そうして、一色いろはは本物を知る   作:達吉

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辻褄合わせに手こずって、掛けてる時間の割りになかなか文字数が稼げません。
伏線管理って大変だなぁ。


■13話 最高の悪目立ち

ようやく顔を上げた太陽の光は昨日よりも頼りなく、夜の間に冷えた空気はまだまだ冷たいまま。その厳しい寒さに動きは鈍り、普段であれば毛布をはぎ取られるまで篭城を決め込みたいところだ。けれど本日の一色家には眠気なんて微塵も感じさせない、甲高い声が飛び交っている。

 

「お待たせ!ドライヤー空いたよ~!」

 

「私は時間が掛かるから、一色さんお先にどうぞ」

 

「わ、わたしも最後にじっくりやりたいんですけどー?」

 

狭苦しい空間に、身体から湯気を立ち上らせる女子が、半裸のまま右往左往している。

何しろ年頃の娘が三人も居るのだ。洗面所におけるスペースの取り合いは社会の荒波もかくやといった激しさとなる。男子的には想像するとのっぴきならない絵面かもしれないけど、そこは女同士。肌が触れ合ったところで、普通に狭くて普通に邪魔でしかない。

低血圧だとかセットの都合だとか、色んな事情で朝からシャワーを浴びる女子は結構多い。

運動部だと結局汗をかくから朝錬の後なんてパターンもあるんだけど、今や無所属のわたしを含めた三人の女の子はみんな揃って朝シャン派だった。

 

「…だからずらして入れば良かったのに」

 

「まぁ、もう済んだ事ですし…」

 

そう、雪ノ下先輩は最後まで一人ずつの入浴を提案していた。

その提案に乗らなかった事を、今になってちょっぴり後悔している。

 

でも仕方なかったんですよ。いつ先輩が目を覚ますか分からないんだから。

わたし、何だかんだで24時間以上、お風呂に入れなかったんですよ?!

そのことに気がついたときは、マジで血の気が引きましたとも…。

そんな状態であんな…ぺたぺたすりすりしていただなんて…やだ、そんなの信じたくない…。

昨日のことは、あったかい思い出だけ取っておきます。

都合の悪いことは忘れます。忘れろ。忘れてー。

 

「ちょっと前、失礼しますね、バスタオルを…」

 

「冷たっ!一色さん、貴女きちんと暖まったの?ぶり返すわよ?」

 

リスクと引き換えに、わたしは雪ノ下先輩が頑なに独りで入りたがった理由を知ることとなった。

病み上がりで弱っているところに持つ者の余裕というものを見せつけられ、今はメンタルに少なくないダメージを受けている。そして二日続けてそれに付き合わされた雪ノ下先輩の方はというと、既に若干キレ気味のように見えた。

 

「ねー、あたしのブラ、誰か間違えてつけてない?」

 

「そんなわけないですし」

 

「朝から何の嫌味かしら…?」

 

うーん、わたしだって悲観するほど小さいわけじゃないんですけどね…。

それになにより、お二人とは一年という大きな差がありますし?

四月生まれだろうと実際の差はほとんどなかろうと、時間はわたしの味方なのです。

え?ママはどうなのかって?

ちょっとそこ黙っててくださいね☆

 

リビングに戻ると、お墓から復活したゾンビのように、虚ろな目をした先輩がゆっくりと周囲を見回していた。

 

危ない危ない、ギリギリセーフ。

制服よーし、髪よーし、メイクよーし、香水よーし。

準備完了!本日のいろはは90点でございます。

さてさて、今日も恥ずかしいお顔、見せてもらいましょうかー。

あ、でもでも、いつも通りじゃつまんないからー…

 

寝ぼけた先輩をからかうというレアチャンスに、わたしはさっきまでの憂鬱を忘れてこっそりと忍び寄る。

 

「おに~いちゃんっ♪」

 

妹キャラで肩越しにハグしてみちゃいました!てへっ☆

昨日の名残もあって、わたしのアタマは朝から全力でゆるゆるみたいです。

そんな過剰なスキンシップに対する反応は、冬眠開けの爬虫類のようにもっさり。

これ生きてるの?…あ、動いた、みたいなカンジ。

 

「小町、あと5分…5分経ったら諦めてくれ…」

 

それ5分待つ意味なくないですか?

