夜空が広がる地上に出てきたところでさとりが不意に足を止めた。
「ん、どうしたよ」
「ごめんなさい。少し昔の事を思い出して」
「………別に無理しなくていいんだぞ。半ば強引に連れてきたもんだしな」
「気にしないでちょうだい。平気よ」
「それならいいんだが……」
「もしかして心配して下さってる?」
「もしかしなくても心配してるよ」
「あら優しいのね」
「ハッ、今更だな」
軽く受け流してから橙矢は神妙な顔をする。
「なぁ、ちょいといいか?」
「?どうしたのよ」
「あぁ……。大したことじゃないんだがお前の妹、こいしっていったか?」
「こいしがどうかした?」
「最初見たときから思ってたんだがあいつ何で瞳を……あ、これじゃあ語弊があるか。サードアイはなんで閉じてるんだ?」
「……………」
急にさとりが表情を曇らせた。
「何か理由があるんだろ。お前は知ってるのか?」
「………………えぇ、知っているわ」
「だったら―――」
「止めてもらえるかしら」
橙矢の言葉を強い口調で遮った。
「…………あぁ、悪かった」
「気にしないでちょうだい」
「………ま、なるべく触れないようにするよ」
「そうしてもらえるとありがたいわ」
そう言うとさっさと歩を進めていく。
「……………そこまで隠したい事かねぇ……」
悪いことしたな、と頬を掻きながらさとりを追いかけた。
里の近くに差し掛かった時に違和感を感じた。
「……………」
何も、何も無い。
違和感なんて何も無い。
ただ、何だろう、この切迫感は……。
「…………おかしいわね」
さとりも同じ事を考えていたのか橙矢に視線を寄越す。
「………何か分かるか?」
「…そうね、何も無い、強いて言えば妙に静かすぎるわ」
いつもは里から少し離れたところの此処でも多少の人はいるはず。
「さて、里にでも何かあったかね」
大した緊張感も持たずに里へ歩き出す。
その時上空から何かしらの気配がした。
振り返るとお決まりの紅白の巫女服着込んでいた霊夢が漂っていた。
何だか焦っているようにも見えたが気のせいだろう。
「おい、霊夢」
呼び掛けると霊夢は橙矢の存在を確認したのか降りてきた。
「橙矢!何処にいたのよ!……って何でさとり……あぁ、それはどうでもいいわ!」
急に肩を掴んできた。
「ど、どうしたよ」
「どうしたもこうしたも無いわよ!たった今紫から聞いたんだけど里が妖怪に襲われてるらしいじゃない!」
「……………は?」
「は?じゃないわよ!いいから早く行くわよ!」
「ちょっ―――待てよ!」
霊夢は再び宙に身体を浮かせると里に向けて飛んでいった。
舌打ちしてさとりに向く。
「ッ呼んでおいて悪い、この話はまた今度に回しておいてくれ!」
返事が返る前に里に向けて駆け出す。
比較的ここから里へはかなり近い。
一分もかかる前に着くだろう。
(里の守護者は何していやがる!!)
