ではではどうぞ。
舟が漕ぎ始めてから数分。深い霧のなか小さな小島が浮いているのが見えた。予想裏切らずそこに舟が止まった。
「ここだよ。さ、降りて降りて」
「―――――」
何も抵抗せずに降りると不意に身体に重みを感じた。
「――――ぁの、……ってあれ、喋れる」
「およ、そりゃあ良かったね。この先にいる方に礼を言っときなよ」
「………それより少し質問いいでしょうか」
「ん?あぁ、そりゃそうだよね。別にいいよ」
「ありがとうございます。………では、ここは何処なんですか?」
「的確な場所は言えないけど大雑把でいいなら三途の川。ここはその中に造られた言わば人工島さ」
「そうですか………。じゃあ貴方は……?」
「あら、さっき言わなかったかい?あたいは死神だよ」
「私が想像していたものとはかなりかけ離れてまして」
「あんたが想像してるのは迎えの死神さ。あたいは見ての通り魂を彼岸へと渡らせる船頭のお仕事をしている。死神にも色んな仕事があるんだよ」
「…………分かりました」
「他に疑問はあるかい?」
「えぇ、最後にひとつだけ。………私は死んだのですか?」
その一言を聞くと小町はおもむろに踵を返して歩いていく。
「あ、あのちょっ――――」
「正確には死んではいないさ。肉体から魂が離れることが〈死〉だと勘違いしている奴が多いけど本来なら魂が彼岸へと渡った、その瞬間に死んだ、と言える。……まぁ前者でも死んだ、とほぼ同じ意味だけどね」
「じゃあ私は………」
「死んだか死んでないか、と言えば死んでないよ」
首だけを振り返って微笑む。
「…………けどもう新郷神奈としては二度と地は踏めない。……それは覚悟しておきな」
「………はい」
「うん、その覚悟が出来てるならいい。さて、と…………四季様、連れてきました」
小町が何もないところで声をあげると目の前の空間が揺らいで次いで一人の少女が姿を現す。
「ご苦労様です小町」
「普段の仕事に比べたら楽ですよ」
「その普段の仕事をサボってる人が言う言葉ですか」
手に持っている笏を小町に向ける。
「ハハハ………あー、すみません」
「……まぁそれは後で咎めましょう。それより新郷神奈。あ、紹介が遅れましたね。私は四季映姫・ヤマザナドゥ。この幻想郷における閻魔です」
「閻魔……。嘘をつくと舌を引っこ抜かれるという?」
「それは迷信ですよ。あくまで子供を脅すためのね。まったく誰から広まったのやら」
やれやれ、と相当呆れたようにため息をつく。
「…………新郷神奈、貴方の生涯。見させて頂きましたよ。かなり酷だったようですね」
「…………はい」
「………ここは魂を一時的に留めておくために他の閻魔の許可を頂いて造ったところ。貴方のためだけに作らせてもらいました」
「え?ど、どういうことですか……?」
「…それは後に説明します。それと、もはやかける言葉も見当たりません。ですが貴方には未だやることがあります」
「私が?……何をですか」
「彼を止めること」
笏を持っている方とは逆の方の手で何かを宙に投げる。
「これを見なさい」
投げたものは手鏡だった。それから光が放って霧に何かを映し出す。
そこに映っていたのは愛しい少年。東雲橙矢。さらに傷だらけで何かと対峙している。
「東雲………さん」
「………彼は破壊神を殺した後、新郷神奈、貴方が死んだのは幻想郷のせいだ、という名目で各地を襲っています。新たな神と共に」
「シヴァ神を殺した……?」
「そうです。彼は神を……いえ、現人神であるシヴァ神を殺害しました」
「あ、あの………私が幻想郷で殺されてから…何日経ってますか?」
「六日です。たったそれだけで幻想郷のほとんどの勢力は潰されました」
「………東雲さんがそんなこと………」
「しているんです。これは紛れもない事実です。……今、東雲さんは最後の勢力にいるようですね」
「ど、何処なんですか?」
「妖怪の山。天狗や河童などが住まうところです」
「四季様。私達は出なくて良いんですか?」
「……妖怪の山が落とされたら出ます。尤もその必要はなさそうですが」
「へ?それってどういう……」
「妖怪の賢者が動きました」
「………あ、あー……」
「後は彼女……いえ、彼女達に任せておけば良いでしょう」
「彼女達……?」
「貴方は知らないでしょう新郷神奈。貴方が幻想郷に迷い込む約三ヶ月にから東雲橙矢は幻想郷に迷い込んでいました。……その中で彼はもがき苦しむ中で多くの出会いをし、さらにその者達を友をとして接し、次々と起こる異変を解決して仲を深めていきました。そんな彼に惹かれ、貴方と同じように大切に思う一部の者達は彼を止めるため妖怪の山に集まりました。きっと彼女達なら大丈夫です」
霧に映し出される七人の少女性内二人が丁度橙矢に強力な奔流を放ったところだった。
「さて、そろそろですね。新郷神奈。後は貴方の仕事です」
「私が……」
