そうして、一色いろはは本物を知る   作:達吉

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お気に入り400突破ありがとうございます。
さて、ここからは全国1,000万の葉山ファンに怯えながら書いていきますw
しかたないよ!八色だもの!


■8話 今のはNOって意味だから

<<--- Side Iroha --->>

 

 

「くしっ」

 

 目を開いた瞬間、自らの失態に気付く。

 

 冷え切った身体には、嘆かわしい事に毛布が掛かっていなかった。

 

 見慣れた自室には既に朝を告げる光が充満している。力を失ったスマホが、朝の光に逆らうかのように、漆黒の画面を晒して目の前に転がっていた。

 立ち上げてロックを解除すれば、画面に現れたのは書きかけのメール。

 

 あて先には「先輩」の文字が鎮座し、本文は空っぽだ。特に文面が浮かばず、書いたり消したりを繰り返していたら、いつの間にか朝だった。

 

 冷気に当てられた関節をきしませて身体を起こす。ただでさえ低い寝起きの血圧は、台風もかくやという程にその勢力を増し──あああたま痛いぃぃ…。

 

 要約すると、目覚めはサイアクだった。

 

 出すアテのないメールを打ってたら寝落ちしましたー。以上!

 

「さっむ…」

 

 今更ながらエアコンにスイッチを入れ、煮え切らない温風に肩をさする。タイマーをかけていなかったせいで、家の中とは思えないくらいに寒い。

 

 風邪引いちゃったらまずいなー。

 先輩と居たらうつっちゃうかなー。

 

 気を揉みながら巡らせていた重たい視線が、ふいに視界に入ったものに縫いとめられた。半開きのまぶたに喝を入れてピントを合わせてみる。

 

 時計の短針が、8の数字に壁ドンする勢いで迫っていた。

 

「ひゃああっ!」

 

 可愛げの欠片もない悲鳴を上げ、パジャマのまま洗面所へ駆け込む。丁寧かつ迅速というハイレベルな洗顔をこなしつつ、この事態を招いた責任者を糾弾した。

 

「ママ! ママ! なんで起こしてくれないの!?」

 

 騒ぎ立てる自分の声がやけに家の中に響く。まるで家の中にはわたししか居ないみたいな──。その寒々しさに、遅れて状況を思い出した。

 

「あ、今日は…」

 

 うちのママは、看護士の仕事をしてる。夕べは夜勤から入ると言っていたから、今朝はわたし一人だったっけ。

 すっかり慣れた状況だけど、目覚ましを掛け損なうようなポカと被るアンラッキーは珍しい。

 

 え、パパ?

 パパは遠く福岡の空の下、愛する家族のために目下単身赴任中。最近は月に2,3回しか顔をあわせていないカンジかな。本当は毎週帰りたいってボヤいてるんだけど、ママの仕事の都合もあって、家族3人が揃うチャンスは案外少ない。

 みんなで会えないなら無理に帰ってこなくていいよね、とママに言われた時のパパの顔は、飼い主に捨てられた子犬みたいだったっけ。

 この話をすると、みんなうちの家庭における男女のパワーバランスを正しく理解してくれる。

 

 仲良しの女性二人に弄られる我が家のパパさん。男の子からみるとどう思うか分からないけど、少なくともうちのは愛されてる方だと思う。

 

 …なんかこれ、どこかで見た事のある配役のような?

 

 ともかく、パパはこの前帰ってきたばかりだし、しばらくはLINEくらいでしか顔をあわせる機会がないんじゃないかな。LINEで顔をあわせるって表現はおかしいって、先輩なら言いそうだなあ。でもみんなそう言うんだもん。日本語って柔軟だよね!

