周りから何やら声が聞こえてきたので橙矢は意識を覚醒させた。
「………ども言って……しょう」
耳を澄ませると微かに声がした。
次いで目を開けると小五みたいな幼(ry――少女がいた。
その隣には猫耳を生やし、ゴスロリ服を着た少女が難しい顔をしていた。
「だからこんなに死体を持ってきてどうするつもりなのお燐」
お燐、そう呼ばれたゴスロリ服の少女は頭をかく。
「すみませんさとり様。なんというかそういう能力ですので仕方無いんですよ」
(さとり………?あぁ、こいつが……にしても何で……俺鬼とやりあってた筈だが……)
小五の少女、さとりはふと目を細めた。
「別に死体を持ってくる分には良いのだけれど、お空が焼いてくれればいい話なのだけれど、生きてる人間は拾ってこないでほしいわ」
さとりの瞳が橙矢を映す。
「え?生きてました?」
「見れば分かるでしょう?」
「どの死体ですか?」
燐が死体の山に近付く。
「ほら、そこの刀を腰にさしてる少年よ」
「あれ、この人って確かすぐ近くで見付けた人ですよ。鬼にでも襲われたんですかね」
「……そういえば旧地獄街道で何やら人間が暴れていたらしいけど。その犯人かしら?」
「見た辺りかなり傷を受けているようですけど」
「………お燐、悪いわねやっぱり死んでるわ。それより街道へ行って鬼達からその人間が暴れた事について詳しく聞いてくれないかしら?」
「へ?……はぁ……分かりました」
一瞬呆けたような声を出すも燐は不意に猫に姿を変え、駆けていった。
「…………起きてますよね、人間さん」
さとりが橙矢の傍に立つ。
「…………あぁ」
「さて、なんの用で私のところに来たのか、答えてもらいますかね」
「…………覚妖怪、お前心読めるんだってな………ちょっと頼みがあるんだが……って言わんくてもいいか」
「………ええ。しっかりと聞こえてましたよ。この眼で」
さとりは自身の近くに浮いている眼を持ち上げる。
「だろうな……いかにもさとりって感じが出てる」
「…………ほんと、人間という生き物は面倒ね。平然と嘘をつく」
「さすがに分かるか」
クッと喉の奥で笑う。
「……今のはわざとで?」
「当たり前だろ。今の世の中自身の心をコントロール出来ないと生きていけないからな」
「まぁそうでしょうけど。………」
再び心を読もうとサードアイに意識を向ける。
しかし何も読み取る事が出来なかった。
「……………………」
「どうしたよ、読まないのか?」
「………それは私が今どんな状況か知っていての言葉かしら?」
「さて、どんな状況やら」
「……貴方、もしかしなくても心、閉じてるわよね」
「さぁどうやら」
嘲笑うように見下す。
「………………」
「俺にだって読まれたくない事だってあるんだ。止してくれないか」
「……私だって読みたくて読んでる訳じゃないのよ」
「そんなのハナから知ってるよ。冗談だ冗談」
「意地悪ね。どうでも良いけれど」
「あぁ、全くだ……っと無駄話が過ぎたな。頼みってのはある人の心を読んでほしいんだ。だから地上へ付いてきてくれないか?」
「その心を読んでほしい人を連れてこればいいじゃない」
「今は危ないんだよ色々と」
「左様ですか。でもそう易々と人間に働かせられる覚妖怪ではありませんよ」
「ハッ、ロリが何を言う」
瞬間足元で何かが弾けた。
「不快ね。あろうことか私よりも長生きしてない人間風情に年下呼ばわりなんて」
「…………短気だな。ここの連中は。気に入らなかったのならすぐ弾幕か?」
「心が汚い人間に比べれば大分マシよ」
「はは、ひでぇ言われようだ。だが奇遇だな、俺もそう思ってたところだ」
「貴方と一緒にしないで下さる?」
「おっと失礼、気を悪くしたなら謝る」
「そうね、それじゃあまず跪いてもらおうかしら」
「断る」