 

言い返そうと思ったら、何と彼はわたしの腰に手を回し、お腹にスリスリ頭をこすりつけてきた。

 

ひゃーーーっ……!

 

妹さん確か中3でしょ?こんなコトして許されるものなの?

じゃなくて!想定外の展開ですねこれは。

あ、匂いがいつもより濃い…そういえば先輩もお風呂入り損なってましたっけ。

まあでも、先輩の匂いはイヤじゃないから、このくらいならむしろアリですけどね。

好きな相手の匂いはキツくても平気なんだっけ?

それはそれで、なんか恥ずかしいなぁ。

てか、悲鳴を堪えたのはホント感謝してくださいよ?

誰かさんに聞かれて刃傷沙汰とかカンベンですし。

 

自ら首に回した腕を解くべく、そろりそろりと身体を動かしていると──。

すんすん、と鼻を鳴らすような音が聞こえてくきた。

 

ちょ…っ!

 

視線を下方向へやると先輩が首を傾げている。

 

「んん…?」

 

わたしのお腹に顔を埋めたまま、すぅーっと深く息を吸い、再度匂いを確認。

 

「…っ、ひゃああああぁぁっ?!」

 

わたしの声は、向こう三軒に響き渡ったと思う。

 

 

* * *

 

 

「…だから、そもそも地面に額を付けるという非日常性こそが行為に価値を生む土壌になっている訳だ。そこへ来て俺のように日常的に当該行為に勤しんでいる人間が、さらにそのルーチンを繰り返すことに何の特殊性があるだろうか。まして昨今、責任回避の最終手段としてマスメディアの前で晒され続けた結果、最早謝罪の意を見出すことは困難になってさえいる。しかもだ、遡れば古くは江戸時代に…」

 

「黙って土下座してなさい」

 

床につけたままの頭を上げる権利を獲得すべく、寝起き直後から長ったらしいウンチクを話し始めた先輩をばっさり切って、雪ノ下先輩が冷徹に告げた。

すっかり身支度を整えた結衣先輩も、微調整とばかりにくくったお団子髪を撫で付けつつ、白い目を向けてる。

当事者であるところのわたしは、二人に責め立てられる先輩がちょっぴりかわいそうで、けど叱られるわんこのような姿がほんのちょっぴり可愛いなーとか思いながら、床に押し付けられた寝癖頭を見守っていた。

 

「何か申し開きはあるかしら」

 

「だーかーらー。小町と間違えたんだって」

 

「それで許されるなら、世の中に性犯罪なんて言葉は存在しないのよ」

 

「そーだそーだ!セクハラはんたーい!」

 

事なかれ主義の結衣先輩が、今日はやけに攻撃的だなぁ。

理由は…まあお察しというところだけど。

あと先輩、その理屈だとやっぱり妹さんなら反省しないってことですよね。先輩んちの妹さん、わたしの中で妄想膨らみっぱなしなんですけど。ちゃんと健全な兄妹なんですよね?

 

「一色が言うならともかく、お前らが責め立てるのはどういった理屈なわけ?」

 

「仮にも先輩である相手の変態性を糾弾するのは、後輩と言う立場の人間には難しいからに決まっているでしょう」

 

「そーだそーだ!パワハラはんたーい!」

 

「いや先輩に対する遠慮とかねえしコイツ。わりと普段からキツいこと…あれ、意外と言われてない、か…?」

 

当然です。愛されキャラのわたしは露骨に暴言を吐いたりしません。

油断してるとうっかり本音がポロッと零れたりすることはたまにありましたけど…。

女子の匂いをゼロ距離でかいだ先輩の罪の重さと比べたら、可愛いものですよね。

さて、いい加減つむじも見飽きたことですし…。助さん角さん、もう良いでしょう。

 

「雪ノ下先輩、もうそのくらいで…」

 

「発言は許可していません」

 

こわっ!