 

 

 言う事を聞かない髪にドライヤーを当て、必死にブローしつつちらりと時計に目をやる。時刻は8時の大台に乗ったところだ。これはちょっと食事をしている余裕ないかな…。

 朝のシャワーも浴びずに学校へ行くのは抵抗があるけど、曲がりなりにも生徒会長になった以上、人並みに遅刻するわけにもいかなくなっちゃって。

 

 どこぞの天才外科医のように、スピーディーかつ緻密な手つきでメイクを施していく。こう見えて、手先の器用さだけは自身があるんだよね。将来はカリスマメイクアップアーティスト、なんてどうだろう。いいね、うん、かっこいい。

 そんな妄想にふけりつつ、マスカラを当てる合間に紙パックの豆乳を啜る光景は、男の子が見たら何と言うだろうか。

 

「女の子は大変なんですよー、せんぱ…」

 

 いやいやいや。

 男子ってのは、世間一般の男子のことだし。

 特定の誰かさんに見られる予定は、まだ無いから。

 

 我ながら惚れ惚れする手つきで支度を終え、時計を見るとまだ20分を回っていない。電車が遅れなければぎりぎりセーフの時間。姿見の前で最終チェック。

 

「うーん…75点? でも仕方ない!」

 

 やっぱシャンプー抜きじゃ厳しいなー。髪のセットがちょっと微妙だけど、こだわっているのはミリ単位の違い。どうせ誰かさんはそこまで気がつかないよね。

 

 髪の上からふんわり巻いたマフラーで誤魔化しつつ、わたしは玄関から飛び出した。

 

 

* * *

 

 

「あ、そういえば…」

 

 本日のノルマを思い出したのは、電車に飛び乗って一息ついた後のことだった。

 

 葉山先輩に会って話をするんだっけ。

 うー、75点で会いたくないな~。

 明日でも良いんじゃないかな~。

 

 怠惰な自分が延期の提案をしてくる。最近まじめに頑張っているせいか、勤勉な自分はまだ眠りこけているみたい。でも、ここでずるずると延ばしてしまうとそのうち動けなくなりそうな気がする。

 何より昨日あれだけ気合を入れた自分がバカみたいだよね。だいたい、一度は私服込みの全力100%で玉砕してるんだし、今更ラッピングに気を遣うのもナンセンスっていうか。

 

「まっ、なるようになるかな」

 

 わたしの場合、基本的な合格基準をかなり高めに設定してある。だから75点と言えば、充分及第点と言っていい。その証拠に、同い年くらいの男子の視線が、いつも通りにちらちら向けられてる。てかあれ、うちの生徒じゃん。

 

 ほらね。男の子はいつだって、ヘアコーデの差なんか気にしてない。目が行くのは大きめに開いた首元や露出の多い太ももばっかり。うんまあ、アピールしてるんだから、狙い通りっちゃ狙い通りなんだけど…。

 正直、知らない人とかおじさんにサービスしたくてやってるわけじゃ、ないんだよなー。誰かさんは身体どころかまともにこっち見ないし…。

 

 くるりと背中を向け、自然な仕草で後ろ手にカバンを回す。露骨すぎる視線を遮断して満足すると、朝の失敗を忘れようと、横滑りする景色を無心になって眺めていた。

 

 

* * *

 

 

 遅刻寸前のこともあって、普段と少し客層の異なる電車から降りてみれば、時刻は8時40分。これなら学校まで走らなくても間に合うかな。さすがにこれ以上、セットを崩したくないよ…。

 

 一息ついて、今日の予定について思いを巡らせた。

 

 さて、葉山先輩と話をする、とは決めたけど。

 話すって、何を?

 

 今までなら、サッカー部へ行ってタオル片手にまとわり付くだけで楽しかった。でも今日は目的が違う。自分の気持ちを確かめるという、崇高な儀式だ。ある意味では告白以上に気を遣う、いわば決闘のような用向き。

そう、これは恋の鞘当なのだ!

 …あれ、それは違ったっけ?

