「ッハァ、ハァッ………」
背後を安全を確認してから犬走椛は近くの木にもたれ掛かった。
「なん……ですかあれ……」
未だに震えている腕を抱き、座り込んでしまう。
「あんなの……橙矢さんじゃ……ない」
あのあと狂った橙矢から逃げ出してきた。
橙矢が追ってきた追ってきてないは確認せずに逃げてきたので橙矢の居場所はよくわからない。
その時、横にある草むらが音を立てた。
「――――!」
すぐに盾と刀身が分厚い剣を抜いた。
「……誰ですか……」
緊張感が有頂天まで達した時に草むらから何かが出てきた。
出てきた者は背中に翼を生やし、茶髪を二ヶ所でくくり、高下駄は履いていた。
「ほ、ほたてさん!」
「はたてよ!」
鴉天狗、姫海棠はたてはため息をつくと椛の前まで来る。
「で、哨戒役のあんたがこんなところにいるわけ?確かあんたが担当するところにもうちょっと先じゃなかった?」
「え、えぇまぁ……ちょっと」
「何よその曖昧な返事」
「ちょっと侵入者がいたのでその討伐です」
「侵入者?人間が迷い混んできたとかじゃなくて?」
「違いますよ、妖獣です。先程討ち取ってきました」
「ふーん、まぁ討ち取ったなら良いけど。……ねぇ、その事記事にしていい?」
「いけません。他の事を取材してきてください」
「相変わらずケチねー……にしてもさっき外来人っぽい服装をしてた男がいたけど。その人はいいの?」
「?どんな服装でした?」
「確か外の世界でいう学生服?だったかしら。こう、真っ黒な服で……」
「―――――!今その人に近付いてはいけません!」
「ちょっと…一旦落ち着きなさいよ。……とりあえずその人の名前教えてちょうだい」
「え……どうしてですか?」
「私の〈念写をする程度の能力〉を忘れたの?ちょっとどんな奴か気になったのよ」
「………………東雲……橙矢です」
一瞬言おうか迷ったものの結局口から漏れた。
「なるほど東雲橙矢、と」
はたては何時も愛用の携帯を取りだし、操作する。
「…………あら、おかしいわね。何も出てこない」
「何も……ですか?」
「えぇ…………これは直々に取材しに行く必要があるわね」
「止めておいた良いですよ、引き篭もりさん」
今にも行きそうなはたてに注意を促す。
「引き篭もりとは酷いわね、今時の念写使い記者って言いなさいよ」
「………一応忠告はしておきましたからね」
「はいはーい」
はたてが翼を動かして飛んでいく。
それを他人事のように見ながらため息をついた。
橙矢は椛が去った後すでに山から降り始めていた。
「……………」
人狼の死骸はあのあと土に埋め、根っこから削ぎとった木を真上に刺しておいた。
「さて、次は何処に行こうかな……」
目的はすでに済んだので次の段階へ進もうとしたが、次の事を考えてなかった。
「とりあえずぐるっと一周でもするか?……いや、どうせまた来ることになるんだ、山の頭領……天魔だっけな?挨拶にでも行こうかな」
自身に言い聞かせるようにして無駄に気合いを入れる。
思い立ったらすぐ行動。
足を強化するとまず真上に跳ぶ。
辺りを見渡して周囲を確認する。
すると目に神社らしき社が映った。
(………なんだあれ)
着地すると神社らしき社があった方角へ足を進める。
(博麗神社か?……いや、あんなところには無かった筈だが……違う神社か?)
頭を回転させながら走る。木から木へと跳び移り邪魔な木は蹴り折る。
そんなことを何回も繰り返してる内に目的の場所へ着いた。
「………やっぱり神社か……」
「あら、本殿に来る人がいるなんて珍しいですね」
あ?、と首を横に動かすと霊夢のものとは色違いの巫女服を着込んだ緑髪の少女……まぁそのくらいの年代であろう人がいた。
「本殿……。やっぱりここ神社か」
少し離れたところにある社を一瞥して巫女に向き直る。
「………博麗神社、ではないんだよな?」
「えぇそうですよ。ここは守矢神社。まぁあんな貧乏神社よりかは信仰があると思いますけど」
「信仰勧誘ならお断りだ。神様なんて信仰したって人間にはメリットが無いだろ?」
冗談半分にそう言うと急に巫女の額に青筋が浮かび上がった。
「なんて事言うんですか!バチが当たりますよ!」
「バチだァ?ハッ、生憎悪運は強い方でね」
嘲りの笑みを浮かべて社を見る。
「確かに神社ってのは神様を祀るところだ。だがその神様が何も機能しなけりゃだだの古い建物と一緒だ」
「失礼な人ですね。神社をだだの建物扱いなんて」
「機能しなければ、と言った筈だが。………ま、自覚してんなら世話ねぇけどな」
「~~~~~~!!」
嫌味を含めながら言うと羞恥からなのか巫女は身体を小さく震わせていた。
(あーやべ、ちょっと言い過ぎたか……)
今更反省するがすでに遅かった。
何か神社全体が緊張感に包まれた感じがする。
(あれ……もしかしていきなりジョーカー引いちった?)