えぇー、なんかわたしまで睨まれてないですか?

結衣先輩の頬も膨れたままだし──ああ、なるほど。

過剰なスキンシップを責められてるのはなにも先輩だけではない、と。

 

そうですか、そういうことですか。なら遠慮しませんよー?お二人は苦手みたいですけど、わたしは得意分野なんですから。こういうのをいちいち咎められてたら、この先自由に身動きとれないですし。

 

「もう無かった事にしますから、ハイおわりー。裁判ごっこはおわりですよー」

 

パンパンっと手を叩きながら声を張りあげてみせると、結託していた二人も毒気を抜かれたように表情から険しさを引っ込めた。

ここはわたしの(ホーム)、本来主導権を握るのはわけもないのである。

 

「そう…。確かに被害者の心的負担を考慮すれば、蒸し返すのが辛いという事情もあるかも知れないわね。

 ごめんなさい一色さん。無作法だったわ」

 

「被告にも人権は保障されてるんじゃなかったのか、この国は…」

 

はいはいご飯にしましょうねー、と未だに言い足りなさそうな雪ノ下先輩の背中を押して、なんとかテーブルへ座らせる。

お出しする食器を選別していると、先輩がこそこそっと近寄ってきて、頭を下げた。

 

「その、マジですまん。すみませんでした」

 

うーん、お風呂に入る前だったらどうだったか分からないけど…。

ちゃんと支度した後だったし、わたしホントに怒ってないんですよねー。

 

仕方がないから頭を下げたままの先輩の顎に指をあてて、くいっと前を向かせて。目を白黒させているその耳元に口を寄せ 怒ってないことを教えてあげた。

 

「…どうでした?妹以外の女の子の香りは」 

 

「っ…!」

 

先輩はそのまま何も言わずにバッと身を引いたけれど、それで充分に満足できた。

だっていつかの回し飲みみたいに、先輩の耳、赤くなってるんだもん。

まずは本日の一本目ってところかな。

 

「ところで先輩も朝ごはん食べる派ですよね?」

 

「い、いや。時間ないからいいわ。一旦家に帰らんとだし」

 

「え?忘れ物ですか?」

 

家に帰っていないひとに、忘れ物って表現でいいのか分かりませんけど。

 

「俺もシャワーくらい浴びたいんで」

 

「うちで浴びたらいいじゃないですか」

 

「や、それは…」

 

チラチラと、女子の間を行ったり来たりするその視線。

 

「覗きませんよ?」

 

「いや逆だろ」

 

「わたし達もう済ませたので、覗けませんよ?」

 

「ちげーよ。つか分かってんだろ」

 

んーまあ。

先輩そゆとこチキンっぽいですしね。

ニマニマしていると、結衣先輩がドレッシングの瓶をシェイクしながら言った。

 

「いろはちゃん、お風呂のお湯ってまだ抜いてないよね?」

 

それを耳にした先輩は憮然としたご様子。

 

「残り湯を悪用したりもしませんから…つか、そういうの気になるから家に帰るって話だろ」

 

「気になるんですかぁ?(ニマニマ)」

 

「キミちょっと黙っててね?」

 

あわあわ言いながら否定している結衣先輩は、追い炊き出来るかどうかを気にしたんだと思うけど、面白いから黙ってよっと。

雪ノ下先輩はマイペースにコーヒーを口に運んでるけど、その片耳に掛かった長い髪を払って聞き耳の構えだ。

一緒に入るならともかく、気にしすぎですよ。

そんなこと言い出したら、学校のプールだって迂闊に入れないじゃないですか。

 

「いいからスパッと入ってスパッと済ませてきて下さいよー」

 

グダグダくねくねしている先輩にバスタオルを押し付け、無理やり脱衣所に押し込んでおいた。

 