 

 考えてみるといつかの告白以来、葉山先輩とはまともに話してなかった。生徒会という逃げ場…いつの間にか役目が逆転している気もするけれど…ともかく別の仕事があるおかげで、マネージャーの方は休職状態のままだし。

 

『お久しぶりですー、葉山先輩。じつは最近こっちのほうに顔出せてなかったのでー、たまにはマネージャーしようと思いましてー。あーソレわたしのこと忘れてたって顔ですねー! もー、ひ~ど~い~! (プンプン)』

 

 少し前までなら、これで何も問題は無かった。

「そんなことないよ、忙しいのに来てくれてありがとう」と葉山先輩に言葉を返される。わたしは気分よくマネージャーの真似事をし、適当に彼にコナをかけ、軽くあしらわれては別の方法を考える。

 それだけで、毎日がすごく楽しかった。

 

(なーんかアホの子みたいかも…)

 

 今のわたしには、それが悲しいくらい滑稽なやり取りにしか思えない。それもこれも全て、あんな言葉を聞かされたせいだ。

 その、熱い感情とは最も縁の無さそうな誰かさんが吐き出した言葉は、ただ傍らで漏れ聞いただけのわたしの価値観を()()()()()()に吹き飛ばしていった。

 

 『お前のそれは、本物じゃない』

 

 あの時確かに、そう言われた気がした。もともとわたしに向けられた言葉ではないのだから、そう聞こえたのは自分なりに思うところがあったというだけのこと。

 それでも、良かれと思ってやってきた事が、他人の一言がきっかけでここまで価値を失ってしまったのだ。その事実に、最近のわたしは一種の焦りのようなものを感じ続けていた。

 

 あれ以来、今までやってきた事のほとんどが、何より自分自身が、薄っぺらく感じてしまう。それに比べると、あの部室に居るひとはみんな、それぞれ中身は違うけれど──なんていうか、ギュッと詰まってる? そんな風に感じるのだ。

 これはもしかして、世に言うアイデンティティークライシスというものなのかな。

 

 アイデンティティーと言えば、葉山先輩だ。

 彼はパッと見、とてもよくできた人格者に見える。けど、観察し続けるうちに、自分というものが希薄なんじゃないかと感じる時がある。

 

 お決まりの会話程度なら、わたしは彼から返ってくるであろう言葉とその表情を、かなりの精度で予想できると思う。

 予測と言っても、彼個人への理解からくるものじゃなくて、例えるなら…そう、「女の子にとっての理想的な解答ってなんだろうね」みたいなガールズトークで披露し合う程度の、自分勝手な想像だ。

 そして彼はいつもその想像を裏切らない。少なくとも今まではそうだった。告白し、そして振られる時でさえ、流れ全てが、わたし自身が前もって予想したものと同じだったのだ。

 

(なんか、ヤダな…)

 

 彼は紳士的だと、みんな口を揃えて言う。でも、本気でぶつかってみて、初めて分かった。

 

 彼は紳士的ではあるが、人間的ではないのだ。

 

 話していると、こっちは真面目にやっているのに、いつの間にか演劇の舞台にでも立たされているような気分にさせられる。

 台本の読み合わせでもしているかのように、わたしは振られた。事前に用意されていた悲しげな表情で、断られた。舞台に酔っていられるうちはそれでもよかったけれど、わたしの酔いはもう、覚めてしまったから。

 

 素面に戻ってしまったわたしは、さて何と話しかけたらよいものか。やっぱり台本は用意しておくに越した事はない。とりあえず無難なところとして──

 

 一色いろは:告白なんてしなかったかのように振舞う。

 葉山隼人 :何も無かったことにして、爽やかな笑顔を見せる。

 

あるいは──

 

 一色いろは:振られたことを引きずってみせる。

 葉山隼人 :君にはもっといい人が見つかる、元気を出せと励ます。

 

 …よし、出来た。

 これが今日のストーリー。

 笑っちゃうほど安っぽい。

 

 でもたぶん、これが今までのわたし達の会話だ。

 

 足元に落ちていた視線を上げて見ると、既に校門は門限と共にすぐそこまで迫っていた。自然と足早になる周囲の生徒達に追い抜かれながら、すっと空気を鼻から吸い込む。冬の朝の空気は脳天を冷たく刺激し、覚醒しきっていない頭がクリアになっていくのを感じた。

 

 今日も二人が台本通りであったなら。

 

 わたしはもう、彼を好きで居続けることは、出来ないかもしれない。

 

 

* * *

 

 

 教室に着くと、もう時間には少しの猶予も無かった。椅子に座っていくらもしないうち、担任が教室へ姿を見せる。わたしの場合、出欠確認の開始が事実上のボーダーラインだ。チャイムの音を聞いて、彼が出席簿を開く。

 

「出席取るぞー。一色──」

 

「はい」

 

 髪の乱れを整えつつ、出席に返事を返した。

 あ行が豊富な場合を除き、かなりの確率で出席番号は1番か2番。これが名字次第では3分程度の余裕が生まれるのだから、ちょっと納得がいかない。それだけあればお手洗いくらい、寄れるっていうのに。

 

「田辺ー」

 

「はい」

 

「中原──」

 

(っ!!)

