月の裏側の静かな海―――
そこには一人の刀を携えた女性がいた。触れれば斬れてしまうような雰囲気を纏っている。
彼女の名前は綿月依姫。〈神霊を呼ぶ程度の能力〉を持つ者である。ありとあらゆる神霊を自らの身に降ろさせることが可能。その力が強大過ぎるところが唯一の難点だと依姫自身も思っている。
「……………………」
「……やっぱりこんなところにいたの依姫」
そんな依姫に声をかける者が一人。
「お姉様」
依姫が振り返ると依姫とは対のほんわかな雰囲気を出している女性が依姫へと歩んできた。
綿月豊姫。〈山と海を繋げる程度の能力〉の持ち主。この能力は月の表と裏側を繋げることが出来る。さらに永琳の量子論的講釈を応用して月と地球を繋げることも可能。何処の妖怪の賢者の能力と似ている。
「何に思い耽っているのかしら」
「………ほんとにあれをやるんですか」
依姫がそう言うと豊姫の表情に影が射した。
「…………えぇやるわ。そうでもしないと私達全員でお陀仏よ。それに、そのためにあの子達の指導も厳しくしたのでしょう?」
「玉兎、ですか。しかしちゃんとやっているかどうか分かりませんし」
「ま、最悪私達二人で事足りるわよ」
「普段サボっているあの子達でさえ前月に来た妖精?……だったと思いますが下っ端には勝てましたのでそこまで心配はしてませんが地上には強者もかなりいると聞きます」
「それでも私達はやらなければならないわ」
「まぁ……そうですけど」
「…………穢れまみれの地上から穢れを取り除く。そのためには穢れた者達を排除しなければならない。………まずはそうね、幻想郷から、にしましょうか」
持っていた扇子を彼方に浮かぶ地球へと向けた。
▼
「で、これからどうすればいいんだ?」
食事を終えた橙矢は後片付けを済ませた後に紫と相対していた。
「今はまだ何もしないわ」
「おいおい、そんなんでいいのか」
「構わないわ。……強いてすると言えば」
パチン、と紫が指を鳴らすと横にスキマが開いた。
「…………?」
「式神〈橙〉」
突如弾丸のようにスキマからオレンジ色の物体が翔んできた。
「――――――!!」
反応できずに避けることを諦めて橙矢が持つ能力〈触れたものを強化させる程度の能力〉で腕を強化させて受け止めた。
「いきなり何なんだよ……ッ!」
「さすが東雲さん、といったところかしら」
「紫様、ほんとにやってもいいんですか!?」
橙矢に受け止められた橙は目を輝かせながら追撃と腹に蹴りを入れる。
「………ッ!」
「腹ががら空きだよ!」
蹴り抜かれると吹っ飛んで地を転がる。
「ま、待て橙!紫さん、これはどういうことだ……!」
「……貴方の身体能力が落ちてないか、それの検証」
「検証だぁ?……ふざけやがって……」
愛用の天叢雲剣を掴んで―――――
スカッ
「ん?」
つ、掴んで………、
スカッ
「あ、あれ」
確か刀は腰に差さってるはず。
視線を落とすとそこには空の腰が。
……………ない?
「………………」
「隙あり!」
鉤爪を振り上げて迫る橙を半歩横にずれると腕を掴んで地に組伏せた。
「………そういえば今は椛が持ってるんだったな。忘れてたよ」
「あの子はちゃんとやってるわ。貴方がそばにいつも居続けてるから」
「……当たり前だ。それよりもなんで急に俺を襲わせた?」
「あら、そんなことを聞くの?」
「いや、検証ってことは分かる。急に暴力はやめてくれ」
「うーん、却下。橙、やっちゃいなさい♪」
「あらほらがってんだー!」
橙が高速回転すると橙矢を弾き飛ばす。
「ッ!」
「行くよ東雲さん!」
「ま、待て!俺まだ得物を持ってな―――」
問答無用、と言わんばかりに鋭い鉤爪を生やした指を突き出す。
「少しは手加減しろよ…!」
「東雲さんに手加減したらすぐやられるから嫌だ!」
地を蹴ると再び回転して橙矢に接近してくる。
「…………………面倒だ」
腕を硬化させて鉤爪を受け止め、驚愕する橙の両腕を掴み、自らを軸とすることで回転させて遠心力をつけて地に叩き付けた。
「え――――――」
「ほい終了」
目の前に手刀を突き付けて終了。
「………紫さん、まだやるつもりか?」
すると意外にも首を横に振った。
「いいえ、貴方が衰えてないことは分かったわ」
「…………あっそ」
橙の手を掴んだまま引き上げて立ち上がらせる。
「ほら、大丈夫か」
「え、あ、うん」
