東方空雲華【完結】   作:船長は活動停止

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投稿遅れてすみません。ケータイのデータが一部吹っ飛んでしまいまして……。

では気を取り直して。

ではではどうぞ。




最終話 貴方と共に

それは世界から忘れられた一人の少年と全てを受け入れた楽園の物語―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

 

 

 

 

 

東雲橙矢が居なくなった桜が舞い散る幻想郷は彼がいなかった四ヶ月ほど前の光景に戻っていた。

しかし変わったことがいくつかあった。

ひとつ、幻想郷縁起に載ってある異変の欄に新たに『叢雲の異変』が追加された。

ふたつ、それまで里は外来人に対して少し離れ気味だったが先の異変後、外来人が迷い込んでも受け入れる体制になったそうだ。

みっつ、スペルカードルールを守る下級の妖怪が増えた。恐らく東雲橙矢が退治屋をしていた名残があったのだろう。人間達を恐れて襲わなくなった。それどころか逆に友好的だ。

 

その他にも色々と変わったことがある。

どれもこれも全ては東雲橙矢が命を賭して変えたことだ。縁起の英雄伝の欄に東雲橙矢の姿が描かれている。

腰に刀を差した学生服を着た歳は十七歳くらいの少年。

種族は人間。

一度妖怪や神に近い存在になるが最終的には人間に戻った、そうだ。

里の人々は二人除いて彼を覚えているものはいない。覚えているのは上白沢慧音、そして稗田阿求。この二人である。

しかし二人はなにもかも話しはしなかった。

話せなかった、というべきか。東雲橙矢の話をすると二人は気まずそうに視線を逸らすだけだ。

里の人々はそんな二人を見てか聞くのを止めた。どうせ聞いたところで自分達には関係の無いことだと思ったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天界の端で比那名居天子は座り込んでいた。