 

 弛緩していた意識にぐさりと刺さる名前が呼ばれた。我がおつむの、なんと軽いことか。今、この教室の中には、わたしの天敵がいるのではないか。

 そう言えば、昨日の一件以来、教室に入るのも彼と顔をあわせるのも初めてだった。自然と身体に力が入っていくのが分かる。

 

「──ああ、中原は欠席の連絡があった。んじゃ新堀ー」

 

「はーい」

 

 ハリネズミの如く張り詰めた鋭角な警戒も空しく、件の彼は教室に姿を現していなかった。コンパクトを使ってこっそり問題の席が空であることを確認し、ようやく身体の強張りをほぐす。ふと周囲に気を配ると、欠席した人物についての噂話が飛び交っているのが漏れ聞こえた。

 

(マジ逮捕されたんじゃねーの?)

 

(先生、知ってるのかな?)

 

(昨日の放課後、マジうけたよ)

 

(むしろ親バレして自宅監禁とか)

 

(それなー)

 

 この様子だと、昨日の出来事は既にクラス中の知るところとなっているようだった。そちらは予想の範疇だったけれど、意外な事に、その話の中に懸念していた要素が含まれていない。「ストーカー」という単語は出てくるものの、「一色さん」という単語が出てこないのだ。

 

(彼自体が悪目立ちしすぎて、誰が狙われているかは二の次になった、とか…?)

 

 それ自体は歓迎すべき状況ではあったけれど、見えない力が働いているような、何とも言えない不自然さに若干の違和感が残った。

 それでも、できる事と言えば、興味がない素振りを徹底するくらいだ。わたしは隠した口元でふぁーと小さくあくびの真似をしてみせた。

 

 

* * *

 

 

 午前の授業は空腹との戦いだったけれど、ダイエットだと思えば我慢できないほどでもなかった。お昼休みになって購買のサンドイッチを獲得し、ようやく堂々と飢えを満たしていたわたしの机に、ふっと影が落ちる。

 

 見上げれば、昨日中原くんを止めようとしてくれた男子生徒。たしか名前は…。

 名前は…。

 と、ともかく、その彼が何か言いたげな顔をしていたので、わたしは内心で恨み言を呟きつつ、食事を中断した。なんだか笑顔って気分でもなかったから、わりと無表情でもって、彼に対して小首を傾げて見せる。

 

「一色さん、昨日まじヤバかったね」

 

「ああ、うん。昨日はありがとう(名前なんだっけ?)」

 

 助けてくれたのは間違いないので素直にお礼を言うと、彼の顔にはパッと喜びの感情が広がった。

 

「いや別に。それより良かったら一緒に食わない?」

 

「え?」

 

 何度も言うのもアレだけど──わたしはそう、女友達が少ない。どれくらい少ないかは諸事情により言及を避けさせてもらうとして、最後にクラスメイトと机を囲んだランチの記憶となれば、年単位で遡る必要がある。

 生徒会に入ってからは仕事と称してそっちで食べたり、奉仕部にお邪魔したりしていたのだけど、今日は空腹に負けて、久しぶりに一人ご飯と洒落込んでいた。別に普段の先輩をマネしてみたいと思ったからとかじゃないから、ほんと。

 

 そんなわたしを、昨日の事もあってか良い意味でスルーしていた教室の空気をぶち壊し、彼はわたしを食事と言う名のお立ち台に誘ったのだ。

 

 はてさて。付き合ってもいない男女が二人きりで食事する姿を、若干アウェーな場所で披露するというのは、アリかナシか。

 更に言えば、わたしが立たされている微妙な状況、それを彼は誰よりも近くで目の当たりにし、知っているはずなのだ。女の子のいざこざにまで頭が回らないのはともかく、今のわたしがこの場における腫れ物である事くらいは察して欲しかった。