「そうか、ならよかった」
手を放すと頭を撫でる。
「まったく、お前は女の子なんだから気を付けろよ。怪我されちゃ困る」
「ありがとうございます……」
「いいっての。元はといえばお前の主人の主人が悪いんだから」
「あら、誰かしらね」
「さぁ誰でしょうな。それより紫さん、刀調達してくれ」
「刀?何でよ」
「いや、何でってそりゃあ最悪月面戦争だろ?だったら武器を持っておいたことに越したことはねぇよ」
「野蛮ねぇ……少しは安全に解決しようとする気はないの?」
「それはあるさ。けどもしもの時のためだ」
「まぁ確かにそうね…………けどあまり上等なものは用意できないわよ」
「充分だ」
「………もし戦争になった場合、場所によっては貴方の存在が世にバレる可能性があるわ」
「幻想郷の何処でもやっちまったらすぐにパパラッチが飛んでくるだろ。そうなったらゲームオーバー」
「……ほんとの月面戦争になりそうね」
「…………月面ね、そうなったら俺の敗けだな」
「貴方というものが随分と弱気ね」
「そりゃなるさ。だって月面には酸素はないんだろ?」
紫はポカンと少し口を開けたままにしたあと笑い出した。
「………何笑ってんだよ」
「ふふ……あぁごめんなさいね。そうだったわね。月の表は酸素はなかったのよね」
「……つまり裏側にはあると?」
「もしなかったとしたら数ヶ月前に言った霊夢達はその時点で終了よ。その他にも月の裏側には海もあるわよ。ちゃんと水がある、ね」
「ふーん……月の裏側ねぇ……………」
――――――瞬間
▼
「まずは手始めにある一帯の森を浄化させましょう」
海面に地球が映る前で豊姫が閉じてある扇子を海面へと向ける。
「お姉様、さすがにいきなりはよろしくないかと……」
「大丈夫よ。八意様には当てないわ」
豊姫の口の端がつり上がると海面に映る地球が口を開いた。
「さぁ始めましょう。地上を元の姿、穢れなき美しい姿に還すための前哨戦を」
扇子を広げると一振り、二振りする。
すると暴風よりも凶暴な風が吹き荒れ、穴の中へと入っていく。
この扇子は森を一瞬で素粒子レベルで浄化する風を起こす、というとんでもない能力を持っている。
その風が全て穴の中へと入っていくと穴を閉じた。
「せいぜい足掻きなさい。穢れた者達は浄化されるのが定めなのだから」
彼方に浮かぶ地球を見上げると口を歪める。
―――――全てはあの方のために。
▼
突然鳴り響いた轟音に紫と橙矢は会話を途切れさす。
「なんだ今の……」
「恐らく幻想郷で何かあったんだわ。……まさか。東雲さん、付いてきてください」
「当たり前だ」
紫が開けたスキマへと入り、抜ける。
そこは森だった。確か幻想郷の端にあるはずの。
「……………何だよ、これ………」
あまりの悲惨さに言葉を失っていた。
橙矢の目の前には広大な更地。生物がいた痕跡すらない。まるで何百年も前に棄てられた土地みたく何もなかった。
「……これは、浄化されてるわね」
後ろからスキマを抜けてきた紫がボソリと言う。
「……浄化?」
「………えぇ、元々地上は穢れなきところだった。しかし生物が誕生し、文明が発達する度に地上が穢れていった。……この更地は何者の生物の立ち入ることを許されない穢れなき場所」
「何だよそれ……誰がこんな」
「恐らく月の住民でしょうね。他の箇条が襲われてないところを見るとこれは警告、という意味かしら」
「くそ……!」
「……初めは幻想郷から、ということね。性格の悪い……!」
ギリ、と紫が歯軋りする音が嫌にハッキリ橙矢の耳に入ってくる。
ふいに橙矢は立ち上がると紫を睨み付けた。
「八雲さん。俺を月に連れていけ」
「東雲さん?何馬鹿なことを」
「ふざけんな。じゃあ幻想郷を浄化されるのを待てと?………そしたら全員死ぬぞ」
血が出るほど拳を握るとそれを紫に向ける。
「幽香や村紗、お嬢様に咲夜さん、天子と霊夢…………そして椛が死ぬのを黙って見てろってか」
「………ッ!」
「残念だったな。俺はそれを許せるほど人間出来てないんでね」
腕を強化させて地を殴り付ける。すると蜘蛛の巣状に皹が入った。
「前哨戦はこれで終わりだ。さぁ、本戦といこうか」
最近イラストを描くのが楽しくなってきまして夜中とかはほぼ毎日二枚くらい描いてます。
いや、勉強もしなければいけないのですが、、
感想、評価お待ちしております。
では次回までバイバイです!