「…………駄目ね。暇でしょうがない」

ため息をつきながら後ろに倒れる。

「……天子様、ここにいらっしゃいましたか」

「んー?」

視線を上げると龍神代理の永江衣玖が佇んでいた。

「あー依久じゃない。どしたの?龍神代理の仕事はいいの?」

「新しい龍神様がお決まりになられましたので」

「そ、ならお疲れさま」

「ありがとうございます」

「それで用件はそれだけ?」

「いえ、もうひとつだけあります」

「…………言ってごらんなさい」

「では、失礼します」

すると衣玖は天子を腕の中で抱き締める。

「………へ?」

「………この一ヶ月間ずっとつらかったでしょう。知ってますよ、貴方がここへ来るとき何かに思い耽っていることを。………偶に涙を流していることも」

「衣玖………?」

「…………大切な人がいなくなったのは確かに辛いです。ですが貴方はそれを乗り越えていかなければなりません。………これから生きるために」

「…………どういうことよ」

「………………無論彼のことを忘れろ、とは言いません。……お気持ちは分かりますがせめてその心はどうか胸の底に収めてください」

「…………そんなの……そんなの出来るわけないじゃない」

天子の目の端に雫が溜まる。

「もう嫌なのよ彼を……東雲を忘れるのが!………東雲のことは絶対に忘れはしたくないの……!」

「……………………」

「これ以上東雲を忘れると……誰の記憶にも残らなくなる可能性だってあるのよ………そんなの……そんなの可哀想じゃない!」

「……生き物は思い出を忘れることで前へ前へと進むことが出来ます。いつまでも引きずっていては進めませんよ」

「………構わないわ。東雲を忘れるくらいなら………そのくらい………」

「貴方はほとほと呆れるくらい馬鹿ですね」

ふと衣玖の声音が下がる。

「恐らくあの人は忘れられただけでどうこう言う人ではありません。彼がどれほど強い人か………あの場にいた貴方なら分かるでしょう?」

「…………えぇ」

「一度でも会ってない私ですらそれくらいは理解できます。……貴方ならとっくに気が付いているのでしょう?」

「………………」

「天子様。貴方はもう少し人を信じることを学んだ方がいいですよ」

衣玖は天子を放すと踵を返す。

「……もう用件は済みました。私はもう行きますね」

地を踏む音が遠くなっていく。それを確認すると今まで抑えていたものが崩れ、涙が溢れ出る。

「………東雲…………………」

流れる涙は地を濡らしていく。

「衣玖の言う通りよね……貴方はそんなに弱くなかったわよね………」

顔を上げて永遠と続く空を見上げる。

「貴方は何処からか私を見て笑ってるんでしょうね」

涙を拭って立ち上がる。

「………覚悟しておきなさい東雲。今度会ったとき、この総領娘である比那名居天子を泣かせたこと、後悔させてあげる」

 

 

 

 

前に比べて少しでも前に進めた、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい霊夢。遊びに来たぜっと!」

博麗神社の境内で落ちている落ち葉を集めているとその山に魔理沙が突っ込んできた。

別段に変わった光景ではない。毎度毎度のことなので霊夢も気にしていないが。

「……………あんたねぇ」

「いやー、毎度毎度すまんな。どうも引き寄せられるみたいで」

「あんたと落ち葉の山は磁石同士か」

「おいおい霊夢。馬鹿なこと言っちゃあいけないぜ」

「じゃあ何なのよ」

「落ち葉と人間だ」

「……………………………………」

「あ、あれ」

「お茶くらいは出すわ」

「す、すまん………」

「その腐った脳ミソを活性化させなさい」

「もしかして馬鹿にされた?」

「もしかしなくても馬鹿にしたわ」

「言ってくれるぜ」

軽口を叩きながら二人は神社の中へ入っていく。

「後で賽銭入れなさいよ」

「分かってるっての」

「あんた盗ってくだけじゃない」

「……………」

霊夢はため息をつくと茶を出すため台所へ向かう。

「少し待ってなさい」

「はいはい」

縁側に出て足を投げ出して腰を下ろす。

帽子を取ると傍らに置く。

「待たせたわね」

「ん、意外と早かったな」

霊夢は茶を入れた湯飲みを魔理沙の横に置くと魔理沙同様縁側に座る。

「………………なぁ霊夢」

「なによ」

「……………もう一ヶ月経つんだな」

「…………そうね」

「なぁ霊夢。お前あれからあいつのところ行ったのか?」

「……墓参りは行ってないわよ」

「…………私ですら行ってるんだぞ。行ってやれよ」

「…………まだ信じられないのよ。彼がいなくなったことなんて」

「…………私だって信じられないさ。けど事実なんだ。受け止めなくてどうすんだよ」

「………分かってるわよ。けどそう思えばそう思うほど余計に行きたくなくなるの」

「…………」

確かに霊夢の言っていることにも一理ある。だがそれはただの現実逃避だ。

「…………それより宴会は開かないんだな」

「えぇ、誰も来たくないわよきっと。……大切な人が亡くなったのだもの」

「………そりゃそうだわな」

「来るのは馬鹿な連中だけよ」

「………じゃあ私もその馬鹿な連中の中の一人だな」

「……………でしょうね」

「だがただ単に宴会をしたいだけじゃないぜ。今回の異変の一区切りとするんだ」

「一区切り?」

「あぁ、ただ楽しむだけじゃなく盛大に橙矢を送ってやるんだ」

「……………………」

「いつまでも辛気くさい雰囲気出されてちゃ橙矢も安心して逝けないだろ?」

「………………ッ」

魔理沙の言葉に目を見開く。

あぁ、どうして気が付かなかったんだろう。私はただひたすらに橙矢の死から目を背けていた。だが魔理沙はずっと向き合っていたんだ。

………その場にいた私がこんなになっていてどうするんだ。

「………ふふ、それもそうね」

自嘲気味の笑みを作ると自らを鼓舞して立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、宴会を始めるわよ―――――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

安心なさい橙矢。

貴方のことは絶対に忘れはしないわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもの異変後と同じく今夜は宴会が行われることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妹紅は慧音に連れられて橙矢の墓の前に来ていた。