後ろへ跳んで距離を一旦取る。
「………ふふ、初対面の人にそんな事言われたの始めてです」
笑っているように見えたが髪が邪魔でよく見えなかった。
「……癪に障ったなら謝る」
「いえいえ、別に怒ってなんかいませんよ。ただ神様の存在をここまで否定されるとはおもいませんでして」
「いや別に否定してる訳じゃないんだけど」
「貴方の発言はそう言っているようにしか聞こえません」
橙矢は面倒そうに頭をかくと口を開く。
「あのさぁ、こういっちゃあ悪いんだけど……ちゃんと耳聞こえるか?」
「えぇ聞こえていますとも」
「なら幻聴でも聞こえるか?」
「いたって正常です」
「結構結構………………」
宥めるようにどうどう、なんてやってやる。
ゆっくりと後ろに下がりながら距離を取る。
「………………」
「大丈夫ですよ。貴方にも分かるようにじっくり教えて差し上げますから」
「あのー、やっぱり怒ってらっしゃいます?」
「怒ってないですよ」
巫女が顔を上げると素晴らしいほどに笑顔だった。
(やべ……!)
なりふり構わず後ろへ跳んだ。
直後橙矢がいた場所に霊夢のものとは違った祓い棒が降り下ろされる。
「……ここの世界の巫女は暴力的だな」
「………そういえば今思い出しました。貴方元退治屋の人じゃないですか」
「……中々情報通じゃないか」
「嫌でも耳には入ってきますよ。要らない新聞を毎日見せられてますからね」
「ちなみに要らない新聞はその後何処へ?」
「燃やして肥料にしてます♪」
(いやそんな笑顔で言われても……)
「ま、まぁ肥料にするのは良い考え方だな。資源の無駄にならない」
「……話を逸らそうったってそうは行きませんよ」
「バレたか」
戯けるように肩を竦める。
「現人神である私にそんな小細工は効きませんよ」
「現人神?………あぁ人の姿をして生まれた神の事か」
「よく分かりましたね」
「勉学には乏しいがそういう系には結構強い方だ」
「あれ、早苗。その人だれ?」
早苗、そう呼ばれた巫女の後ろから一人の少女が歩いてきた。
少しずれて少女を視界に入れる。
巫女より小さく、金髪の頭には目玉がついた帽子を被っていた。
「………おいなんだこの小学生」
「あーうー、初対面の女に向かっていきなりその一言。酷いね」
「な、何て失礼な人ですか!あろうことか諏訪子様に向かってその口の聞き方は!」
「小学生に小学生って言って何が悪いんだよ。………にしても諏訪子……諏訪?おい巫女。諏訪ってあの諏訪大社があるところか?」
「何ですか急に………。まぁ確かにそうですけど」
「………で、ここの神社は諏訪大社の分社なのか?」
「いえ、守矢神社という………まぁ諏訪大社とは少し違いますが」
「………話は変わるがその小学生は守矢神社の祀られている神様なのか?」
「えぇ、そうですね」
「ハッ、世の中も広いもんだな。こんなロリが神様だなんて」
「この幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね!」
ラッセーラーラッセーラー………。
「あっそ、俺には関係ないからどうでもいい」
「そういえばまだ名乗ってませんでしたね。私は現人神である東風谷早苗。………で、さっき話をしましたようにこちらの方は洩矢諏訪子様」
「………東雲橙矢、元退治屋だ」
「へぇ、あんた元退治屋なんだ。それじゃあそれなりに妖怪を殺してきたのかい?」
それまで黙っていた諏訪子が興味深そうに尋ねた。
「あぁそれなりには、な……。なんだよ、急に」
「いや、ただ単に興味が湧いただけさ」
「俺としては嬉しくないがな」
「まぁまぁ、良いじゃないか。……あ、そうだ。元退治屋。ちょっと頼まれてくれないかい?」
「退治の事ならお断りだ」
「そんな事言わずにさ。………話は進めさせてもらうよ」
「………………………」
「昨日里が襲撃されただろう?」
「―――――ッ」
「それに刺激されてね。他の妖怪共も何か里に襲撃する、みたいな動きが出てるんだ。……それでね」
「………新しい退治屋にでも頼みな。俺はもう退治屋なんかじゃねぇんだ」
「期待してるよ」
「話にならねぇな」
舌打ちすると踵を返して立ち去ろうとする。
「ま、あんたがどうしようと私にはあまり関係ないからね。……ただ何時までも逃げてちゃ守れものが増えていくよ」
「……何も知らねぇくせに語るな。うぜぇ」
「断言する。このまま逃げ続けたらあんた後悔するよ」
「――――うるせぇ!!」
急に振り返って叫ぶ。
「んな事俺が一番分かってんだよ!」
「…………分かってるなら何故やらない?」
「ッなんだっていいだろ!」
「素直じゃないねぇ。人と関わるのが怖いんだろ?」
「ッ!」
言葉が詰まり、何も言えない。
「そう言えば良いのに……全く、面倒な人間だねぇ」
「ッざけんな!」
逃げるように背を向けると駆け出した。
妖怪の山から下り、歩いていると里が見えてきた。
「…………………」
反射的に目を逸らして来た道を戻ろうとする。
その時橙矢の行先に紅白の巫女服が見えた。
「…………橙矢」
「なんだ霊夢か………」
目も合わせようともせずに横を通り過ぎる。が、橙矢の腕を霊夢が掴んだ。
「待ちなさい」
「………何だよ」
振りほどこうとするが解けなかった。
「………ちょっと話しましょう。立ち話も何なんだし里で」
驚いて息が詰まった。
「ッ……何のつもりだ?」
「別に理由なんてないわよ…………ただ昨日の事でちょっとね」
「…………拒否権は?」
「あるわけないでしょ。ほら、行くわよ」
掴まれていたままの腕を引かれ、連行されるように里へ向かった。