リビングに戻って朝食を並べていると、「あ」と小さな声が上がった。

見れば結衣先輩が顔に手を当てて固まっている。

 

「どうかしましたか?」

 

「は、排水溝、大丈夫かなーって」

 

「排水溝?何のこと?」

 

楚々とした手つきで口元にティッシュを当てながら訪ねる雪ノ下。

いちいち上品ですねー。チェックチェック。

 

「その、毛、とか…」

 

「!!」

 

フシュッ!っと雪ノ下先輩のティッシュが踊った。

飲み物含んでなくて良かったですね。

しかし何てこと言いますかね、このピンクい先輩さんは。

 

「いくらなんでもそんなトコ気にしないんじゃないですかー?」

 

「いや~、ヒッキーだからこそ、そゆとこ細かそうじゃん?」

 

「…」

 

ひ、否定できない…。

 

「だ、大丈夫でしょう。仮に残っていても、いちいち誰のものか区別なんてつかないのだし」

 

いやいや、その"みんなで渡れば怖くない"的な発想、基本的に大丈夫じゃないパターンですよね…?

 

「え?すぐ分かるじゃん?てかゆきのんのが一番分かるし」

 

「ええっ!なっ、ど、どうして?」

 

「どうしてって…ゆきのん超長いじゃん。あたしといろはちゃんだって、色全然違うし」

 

「な、長いの?そ、そうだったかしら…?」

 

二人の会話はかみ合っているようで決定的にすれ違っている。だってほら、雪ノ下先輩の恥ずかしげな視線、どう見てもスカートの奥に向いてるっぽいし。まあ誰も幸せになれそうに無いから指摘はしないけどね。どっちにしても、わたしだってスルーしかねますよコレは。

 

揃って変な汗をかいていると、バスルームの扉が開く音が聞こえた。

足音がこちらへ近づいてきて、 (くだん)の人物がぬべっとリビングに顔を出す。

 

「…風呂、サンキュな」

 

濡れ姿というのは男女問わずドキッとするもので、本来であればわたしも先輩の湯上がり姿に思うところがあったはずなんだけど、重大な懸念を抱いてしまった今となっては、彼に向ける視線に艶っぽさなんて微塵も残ってはいなかった。

 

「な、何だよ…?」

 

都合3人分の、探るような視線が突き刺さる。

 

「…先輩、早いんですね」

 

「…うん、超早いね」

 

「…男子ってこんなに早いのね」

 

「主語省くのやめてくんない!?」

真っ向から聞くわけにもいかないわたし達の不満げな声に、なぜか先輩は悲しげに肩を落したのだった。

 

 

* * *

 

 

7時台の残り時間はもう僅かとなって、遅刻の二文字がちらつき始める頃合。

わたし達は連れ立って学校へと向っていた。

 

昨日は夕方から寝ていたようなものだったから、目が覚めたのも明け方だった。

けれど、リビングで眠りこける誰かさんの寝顔をぼけーっと眺めていたり、朝の身支度戦争が勃発したりしたおかげで、気が付けばこんな時間。

本当は時間差をつけて一人ずつ出て行くつもりだったんだけど、思ったより余裕がなかったのと、「どうせ誰も見てないでしょ」という結衣先輩の一言で「まあいっか」的なムードになり、結局みんなで一緒にぞろぞろと家を出てきたのだ。

 

雲の多い空からはあまり光が差さず、天敵の紫外線ばかりが降って来るのだから寒いやら腹立たしいやら。

そんな曇天の中、わたし達の交わす会話のトーンは明るく弾んでいた。

 

女子というものはお泊りが大好きな生き物で、そこそこ頻繁に友達の家に泊まったりする。

かく言うわたしもご多分に漏れず、お泊まりは大好物。親友と呼べるほどの相手こそ居ないものの、一部のクラスメイトの家に泊まる程度の嗜みはいちJKとして当然こなしてる。

 