「なんで今頃なんだ?」

墓の前で手を合わせている慧音に問う。

「……………もう一ヶ月になるだろ?そろそろ行っておいた方が踏ん切りがつくと思ってな」

「踏ん切りなんてつかないさ。……心の整理が追い付かない。こんなの何十年ぶりだろうな」

「……………そうだな。妹紅がそこまで落ち込んでるのは久々に見た」

「そりゃあ私も生物なんだ。……気持ちだってあるさ」

「………けどな妹紅。私達生物は時に忘れなければいけないものだってある」

「なんだと?」

「人は忘れることによって生きていける。そういうシステムだ。いつかは東雲のことも忘れてしまうだろう。必ずな」

「………だがそれを遅らせることを出来ることだって出来る」

「…………人は必ず忘れてしまう。それを遅らすために人は何をしなければいけないと思う?」

「え?」

「答えは形として残すことだ。この場合東雲の墓しかないわけだが………墓参りを習慣付けば忘れることは格段に遅くなるだろう」

「慧音達みたく私は死ねる身体じゃないからな。覚えておけるのは何十年先だか……」

「まったく……お前はすぐネガティブ思考に落ちるんだから……」

「ネガティブじゃない。事実を言ったまでだ」

まぁでも、と慧音は振り返って墓に背を向けると歩き出す。

「生き続ければいずれ会えるさ。東雲にな」

「………どういう意味だ?」

「……亡くなった人の魂は彼岸へ渡り、そして閻魔様に裁かれた後に転生を待つ。つまり東雲の魂はまだ生きてるってことさ」

「…………………馬鹿言うなよ。同じ魂だったとしても橙矢とは限らないんだ」

「そんなの当たり前だ。誰になるかはその者次第だからな。………ただそれしか頼る術が無い」

「…………分かってるよ……」

「妹紅?」

「…………後悔してるんだ。三ヶ月半くらい前にルーミアの封印が解かれたときってあっただろ?」

「……あぁ」

「再封印した後に橙矢の意識が戻らなくなったとき私は永琳に蓬莱の薬を飲ませたらどうだと提案したんだ。もちろん却下されたけどな」

「その時に無理でもして飲ませたらこんなことにならなかったのに、とでも言いたいんだろうがそれは………」

「間違いなのは分かってるよ。けどそれまでしてあいつは生きる価値がある人間なんだよ」

「………生きてる価値があるないなんて死んでから決まるもんさ。大切なものは無くなってから始めて分かる。あるうちは分からないもんさ」

「…………」

「お前は不死だからな。余計にそういうのには疎いだろうな」

「………きっとな」

「人には必ず別れがある。それは逃れられないものだ。だがそれを乗り越えて人は強くなり、人は生きていける。妹紅、いずれかは私とも別れがくる。………だからせめて、せめてそれまではお前と一緒にいるよ。別れは最後だけでいいだろ?」

「慧音……………」

「いつまでも暗い表情はやめろ。生きている私達は………前に進むしかないんだからな」

妹紅の時間は蓬莱の薬を飲んだ千三百年前から止まったままだ。……だがある少年と出会ってから動き出した。

その少年がいなくなってから妹紅の時間は再び止まったのか。

それを決めるのは妹紅自身だ。

だが妹紅はすでに答えを出していた。

私は生きている。それはつまり時が動いている、ということだ。

彼女はこれからもいくつもの出会いと別れを繰り返して強くなるだろう。

 

 

 

 

 

不老不死の呪縛を解く、その時まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「咲夜」

主人の声がして瀟洒なメイドは主の部屋の扉を開く。レミリアはテラスに出してあるパラソルのついた机で紅茶を飲んでいた

「いかがなされましたかお嬢様」

「少し付き合ってちょうだい」

「ティータイムにですか?」

「えぇ、一人じゃどうも落ち着かなくてね」

「お嬢様もですか?」

「も、ということは貴方もそうなのね」

「…………………はい。胸に穴がみたいに……どうも仕事に集中できないんです」

「……確かにそうね。……まぁ大方理由は分かるけど」

「………もう一ヶ月経つんですね」

紅魔館に植えてある木にも桜が咲き始めた。ただそれをめでたい、などとは思わなかった。花見をしたいとは思わなかった。紅魔館の面々、フランドールでさえ言い出さなかった。

