「ここだ」
神奈が連れてこられたところは雲の上にある土地に建っているひとつの綺麗な建物だった。
「お前からしてみれば珍しい光景だろうな。まぁ人として生まれてきてずっと地上で暮らしてきたからな」
シヴァが神奈を放すとすぐに神奈は離れていった。
「あらら、嫌われちまったか?」
「逆に好かれているとお思いですか?」
「まさか。あれだけ自分が大切に思ってる人をやっていた輩を好きになれって言う方がおかしい。普通だ」
「東雲さんが貴方のせいでどれだけ傷付いているか分かっているのですか!?貴方と命が繋がっている。ただそれだけの理由で狙われる私を命をかけて護ってくれてるんですよ!?」
「それはつまり自分も悪い、という風に解釈出来るが」
「………ッ」
「それに貴様は勘違いしてる。確かに貴様はシヴァの最愛の妃、サティーだ。だがそれと命を繋げたのは先代のシヴァだ」
「……………え?」
「これまで言ってまだ分からないか?俺は確かにシヴァだ。だがそれ以前に貴様と同じ現人神なんだ。完璧な神ではない。シヴァならサティーが死んだ後に暴れて神々に殺された」
「え、じゃ、じゃあ私と貴方は命は………」
「繋がっているわけあるか。赤の他人だ。だから貴様が殺されるのはおかしい。だから所々で助けてやってたんだ。貴様のことを知らないフリでな。………本来なら東雲橙矢だけを外の世界に還すつもりだったが……新郷神奈。貴様もついでだ、外の世界に還す」
「………シヴァ神……」
「たかが一人くらい外の世界に還したってどうってことないだろ。それに先代のシヴァだったらきっとそうすると思ってさ。サティーは必ず殺させるな、なんてさ」
戯けるように肩を竦めて苦笑いする。がすぐに視線を鋭くする。
「だが東雲橙矢がその気になったら全力で潰しにかかる。東雲橙矢のこの世界から消せばいいと言われてるからな」
「え、それって――――」
「少し寝てろ」
シヴァが軽く神奈の頭に手を乗せると意識が眩んでくる。
「……来るときが来たら起こしてやる。それまで休んでろ」
シヴァのその言葉を最後に神奈の意識は遠のいた。
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急に意識が戻ってきて目を開く。例えるなら寝ているときに急に叩き起こされるような感覚。
意識がハッキリしてきていまある状況が把握できてくる。さらに視線の先には見覚えのある少年が立っていた。
「しののめ……さん……?」
「新郷!よかった、無事だったか」
慌てて橙矢に駆け寄って後ろに隠れる。
「東雲さん……。無事だったんですね」
「あぁ、色んな奴に助けてもらってここまで来れた。いやぁ、人望って大切だな」
軽口を叩きながらも刀を抜いてシヴァに向ける。
「新郷、後は任せてろ。奴と君の繋がっている命を切り分ける方法がある」
「あ、あの東雲さん。そのことなの―――」
ですが、と言おうとする寸前シヴァが輝く剣を引き抜いた。
「貴様がその気なら仕方ないな………。少し前まで貴様を外の世界に還そうと考えていたつもりなんだが……」
「おいおいあれだけ痛め付けられてそんな戯れ言信じるとお思いですか駄神様よ」
「信じないならそれで結構。痛め付けてから殺してやる」
「やれるもんならやってみやがれ――――!」
二人が同時に駆け出して激突する。すると衝撃波が生まれて建物に皹が入る。
「ッ!東雲さん……!駄目です……!その人と戦っては!」
神奈の叫びも虚しく空虚に消えて二人は激突してしまった。
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何故、こんなことになってしまったのだろう。現人神と人間が激しい戦闘をしている中で神奈は茫然とそれを見ていた。
全ての始まりは自分がこの幻想郷に迷い込んだところからだった。いつの間にか知らないところに飛ばされて、それで橙矢に助けてもらって。そして妹紅と慧音と出会って。その前に妖怪に殺されそうになったが少しだけこの世界が好きになっていた。これほど自分が大切にされたことがなかったから。だがそれまでだった。信じていた人に裏切られて信じられる人は橙矢しかいなくなった。世界全てを敵に回しながらも護ってくれる橙矢はまだこの世界には必要だと、そう感じた。この人は死んではいけない、と。このようなところで死ぬような人ではない、と。そう感じたはずなのに。こんな無意味な戦いをして。勝っても負けてもその先に勝利なんて言葉ないのに。
神奈はそこでハッ、として顔を上げる。橙矢が刀を飛ばされて無防備な状態だった。それに剣を刺さんと構えるシヴァが。
気が付いた時にはすでに身体が動いていた。橙矢は死んではいけない。自身のために死んではいけない。そう感じたのか。道中で約束したのに。「死なないでください」って。今それが破られようとしている。そんなの許容出来るはずがない。私はこの世界には必要なくても彼だけは必要なのだから―――――!!