 もしかして、あれでお近づきになったつもりなのかな。こういう下心があってしたことだったなら、感謝して損したかも。

 

 いっそ無視してしまいたいくらいだったけれど、正直に断ったら逆に修羅場になりかねないのが男と女。二日続けて面倒なことだと内心ため息をつきながら、実に一般的で、強烈なお返事(カウンター)を返した。

 

「えと、なんで?」

 

「C組の山本ともメシ行ったんでしょ?俺ともいいかなって」

 

「えっと…」

 

 いやいや、理由を聞いてるんじゃないから。

 今のはNOって意味だから。

 OKならこんな返事するわけないじゃん。

 

 しかも理由が理由になってないよ。なにその、みんなやってるよーみたいな理屈。わたし、別に男子の共有物じゃないんだけど。

 てか、そもそもその話っていつの事だろ…。

 

 呆れて言葉を失っているわたしを見て困っていると思ったのか、傍で机を囲んでいた女子グループが見かねて口を挟んでくれた。

 

「ちょっとー、昨日みたいなのは勘弁してよね」

 

「はぁ? ち、ちげーし。あんなのと一緒にするとかムカつくわ。てかお前カンケーないし」

 

「この程度で熱くなるとかマジ予備軍じゃねー?」

 

 ねーっ、とグループ女子特有のユニゾン攻撃。男子には効果覿面なそれを受け、一人では勝ち目が薄いことを気取った彼は、忌々しげに顔をしかめる。ふと、その姿を見ていたわたしと目が合い、慌てて表情を取り繕おうとして失敗し、苦笑いで誤魔化してみせた。

 

「ごめん、悪いけど、一緒に食べる理由もないし」

 

 もうここまで来たらはっきり言わないとだめだろう。

そう思って告げた言葉は、しかし彼には届かなかったようで

 

「俺が一緒に食べたいんだけど、ダメかな」

 

 と一方的な要求を突きつけられてしまった。

 いつもだったらどう返していたっけな、と過去の実績に思いを馳せてみたけれど、今はやらなければならない事があったと思い出し、迅速に結論だけ答える事にした。

 

「うん、ダメ」

 

 引きつった声で、それでも乾いた笑いを貼り付けて「じゃあ、また今度」と後じさりする彼。次の機会が二度と来ないことを切に願いつつ、昼食を再開した。

 

 さすがに恩知らずかなとも思ったけれど、ヒュー、と口笛が聞こえてきて、見ればさっきフォローしてくれた子達が笑って手を振ってくれていた。「ありがとー」と手を振り返し、むぐむぐサンドイッチを頬張る。

 

 なんでもない顔をしつつ、神経と言う名のセンサーをこっそり周囲に張り巡らせてみれば、先ほどの彼女達はわたしの対応に驚きつつも賞賛しているようだった。

まあ確かに、いつもだったらにこぱースマイル(業務用)で「また今度ね♪」とあしらっていたはずなだけど。

 今は誰にでも笑顔を振りまく気じゃないんだってば。それで彼に嫌われるなら、別にそれでもいいし。どうでもいい相手のことまで気にしている余裕はないのだ。今はもっと大事なことに意識を割いていたいから。

 

 

 それにしても、さっきの彼女達を含め、今のところこの教室では、心配していたような"状況"が発生している様子はなかった。生徒会長に祭り上げられた時のような、あの悪意を内包した視線。そういったものは感じられない。

 だけど油断は禁物だ。彼女達はいわば中立。今のように味方になってくれることもたまにあるけれど、基本的には大多数の方針に沿って動く流動的なグループだ。

 ではその大多数はというと、残念ながらわたしとは非友好的な関係と言わざるを得ない。今も…ほら、距離を置いた島から露骨にならない程度の圧力でこっちを見張ってる。

 