彼女にはすでに橙矢が死亡したことは伝えてある。その時のフランドールの表情は忘れられない。目を開かせて何で?と何度も何度も聞いてきた。

無邪気だからこそ、余計に疎い。

「………さらに門番も職務怠慢……」

「美鈴はいつものことでは………」

「いつもより酷いわよ。最近は食事の時すら顔を出さないのよ」

「えぇ分かってます。………橙矢がこの館の執事になったときはじめて親しくなったのは彼女ですもの。………仕方のないことだとは思うのだけれど」

「そんなに思えるだなんて……少し嫉妬しちゃうわ」

「お嬢様、ほんとは辛いのでしょう?」

「それは貴方も同じでしょ」

「………はい」

肩を竦めて苦笑いする。

「……………人はこうも簡単に死ぬのね」

「…………人でなくとも恐らくあれだけの攻撃を喰らえば死にますよ」

「違いないわね。私だってあれだけ喰らえば生きてるかどうか分からないもの」

「それでも彼は、橙矢は喰らいながらも幻想郷のために救おうとしていました」

「………恐ろしい生命力ね」

「それほど幻想郷のことを救いたかったのでしょう。……私では真似できません」

「そんなこと出来るのは妖怪の賢者くらいよ」

「私はその考え方は理解出来ません」

「そうかしら?……なら私が危険な状況になった?」

「もちろん全力で助けに参ります」

「それと同じよ。ただ規模が違うだけ」

「……何故か橙矢に負けた気がします」

「護りたい物があるだけマシよ」

「そうですね。…………さてお嬢様。そろそろお昼時ですが昼は何をお召し上がりになりますか?」

「……………何でもいいわよ」

背もたれにもたれて愛想なく答える。

「皆と食事が出来ればなんでもいいわ」

「………そうですね。では美鈴を呼んできます」

「でもどうやってよ?」

「決まってますよ」

そう言って指の間にナイフを挟み込む。

「無理矢理にでもです」

「……………はぁ……。貴方は困った時はいつも力押しね」

「それしか能がありませんから」

「嘘おっしゃい。それとフランも呼んできてくれるかしら?」

「妹様をですか?」

「えぇ。そろそろあの馬鹿を外へ出さないといつ精神が壊れてもおかしくない」

「じゃあ私が部屋から出ればいいだね!」

不意にレミリアの背後から明るい声が聞こえた。

「そういうことよ。…………………」

「………………………………」

「………………………」

「「ゑ」」

「何の話してるの」

「フラン!?」

「妹様!?」

「?そうだけど?」

「貴方部屋にいるんじゃなったの!?」

「何で?そんなこと私の勝手でしょう?」

「確かにそうだけれど………」

「私だっていつまでも落ち込んでられないのよ。………お兄様に怒られちゃう。落ち込んでたって何も始まらないし」

「…………………………お嬢様」

「……………」

レミリアはふっ、と笑みを溢す。

「まさかフランに教えられる時が来るなんてね…………」

「咲夜、今夜は霊夢のところへ行って宴会でも開いてもらいましょう。もちろん皆同伴でね。強制よ」

「お嬢様……………はい、分かりました」

「じゃあまずはお昼を済ませましょう。行くわよフラン」

「分かってるわお姉様。それよりお昼のご飯はなにか―――――」

楽しそうに話しながら部屋を出ていく吸血鬼姉妹を見送りながらテラスから見える景色を一望する。

(………これが貴方が護りたかった景色なのね、橙矢………)

「咲夜ぁー、何してるのー!」

「早く行こうよー!」

扉の前で二人がまだいた。

「……はい、只今」

微笑むと踵を返して館の中へと入る。

そこにはいつも通りの紅魔館という家族があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

命蓮寺―――――

 

 

