バァン!と扉を蹴り破り、中に入っていく。
すでに刀は抜いており、何時襲われてもいいように身構える。
しかし橙矢はフラフラと歩いて全く身構えているとは言い難い。
だが瞳だけは真っ直ぐに向いていた。
「殺してやる………」
橙矢はもはや復讐のする事しか考えていなかった。
復讐したあとはどうするか、逆に殺されたらどうするか。
そんな事脳裏にすら浮かばなかった。
全ては妖精メイドを殺したドラキュラを殺すために。
また、妖精メイドを守れなかった自分を殺すために。
「殺す………」
長い廊下をゆっくりと歩む。
すると前方からドラキュラの眷属であろう吸血鬼達が現れる。
そんな事にまるで気付かないように橙矢はまだフラフラと歩き続ける。
吸血鬼達が橙矢へと迫る。
「………鬱陶しいんだよ」
一閃。
次の瞬間吸血鬼達が上半身、下半身と真っ二つに裂ける。
血が顔に付くが知ったことか。
「ば…化け物……」
まだ息があったのか一匹の吸血鬼がこちらを怯えるように見上げていた。
「………………」
橙矢は吸血鬼の頭を踏みつけると床に叩き付ける。
「ひ………や、やめ―――――」
「消えろ」
一切の躊躇なく頭を潰した。
その時皺の入ったものが見えた気がしたが今の橙矢にとってはどうでも良いことだった。
血を払うように刀を振ると鞘に収める。
そしてまたフラフラと歩き出す。
人とは思えないほどの殺気を身に纏って。
「………………橙矢」
迷いの竹林で霊夢と紅魔館一行は未だに動いていなかった。
「……お嬢様、一先ず紅魔館へ向かいましょう」
「……………えぇそうね。けど橙矢は妖精メイド一匹を除いて死んだって言ってたわよね。まずそのメイドを探しましょう。紅魔館内にいるってのはまずあり得ないわね。橙矢が何処かに保護しているでしょう」
「分かりました……。ですが何処に保護されてるのでしょう?」
「……あいつはまだこっちに来て日が浅い。多分頼れる者がいないと思う。だから橙矢の家だと思うわ」
「分かりました。では今から向かいましょう」
レミリアは住民達と霊夢を連れて橙矢の家を目指した。
「……………」
最後に残った眷属の吸血鬼の頭を潰すと顔をあげる。
仰々しいほど大きな扉だった。
ガチャリ、と元々レミリアの部屋だったものの扉を開ける。
部屋の奥にある椅子に憎々しい吸血鬼が座っていた。
折った腕はとうに治っていた。
「やぁ、来るのが早かったじゃないか。もう少しゆっくりしていても良かったんだぞ?」
「うるせぇ………」
「それに私に付けられた傷はまだ治ってないのだろう?」
「…………余計な気遣いはいらねぇよ。それより………」
そこで橙矢は俯く。
「うん?どうした?」
グンッと顔をあげ、その顔には――
―――三日月に歪んだ笑みが浮かんでいた。
「――――――!」
一瞬でドラキュラの前に来ると顔面に膝蹴りを喰らわせる。
「ようやくテメェを殺せるんだからよォ!」
そのまま踵を腹に叩き付ける。
「貴様………ッ!」
爪で橙矢を裂く。
橙矢は構わず前に出て顔面に拳を叩き付ける。
爪が橙矢を裂き、血を巻き上げるが一切橙矢は気にしない。
「殺したきゃ殺せよ……!だが俺はテメェが死ぬまで死なねぇぞ……!」
刀を抜いて振り抜く。
型なんて無い。
ただ殺すための一閃。
ドラキュラは上半身を倒して避ける。
「そう来るよなァ!」
すでに橙矢は足を振り上げてドラキュラの真上をいた。
「クッ!」
身を捻り、降り下ろされた足を避ける。
空振りした足は床に激突し、ヒビを入れる。
「調子に乗るのもいい加減にしろ!!」
ドラキュラが叫びながら近距離で弾幕を放つ。
「ッ!」
さすがに弾幕を無視する訳にはいかず、範囲外に身体を飛ばす。
「そういやァあんたに聞きたいことがあったんだよ!この世界の事を知らねぇテメェがなんで弾幕なんて知ってる!?テメェが考えたにしては出来すぎている!」
刀を真っ直ぐにドラキュラに向けながら吠えた。
