーミアの他に嫌な予感がするのは気のせいかしら?」

「さぁ知らないわ」

チラ、と紫の表情を窺う。

その表情は嘘をついているようには見えなかった。

「珍しいわね。貴方が知らない、なんて言葉使うなんて」

「聞き捨てならないわね霊夢。私が何もかも知ってるわけないじゃない」

「―――誰だ」

弱々しい声が二人の会話に割り込んだ。

「誰!?」

札と祓い棒を構えた。

「……………」

「……………」

しかしいくら待っても声の主は現れなかった。

霊夢は紫に目で合図するとゆっくりと声がした方に足を進めた。

「………」

息を殺して相手に接近していることを気付かれないようにしていく。

すると相手の荒い息遣いが聞こえる。

(……興奮しているの妖怪?…それとも何処ぞの里の人間が怪我してるのかしら?)

そして相手と霊夢の距離が十メートルを切ったところで一気に接近した。この距離ならたとえ気付かれたとしても懐に潜り込める。

「…………ッ!」

相手も気付いたのか息を飲む音が聞こえた。

興奮した妖怪か、怪我をした人間か。

答えはどちらでもなかった。

霊夢の目に入ったものは――――

「――――橙矢ッ!?」

身体中のありとあらゆるところから血を大量に流し、死に体に近い橙矢が木に凭れながら座り込んで刀を構えていた。

「…………よぉ、お前だったか霊夢………」

安堵したように手から刀を離す。

「!その傷どうしたのよ……!」

「……あぁその事なんだが……」

「――あらこんな所にいたの」

橙矢の背後から聞き覚えのある声がする。

「ッ!もう追い付いてきやがったか!」

直後橙矢は舌打ちして真後ろの木を斬り倒した。

次いで二本、三本と。それで簡易なバリケードが作られる。

「橙矢!何して――」

「お前らも逃げろ!殺されるぞ!…特に霊夢!お前は何故か狙われてるぞ!」

「それどういう意味よ!」

「知るかよ!俺が聞きた――――」

瞬間木で出来たバリケードが吹き飛ばされる。

「ッ!」

近くにいた橙矢も吹き飛ばされる。

「橙矢!」

「余所見するな!」

激を飛ばして注意を促す。

さすが、といったところかすぐに前方に注意を向ける。

橙矢は背中から地に落ちた。

「……ッ!」

苦悶の声をあげるのを何とか堪えると顔を上げた。

そこにはルーミアの前に立ち尽くす霊夢が映った。

「………ルーミア」

霊夢が目の前の女性の名前を呼ぶ。

「……久し振りね霊夢、この姿ではあのときの異変以来かしら?」

「え、えぇ。……それよりも……何で?」

ルーミアは慈母のような笑みを作る。

「何で……って何の事かしら?」

「……どうして封印が解けたかってことよ」

「あら、それはそこにいる野蛮な人間に聞いた方が良いわよ」

クスリと笑って橙矢を指差す。

「……………橙矢が?」

「と言ってももう彼は喋れる状態じゃないから私が話すわ」

楽しそうに口を歪ませながら口を開いた。

「実は彼と、もう一人女がいたんだけどその二人で私を………まあ殺しにきてはいなかったのだけれど。少しやりあってた時にね、彼の刀が私の封印の証であるこれにね、引っ掛かって取れたのよ」