「村紗ー、村紗はいませんか?」

聖が寺中を回りながら声をあげる。

「……なんだい聖、そんなに歩き回って」

ナズーリンが気だるそうに縁側で座り込みながら迷惑そうに聖を見る。

「あぁナズーリン。実は朝から村紗の姿が見あたらなくて……困りましたね………」

「…………大方散歩だろう。直に帰ってくるさ。………それにあんな事があった後だからね。仕方無い。……ご主人だって元気がないんだ」

「……東雲さんはそれほど私達にとって大きな存在だったのね」

「ま、かくいう私も少し寂しいけど」

「珍しいですね。ナズーリンが宝以外に興味を示していたなんて」

「そんな珍しくないさ。ただ面白味のあるやつだとは思っていた。………こんな感情持つのは始めてだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

咲き始める花達を見ながら幽香は家の外に設置されている簡易な椅子に腰かけていた。

「あら、珍しい客が来たものね」

そう言う幽香の視線の先には命蓮寺にいるはずの村紗水蜜。

「やぁ風見幽香、久し振り」

「えぇ久し振りね。………こんなところに何の用かしら?」

「別に、特に用事は無いよ」

帽子を深く被って表情を隠す。

「………………じゃあ失せなさい。あいにくと私は暇じゃないの」

「知ってるよ。この花畑全てを管理的なことをしてるんだからね」

「管理なんて固い言葉はやめてちょうだい。趣味でしていることよ」

「そうだったね」

失礼するよ、と言って村紗はテーブルを挟んで幽香の反対側に置いてある椅子に腰かける。

「…………………………」

「…………………………」

沈黙が二人の中に漂う。

「…………………………」

「…………………………ねぇ船長さん」

「何?」

「貴方、船幽霊なんでしょ?」

「急になに………確かにそうだけど」

「成仏すれば橙矢とは同じところに行けるんじゃなくて?」

「………………そんな簡単なシステムじゃないよ地縛霊は」

「未練を残しているから、かしら?」

「そうだよ。だから私は成仏出来ない」

「……同情はしないわよ」

「逆にされても迷惑なだけさ」

「けれどまた未練が増えたみたいね」

分かるかい?と苦笑いして背もたれに背中を預ける。

「だとしたら少なくとも七人は未練を残している、ということになるわね」

「え?」

「霊夢に紅魔館のメイド、天人に蓬莱人、白狼天狗、それに貴方と私。少なくともこの七人はね」

「あんたも?」

「えぇ、私だって彼のこと好きだもの」

「えッ!?」

「…………何よその反応。私じゃ人を好きになっちゃいけないわけ?」

「いやそういう訳じゃ……ないんだけど」

「私だって誰かに好意を持つときだってあるわ…………それももう終わってしまったけど」

悲しそうな笑みを浮かべて瞳を閉じる。

「それに彼は最期にあの子を選んだから、私も潔く退くしかないでしょ」

「あの子?」

「チワワちゃんよ。………紫に橙矢のことについて話された後チワワちゃんが急に小屋を飛び出したでしょう?恐らくあれは橙矢がチワワちゃんを呼んだんじゃないのかしら」

「………まさかね」

「あれから一度チワワちゃんに会いに行ったのよ。そして聞き出そうとしたわ。……けれど彼女は悲しそうに微笑むだけ。まるで全てを悟っているみたいにね」

「………………………」

「もうお話しはいいでしょう。私は花達に水を与えてくるわ。後は勝手になさい」

しかし歩きだしてすぐにその足を止める。

「そうそう、貴方に渡したいものがあったわ。ちょっと待ってなさい」

幽香は一旦家の中に入っていった。

 

 

