東方空雲華【完結】   作:船長は活動停止

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番外編として今回は橙矢が紅魔館の執事として働き始めた時の話です。


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ではではどうぞ。



紅魔館での日常
其のⅠ


―――――これは東雲橙矢が執事として働き始めた頃の話―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、面倒だ」

気怠そうに紅魔館の長い真紅の廊下を歩いていた橙矢は頭を掻いた。その理由は着慣れない執事服を着ているからだ。

今向かっているのは橙矢の主人である吸血鬼、レミリア・スカーレットの部屋だ。先程妖精メイドからレミリアの部屋に来るよう言われていた。部屋の前に来ると軽くノックした。

「レミリアお嬢様。東雲です」

「ん、あぁ橙矢ね。入りなさい」

失礼します。と言ってから部屋の中に入る。

顔をあげると幼い少女がソファでふんぞり返っていた。

「いらっしゃいな橙矢」

「どうも、昨日ぶりですね」

「えぇ、それよりもどうかしら。執事服は。キツくない?」

「サイズピッタリです。動きやすいですし何も言うところないです」

「そう、なら良かったわ」

「それはそうと妖精メイドからここへ来いと言われたのですが……。自分に何かご用で?」

「そういえばそうだったわね。忘れてたわ。……咲夜」

「――――ここに」

レミリアが指を鳴らすと咲夜が後ろに姿を現した。

「橙矢、早速だけど貴方の仕事担当の配分をさせてもらうわ。して、何か家事で得意だった事はあるかしら?」

「家事ですか?基本的に家事全般なら大方出来ますが」

「………それはそれで困るわね。なら咲夜の手伝いでもしてちょうだい」

「私の、ですか?しかしながらお嬢様。私に手伝いは不用で………」

「少しでも楽になるでしょう?それに橙矢だったら家事全般が出来るって言うんだし」

「…………承知致しました。橙矢、付いてきなさい」

「あいあいさー」

「まず貴方には言葉使いを教えなきゃいけないようね」

「分かりました咲夜さん」

背筋を伸ばして敬礼する。その態度が気に食わなかったのか橙矢に近付いて頭を叩かれた。

「あだっ」

「貴方ほど従者としての自覚が無い人は初めて見たわ」

「そりゃどうも」

「褒めてないわ」

「分かってます」

「……………」

再び頭が叩かれそうになるが受け止めた。

「そう何度も効きませんって」

「………橙矢。遊んでないで早く行ってくれるかしら」

殺気の籠った視線が橙矢を貫き、どっと冷や汗が出てきた。

「……すみませんレミリアお嬢様。気を付けます」

「……咲夜。早くこの非常識人を連れていってちょうだい」

「はい、速やかに拉致します」

そう言うと咲夜は橙矢の耳を引っ張っていく。

「ちょっ、いだい!いだいって咲夜さん!」

「礼儀を知らない貴方が悪いわ」

「わかたりましたわかたりましたから離してー!」

そう言い合いながら咲夜と橙矢は部屋を後にした。

「…………ハァ、橙矢にも困ったものね」

一人残ったレミリアはため息を吐いた。

「………私としては中々良い拾い物したと思ったのだけれど………」

執事としては申し分無い。だが従者として主人への忠誠心が圧倒的に足りない。それどころか皆無だ。例えるならそう、忠誠心が無い咲夜みたいなものだ。それはそれで恐ろしいが。

「まぁ良いわ……ゆっくり従わせていきましょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めに橙矢と咲夜が来たのは大浴場だった。掃除をしている妖精メイド達が見れた。