「最後にひとつ教えておきましょう。貴方の中にはまだ神の力、即ち神力がまだ流れています。……それと幻想郷にはスペルカードというものが存在します。スペルカードというのは自らの想いを放出……と言っては変ですね。分かりやすくならば………。想いをカードに乗せてスペルを宣誓すればその想いが形として現れる。そんなような物です。道中で襲われたとき魔法使いが使ってきていたでしょう?光を放つスペルを。あれがいい例です。……ですがそれを使うには、産み出すには神力が必要不可欠です。…………この意味が分かりますか?」
「……………………はい」
「…………私が出来るのはここまでです。後は未練を残さないよう、最期の時を過ごしなさい。小町、行きますよ」
「は、はい四季様。……じゃあね新郷神奈。また後で、舟に乗せてあげるからさ」
二人は飛んでいき、霧の中へと消えていった。
「……………………」
一人残された神奈は霧のかかっている空を見上げて静かに目を閉じた。
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カサ、と草を踏む音が聞こえて神奈は目をゆっくりと開ける。
「花畑………?幻想郷じゃなさそうだが……」
次いで聞こえてきた久しい声。そのする方へ足を向ける。すると懐かしい背を向けていた。
「――――東雲さん」
声をかけるとピクッと反応してゆっくりと振り返る。
「その声………………まさか、新郷……?」
「はい、お久し振りですね東雲さん」
六日ぶりに見た彼の顔はとても困惑に満ちていた。
「新郷……。どうしてこんなところに……」
「どうしてと言われましても……。それは後で話します。それより東雲さん……」
駆け寄って抱き締めた。
「本当に………本当にお久し振りです」
「あ、あぁ。本当にな………」
「………東雲さん少し話しませんか?」
橙矢から離れて辛うじて川が見えるところで座り込む。橙矢もそれに習って座り込む。
「…………………」
「…………………」
「…………………東雲さん」
「どうした?」
「どうですか私のいない幻想郷は?」
「つまらねぇよ」
即答だった。
「大抵の奴等はさしても気にしてないがな」
「………別にいいですよ。東雲さんがそれほど私のことを思ってくれてるなんて。確かに皆から気にしてもらえない。それは悲しいことかもしれません。けれどそれは東雲さんも同じことでした。そうでしょう?そう考えれば何ともないです。それに複数の人にあやふやに記憶に残るくらいなら一人でもいいから私のことを大切に思ってくれる、そちらの方が私としては嬉しいです」
「………………立派な考え方だな」
「誰か一人の為に世界を敵に回す人に比べたら……」
「俺のことを言ってるんだったらやめておけ。俺はただ単に私利私欲の為にやってるだけだ。そんな人聞きのいいもんじゃねぇよ。それよりもそろそろ答えてくれよ。ここは何処なのか。それとどうして新郷がここにいるのか」
「……………そうですね」
少し考えた後、口を開いた。
「………ここは死後の世界なんですよ」
「………………」
「あぁいや、少し違いました。ここは死と生の狭間です。東雲さんは今死と直面しているのですよ。覚えてないですか?攻撃を直接、しかも至近距離でまともに喰らってのです。仕方のないことではありますが……」
「…………ッ」
驚愕して橙矢が目を見開いた。まだ死んでない。そう言ったからなのか。だが新郷は首を横に小さく振り、真実を口にした。
「残念ですけど私はもうすでにあの時の亡き者です。ここにいられるのは閻魔様が情けをかけてくれたおかげです」
「――――――」
すると橙矢が膝から崩れ落ちた。無理もない話だろう
「ッ!東雲さん!」
駆け寄ってきて腕を掴んだ。
「………………」
「………………東雲さん」
「………………何なんだよ。……何なんだよ一体………俺は君を護りたくて今まで戦ってきたのに……何で君が死ななくちゃいけないんだよ!!普通なら……俺が……。もう…俺は戻らない……ようやくお前に会えたんだ………」
橙矢が今まで漏らさなかった本音を口にする。それを聞いて神奈は寂しさを感じた。すると橙矢が神奈の手を握る。
「もう……この手を放しはしない。ずっと……ずっと一緒だ……」
………橙矢にはまだやることがある。その手を優しく解いた。
「新郷……?何を………」
「……………駄目ですよ東雲さん。貴方はまだやるべきことが残ってます」
「……馬鹿言えよ。俺が戻ったところでどのみち幻想郷は壊れるんだ………」
「その原因を作ったのは他でもない、東雲さん。貴方なんです」
「…………!」
「……ですから貴方にはこの幻想郷を救う義務があります。自分の失態くらい自分で拭ってください」
「………………」
「……東雲さんなら出来ますよ。必ず。私が保障しますよ」
「……けどどうやってあれを止めれば……」
すると神奈が橙矢の手を両手で包んだ。
「私には出来ませんが……橙矢さんなら出来ますよ。……ひとつだけあるでしょう?幻想郷を救う方法が」
