ではではどうぞ。
突然翔んできたピンクのものは真っ直ぐミスティアに向かっていた。
間に橙矢が割って入って受け止める。
「もう、食べ損ねたじゃない」
どうやら女性のようである。
「………食べ損ねた?おいおい、まさかあんたこいつを食おうと?」
「その子以外に誰を食べるっていうのよ」
「…………」
ため息をついて額に手を当てる、と近くの叢からまた何か飛び出してきた。
その者の手には煌めく何かが。
「ッ!」
刀を引き抜いて振り抜かれた煌めくもの、刀を防ぐ。
「よっ、と」
刀の上から蹴り飛ばして距離を開かせる。
「………ッ」
「なんだよいきなり」
「あらあらごめんなさいね。急に鳥が食べたくなって」
チラ、とミスティアの方を見る。
「………一応人の形してるんだぞ。躊躇なしか」
「鳥は鳥だからいいのよ」
「理屈が分かりかねますよ」
「…………ふぅん?」
橙矢の言葉、ではなく何故か神奈の方を見てなにやら納得したような顔をする。
「幽々子様、あの者は私が」
「頼むわ、それと鶏肉もよろしく頼むわ」
「承知」
再び刀を手に少女が突撃してくる。
「ッ!諦めが悪いな」
「幽々子様の命です」
刀と刀が弾きあって金属音を撒き散らす。
「……ッ」
不快な音に思わず顔をしかめるがすぐさま意識を集中させて腕を強化し、力任せに少女を吹き飛ばす。
「力だけは一人前ですね」
「そりゃあただの人間だからな。……あぁ違うな。今は妖怪か」
「相手が誰だろうと退く気はありませんが」
「ハッ、それはこっちの台詞だろ。お前らが誰だか知らねぇが勝手に目の前で妖怪だろうが仮に人の形の奴が食われそうになるのは嫌でな」
「………妖夢、早く決めなさい」
「分かってます」
女性の声に答えると弾幕を放った。
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突然放たれた弾幕に神奈は目を見開いた。驚くのも無理はないだろう。
「そんなにも彼のことが心配?」
いつの間にか近付いていた女性が口を開く。
「え…………いえ、特には」
「そう、信じているのね」
「…………………」
「それはそうと貴方、蝶には興味はあるかしら?」
「蝶?」
「そう蝶。例えば――――」
掌を広げるとその中から一匹の紫色の蝶が。
「蝶?何処から………」
「私の能力を使えばこんなことも出来るのよ」
すると蝶がヒラヒラと神奈へと舞っていく。
「……あらあら、貴方になついたようね」
「私に………?」
「そう………―――――」
――――――貴方に
「避けろ新郷!!」
橙矢の声が響くと同時に妖夢が吹っ飛んできて、目の前にまで迫っていた蝶を着ていた学生服の上着で包んで投げ飛ばした。
「東雲さん……?」
「無事か新郷!」
「な、何がですか……?」
「あれを見てみろ」
橙矢指差す方には先程橙矢が投げ捨てた蝶を捕まえてある上着。それが朽ちていた。
「あれは……」
「腐った………なんて生易しいもんじゃないな………」
「よく分かったわね。さすがは腐っても元退治屋、と言うべきかしら」
「どういうつもりだ………!」
「……何も知らされてないのね貴方」
「…………?」
「その子は幻想郷にとって害となるものよ。早めに始末する必要があるわ」
「……………ッ」
何も言わずに女性に刀を向ける。
「すみません幽々子様………。あの退治屋中々の狂暴さで………」
「気にしなくていいわよ妖夢」
「…………」
「幽々子様は下がっていてください。私一人で終わらせます」
「あら?さっき吹き飛ばされてなかったっかしら?」
「う…………」
「まぁいいわ。私も動いたせいで疲れたし」
来る、と認識したときには脇を通られていた。
「――――――ッ!?」
「新郷神奈、覚悟」
「させっかよ!!」
突き出された刀を咄嗟に投げつけた刀によって一瞬動きを鈍らせ、その間に妖夢を蹴り飛ばす。
「くっそ!無事か新郷!」
刀を掴んで神奈を背に妖夢に相対する。
「おい!この世界にはスペルカードルールってもんがあるんじゃなかったか!?」
「………残念だけど今回は例外よ。なんせその世界が破壊されそうなのだからね」
「………ッ!博麗の巫女は何してやがる……」
「霊夢に助けを求めたって無駄よー。……彼女と紫が直々にこの例を出したのだからね」
「――――――――」
驚愕したその瞬間を妖夢に取られていつの間にか目の前で刀を振り上げられていた。
「剣技〈桜花閃々〉」
橙矢の肉が深く抉って血を撒き散らす。
「…………ッ!」
「東雲さん!」
「来んな馬鹿野郎!!」
腕を強化させて地に叩き付けて衝撃波を生み出して妖夢を弾き飛ばすと神奈の手を掴んで後ろへ跳ぶ。
「お前ら………なにもんだ」
「………あぁそういえばまだ名乗ってなかったわ。ごめんなさいね」
顔の前で手を合わせて舌を少し出した。…だがそんなんで許すほど橙矢は萌え好きではない。