一分もしないうちに幽香が戻ってくる。

「あったあった。作ったのが少し前で探すのに大変だったわ」

そう言って幽香は一枚のカード状のものを渡した。それには花柄の模様が入っていた。

「…………これは?」

「見て分からないかしら。スペルカードよ」

「これが?」

「少々造るのに手間取ったのよ。……特別にあげるわ」

「けど…………」

「大丈夫よ、貴方だけが使えるようカスタマイズしておいたわ。……私のことなら心配いらないわ」

掌を見せるとスペルカードが生成した。

「私のはとっくに造ってあるわ」

村紗のカードとは少し違った花柄が。

「………模様、違うんだね」

「………紫のアネモネ。『貴方を信じて待つ』」

「え?」

「花言葉よ。私のこの模様の花のね。……いずれ橙矢が帰ってくると信じてね」

「………私のは」

村紗が聞くと幽香は優しく微笑んで口を開いた。

「エーデルワイス。花言葉は『大切な思い出』それと『勇気』。……素敵でしょう?橙矢と過ごした思い出をそのスペルカードを使う時に思い出してくれればきっと橙矢は喜ぶわよ」

「……………橙矢が」

「私からお願いするわ。……どうか橙矢のこと、忘れないであげてね」

「そんなこと……分かってるよ」

「そう…………私の用は済んだわ……じゃあね」

傘を手に取るとさして歩いて行く。

「………風見、幽香」

「何かしら?」

「………………ありがとう」

「……………」

幽香は振り向かずに笑みを浮かべるとそのまま歩を進める。

「……どういたしまして」

二人の距離が開いていく。それと同時に幽香は少し淋しさを感じた。

(………誰かと別れる時ってこんなに悲しいのね)

「ま、気長に待ってやるわよ橙矢。貴方とは話したいことがたくさんあるんだから」

四季のフラワーマスターの瞳に桜の花びらが映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カードを空に翳して村紗は目を細めた。

「……………エーデルワイス。……大切な思い出…………ねぇ」

エーデルワイスの花を見ながら少年との思い出を脳裏に浮かべる。

「………………楽しかったよね。あの時は」

帽子を浅く被り直すとカードをしまって幽香の後を追った。

 

 

 

「風見幽香ー、私も手伝ってやるよ!」

 

 

 

落ち込むことなんざ橙矢は望んでいないだろう。だったら私はこれからも笑顔を絶やさず明るく生きていこう。

 

 

 

 

 

 

 

橙矢が護ったこの世界で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつかの日。犬走椛が家から出ると家の前には妖怪の賢者、八雲紫が待っていた。

「…………八雲さん。如何しました?」

「………悪いわねチワワちゃんこんな朝早く」

「いえ別に……」

「……かなり丸くなったわね。昔の貴方なら容赦なく斬りかかっていたところだけれど。……ま、どれもこれも東雲さんのお蔭ね」

妖怪でも彼に深く関わっていた者はほとんど彼のことを覚えている。

「………えぇ。さすが橙矢さんですよ。それで、八雲さん。貴方は何故私を待ってたんです?」

「少し渡したいものがあってね。昨日まですっかり忘れてたのよ」

「鳥頭ですね分かります」

「ナチュラルにディスるのやめてもらえるかしら」

「まぁいいです。上がってください。中で話をしましょう」

「じゃあ邪魔しようかしら」

椛が戸を開けると中へ入る。

「茶とかは勝手に入れてくれても構いませんよ」

「大丈夫よ。そこまで時間はかけないから」

「そうですか。それで私に渡したい物は?」

「これよ」

紫は持っていた袖の中を漁ると一枚の写真を椛に渡した。

写真には椛のよく知る人物が。

「……………橙矢さん………」

「どこぞの鴉天狗が取材したときに撮った写真。残念だけれど撮ったものはそれしかないらしいわ。他の記者天狗が接触した形跡もないし……。恐らくそれが幻想郷の唯一の写真よ」