「………何故私が知っているか?……そんなもの分かりきってるくせにな。私は殺されかけたあの日からこの世界にいるのだ別に知っていてもおかしくはあるまい?」
「幽閉されていたくせにか……!?」
「違うな。最初の方は私は自由だった。その時に少し弾幕を使って人を襲っていたら博麗の巫女にめった撃ちにされてな。それであの様だ」
「それじゃあドラキュラの名が泣くぞ?」
「黙れ!貴様には分からないだろうな!!下等の人間に殺されそうになる屈辱を!だから私は目覚めた能力を使ってある一人を世界から拒絶させた」
「………能力?」
「………あぁ、それは〈指定したものをその世界から拒絶させる能力〉だ」
「――――――――ッ!!」
聞いた瞬間戦慄が走った。
「ま、さかテメェ………」
「気晴らしにやったものだがその後のその拒絶させた人間はどうなったか知らぬ。………あぁ願わくば会ってみたいものだな」
「…………なら都合が良いな。こちらもようやく合点がついた。……なんで忘れられたか。そうか………」
「?何を言ってる?」
「察しが悪いなァ!会ってみたいんだろ!だったらもう叶っている!俺だ!俺がお前の能力によって元の世界から拒絶された人間だッ!」
怒りに任せて刀を横に薙ぎる。
そんな様子に驚いたのかしばし目を丸くしていたが徐々に肩が震えていく。
それが大きくなり、ついには笑い出す。
「クク………ハッ……ハッハハハハハハハ!!そうか!貴様がそうであったか!!あぁ愉快だ!実に愉快だ!どうだ!前の世界で忘れ去られた感覚は!!怒ったか!?絶望したか!?喜んだか!?」
腹を抱えて笑い転げる吸血鬼。
「………テメェ………!」
「これが笑わずにいられるか!?ククク…!」
「黙れ!」
一瞬で間合いを殺すと刀を降り下ろす。
予測していたのか紙一重で避けられると身体を爪で裂かれる。
「グ……!」
半回転すると回し蹴りをする。
しかしそれはドラキュラの右手で止められる。
「…………!」
そのまま引き寄せられると零間距離で弾幕を撃たれた。
「――――――――――!!!」
強化する暇も無く、ひとつとなく直撃し、吹き飛ばされる。
「……くっ……そ……!」
口から血を吐くと床にべチャリと広がる。
刀を杖代わりに立ち上がる。
「殺してやる………殺してやる………」
「どうした?私を殺すんじゃなかったのか?」
「言われなくても………!」
身体を沈み込ませてその力を解放する。
先程より遥かに速い速度でドラキュラに迫る。
「ッ!」
橙矢はドラキュラの胸ぐらを掴むと壁に叩きつけ、顔面向けてに刀を突き出す。
ドラキュラは至極落ち着いた様子で橙矢を殴り付ける。
「ゴハ……!」
刀がドラキュラに突き刺さる直前橙矢が吹き飛ばされ、刀が外れる。
その拍子に手から刀が抜け、宙に舞う。
ドラキュラは橙矢に向かって飛ぶ。
「チィ……!」
無理矢理空中で体勢を整えると落ちてきた刀を掴み、突き出してきた爪を受け止める。
「…………ッ!」
しかし勢いは止められず力任せで押され、壁に叩き付けられる。
「カハ……ッ」
ミシミシッと骨が軋む音がした。
「うぐ………アアァァァ!!」
腕を強化して押し返すと腹を殴り付ける。
ドラキュラは吹き飛び、着地する。
橙矢も着地するがすぐに手を床に付く。
「ハァッ……ハァッ………」
荒い息を整えながら立ち上がる。
「頑丈だな、人間のくせに」
いつの間にかドラキュラが目の前に来ていた。
「くそ…ッ!」
休む暇も無く、腕を強化させて降り下ろされた足を受け止める。完全には威力を止められず、地に倒れる。
追い討ちをかけるように橙矢の心窩に拳を叩き付ける。
「ガ……ッ!!?」
口から先程とは比べ物にならないほどの大量の血が吐き出される。
ドラキュラは手を止めずに橙矢を組伏せる。
「吸血鬼の本当の力を見せてやる」
そう言うと同時に橙矢の上半身を持ち上げると首筋に牙を突き刺した。
「――――――!!ガッ!?」
忘れていた。ドラキュラが吸血鬼であることを。