「では改めて、私はかの閻魔から転生を永久に待つ魂の管理を任されている白玉楼の主、西行寺幽々子と」
「その従者、魂魄妖夢」
「魂の………管理?」
「そ、魂。死んだ者達は皆平等に閻魔に裁かれ、地獄か転生かを白黒つけられる。地獄行きはもちろんそのまま地獄へと堕ちる。そして転生の場合に必ずしも転生を待つところがある」
「………それが白玉楼」
「そういうことよ」
「そしてその管理をしているのがあんたってわけか」
「えぇ」
「……………なるほど、よっぽど馬鹿らしいな」
「……………?」
「あんたらの前にいるのはかの最悪の退治屋、東雲橙矢だ」
腰を低くして構える。瞬間二人を殺気が貫く。
「「…………ッ」」
思わず後ずさるが幽々子は笑みを浮かべて口元を手に持っていた扇子を広げて隠した。
「………ふふ、面白いわね貴方。…………けど残念だわ。これから少し用事があるからこれまでにしておくわ」
「………何だと?」
「………せいぜい生き延びなさい。……まぁ所詮死ぬんでしょうけど」
「……ッ!」
「その口を閉ざせ!」
橙矢が叫ぶが意味を為さなかった。
神奈自身は何が分からずただ恐怖に身を竦めているだけだった。
「新郷……」
「じゃあ行きましょうか、妖夢。それでは退治屋さん、ごきげんよう」
仰々しく頭を下げてその場から浮いて飛んでいく。
「くそ……ッ!あの野郎……!」
すぐ振り向いて神奈の肩を掴む。
「おい新郷、無事か」
「東雲…さん………」
身体中を震わせて橙矢を見上げていた。
「…………………」
かける言葉もなくただ奥歯を噛み締めていた。
▼
斬られたヶ所をミスティアに治療してもらった橙矢は家に戻っていた。
家に帰った後でも神奈の震えは止まっていなかった。……当然と言えば当然だろう。急に自分の知らない土地に飛ばされてから命を狙われてばかりなのだから。落ち着いている方がおかしい。
「……………新郷、今日はもう遅い。早めに寝ろ」
橙矢なりの優しさなのだろう、布団を取り出すと神奈を連れてくる。
「え、あ………けど東雲さんが……」
「俺はいいよ。外でブラついてくるだけだからな」
すると神奈が橙矢の手を掴んだ。
「…………新郷?」
「……すみません。………一人は……一人は怖い………です」
「……………………」
この幻想郷に来てからというものの神奈は何回も殺されかけている。一人では安心できないということだろうか。
「………………分かったよ」
渋々布団の脇に座ると神奈が安堵したように瞳を閉じる。するとさっきのことを思い出したのか橙矢の手を握る。
「……………」
それに応えるように橙矢も軽く握り返した。
握り返してきた感触と共に意識を取り込まれそうになっていた睡魔が一気に吹き飛んだ。
(し、東雲さん……!?)
咄嗟のことで驚いたが寝ることに集中する。
「……ん、もう寝ちまったか」
橙矢は神奈が寝たと錯覚したのかその場に横になる。
「……にしてもさっきの奴は何だったんだろうな」
橙矢が何やら一人で討論するようにブツブツと何か呟いていた。
「白玉楼……、まぁ白玉ってのは魂のことなんだろうな。……それに魂が待つところ………ん?あれちょっと待てよ。魂が待つところ?だとしたら普通地上にはないはずだよな。……あの二人……。じゃねぇな、普通魂があるところは冥界のはずだ。だとしたらあの二人は人間じゃない………?亡霊か?…………いや、余計な散策しても無駄だな」
橙矢が首を振って今までの考えを霧散させる。
「……新郷が幻想郷を害する………か」
その一言に神奈の鼓動が跳ね上がる。もし橙矢が幻想郷を護る、というなら今ここで殺されるかもしれないからだ。
「ハッ、馬鹿言え…。幻想郷に害するなら外に逃がしてやればいいじゃねぇか………」
まるで誰かに語るように橙矢の口が動く。それはまるで幻想郷に言っているみたいで。
「怖かっただろうな………………だけどそれは今晩だけだ。こんな怖い思いをするのは。……よく耐えたな」
神奈の手を握っている方とは逆の手で神奈の頭を撫でる。
「必ず………必ず君を元の世界に還してやるから」
………その時神奈は思わず橙矢に抱き着いていた。
「……ッ。に、新郷……?おま、起きて……」
「東雲さん………。さっき言ったこと……ほんとですか………?」
「さっき?………あぁあれか。………ほんとだ。新郷は必ず外の世界に還してやるから」
「ありがとうございます………」
神奈が顔を上げて橙矢の顔を見る。両目で。
橙矢は右目を見ると少し驚いた顔をしたがすぐに微笑んだ。
「綺麗な瞳だな」
その一言と共にその神奈の綺麗な瞳から涙が伝う。
「ん?お、おい新郷。なんで泣いてるんだよ」
「すみません………そんなこと言われたの初めてで………つい嬉しくて………」
「………そうか、良かったな」
この時、新郷神奈は最初で最後の恋をした。自らを否定しない東雲橙矢に。
最後の方はかなり自分の欲望だらけです。
感想、評価お待ちしております。
では次回までバイバイです。