「………けれどどうしてこれを私に?」

「…………やっぱり彼が大切に思ってる人に持ってもらいたいわ。私が持っていても宝の持ち腐れよ」

「八雲さん…………ありがとうございます」

「気にしないでちょうだい。事実を言ったまでよ。それよりチワワちゃん、貴方確かその刀。東雲さんのよね」

「………えぇそうですけど」

「やっぱり………最後の最期に貴方を選んだのね」

「選んだ?」

「彼の意思を継ぐ、ということよ。彼が恐らく成したかったこと。それは大切なものを護ること。彼はそのためにその刀を使っていたんでしょう」

「大切なもの………」

「犬走椛、貴方は必ずその意思を継ぎなさい。それが彼に出来る恩返しです」

「………………」

「代償無しに何かを救うことは出来ない。彼はそう言ってました。ですが彼の本心はそうではありません」

「え?」

「………彼は自らを失敗例として皆の脳に残ることによってこれからそんな事態が起こらないようにしていた。そう私は想定してます」

「橙矢さんがそんなこと…………」

「……彼には感服するわ、何もかもお見通ししてるみたいね」

「……もしかしたら初めからこうなることを予測していたのかもしれません」

「だとしたら尚更よ」

「……………………」

椛はうっすら笑みを浮かべると立ち上がる。

「さて、と。八雲さん、そろそろ時間なので私はこれで失礼しますよ」

写真を袖の奥にしまうと玄関へ歩み寄り、戸を開けた。朝日が射し込んで咲いている桜に反射する光景に思わず目を細める。

「……………綺麗ね」

紫が後ろから感嘆の声を漏らす。

「…………」

しかし椛は賛同しなかった。確かに綺麗だ。だが三途の川にあった霊達が咲かせていた桜の方が何倍も綺麗だった。

「………賛同しないのね」

「えぇ。もっと素敵な光景を目にしてますから」

「………………そう」

理解したのかそれ以上は聞いてこなかった。

「……………八雲さん」

「何かしらチワワちゃん」

「………私は生きます。橙矢さんの意思を継いで、そして橙矢さんが生きられなかった分、私が生き抜いてみせます」

迷いを断ち切った瞳に紫を映す。

「……………それを聞いて安心したわ」

「……………………では」

身を屈めると一気に跳躍して切り立っている岩に乗るとそこからさらに跳ぶ。

遠くなっていく椛の背と腰には大きな剣と天叢雲剣。まるで椛と橙矢を表しているようだった。

だとしたら彼はまだ彼女の傍で生き続けているのだろう。そう考えると少し儚くて、だけども嬉しくて。

「………………東雲さん。貴方の意思は彼女がちゃんと継いでくれるわ」

白狼天狗の背がいつかの少年と重なって見えた。

 

 

 

まさしくその姿は空雲に咲いた一輪の桜の華―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

慣れていないせいか未だに腰に差してある天叢雲剣に違和感を感じる。

ふと腰に差してある天叢雲剣が微かに揺れる。

それが私が駆けているからなのか、それとも別の何かが天叢雲剣を動かしているのか。分かりません。切り立っている岩を足場にしながら仕事場へと向かう。

――――――東雲橙矢。

彼との出会いはふとしたことでした。

彼が何故か妖怪の山の麓で寝ていたところを起こした。それが彼との関係の始まりだった。

口は悪くて口を開けばいつも憎まれ口ばかり。ですが本当は誰よりも優しくて人一倍他人のことを思っている。そして誰かが助けを求めれば自分が不幸になることも躊躇せずに助けに行く。そんな橙矢さんにいつの間にか惹かれていました。

ですがもうその彼はいない。………いや、実体はなくとも彼の魂である天叢雲剣がずっと私の傍にある限り私達は一緒です。

………もう私は止まらない、そして二度とあんな馬鹿な異変は起こさせません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――だからずっと傍で見てて下さいね。貴方の代わりに全てを護ってみせますから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆け出した白狼天狗である犬走椛の白い毛が朝日に照らされて輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             ―――東方空雲華 完

 

 

 

 

 

 




はい、今回で本編は終了です。
橙矢君がいなくなった世界で彼女達は幸せなのか、それは読んでくださった皆様の考えにお任せします。読んでくださる人が百人いたとしたら百通りの解釈があると私は思うからです。


さて、ここまで読んでくださった皆様。本当にありがとうございました!約一年間ここまでやってこれたのはお気に入り登録をしてくださる皆様。そして感想、評価をくださった皆様のおかげです。

これからはsidestoryやifstoryを書いていこうと思ってます。

では次回までバイバイです!

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