…ごめんなさい今ちょっとウソつきました。

クラスにそんな友達居たら、一人でお昼とかありえないよねー。

これでも入学直後はフツーに御泊りローテの一角を担ってたんだけどなー。

 

それはともかく。

仲の良さげな二人の先輩もやっぱり泊まり泊まられしているのか、他人の家から登校することにはそこそこ慣れた様子だった。

けれど約一名、さっきからキョロキョロとせわしなく、とっても落ち着かないひとがいる。

 

「先輩、不審者ですね」

 

「一色。『まるで』が足りない。意味が違っちゃうだろ」

 

「必要ないでしょう、実際不審なのだし。一体何をそんなに気にしているのかしら」

 

「あー、いや、なんつーか…あれだ」

 

どうせ女子の家から出てきたところを誰かに見つかったりしたら、嬉し恥ずかしいつるし上げを食らうんじゃないかとか、必要のない心配でもしてるんでしょうね。そんな友達いないくせに。ぷくくー。

ツッコんであげようと思ってたら、結衣先輩に先を越されてしまった。

 

「知り合いなんてそうそう居ないでしょ?」

 

「そうそう、知り合いなんて居ない…何か違う意味にしか聞こえねーな…。いやそうですね。俺の気にし過ぎですね」

 

あれ、素直に認めた。

なーんかおかしいな…。

 

「心配しなくても、誰も貴方のことは気にしていないわ、最初から」

 

「素直に受け取りたいから最後のとこカットしてくんない?」

 

「出来もしない事を言わないで欲しいわね」

 

「それって俺が素直になれないって事ですかね。それともお前が引く気が無いって事ですかね」

 

「両方に決まっているでしょう」

 

いつもより三割くらい切れ味が鋭い雪ノ下先輩。

そのわき腹を、結衣先輩がチョイチョイとつつく。

 

「ゆきのん、なんか今日は特にゴキゲンだね?」

 

「きゃっ…!何をどう見たらそういう結論になるの?」

 

雪ノ下先輩のテンションは、こうやって測ればいいのかぁ…ふむふむなるほどー。

なんかマンガみたいなひと達ですねー。

やけに素直な先輩の態度がちょっとだけ気になったけど、語気も荒くまくしたてる雪ノ下先輩を諌めるためにそれどころではなくなってしまった。

 

「大体、異性と会話を交わした程度ですぐに色めき立つ風潮がそもそも問題なのよ」

 

保身が高じてとうとう社会にまで物申し始めた雪ノ下先輩。

でもそれはわたしも一言物申したいネタですねー。いざ参戦です。

 

「それは仕方ないんじゃないですかー?男と女の間に友情は成立しないって言いますし」

 

「あーそれ。よく言うよねー」

 

「ねー?」とシンクロする二人は恋愛至上主義。

それを冷ややかな目で見つめる雪ノ下先輩は「なら聞くけれど」と異論を唱えた。

 

「由比ヶ浜さんは、葉山くんのグループの誰かに特別な感情を持っているのかしら?」

 

「えー?ないない。ってか、そもそも一人ひとりとはそんな仲良くないし」

 

「あんだけ毎日つるんでるのに影でこの扱い…女子怖いよ女子…」

 

先輩がついっと結衣先輩との距離を広げる。

 

「こ、怖くないし!だってホラ、それはそれ、これはこれって言うじゃん!

 てかヒッキーも前ゆってたじゃん!友達の友達は友達じゃないって」

 

「そこまで露骨には言ってねえよ…」

 

「でもー、そんなの男子にだってありますよね?