「東雲さん――――――!!」
橙矢を庇うように二人の間に入り込んだ。その身で自ら剣に突き刺さりに行った。
嫌な感覚がして自らの胸から剣が飛び出ていることを確認して始めて貫かれたんだと実感する。そして橙矢にその剣が届いてないことを確認して安心する。
「にい……ざと………」
橙矢の瞳が見開かれてそこに神奈の姿が映る。
「しの……めさ………」
剣が抜かれて橙矢に凭れる。
「お、お前……何して………」
「ごめ……な…ぃ……。けど……しの……さには……死ん……欲しく……なぃ……です……ら」
呼吸が苦しくなってまともに呂律が回らない。
「き、貴様は……、何故……」
シヴァも驚愕したのか後ずさる。何故還れることが決まっているのに死ぬようなことをしたのか、そういうことだろう。
「ふふ……ざまぁ……なさい………」
橙矢は殺させない、そういう皮肉を込めて唇を歪めた。
「馬鹿野郎!何で……なんで俺なんか庇うんだよ……!これじゃあ新郷を……外の世界に還せないじゃねぇかよ……!」
いつもの怒号とは違って少し嗚咽も混じっていたような声が響くが神奈には酷く遠く感じた。
「ふざけんなよ!待ってろ!すぐに永遠亭に連れていくからな!」
神奈を抱き上げて行こうとするが神奈が橙矢を掴んで止めた。
もうすでに手遅れだということが分かっているから。
「心臓……つらぬ……かれて……す……もう無理……ですよ」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ!無理だとか言うな!」
「自分……の……さぃ……ごくらい…分かり……ます…………だか……ぁお願い……します……貴方の……傍で……」
ほとんど感覚がない右腕を動かして橙矢の頬に当てる。すでにそこで意識の大半がなくなっていた。
「しの……の……め、さ……――――」
最後に愛しい、初めての恋した人の名前を呼んだ、直後に神奈の意識は完全になくなり、その人生に幕を閉じた。
▼
―――――――やぁ、こんばんは
何か聞こえて身体を起こした。そしてまず目に入ったのは目の前に広がる霧のせいで向こう岸が見えない川だった。
「やっと起きたかい?寝坊さんだねぇあんた」
背後から声をかけられて振り向く。大きい石に腰かける女性がいた。
「はじめまして、あたいは小野塚小町。死神さ」
「……―――。―――!?」
話そうと口を開くが話せない。
「話そうたって無駄だよ。あんたは死んで魂だけなんだからね。新郷神奈」
「―――――」
「混乱するのも無理ないさ。大抵の人間達はそんな反応をする。…………いや、人間でなくとも、だね。……あの子もそうだったよ」
何か思い更けるように川の向こう側を見ながら呟く。
「ごめんね。何でもない。……さて、今からあんたを彼岸へと渡らせるんだけど……その前にちと寄るところがあるから。そこへ行こうか」
さ、乗りな。
急に川に先程までなかった簡易な舟があった。
「………乗りな。送ってってあげるよ」
「――――――」
これに乗ったら橙矢に会えない。二度と会えない。そう真実を突き付けられてる気がして少しの間立ち止まる。
しかしすぐになにもしても無駄だと悟ったのだろう、ひとつ頷くと舟に乗った。
そして二人を乗せた舟はゆっくりと、ゆっくりと漕ぎ始めた。
次回side story『新郷神奈と幻想郷』最終話。
そういえば小町さんの台詞「………あの子もそうだったよ」の中にあります『あの子』というのは詳細は私が書いてました「小野塚小町がサボる理由」を見ていただければ分かります。よければどうぞ。
感想、評価お待ちしております。
では次回までバイバイです。