「まずはここを掃除するわ」

「え、けど咲夜さん。今掃除してますよ」

「サボる子達がいるからね。その妖精達の指導も頼むわ」

「俺がサボるという心配はしてないんですか」

「したら……分かってるわよね」

微笑みながら握り拳を作る咲夜に軽い恐怖を感じた。

「………………………はい」

結局言われるがままにちゃんとやる羽目になった。

「で、俺は何処からやればいいんですか?」

「そうね………壁でも拭いてなさい」

「マジですか」

「何か?」

「いえ何でもないです」

「そう。………私は少し離れたところにいるから何か分からない事があれば妖精メイドを通して私に伝えてくれればいいわ」

「了解です」

軽く頭を下げるとその場を後にしようとする。

「橙矢」

不意に咲夜が橙矢を止めた。

「何でしょう咲夜さん」

振り向くと少しだけ目を見開いた。

あの仏頂面を咲夜が微笑んでいた。

「頑張ってね」

「………………………」

あまりの事に何も言葉がでなかった。さらに咲夜はかなりの美人だ。さすがの橙矢も少したじろいだ。

「…………はい。精一杯やらせていただきます」

上着を脱ぎ捨てるとシャツの腕を捲り、大浴場の中へと入っていく。

すると妖精メイド達が橙矢を訝しげな視線で見てくる。それを受け流しながら一通り壁に目を通す。

(あまり汚れてないな………特にやる必要はないか?……いや、一応やっておくか)

汚れているところを探して少しだけ黒ずんだ場所を見付けると近くにいる妖精メイドに声をかける。

「おいそこの妖精」

「……何でしょうか。新人」

「おぉういきなり見下すか。まぁいいや、それよりもえぇと………ぞうき……じゃなくて束子的なものないか?」

「束子、ですか?でしたら……あの辺りに」

妖精メイドが指差す方に視線を向けると洗面台があった。確かにそこに束子がある。

「分かった。ありがとな」

手を上げて妖精メイドに背を向けた、瞬間。真上から冷たい液体が橙矢に降り注いだ。

それずに水だと気付くのにそう時間はかからなかった。

「……………………あ?」

青筋を浮かべながら真上を見上げる。そこには橙矢を指差して笑っている妖精メイド達がいる。

「………紅魔館にはこんなこんな歓迎の仕方があるのか?」

低くドスの効いた声を発する。

「…………………………」

人間とは思えないほどの殺気を放つ。自身でもキレやすいと思っているがこんなことされれば誰だって怒りを覚えるだろう。

「…………悪いが俺は咲夜さんみたく気が長くない」

香霖堂店主の霖之助から貰った刀に手をかける。そこで妖精メイド達はやってはいけないことをしてしまったと気付く。

「あーあ、お前らがサボって遊んでいた事を庇ってやったのに………まるで俺が馬鹿みてぇじゃねぇか」

少しだけ刀を引き抜く。

「……………」

その時咲夜が大浴場に飛び込んできた。

「橙矢!?何してるの!?そんなに濡れて!」

「………ちょっと待っててください咲夜さん。こいつらに教育させなければならないので」

「それを待てと言ってるのよ。粗方何があったか想像がつくわ」

チラと妖精メイドの方を見てナイフに手を伸ばすと彼女等は息を飲んだ。しかし橙矢はため息をついて抜きかけていた刀を納めた。

「…………もういいや。すみません咲夜さん。俺がバケツをひっくり返して水を被ったということにしといてください」

「………………?何を言ってるのから」

「どうでもいいって事ですよ。少しばかり俺も短気過ぎました」

「…………けど」

「咲夜さん」

「……………仕方無いわね」

言われようのない気迫に気圧されたのか呆れた様子でナイフを仕舞う。

「どうも。話が分かる人で助かり――ぇくしょん!」

盛大にくしゃみをしてしまい、次いで寒気が走る。

急いで脱ぎ捨てた服を着込む。

「まさか風邪ひいたの?」

「労災出ますかねこの仕事」

「出るわけないでょう。それより身体を拭いて待ってなさい。代わりの執事服を取ってきてあげるから」

「すみません………」

「まったくよ。仕事を増やさないでくれるかしら」

「……………うぃ」

咲夜がその場から消えると橙矢は大浴場から出て綺麗に並べてあるタオルを手に取ると頭を吹き始めた。

「畜生……仕事初日からこれかよ」

「…………あの」

「あ?」

後ろから怯えた様子で妖精メイドが声をかけてきた。先程水をぶっかけてきやがった妖精だった。

「………先程はすみませんでした」

(……何だよ、謝れるのか)