 みんなで遊びに行くことはあってもー、その中の二人だけは絶対ないとか」

 

「でもお前、確か戸部と二人で遊んでなかった?」

 

「 は ? 」

 

・・・・・・。

 

もー、先輩がワケ分かんないこと言うからみんな固まっちゃったじゃないですかー。え、ちょっと先輩なんで腰引けてるんですか寒いからもっとこっち来て下さいよーほらほら可愛い後輩が腕組んであげますから。あれ、なんか結衣先輩や雪ノ下先輩までちょっと遠くなってませんか?気のせいですかねー☆

 

「せんぱぁい?」

 

「ひっ…」

 

「先輩はぁ、虫除けのスプレーとかぁ、ひとりって数えますかぁ?」

 

「か、数えない、けど…」

 

「 で す よ ね ~ ? 」

 

ご理解頂けたようで、わたしとっても嬉しいです。

おっかしーなー、かなりいい笑顔のつもりなのに、さっきから先輩が目を合わせてくれないなー。

けど、ここは誤解されたくないところだし、もっともっと説明しておかないと。

 

「な、なるほどー、ナンパ対策かぁ。とべっち悪目立ちするからちょうどいいかもね」

 

「そのとおりです結衣先輩!あれ普段何の役にも立たないんですけど、ナンパ防止率はなんとオドロキの100パーセント!結構便利なので、わりとちょくちょく持ち歩いてたんですよねー。あとほらー、ちょっと叩けばアイスくらいなら奢ってくれるんですよ。あ、叩くって物理的にじゃないですよ?ホコリが出るほうのやつですよ?」

 

だから全然そんなんじゃないんですよー、と笑顔で締めくくってみると、先輩の表情は暗い影が差していた。

 

「戸部…強く生きろ…」

 

あれー?目がいつも以上に死んでますね。

トラウマスイッチでも押しちゃいましたか?

 

「だいじょーぶですよ、わたしはちゃんと先輩にトクベツな感情もって接してますから」

 

「もうオチが透けて見えてるからやめろ」

 

「やだなぁ、負の感情だなんて言ってないじゃないですかぁ」

 

「やめて下さいって言ってるじゃないですかぁ…」

 

何一つウソを言っていないのだけど、勝手にネガティブに捉えた先輩はただでさえ猫背の背中を更に丸め、しょんぼりとしてしまった。

やっぱ大型犬みたいでかわいいなーこのひと。

撫でやすい位置に下りてきたその頭に、思い切って手を伸ばして──

 

「いろはちゃんはさ!」

 

ぐふっ!

 

とっさに腕を引いたせいで、自分のお腹にエルボーいれてしまったです…。

結衣先輩、さすがに目聡い。

腕組みは見逃せてもナデナデはNGですか。

 

「いろはちゃんはどう?男子と話す機会、けっこうあるよね?」

 

むぅー、わ、わざとらしいパスをしてくれますね…。

正直恨めしい思いですが、まだまだ面と向って戦争する気はありません。

ふこくきょうへい、がしんしょうたん、というやつです。

うん、ちょっと頭さげ。うんうん。

 

「わたしの場合、そもそも最初から相手が友情を望んでない、みたいな?そんなカンジですねー」

 

「貴女と友人関係を望む生徒自体が存在しないということかしら?」

 

そこの黒い先輩、なんでちょっと嬉しそうなんですか。

確かに結論は間違ってないんですけど、多分あなたが期待している流れとは違いますよ?

あと男子ってつけて下さい。女子ならそこまで酷くありません。そこまでは。

 

「つか一色の場合、相手の方が一足飛びに恋愛関係を望んでくるってことだろ」

 

「え、そ、そうですけど。よく分かりましたね…?」

 

何かを思い出すかのようなその目は遠く、いつにも増して淀みが深い。

もしかして先輩もそんな風に思ってたりとか、しちゃったりするのかなー、なんちゃって…。

 

「友達から先が期待出来ないんだったら、フラれたほうがマシってことだろ。時間も勿体無いし。あと金も」

 

「でも、だからっていきなり彼氏とか無理くない?こっちだってアリかナシか、すぐ判断できないし」

 

「そーですよー。何事にも順序ってものがあると思いますー」

 

いつの間にか賛同してくれてる結衣先輩。

その名前は一年男子の口からも聞こえてくるくらいだし、やっぱ結構声とか掛けられてるんだろうなー。

 