 なぜ彼女達と敵対しているのかと言うと、やっぱりコトは男子絡みなんだよね。女同士の好き嫌いなんてのは大抵、根っ子のところに異性が絡んでるものだけど。だってさ、ただ相性が合わないだけなら、無関心でいれば済むはずでしょ? でも、異性に対して影響力を持っているコってのは、放っておけば自分の損失に繋がりかねない。だから攻撃してくるんだろうね。

 

 わたしと彼女達の間の一件も、たぶんどこにでもあるような話。グループの女の子が想いを寄せている相手に、わたしが手を出したとか、そんな程度のいさかいだった。実はそれについて一度、和解をしようと働きかけたことがあったんだけど──。

 彼女らが言う、ちょっかいを出された男子っていうのが、傍に寄ってくる男の子のうちのどれを指しているのか分からなかったんだよね。だからわたしは、彼女に向かってこんな風に切り出した。

 

「ねえ、それってどれのことかな?」

 

 …うん、わかってる。

 わたしが悪いよね、これは。

 

 わたしだって結衣先輩や雪ノ下先輩に、「それってどれのこと?」なんて言われたら思いっきり引っぱたいちゃうかもしれないし。あーいやいや、今のはものの例えだけどね。

 

 そんなわけで、彼女達にとっての一色いろはというのは、毎日違う男子の家から登校しているような、羽のようにお尻の軽いキャラクターとして認識されているみたい。

 

「もーまじで面倒なんですけど…」

 

 そう言えばお尻が軽いって褒め言葉にも聞こえるなぁ。重いって言われるよりマシな気がしてきた…。

 おっと、あまりの面倒くささに思考が逸れ始めてるよ。

 こういうのって、ちゃんとした彼氏が一人いれば全部解決するんだけどなー。その逆をずっとやってきたんだから、今の状況が自業自得なのは認めるけどさ…。

 

 いま頑張ってそのへんにちゃんとケジメつけようとしてるんじゃん!

 だから神様、さっきみたいな邪魔はもうしないでよね、お願いだから!

 

 あまり味わう余裕もないままに最後のサンドイッチの切れ端を口に放り込む。ゴミを片付け、野菜ジュースとスマホを左右の手に掲げ持つ。ようやく力が入るようになったお腹にぐっと気合を入れて、さあ、本題だ。

 

 メーラーを立ち上げ、首をひねりつつあれやこれやと文章を組み立てる。宛先はもちろん葉山先輩。どんな用事で呼び出したらいいんだろ。

 基本的にはいつも通り話をするだけだから、人に聞かれて困ることもないんだけど、戸部先輩(うるさいの)が居ても出来るかと言われちゃうと、やっぱり邪魔が入らないシチュエーションが欲しい。

 そうなると、どうしたって告白っぽい状況になってしまうワケで…ほんと、気の進まない作業だねこれは。

 

 

 気が付けば時計の長針は澱みなく先へと進み、メールの文面は相変わらずまっさらのまま。

 貴重なお昼休みをまるっと費やしたにも関わらず、都合の良い口実が思いつかないまま、自由時間は終わりを迎えようとしていた。

 

(ふぁー、もー、上手くいかないよぉー)

 

 今の段階でこんなに憂鬱なのだから、この後の展開も予想出来そうなものだったけれど、そうは言っても今更逃げられるものでもない。

 鼻息も荒く、ちうーっとジュースを吸い上げる。がぶ飲みしたい気分のところに、ちまちまとしか出てこないストローさえ恨めしい。

 

 これから会うのは、わたしの好きな人、なんだよね?

 なのになんなの、この気分…。

 

 恋人同士になりたくて、告白したはずだった。それが振られたからって、こんなに変わっちゃうものなの? 葉山先輩自身は、何も変わってないのに。

 

 頭をグシャグシャにかき回したい気分だったけど、ただでさえ微妙なセットだということを思い出して手が止まり、くしゃみを出しそこなったようなすわりの悪さだけが残る。

 悶々とするわたしの問いに応える相手はなく、空になった紙パックがふごっと間抜けな音を立てた。

 




この先の展開は角が立たない論理立てにするつもりですが、
場合によってはアンチヘイトのタグをつけるのも検討いたしますので、
ご意見のある方は是非ご一報くださいませ。ビクビク。

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