素直に感心しながら手をヒラヒラと振った。

「……別にもういいよ。過ぎた事だし」

「え?」

余程意外だったのかまじまじと橙矢の顔を見てくる。

「………なんだよその反応。いいから早く持ち場に戻れっての」

濡れたことによって視界を覆う髪を鬱陶しげにかき上げる。橙矢に頭を下げながら持ち場に戻っていく妖精メイドを見届けると咲夜が背後に現れた。

てか速すぎだろ、戻ってくるの。

「橙矢、レミリア様がお呼びよ」

「………またですか?」

「文句を言わない」

「……………何か嫌な予感しかしませんけど」

「いいから来なさい。私も呼ばれてるから」

「もっと嫌な予感しかしませんね」

「どういう意味かしら」

「なんでもありやせーん。……すみません分かりました付いていきます」

「最初からそう言えばいいのよ」

「ほいさっさ」

ほら行くわよ、と大浴場を出る咲夜に付いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

一言言ってからレミリアの部屋へと足を踏み入れる。

そこには寝間着姿で本を読んでいる少女と門番をしているはずの紅美鈴がいた。その二人に挟まれるようにレミリアがソファに座っていた。

「災難だったわね橙矢」

「まったくです」

「して橙矢。今は身体が冷えてるかしら」

「えぇとても。正直風邪ひいたかもしれません。労災とか出ますかね」

「出るわけないじゃない」

橙矢の問いに答えたのは寝間着の少女。眠そうな目で橙矢を見る。

「貴方が今日から働き始める東雲橙矢ね。私は紅魔館の中にある図書館の主。パチュリー・ノーレッジよ」

「パチュリー様……ですか。して先程からは何をお読みになっておられるのですか?」

「私に答える義務はないわ」

「左様ですか。大魔法使い様もケチなんですね」

「………よく分かったわね」

「勘です………ぇくしょん!」

本格的に全身に寒気が走る。

「マズいわね。ほんとに風邪じゃないかしら。パチェ、確か貴方薬持ってたわよね」

「いやねレミィ、私が持ってるのは喘息を一時的に抑える薬だけよ。一応薬はあるのだけれど……それは私が実験で作ったやつだから……」

「だったらそれで構わないわ。咲夜」

「はい。持ってきました」

「さすが咲夜さん。仕事が速い」

「橙矢に褒められても皮肉にしか聞こえないわ」

咲夜が差し出した手の中に二錠の粒状の薬があり、それを掴むと二錠喉に流し込んだ。それと同時に急に睡魔が襲いかかる。

「パチュリー様……これ、ほんとに……………」

最後まで言い切る前に橙矢はその場に倒れて寝てしまった。

「………咲夜。貴方何渡したの?」

レミリアが咲夜を見るが咲夜は首を傾げるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何処かの部屋のベッドの上で目を覚ますと橙矢は何か違和感を感じた。

何か股の間が何やら通気性がいい。

「……………は?って何だよこの声!?」

次いで自らの声の高さに驚いた。橙矢が裏声を出したとしてもこんな高い声は出ないだろう。

「なんだ……何かがおかしいぞ………」

自分の身体を見下ろすと何やら胸が出ている気がする。

「あれ、俺こんな胸筋鍛えてたっけ……?」

ベッドから降りると部屋に設置されている大鏡のまえに立つ。

するとそこには腰まで伸びた艶やかな髪をたなびかせた女性がいた。

その女性は何やら橙矢に似ていた。まるで橙矢をそのまま女にしたような――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――何で女になってんだアアァァァ!!?」

 

 

 

 

 

 




次回に続きます。

では次回までバイバイです!

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