悪態をつきながらも足を動かし続けた。
「ハァッ、ハァッ………」
里に着いて荒げた呼吸を整える。
幸いな事に大きな被害は無く、里を襲った妖怪らしき物が倒れていた。
その前には博麗の巫女が。
「…………遅かったわね」
「…………………」
「…………何か言ったらどう?」
霊夢の声には微かに怒気が混じっていた、気がする。
「………お疲れ」
「ふざけてるの?」
祓い棒を橙矢の目の前に突き付ける。
「……別に、どこもふざけてないが」
「じゃあこのザマは何?決まりを守らない妖怪の駆除が貴方の仕事じゃなかったの?」
「…………あぁ」
「仕事を放棄してまでする事なんてあったの?」
「…………あぁ」
「一応聞いてあげるわ、言ってみなさい」
「は?何で言う必要があんだよ」
「じゃあ言わない必要があるの?」
「自由権行使で」
「阿呆な事言わないで。いい、あんたの所為でまぁ……大事までには至らなかったのは良いんだけどどれだけ迷惑かけたか分かってるの!?」
「………別に他人の事なんてどうでもいいだろ」
心の中で呟いたつもりが声に出していた。
次の瞬間霊夢が橙矢の襟首を掴むと地に叩き付けた。
「ッ!何すんだよッ!」
「粛清、と言った方がいいかしら」
「何が粛清だ駄巫女ッ!」
すぐに立ち上がり霊夢に掴みかかる。
しかしその手は横から止められた。
「………………」
チラと横目で見るとそこには先程別れた筈のさとりだった。
「………さとり、俺は帰れ、と言ったはずだが」
「えぇ言ったわね。けど私は了解してないわよ」
それに、と続いて辺りを見渡す。
さとりに習って橙矢も辺りを見渡すと里の人達が目の敵を見るような視線を橙矢に突き刺していた。
「………………チッ、離せよ」
舌打ちすると掴まれていた腕を払う。
「………お前らがどう思ったところでな、俺は何かするわけじゃない。恨みたきゃ好きなだけ恨みな」
逆鱗に触れるようにわざと挑発的に嘲笑った。
「別に俺はどう思われてたって気にしない。どんだけでも恨め」
踵を返してその場を立ち去ろうとするが一旦足を止めた。
「あ、それと俺もう退治屋辞めるわ。他の退治屋を挙げるか今は里を捨ててどこぞにいる里の守護者にでも退治を頼むこったな、そうじゃなきゃお前ら、妖怪に殺されてもシラナイゼ?」
首だけ振り返ってニィ、と口の端を吊り上げてから再び歩みを進めた。
里から離れた橙矢の家への道のりに二人の影があった。
橙矢は隣を歩いているさとりを一瞥する。
「なぁさとり………お前、何で付いて来てるんだ?」
「何で、と言われても………貴方が連れてきたのでしょう?」
「俺はさっき帰れと言った」
「それだけで私が帰るとでも?」
頭を掻くとため息をつく。
「……とっとと帰れよ…ったく」
「連れてきた本人が何を言うのよ」
「その本人が帰ってもいいって言ってんだから」
「……私の事は気になさらず。貴方がこれからどうするのか気になってね」
「どうするって……。これからと変わらずに寝て起きての繰り返しの生活するだけだが」
「それじゃあ餓死するわよ?」
「俺の人生だ。俺がどう終わらせようとお前には関係無いだろ?」
「……そう、身勝手ね」
「実際そうなんだから」
呆れ混じりに言うと前方に二人の人影が見れた。
「………こんな夜に出歩いてて……そんなに死にたいのか」
「もしくは人の姿をした妖怪、だったりして」
「冗談よせよ……」
そう言いつつも刀に手を掛ける。
そして殺気を込めると人影がピタリと足を止めた。
「へぇ?殺気を感じ取れるって事は……」
殺気を収めると刀から手を離して二人の人影に近付く。
そこには里の守護者である上白沢慧音と藤原妹紅がいた。
「ん、東雲じゃないか」
どうも、と軽く手を上げて返事をする。
「で、その隣にいるのが……。連れてこれたんだな」
「言ったろ、連れてくるって」
「道中鬼とかに襲われなかったか?」
「めっさ襲われたわ……ったく冗談じゃねぇ」
「………そうか、それはご苦労だったな。ま、明日からもまだ仕事はあるんだ、今日は休んで――――」
「そういえば俺仕事辞めたから」
慧音の声を遮る。
「………冗談は良くないな東雲」
「冗談かどうかは仕事の時に分かる」
「………何があった?」
「あんたには関係無いだろ」
「でも里で何かあったのなら――――」