身体の中にあるであろう神力を送る。
「え……………」
「私の中にある神力を全て橙矢さんに送ります。………スペルカード。東雲さんなら分かるでしょう?この世界になくてはならないもの。そして不可能を可能に変えることが出来るもの。……貴方にはすでにそのスペルカードを宣言することが出来る」
「…スペルカードを使えと?」
「えぇそうです。貴方には他の人に持ってない力があるでしょう?」
そう、大切なものを護る力が。
「………………」
「お願いします東雲さん。……幻想郷へ迷い込んだ私を保護して下さったのは東雲さんです。……右も左も分からない世界で唯一居心地が良かったのは貴方の隣でした。……その時から私は幻想郷のことを理解出来るようになりました。………ですから東雲さん。私と貴方が過ごした日々を……幻想郷で過ごした日々を壊さないでください………!」
「…………………ッ」
橙矢の目が開かれる。しかしその目はまだ諦めていなかった。
「…………お前は恨んでないのか?自分をあれだけ殺そうとしてきたんだぞ」
「……恨むどころかむしろ感謝してますよ」
それは疑うこともなく自身の本心。橙矢という人物がいたから神奈はここまで生きてこれた。
「……?」
「分からないですか?東雲さんと会えたじゃないですか。それだけで私は幸せですよ」
さて、と橙矢から離れると少し歩き出して、首だけ橙矢を向く。
「ごめんなさい東雲さん。そろそろお時間です」
そう言うやいなや地が揺れる。この地も限界に近い。さらに自分の身体から光が溢れて徐々に消えていく。
「ッ!何が………」
「閻魔様が啖呵を切らしたのでしょう。…東雲さん」
「何だよこんな時に……ッ!」
「東雲さんともう一度会えて本当に幸せでした。ありがとうございます」
これで、本当の本当にお別れ。そう考えてしまう。ふと頬を涙が伝った。
「あ、あれ……どうして………。最期は……最期は笑って別れようとしたのに……」
意識とは反して涙は止まらない。止まるはずがない。
「ごめんなさい東雲さん……」
「新郷………」
最後にせめて最後にだけ………。
「すみません……東雲さん。最後に……」
最後まで言い終える前に橙矢が抱き締めてくれた。それだけで神奈に大きな安心感が生まれた。
「東雲さん……ありがとうございます」
「大丈夫だ。………新郷が消えるまでずっとずっと傍にいてやるから………」
その優しさ。その優しさに触れて私は彼を好きになった。その優しさに触れて私はどれほど助けられただろうか。
「幻想郷は俺に任せろ。………必ず、必ず救ってみせる」
「………東雲さん。貴方の意識は……この場所が消えてからは幻想郷に戻ります」
「…………あぁ」
「……………頑張って……ください………」
「分かってる。新郷と過ごしたところを消させはしない。絶対に」
その言葉がなにより嬉しかった。東雲さんの中で私という存在があれば、それだけで充分だった。
「その言葉が聞けて良かったです」
段々と崩れていく身体をより一層東雲さんが強く抱き締めてくれる。
「……俺も新郷と会えて嬉しいよ」
「ふふ……東雲さんからそんな言葉が出るなんて……明日は雨でしょうか」
そう、彼が生きる明日は。私の明日はない。だけれど彼が生きてくれれば。それだけでいい。
「東雲さん…………」
好きなのに。好きだと伝えれない、伝えてしまったらきっと優しい東雲さんだから未練を残してしまうから。だから………でも、でもそれでも。
―――――さようなら
―――――ずっと、ずっと貴方のことを忘れません。それと…………大好きですよ。
最後の一言は私がいなくなってから発した。それが届いたのかは分からない。
きっとその言葉は東雲橙矢に届いている。それだけを信じて私は虚空へと消える。新郷神奈としての生涯を終えるため。今度生まれ変わるとしたら……普通の人間に生まれて普通の高校生活の中で東雲さんと普通に恋をしてみたいな。
けど今までの一生も悪くなかった。一人に大切にされて……またその人を愛する。この気持ちは、私のものだけ、なのだから。
―――――さようなら幻想郷
―――――さようなら新郷神奈
―――――さようなら東雲橙矢さん。そして
ありがとう
ここに、一人の少女が新郷神奈としての一生を終えた。
はい、この話を書いている時、リアルで私ガチ泣きしました。落ち着いてからかなり恥ずかしくなりました。
おぉ夜桜よ。泣いてしまうとは情けない。
というわけで私は泣き疲れた(キリッ
さてさて、これで第五章のside story『新郷神奈と幻想郷』は終了です。次回からはキャラ別エンディングと洒落込みたいです。あ、神奈ちゃん生存ルートも書いてみたいですね。時間が余れば書かせて頂きます。
この話のリクエストをくださったのはFeiさんです。ありがとうございました!
感想、評価お待ちしております。
では次回までバイバイです。