「とりあえず一色のケースに関してだけ言うと、出来レースの可能性を心配してる部分はあるだろうな」

 

「出来レースって…どういうことですか?」

 

「実はもう彼氏が居るとか、あるいはそれに近い状況ってことだよ。お前クラスの達人だと隠すの上手い上に距離感も適切に保って深入りさせないだろ。だから男は見えない影に怯えて、最初に確認したがる。このレースに参戦する価値はあるのかってな。実際、一色杯は葉山が優勝してるのに何故だか今も続投してる」

 

「そ、それは…」

 

もう違う。

けど、つい最近まではそうだった。

そして、少なくとも先輩はそう思ってる。

そうだ、大事なひとにこんな風に思われたくないから、普通は出来ないはずなんだ…。

うう…今更だけど、ちょっと泣きそう。

自業自得?そうだよ、分かってるから言わないでよー…。

 

否定しようとしてくれたのか、結衣先輩は口を開こうとして、けれど半開きのまま何も言わなかった。

余計なお世話だと思ったのか、事実だから否定できなかったのかは分からない。

彼女はあれでガードが固いって話だし、どっちかっていうと先輩の意見に同意しているのかも。

 

「あー、別にお前のやり方に口出しするとかじゃないから。それ承知の上で特攻してる男が大半だろうしな」

 

しょんぼりしてたらなんかフォローみたいな事されてました。

でも、ほんとは怒って欲しかったな…そういうの良くないって。口出ししないって、つまりわたしのことは興味ないってことだし…。昨日ちょっと仲良くなれたと思ったの、気のせいだったのかなぁ。

 

「なら、身持ちが堅い女性の場合はどうなのかしら?」

 

枯れかけた花のように萎れたわたし、そこに気を遣った結衣先輩が動けない中で、興味本位という面持ちの雪ノ下先輩が話を続ける。

聞きたくても聞けないで居たであろう彼女は、思わぬ助け舟にお団子髪がぴくんと反応していた。

 

「そりゃ、そういうのと友達にまで漕ぎ着けたら相当なリードだろ。ほとんど当確じゃねーの?」

 

「そ、そうかな?そうなのかな?」

 

うー、すっごい嬉しそう。身体も胸も弾んでる。

これが今のわたし達の差ってこと?

色々と遅れをとっちゃってるなぁ…。

 

「ま、世の中に絶対は無いけどな。真面目に好感度稼いでる途中でイケメンに掻っ攫われる可能性とかあるし。あいつらスタート地点がゴール直前とかおかしいだろ。人生舐めてるとしか思えん。俺が挨拶してもらえるのに何年かかったと思ってんだ。クラス替え初日で放課後デートとかどんだけ手ぇ早えんだよ、侵略的外来種かっつーの」

 

「男子全般の話と思ったら、またヒッキーの話だった…」

 

「ちなみに、ずっと友達のままではいけないのかしら」

 

「ぐっは!」

 

あちゃー…先輩が流れ弾で戦死してしまいましたね…。

これで戦死者は二人目。朝から大惨事です。

 

「雪ノ下先輩…。それ、男子にとっては死刑宣告みたいなものですよ?」

 

わたしもその事実を理解するまでに、何人()っちゃったかわからないですけどねー。

 

「けど一色、さすがに今はお前も閑古鳥なんじゃねーの」

 

カンコドリって表現はよくわからないですけど、言いたいことはわかります。

 

「そうですねー、さすがに寄ってくる男子は減りました。結構ありがたいかもです」

 

「減った?一色さん、まさかとは思うけど、この期に及んでなお、声を掛けられるというの?」

 

「はぁ、まぁ多少は…」

 

そんな信じられない、みたいな顔で言わなくてもいいじゃないですかー。

 

「実はー、昨日もクラスの男子にランチ誘われたんですよねー。参りましたよー」

 

勿論お断りしましたけど、と言って先輩の顔を見る。

どーですか、先輩?

そんな人気者のわたしとお二人様ランチ、してみたくありませんか?