トントン、と側頭部の元々リボンがしてあった場所を指先で叩く。

「そしたらもの凄い形相で襲い掛かってきて……メッタ打ちにしたわけよ。ま、人間にしてはかなり出来るほうだったから多少は楽しめたけど」

「ルーミア……あんたそんな理由で橙矢を……ッ!」

「あらあら、霊夢にしては珍しいわね。人の事で怒るなんて。霊夢にも春が来たのかしら?」

「うるさいわね。静かにしていなさい。……といっても無駄でしょうね」

祓い棒をルーミアに向ける。

「悪いけどルーミア。あんたをもう一度封印させてもらうわよ……今度は何があっても解けないような、ね」

「……………霊夢。私はまだ人を殺してなんかいないのよ?何故私を封印する必要があるの?別に今までのルーミア同様何もしなければいいだけの話でしょう?」

「………?何を言ってるのかしら。貴方、今自分で何を言ってるか分かってるの?」

「えぇもちろん。それにね………あの人は私に自分の好きなように生きて、そう言ってくれたのよ?………だから今度は私が好きなように………人を食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて………………この満たされなかった腹を満たすわ。殺しなんかしない、ただ食べるだけよ」

「―――――――!」

危険を感じて霊夢はルーミアに退魔用の符を投げつけた。

それをルーミアは闇で出来た手で掴み、潰した。

「ッ!符が……!?」

「取り乱さないで霊夢!来るわ!」

紫が霊夢を掴んで上空へ飛ぶ。

霊夢がいた場所には触手が通過していく。

触手が通ったところは木であろうが草であろうが全て例外なく溶けていた。

「………霊夢。貴方も私の邪魔をするの?……だったらいいわ……私を止めてみせなさい!!」

ルーミアが霊夢を睨み付け、グラリグラリと身体を力なく揺らすと、急に全方位に闇を飛ばした。

「マズイ……!紫!」

「分かってるわよ!」

すぐ後ろにスキマを展開させて、その中に避難する。

しかし、

「―――――!橙矢!」

「――――――東雲さん?」

霊夢がハッとしたように橙矢の方を見る。

……すでに橙矢は気を失っており、動ける状態では無かった。

故に逃げる手段がない。

(このままじゃ橙矢が闇に―――――!)

スキマから飛び出そうとした霊夢を紫が止める。

「ッ!?紫!何するのよ!!」

「冷静になりなさい霊夢!今行ったって間に合わないわよ!」

「でも、でも!」

「今からじゃ私の能力を使っても助けようが――――」

「スペル!恋符〈マスタースパーク〉ッ!」

直後、橙矢の目の前にまで迫っていた闇が一条の閃光によって弾き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スペル!恋符〈マスタースパーク〉ッ!」

白黒の服を着込んだ人物は手にしたミニ八卦炉で闇を弾き飛ばした。

「ま、魔理沙!?」

霊夢が白黒の人物の名を言う。

しかし魔理沙は反応することなく橙矢を担ぐと愛用の箒に掴まり、上空へ上がる。

「よぉ霊夢……と紫か」

こんな状況だからだろうか魔理沙の声にも緊張感が含まれている。

「……これはどんな状況なんだぜ?」

血まみれの橙矢と狂気のルーミアを交互に見る。

「説明するのは後よ。それより早くルーミアをどうにかしましょう」

なんとか落ち着きを取り戻し、スキマから出てきた霊夢が魔理沙を一瞥する。

「今のルーミアは危険よ………下手すれば殺されるかもね」

「は?お、おい霊夢冗談は止してくれよ。あいつ……スペルカードルール知ってたはずだよな?」

「完全に無視されたわそんな決まりごと…………やっぱり所詮決まりごとね」

「………………橙矢は」

「どうやら一旦退いた方が良さそうね……。紫」

えぇと紫が答えて別のスキマを開く。

「魔理沙、こっちよ」

霊夢が魔理沙の腕を掴むとスキマの中へと引っ張っていく。

そして全員が入り終えるとスキマを閉じた。

スキマを抜けた先は先程の場所からかなり離れた場所の博麗神社だった。

「とりあえず先に橙矢に応急処置をするわ」

紫が至極落ち着いた声音で言うと霊夢と魔理沙は慌てた様子で運んでいく。

それを見届けた紫はひとつ大きなため息をついた。

「…………東雲さん、貴方やっぱり……」

その声は誰の耳にも届かず見慣れた夜空に消えていった。

 


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