身体中の血が吸われていく感覚がする。
「はなせ………やアアァァァ!」
腕を強化させて拘束を解く。
その際に首もとの肉が持っていかれる。
「………ッ」
その痛みを押し殺して足を強化させると廊下に飛び出る。
同じ相手に背を向けるのは屈辱的ではあったが死ぬよりかはマシだ。
「ハァッ……ハァッ………」
とにかくまずはここから離れる。
広い廊下を駆けていった。
魔法の森の近くに目的の橙矢の家があった。
「ここが橙矢の家なの、咲夜?」
レミリアが隣にいる咲夜に視線を配る。
「えぇ、そうと橙矢からは聞いております」
実は橙矢が紅魔館で働き始めると同時に咲夜は予め橙矢の家の場所を教えてもらっていた。
咲夜曰く、何時でも呼びに行けるように家の場所を把握しておく、らしい。
「さて……問題は橙矢か妖精メイドかがいるか居ないかなのよね」
後ろにいた霊夢が家の戸を躊躇なく開ける。
「ちょっと霊夢、貴方には遠慮というものが無いの?」
「今は非常事態なんでしょ?いいじゃない」
「……………」
唖然とする咲夜を放っておいて霊夢は家の中へ入っていく。
咲夜はため息をつきながら霊夢に付いていく。
「見つけたわよ。あんたのところのメイド」
入ってすぐ霊夢が声をあげた。
妖精メイドは居間の隅で座っていた。
「あ……お嬢様……。それにメイド長……」
「無事だったのね、一先ず安心だわ。……橙矢は?」
レミリアが妖精メイドを見てふと気付く。
「あら?軽くだけど治療されてるみたいね。怪我でもしたの?」
「え、えぇ……。急に地下から出てきた吸血鬼に攻撃を受けてそれから東雲さんにやってもらったもらったものです……」
「吸血鬼……ドラキュラの事ね………ねぇ、その事なんだけどなんで復活したか知らない?」
「なんで、ですか?……………二人の妖精メイドが衰弱している今なら拘束を解いても平気だ、と思って拘束を解いたと聞いております………」
「え………?ちょっと待って、話は変わるけど昼間はその部屋には誰も近付いてないのよね?」
「は、はい……。そうですけど………」
「……………あの馬鹿執事………」
「お嬢様?」
「紅魔館へ行くわよ……!」
レミリアが家を飛び出す。
「ちょっとレミリア!待ちなさい!」
続くように霊夢が出る。
橙矢を助けるために。
「残念ながら貴方達にはここで足止めしていただきます」
―――その一言によってその考えは一気に霧散した。
医務室へ飛び込んだ橙矢はすぐさま奥にあるベッドの影に隠れる。
「ハァッ、ハァッ…!」
息が荒い所為か回りの音が何も聞こえない。
一先ず目だけで回りの安全するとベッドの物影から出て棚やらに置いてある包帯を取る。
ちゃんとした治療は出来ないが応急処置程度は出来る。
「………ッ」
首もとを包帯でキツく絞めると激痛が走る。
それでも手を止めずに他の箇所も処置する。
永遠亭で巻いてもらった包帯はとうに破れて見る影を無くしていた。
そして処置し終えると包帯を千切る。
ゆっくりと立ち上がって息を整えると耳を澄ませる。
「……………………」
部屋から見て右側の廊下から足音が聞こえる。
足音を立てないようにゆっくりと部屋の入り口の横に移動する。
―――――瞬間
「ホウ、そこか」
背中の激痛が走る。
「~~~~!?」
訳が分からずその場から跳び、ベッドの影に隠れる。
少し顔を出して見てみると先程橙矢がいたところの前の壁が爪で裂かれたような傷がついていた。
「……っそ!」
壁が吹き飛び、ドラキュラが姿を現す。
「どれ、私はもう鬼ごっこに飽きた。先程と同様殺し合おうじゃないか」
「ッ!」
影から飛び出し、地を思いっきり蹴り、跳ぶ。
ドラキュラへ、ではなく真横の壁へ。
「?」
これにはドラキュラも疑問の言葉を出す他無い。
(お嬢様すみませんッ!)
内心で謝りながら強化した拳で壁を殴り飛ばした。
その勢いで隣の部屋へ転がり込む。
「あっぐ…!」
さすがに無理があったのか拳が砕ける。
(知ったことかよ……!)