「……何故かしら。理由を説明しく下さる?」
「心を読めばいいじゃねぇか」
「…………心を閉ざしている人の心をどう読めと」
「それじゃあ無理だな」
「だから言ってもらわないと分からないのよ」
「俺が心を開くまで待ってろ。それか大人しく俺に付いてこい」
「さっきも申し上げたとおり易々と付いていく程私は弱くないわよ」
「………こちとらここまで来ておいて退くのも癪なんでね力付くでも付いてきてもらうぞ」
「出来るものならね」
瞬間、一気に身を屈めると爆発的な跳躍力でさとりに迫る。
「それじゃ、行かせてもらおうかなァ!」
その時、背中に何かに刺されたような痛みが走る。
「――――ッ!?」
反射的に振り向き様に刀を抜いて振るう。
しかしそれは空振りに終わった。
「………いきなり卑怯だな……。背後から攻撃かよ……一体どんなトリックだ?」
先程の鬼との戦闘での怪我が今になって響いてきた。
「………悪いけどそれは私では無いわ。……いるんでしょうこいし?」
「何言って…………」
「よく分かったねお姉ちゃん!」
さとりの背後から声があがる。
そこには先程まで何もいなかった灰色の髪をして帽子を被った少女が佇んでいた。
近くにはさとりと同様眼が浮いていたが、さとりとは違い、瞳を閉じていた。
「テメェは………」
「さっきまでは見えなかったでしょー?」
「………あぁ、ビックリ仰天だ」
大きくなる鼓動を無理矢理抑え込む。
(なんだ?こいつ何処から湧いて出てきやがった……)
チラ、と扉の方を見ても開けた形式が無い。
(窓は………無理か。だとしたら最初からいたのか?この部屋に?)
だとしたらまず気付く筈だ。
辺りを見渡すが隠れられる場所は見当たらない。
「………悪いけど貴方には見つからなかったでしょうね」
「………トリックって訳では無さそうだな。別にどうでもいいがな」
「どうでもは良くないと思うわ」
「ほぉ?それはどういう意味だ?」
「教えるとでも?」
と、言葉を締めると橙矢の背後から殺気が感じ取れた。
「ッ!」
振り返らずにそのまま上半身を屈める。
その上を鋭利な刃物が通り過ぎた。
「ッチートにも程があるだろ……!」
そのまま横に転がり込んで距離を取る。
(一人は心を読む能力に……もう一人は……まぁステルス能力かその類だろ)
「中々の洞察力ね」
平常を保てなくなったせいかいつの間にか心を読まれていた。
「……趣味の悪い」
「…………読みたくて読んでる訳じゃない」
「どっちにしろ変わんないだろ」
刹那、弾が目の前にまで迫る。
すでに抜き身だった刀で斬り落とし、接近を試みた。
しかしその前にこいしが橙矢の背後へさとりと同じような弾を放つ。
何とか反応してさとりへ走り出し、避ける。
刀を鞘に収め、首を掴みにかかる。
橙矢といえどさすがに殺す気は無い。
それは紙一重で避けられる。
舌打ちするとそのまま腕を掴み、組伏せる。
いくら妖怪といえどこの体格差では振りほどくのは無理があるだろう。
もう一人残っているがさとりを盾に使えば良いだろう。
「お姉ちゃん今行くよ!」
橙矢の背後からこいしが突撃してくる。
その手には鋭利ともいえる巨大な針が。
とはいえ避けれない攻撃ではない
「避けれないとでも?」
さとりから離れて避ける。
が、勢い余ったこいしは止められずにさとりに突撃していく。
手には巨大な針が。
このままでは―――――
「―――――――馬鹿野郎!」
無意識に身体が動いていた。
さとりに覆い被さり、盾となる。
瞬間自身の胸から針の先が突き出た。
「ッ…………!」
「あ……あぁ……」
すぐに振り向き、呆然としているこいしの突き飛ばしてから倒れる。
「カハッ………!」
口から血が出て、床を汚した。
「ぐ……ぁ……」
針を抜いて投げ捨てる。
