咲夜が目を開くと窓の外が暗くなっていた。実際を言うと部屋も暗くて照らしているのは月明かりだけなのだが。
「あら……私………」
その時身体に寒気が走り、何があったか思い出した。
橙矢が氷水をぶっかけた。
ふと自身の服装を見下ろすと新しいシャツに変えられていた。………………って。
「まさか……橙矢に………!?」
顔が真っ赤に染まると同時に部屋の扉が開かれて件の少年が鞄を手に姿を現す。
「あ、咲夜さん目を覚ましたんですね。良かった……。俺にアッパーを決めた直後に何故か倒れましたので妖精メイド達に着替えさせておきましたよ」
「………なんだ、妖精メイドだったの……」
「………その様子だと俺がやったと勘違いしてたようですね」
「~~~~~!」
「第一に俺がそんなことするわけないでしょう?」
微笑んで椅子に腰掛ける。そして咲夜に額に手を当てた。
「んー………かなり熱が引きましたね。これなら明日、遅くて明後日くらいには仕事に戻れますね」
「そ、良かったわ。すぐに治って」
「それはこっちの台詞ですよ。咲夜さんがいなくなったから妖精メイドの指揮が大変でしたよ。咲夜さんのいるありがたみが実感出来ますよ」
「ま、メイド長の名は伊達じゃないってところかしら」
「そうですね。これからはちゃんと慕うようにします」
「これからって……それってつまり今まで慕ってなかった、ということよね」
「……………………」
自然に視線を逸らすが無駄だった。
「ソ、ソンナコトナイデスヨー」
「人の目を見て話しなさい」
「へい」
微笑みを苦笑に変えて鞄の中から何冊の分厚い本を取り出す。
「咲夜さんは俺にはお気に為さらず寝てください。……俺は本を読んでるんで」
「?貴方は寝ないの?」
「今日は元々図書館でパチュリー様に朝になるまで色々と相談しようと思ってたので。徹夜なんて覚悟の上です」
「貴方が相談なんて珍しいわね」
「ま、相談したいといっても本についてですよ」
「……なら私が寝たあと行けばいいのに。その本を取り出したってことは……行かないつもりなんでしょう?」
「当たり前ですよ。病人を一人にさせるわけにはいきません。病は身体よりまず心からって誰かが言ってましたから」
「……優しいのね」
「そんなんじゃないですよ。いち早く咲夜さんに治ってほしいだけです」
「…………」
(それを優しいって言うのよ。素直じゃない後輩ね)
「―――俺の仕事が減りますから」
その一言で今までの株が暴落した。
「…………ハァ、貴方に感心した私が馬鹿だったわ」
「むしろ俺に感心する貴方に感心しますけど」
「………呆れた」
よほど失望したのだろうため息を溢した。
「それより咲夜さん、早く寝たらどうです?」
「………………それもそうね」
もうひとつため息をつくと橙矢に背を向ける。
「……………橙矢」
「はいな」
「……………………おやすみ」
「…………えぇ、おやすみなさい」
部屋の端にある窓近くへ移動すると本を開き、月明かりで読書を始める。
ほんとは今読んでいる本の中に分からない単語がいくつもあったのでそれを聞きに行こうとしていたのだが……仕方無い。そこの部分は省こう。
………………あ。
「そんなことしたらほとんど読めねぇじゃん。なんだよこの漢字」
やはり学校へ途中から通ってない橙矢君は馬鹿でした。
「…………学校行っときゃあ良かった……」
「…………………ちょっと、うるさいわよ」
頭を抱えていると咲夜の不機嫌そうな声が耳に入る。
「あぁすみません咲夜さん」
「……それで、さっきからぶつぶつなに呟いていたの?」
「…恥ずかしながらこの本の書いてある内容が分からなくて」
「この暗闇の中読んでるの?」
「暗夜には慣れてますから」
「そういう意味じゃないわよ。読書するときは電気くらい点けなさい」
「いや、咲夜さんが寝てるんですよ。邪魔するわけにはいきません」
「……………変なところで気を使うのね」
「睡眠は大切ですから」
「…………………貴方に言われたくないわ」
「一本取られましたね」
「事実を言ったまでよ。それに気を使うなら普通だったら部屋を出るはずよ?」
「分かりませんか?俺は咲夜さんが心配だからここに残ってるんですよ。咲夜さんが風邪をひかない人だってことは重々承知です。ですがその人が風邪をひいたのなら話は別です。そういう人ほどロクに免疫も持っていませんから患った時にはかなり体力を持っていかれます。そうなればさらに他の風邪が移ったりしてより悪化させてしまう。………まさに今の咲夜さんにピッタリですね」
「………けど私はもう治って……」
「その時が一番安静にしていた方がいいんですよ」
本を近くの机に置くと背凭れに凭れる。
「……………それに人っていうものは誰かに見守られる。それだけで何故か安心感が生まれる。俺はそういうところはよく分かりませんが」
自嘲的な笑みを浮かべて窓から月を眺める。十六夜の月だった。
「今のはあくまで俺の考えです。忘れてください」
「……………素敵な考え方ね」
「そう言えるなら貴方はおかしいですよ」
「その発言は自分もおかしいって言ってることと同じよ」
「俺は元々おかしいですから」
「え?」
「………世界中探してみても俺みたいな世界から忘れられた奴なんていませんよ」
「……………。ねぇ橙矢、私も疑問に思ってたことがあるのだけれど」
「何がです?」
「貴方確か能力持ってるわよね?」
「へ?え、えぇ、〈触れたものを強化させる程度の能力〉ですけど」