廊下に飛び出ると右側に跳ぶ。
直後、橙矢がいた場所に弾幕が直撃する。
舌打ちして距離を詰めた。
弾幕が撃てるドラキュラと撃てない橙矢、遠距離戦になるとどちらかが有利になるのは目に見るより明らかだ。
弾幕を掻い潜り、距離を零にした。
「ッアアァァァ!」
体当たりするようにドラキュラに突進する。
そして壁に叩きつけると刀を胸に突き刺す。
「ガッ!?」
そのまま刀を真横に振るう。
「貴様……!」
致命傷を負ったのにも関わらず構わず橙矢の首を絞める。
橙矢は足を強化させて腹を蹴りつけ、吹き飛ばす。
飛ばされたドラキュラは数少ない窓に激突する。
橙矢は好機だと思い、強化させたままの足で間合いを殺すと次に腕を強化させてドラキュラをもう一度殴り飛ばした。
窓が割れ、二人は外へ飛び出す。
「さて……もうちょっとだけ付き合ってもらうぞ……!」
犬歯を剥き出しにして空中でドラキュラに乗ると顔面を殴り付けた。
レミリア一行の行く先に立ち塞がるように妖怪の賢者である八雲紫が立っていた。
「紫!あんた何言って――――」
「あら、聞こえなかったかしら?ではもう一度、貴方達にはここで足止めしていただきます。もちろん紅魔館へは行かせません」
「………あんた、本気で言ってるの?」
紫に対するようにレミリアが紫の前に立つ。
「えぇ、本気よ。悪いけど彼、東雲さんがあの吸血鬼を殺すまでは行かせないわ」
「何か理由でもあるのかしら?」
霊夢がいつの間に取り出したのか祓い棒を紫に真っ直ぐ向ける。
「理由……ねぇ。そうね、それじゃあ吸血鬼さん、ドラキュラはいつ頃に幻想郷にいらして?」
「ドラキュラ?………大体今から二年前くらい……よね?」
レミリアが咲夜に目線を配る。
「えぇ、そのくらいですわ」
咲夜が頷くのを確認すると紫に向き直る。
「そうね。それじゃあ東雲さんが幻想郷に入ったのは?」
「今から二週間くらい前よ。でもこの二人に何か関係とでもあるのかしら?」
「あるわ、それも大有り。ドラキュラは東雲さんと同じく元の世界で忘れ去られ、そして幻想入りした。けどね、ドラキュラが元のいた世界は東雲さんとは違う世界だったのよ。だから東雲さんは相当混乱しているでしょうね。何せ自分がいた世界ではまだ存在が認められてるものが忘れられた者達の最後の楽園であるこの幻想郷にいるものね」
「……それで?」
「………ドラキュラと東雲さんの会話を少々聞いていたのだけれど、彼が東雲さんを能力を使って元の世界から拒絶させて幻想入りさせたらしいのよ。霊夢、貴方東雲さんに言ったでしょう?この幻想郷に入るためには神隠しに遭うか、元の世界で忘れ去られるか」
「………!?ちょっ、ちょっと待って。ドラキュラが橙矢を元の世界から拒絶させた?どういうこと?」
「理由は特に無いでしょうね。単に誰かを自分と同じ目に遭わせてそれを楽しむつもりだったのでしょう」
紫の話を聞いていた霊夢が思わず祓い棒をゆっくり下ろす。
「ふざけないで!」
「………それは私にではなくドラキュラに言うものでしょう?……でも行かせないわ。東雲さんがドラキュラを殺さない限りまたドラキュラは復活するわ」
「待ちなさい。ドラキュラは完全に復活して殺さない限り復活するんじゃなかったの!?」
「それが違うの。今回のドラキュラのようなイレギュラーな存在は同じイレギュラーな存在の東雲さんが殺さないとドラキュラは死んでない、いう歴史が消えないのよ。たとえ幻想郷の妖怪や人間に殺されてもその歴史は幻想になるのよ」
「…………何よ………それ」
「だからこそ貴方達には行ってほしくないの」
「でもだからって見殺しにしろっての!?分かってる!?ドラキュラは妖怪!橙矢は人間!圧倒的に力の差が有りすぎるわ!」
「……えぇ、分かってるわ。……けどこれしか方法が無いのよ。……それと東雲さんが頼んできたのよ。貴方達を紅魔館に来ないようにしてくれって」
「……ッ!?橙矢が……?」
「丁度橙矢を神社から永遠亭に送るときにね………だから……
―――東雲さんの思い、無駄にはさせないわよ」
瞬間、紫の背後の空間が裂けた。