カラン、という音を立てて落ちた。
「………ッ」
「貴方………」
「…どうしたよ…さとり妖怪…ッ」
少し身動ぎしただけで激痛が走るが何とか抑えて立ち上がる。
「……貴方今ワザと自ら刺されに行ったわよね。……そっち系?」
「ざッけんな……。俺はれっきとした常人だ」
「………まさか私を庇ったとか、馬鹿な事言わないよね」
「………馬鹿だな。俺が他人を庇う理由が何処にある。ま、あんたらにとっては都合が良いかもしれないかもな」
「………別に、もういいわ。どうせ貴方の事でしょうから気絶するまでやり続けるでしょう、こいし」
「はいはーい」
と、背後からこいしの声がすると同時に頭に強い衝撃を受けた。
「ガ…ァ……」
再び床の冷たさを感じながら意識を失った。
ピクリと指先が動き、それによって橙矢は目を開けた。
「ようやく目を覚ましたのね」
首を横にして声の主を探す。
比較的近くにいた、真横。
橙矢は大きいベッドで横になっており、そのベッドの隣にある椅子にさとりが座していた。
「………なんでお前がいるんだよ」
「ここ、地霊殿の主である私が何処にいようともおかしくないでしょう?」
「………………」
「冗談はさておきね。貴方とは少し落ち着いて話をしたくてね」
「………あぁ、だから気絶させたのか」
「そうね、手荒な真似してごめんなさいね」
「……別に気にしてない。馴れたからな」
「これを馴れてるって……そういうことね」
心を読んだんだろう、紅魔館の事を思い出しているとさとりが納得したように頷く。
「改めて考えると中々楽な能力だな、それつて」
「?どういう意味かしら」
「だって話さなくても伝わるから」
「………変わった考え方する人ね」
「そりゃどーも」
「さ、本題に入ってもいいかしら」
「どうぞ」
「それじゃあ、ひとつ。貴方はさっき自分自身の意思で心を閉ざしてたわよね」
「さぁ、どうだろうな」
おどけるように首を竦める。
「ふざけないでちょうだい。死体の山と一緒にお空に焼いてもらうわよ」
「そもそもお空ってのが何者か知らねぇんだけどな……。けど今は勘弁だな」
「それで、どうやって貴方は自分自身の意思で心を閉ざすことが出来るの?」
「はぁ?そんな事聞いて何になるんだよ。それより今俺の心を読めばいいだろ」
「聞いてどうするって……。それは本を書くためよ」
「一体何の本を書いてるんだか……。それよりもどうなんだ。地上に付いてきてくれるのかくれないのか」
「断ってもどうせ力付くで行かせるのでしょう?」
「…………いや、もういい。お前が断るならそれは仕方のねぇ事だからな。力付くは止める」
「………そう、少しは丸くなったわね」
「それじゃあ俺が野蛮な奴に聞こえるが」
「野蛮な人間じゃない」
「シバくぞ」
「ほらそこ」
「……………」
ため息をついて額に手をついた。
「それでどうなんだよ。付いてきてくれるのか、くれないのか」
「………………仕方無いわね。行ってあげるわよ」
予想外の返答が返ってきた。
「何よその反応は、それじゃあ無かった事にする?」
「いや、すまん。意外な答えが返ってきたもんでな。………ほんとに良いんだな?」
「くどいわね。良いって言ってるじゃない」
「…………じゃあ早速行こうか」
「今から?いくらなんでも急過ぎない?」
「頼む。急ぎ用なんだ」
頭を下げると今度はさとりがため息をつく。
「分かったわよ。行けばいいんでしょう。で、場所は」
「人里」
「う……よりによってそこですか……」
「なんだ苦手なのか?」
「まぁ……心を読んでしまうから」
「あー、そういう事か。……何か不都合とかあればその時聞くからまず行こう」
「はぁ………はいはい」
―――この時まだ橙矢は知らなかった。
自らが自滅の方に足を向けていた事を。