「貴方その能力外の世界とかでは使っていたの?」
「いや、気付いたのはつい数日前で霊夢に教えられたんですよ。それまでは使った覚えはありませんね。人に暴行を働いた覚えはありませんし特に………」
「その能力ってその……何か特別なスキル……って言ったら変なのどけれどそういうのはないの?」
「どういう意味です?」
「例えるなら私の〈時を操る能力〉だったらよく時を止めるのだけれどその隙に攻撃方法だったらナイフを投げたり日常だったら時を止めている間に家事をしたり……。なんか得なことよ」
「んー、でしたら触れたものを強化の他にも硬化も出来ます。つまり俺が手にした武器などなどは硬化させることが出来ます。それと触れたもの、と言いましたが俺の身体自身ももちろん強化させることも出来ますよ。よく使うのは足の筋肉を強化させることですね。跳躍力は普段の数倍にして一瞬で相手の懐に潜り込んだりすることが可能です。また運動エネルギーや可視出来ないものも強化させることも出来ます。しかしそれを強化させるにはその……例えとして運動エネルギーとしましょう。そのエネルギーの威力をいくらか、さらに強化させた時の威力も理解していなければ強化させることも出来ません」
「聞くところによるとかなり使えるわねその能力。全身を強化させればすべての攻撃が効かないじゃない」
しかし咲夜の言葉に首を横に振った。
「それが出来れば俺が紅魔館に来たときにすでにやってますよ」
「…………出来ないの?」
「一度に複数ヶ所の強化また硬化は出来ません。そのものに相当な負担をかけることになります。人の身体でやったのなら身体が耐えきれなくなり、内部から壊れる。手にしたものも同様です。さらに強化にも限度というものがあります。それを超えてしまうと先程と同様のことになります」
「…………………そう聞くと使い勝手が悪いわね」
「そうでもないですよ。ストッパーがあるということは良いことだと思いますよ。ストッパーがなければ何をしでかすか分かりませんからね、俺自身でさえ分かりません」
「けれど自身のことを止められるのも自分よ」
「ま、そうですけど………もしもの時は頼みますよ」
「不吉なこと言わないでちょうだい」
「冗談ですよ。それにしても何でこんなことを聞くんです?」
「……………強いて言うなら……。橙矢、貴方のことが知りたかった、というべきかしら?」
「俺のこと?」
「えぇ、これから一緒に生活を共にする人のことは少しでも知っておきたいでしょう?」
「あー………まぁその気持ちは分からなくもないですけど」
「何も包み隠す必要なんてないわ。……私達は家族だもの」
「…………ま、そうですね」
▼
翌朝、仕事前の美鈴と廊下で軽く談笑していると廊下の奥から見知ったメイド服を着込んでいる女性が歩いてきた。
「咲夜さん」
橙矢が声をかけると向こうは気付いたのか早歩きでこちらに向かってくる。
「あ、咲夜さん。もう大丈夫なんですか?」
「えぇ、誰かさんが看病してくれたおかげでね」
チラと橙矢を方を見ると普段通りの苦笑いをする。
「大変でしたよ、色々と。もう二度とごめんですね」
「あら奇遇ね、私ももう嫌よ。貴方に看病されるなんて」
「言ってくれるじゃないですか」
「貴方もね」
「え、あのー、私話に付いていけないんですけど……」
美鈴が二人の間に手を割り込ませる。
「何だよ美鈴、考えるまでもないだろ?咲夜さんは風邪をひくと面倒なんだよ」
「私だって貴方みたいな野蛮な人に看病されたらたまったもんじゃないわ」
「……わー、微笑ましいですね」
数日前まで二人は微妙な距離だったのに今では軽口を叩けるほどに距離が近くなっていた。
(一体昨日の内に何があったんですかねぇ……)
結局二人の会話には何一つ付いていけず仕事を始めることになった。
「そう、治ったのね咲夜」
「ご迷惑をおかけしました」
レミリアの部屋へ一応報告しにきたお二人様。
「にしても貴方が風邪をひくなんて夢にも思ってなかったわ」
「私もですよ。まさかその元凶に看病されるとは思いませんでした」
ジト目で橙矢を睨み付けるが橙矢は受け流すだけだった。
「それもあるけど貴方が頑張りすぎなところもあるわ。少しは抑えなさい」
「はい、そのことに関しては大丈夫です」
すると咲夜の手が橙矢の手に置かれる。
「あの、咲夜さん……?嫌な予感しかしないんですが」
「橙矢に分け与えますから」
「あらいい考えね咲夜。それじゃあ橙矢頑張りなさいよ」
「ハァ………………わーりましたよ」
諦めたように肩を落として扉へ向かう。
「じゃあ私達はこれで失礼しますね」
「分かったわ。………あ、ちょっと待ちなさい」
「何でしょうか?」
「二人とも………身体には気を付けてね」
「………何を言うかと思えば…。分かってますよ」
「橙矢の言う通りです。それよりも私達は自身のことよりもお嬢様のことが第一です」
「ま、そりゃそうですよ。なんてったって紅魔館の家族であり………」
一回区切ると咲夜と橙矢が同時に微笑んだ。
「俺は貴方の執事ですから」
「私は貴方のメイドですから」
これから数日後、紅魔館の執事はもう一人の家族、フランドール・スカーレットと相対することになる。
はい、今回で一応「紅魔館での日常」は終了します。リクエストがあればこの続きを書こうと思ってます。
次回からはリクエストを頂いたものを書いていこうと思います。
感想、評価お待ちしております。
では次回までバイバイです!