瞬間、慧音の首もとに刀が突き付けられていた。
「うるさいな、何も無いって言ってるだろ………」
「別にお前を敵対視してる訳じゃないんだ。……だから話してくれ」
「………話す気は毛頭ない。とっとと里に戻ったらどうだ………あ、妹紅は引き取るよ」
妹紅の手を取って引く。
「あ………」
「悪いな妹紅、置いていっちまって。………行こうか」
しかし妹紅は引いても動こうとしなかった。
「………おい妹紅?」
「――――だらしねぇ」
その声が聞こえた瞬間強い衝撃が橙矢に襲った。
「――――ッ!?」
防御する事も叶わず吹き飛ばされる。
「て、テメェ………」
何とか立ち上がり妹紅を睨み付ける。
その顔に数時間前までの怯えた表情は無く、逆に憤りの表情を浮かべていた。
「…………橙矢、あんたには感謝してるよ。あんなになった私に色々と世話をやいてくれてさ…………。でも慧音に手を出した事については話は別だ」
「………………なんだ、結局あの状態からは立ち直ったのか」
「あぁ、お陰様でな」
「……てっきりまだ恐慌してるとばかり思ってたが……」
「あんたが行った後、慧音に手厚く介抱してもらってな」
「なるほど……。まぁ治って良かったじゃないか」
瞬間妹紅から炎が巻き起こった。
「ま、あんたがどれだけ同情しようが許す気は無いけどね!」
「………こちとら許される気もねぇよ!」
刀を一気に引き抜いて中段に構える。
するとさとりは橙矢を、慧音は妹紅を止めに入る。
「止めろ妹紅!そんなしょうもない事で殺る気か!?気持ちは分からなくもないが落ち着け!」
「守護者さんの言う通りよ橙矢さん。………元々争う気なんて無いのでしょう?」
「「――――黙れッ!!」」
二人の声を遮って振りほどくと橙矢は地を蹴って、妹紅は上空へ飛んで弾幕を放つ。
橙矢は舌打ちするとさとりと慧音の手を取ると範囲外まで退却する。
「お前ら邪魔だ!どっか行っとけ!」
突き飛ばすように手を離すと足を強化させて妹紅に向けて飛ぶ。
そんな橙矢を嘲笑うかのように弾を放つ。
「飛んで火に入る夏の虫ってのはこの事かな!」
「さすがに分が悪いか……!」
接近を諦めて近くの木の枝に着地する。
「隠れようってか!?丸見えなんだよ!不死『火の鳥‐鳳翼天翔‐』!!」
炎が巻き起こり、火の鳥を模すと橙矢へ向けて飛んでくる。
「ッ!!」
木から飛び下りて何とか避ける。
炎が木に着弾し、燃え盛る。
「ッあれ本物かよ…!?」
「当たり前だ!ただの人間とはいえ何年生きてると思ってる!妖術の二つや三つ出来て当然だ!!」
更にそこから細かい弾を放ってくる。
「キリがねぇな!」
一瞬だけ妹紅への道が見えた。
橙矢は口を歪めると足を強化して飛び込んだ。
「今度はこっちから行かせてもらうぞ……!」
すぐ真横を炎が飛んでいき、微かに髪の毛を焦がす。
舌打ちしてから近くなっていく妹紅の焦点に捉え、刀を握る。
「まずは一本――――!」
タイミングを見計らい、一気に抜くとすれ違い様に上半身と下半身を斬り分けた。
「カ……!?」
地に着地すると息を吐く。
「不死といえどさすがにこれからの蘇生にはかなり時間がかか――――」
「―――リザレクション」
「ッ!?」
今殺したばかりの妹紅の声がしたことに驚愕し、振り向く。
「………いきなり酷いな橙矢」
何事も無かったかのように妹紅が立っていた。
「………いくら何でも早すぎないか……?」
「別に、もう殺され馴れてるからね……」
「だったら何回でも――――!?」
刀を再び構えようとしたところでピタリと動きを止めた。
「……なんだよそれ……」
絶句していた橙矢の前には炎の翼と尾が生えた妹紅がいた。
まるで自らをフェニックスになったかの様に。
「おかしくは無いだろ?フェニックスは不死の象徴だからな」
「………………」
「黙り込んでどうしたんだよ。さっきまでの威勢は何処へ行った?」
急に妹紅の存在感が膨張したような気がして一歩後ろへ下がる。
「おだんまりは止めにしようか……。ま、夜は永いんだ、存分に殺ろうじゃないか。間違っても死ぬんじゃないぞ………!!」
妹紅を中心に炎が渦を巻いて橙矢の視界を奪う。
「……………ッ」
「不死の呪い、命の限りに教えてやる!!」
三日月が照らす幻想郷で一匹のフェニックスが咆哮を上げた。