「咲夜さん、出来ましたよ」
昼飯を風邪をひいたときの妥当なお粥を作って部屋へと入る。
「あら、意外と早かったのね」
ベッドにはシャツ姿になった咲夜が。
「えぇ、お嬢様達の昼飯は美鈴が作っていたので」
「そう、ならいいわ」
「………信頼してるんですね」
「信頼していなきゃここまで関係は続いてないわよ」
「でしょうね」
ベッド近くの机に置くと咲夜に背に手を回す。
「ッ!ちょっ、貴方何処触って……!」
「あぁすみません。一人で身体を起こすのが辛いかと思いまして手伝おうかと………迷惑でしたらすみません」
すぐに手を引いて頭を下げる。
「…………だったらいいのよ別に」
「……邪魔でしたらすぐ出ていきますが」
「………いいわよ別に。……貴方の昼は?」
「いりませんよ」
「昨晩食べてないでしょう?大丈夫なの?」
「平気です。少食ですからそんな食べません。それに必要最低限の行動しかしませんから腹は空いてませ―――――」
グゥゥ、と橙矢の腹から鳴った。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………ふふっ」
咲夜が笑い始める。
「痩せ我慢はよくないわよ。二人で分ける?」
「大丈夫です。後で適当に作っときますから」
「頑なね貴方。少しは素直になりなさいな」
「心身が一致してないだけです」
「あのねぇ……身体が壊れても知らないわよ」
「今の貴方には言われたくないですよ」
「………意地悪ね」
「すみません、こんな性格悪くて」
「まったくよ。………少しは目上に対する礼儀ってものを知りなさい」
「これでも礼儀を尽くしているつもりなのですが………」
「だとしたら貴方はそうとうなお目出度い脳味噌を持ってるわ」
「そんな褒めなくても」
「褒めてないわ」
即行で返ってくる言葉に肩を落とす。
「さいですか……」
「何本気で落ち込んでるのよ」
「落ち込んでませんよ」
「そう………で、結局いるの?」
「さっきも言いましたが大丈夫です。後で食いますから」
「……………むぅ」
「な、何ですか……」
不機嫌そうに橙矢を見つめた後手を掴んで自身の方へ引き寄せた。
「え?」
「橙矢、命令よ。ずっと……私が治るまで一緒にいてちょうだい」
「別に構いませんが………急にどうしたのです?」
「……こんなに人のことを頼ったことないのだもの………せめて今だけは……頼ってもいいかしら?」
「……………」
驚いたように少しだけ目を見開くと優しく微笑んで掴まれている手を握った。
「……えぇ、いいですよ。私でよければ喜んで」
「橙矢…………ありがとう」
「明日は雨でしょうか。咲夜さんが礼を言うなんて」
すると咲夜はクスッと笑う。その笑顔は紅魔館の完璧な従者ではなく一人の女性としての、十六夜咲夜としての笑みだった。
「そうかもしれないわね」
「少しくらい咲夜さんはワガママ言ってもバチは当たりませんよ」
「そう?なら………暑くなってきたわ」
「風邪のせいですかね。」
すでに用意してある氷水に冷やされていたタオルを絞って咲夜の額に乗せる。
「ッ………この冷たさには慣れないわね」
「……あー、確かにそうですね。俺も風邪患ったときはかなり大変でした」
「貴方も?」
「失礼ですね。俺だって風邪をひくときだってありますよ。貴方と同じ人間なんですから」
「ごめんなさい、貴方が風邪をひくなんて想像も出来なかったから」
「今でこそ笑い話ですけどほんとにその時は大変でしたから」
「医者に見てもらわなかったの?」
「その場には俺しかいませんでしたから」
「その場?家でしょ?外に出れば誰かがいるでしょうに」
「いや、俺以外誰もいませんよ」
「…………どういうこと?」
「んー………、実はこの幻想郷に迷い込む前にある山近くの廃村に住んでいまして、その時に風邪を患いました」
「廃村?」
「えぇ、どうせ家族にすら気付かれずに生きているのも意味がないと思いまして……一人で生きてやると躍起になってそう決断しました」
「……………」
「結局治りましたけど治すまでかなり大変でしたよ」
「橙矢………」
「その後自殺を図りまして……ですが悪運強くここに迷い込みました」
「自殺を?」
「……俺なんか生きる価値ないと思いました。次第に廃村に残っていた食料も底を尽き始めた。……だったらこっちから閻魔様に会いに行こうと」
「……………橙矢」
「何でしょうか」
「貴方は……一人の時寂しかったかしら?」
「それはもう。世界から俺の存在が綺麗サッパリくり貫かれたようで…………………」
とそこまで話した時に何か熱いものに包まれた。
その正体はすぐに分かった。咲夜が橙矢を抱き締めていたからだ。
「さ、咲夜さん……?」
「……ごめんなさい。………貴方の辛い過去を思い出させるような話をして」
「………何言ってるんですか?」
「馬鹿……気付きなさいよ。貴方泣いてるじゃない」
「え………?」
頬に手を当てると何か透明な液体が。
「……………」
「何が一人でも生きていけるよ………貴方ほんとに馬鹿だわ………。けど辛かったでしょう?寂しかったでしょう?……でももう安心しなさい。私達紅魔館の皆は貴方を見捨てたり忘れたりしないわ。必ずよ」
気が強いとはいえ未だ齢十七、八程度の少年だ。精神的にも厳しいものがある。
「咲夜さん……」
「今までよく頑張ったわね………もう貴方のことを忘れたりする人はいない」
「……………………………俺は」
ポツリと橙矢が呟く。
「……俺は、信じても………いいんですか?」
「当たり前じゃない……。私達は紅魔館というひとつの家族なのよ?信じない方がおかしいわ」
「咲夜さん………」
「もう我慢しなくてもいい………家族なのだから」
「………はい」
▼
顔を真っ赤にしながら微妙に距離を離して橙矢と咲夜は俯いていた。
「あの咲夜さん……そろそろ召し上がったらどうでしょう」
冷め始めているであろうお粥を指差すと咲夜が慌てて手を伸ばす。
「あ、あぁそうね。……頂くわ」
が、まだ底辺の方が冷めてなかったのか反射的に手を放してしまう。
「あつッ!」
お椀が宙を舞い、咲夜にかかろうとする。
「ッ!咲夜さん!」
素早く反応して咲夜にかかる寸前でとりあえず近くにある氷水が入っているバケツを投げ付けてお椀を吹き飛ばす。と、同時にバケツがひっくり返って氷水が大量に咲夜にかかる。
「あ……………………………」
「………………………………」
「……………………あ、あの」
「ふふ…………………橙矢、貴方私に何か恨みでもあるのかしら?」
「……め、滅相もございません」
「……………ハァ、まったく貴方は………」
「すみません………あ」
何かに気付いたのか急に橙矢が視線を逸らした。
「橙矢、何処を見てるの?」
「え、あ、いやその…………」
気まずそうに橙矢は咲夜の服を指差す。
「……………?」
指に沿って視線を落とすとそこには濡れた服装の咲夜が。
みるみる内に咲夜の顔が真っ赤に染まる。
「あの…………す、すみません」
「と…………」
「と?」
「と、橙矢の馬鹿………!」
目の淵に雫を溜めた咲夜が放ったアッパーが綺麗に橙矢の顎にクリーンヒットした。
うーん、どう収束をつけましょう………。
感想、評価お待ちしております。
では次回までバイバイです!