先輩だったら顔パスで招待してあげますよ?

 

これ見よがしに視線をチラチラ送ってみたけれど、物憂げな表情を前に向けたまま、こちらを向いてはくれなかった。

 

「正気を疑うわね。例の騒ぎの後で、状況を知らないわけも無いでしょうに…」

 

えーと、それもちろん男子に言ってますよねー?

 

「一年生けっこー凄いんだ…クラスの男子と二人でお昼とか、あたし絶対ムリだ…」

 

上目遣いで先輩を盗み見る結衣先輩の仕草は、わたしの目から見てもちょお可愛い。

というか養殖モノの自覚がある身としては、アレはちょっと眩しい。そしてズルいです。

 

「こっち見ながら言わなくてもわかってんよ…」

 

「あっ、その、そうじゃなく…や、ヒッキーは、その、じっさい一番ムリはムリなんだけど…」

 

「やめろ。無理にフォローしようとすんな。余計酷くなってるからな?」

 

顔を見ればどういうつもりで言っているのか一目瞭然なんだけど、先輩が頑なに相手を見ようとしないせいで奇跡的なすれ違いが二人の間に生まれていた。

いくら踏まれてもへこたれない雑草のように顔をひと撫でしただけで復活した先輩は、気を取り直したように続けた。

 

「しかし勇者だよな。俺なら一色には近づきたくもないわ…」

 

今日はちょくちょくわたしを殺しに来ますね、このひと。

なんか段々慣れて来ちゃいましたよ。

 

「比企谷くんが自分から女子に声を掛けられる空気、なんてものがこの世に存在するとは思えないのだけど」

 

「ですよねー」

 

「一色さん、その同意は俺の発言に対してですよね?」

 

「いえいえ、ちがいますよ?」

 

苦いものでも食べたみたいにへにょっとした顔。

このひと、わりと顔だけは素直だなぁ。

 

「でも確かに、今のわたしってガチ地雷じゃないですかー。相手マゾなんですかね?」

 

「今の、は余計だけど、どうだろうな」

 

「先輩こそ一言余計ですよー」

 

ちょっと間をおいて、先輩は明後日の方を見ながらこう言った。

 

「例のやつ、そういうの見てリアクションとかねーの?」

 

努めて出したであろう、いつも通りに低くて平坦な声。

沈み気味だった気持ちがすっと浮き上がるのを感じる。

単純だなって、笑ってくれていいですよ。

だって嬉しいじゃないですか、こんな風に心配してもらえたら。

 

「中原君はですね、実はあれからずっと休んでるんですよ」

 

「それは…一概に安心とも言い難いわね」

 

「だな。来てるのとどっちがマシかってトコだが」

 

「そーなんですよねー…」

 

ことこれに関してだけ言えば、学校における周囲の目というのはとても強固な盾であると言える。だから何をしてくるかわからないのは自由に行動できる放課後以降に限られる。そうなると、むしろ一日中勝手に動き回っているかもしれない可能性があるぶん、休んでいる方が不安という側面があった。

先輩方もそんなわたしの心情を汲み取ってくれたみたいで、

 

「結局、根を断つしかないという事なのでしょうね」

 

雪ノ下先輩の冷たく静かな声に、今抱えている問題の深刻さを改めて思い出す。

 

顔を上げると見慣れた正門が近づいていて、賑やかな通学路が終わりを迎えたことを告げていた。

 

 

* * *

 

 

いつもとは違う時間に家を出て。

いつもとは違う顔ぶれで登校して。

けれど教室に入ってしまえば、後はもういつも通り。

ちょっとした非日常は日常という大波に飲み込まれる。

 

今日も中原君は学校に来ていない。

差し当たっての不安はなかったけど、先輩方の指摘した通り、見えないところで何かされていやしないかという恐怖感も小さくはなかった。

 

「──ふぁ…」

 

…いやいやいや。

こんなに怖くても眠くなっちゃう授業の方も、悪いんじゃないかなぁ?

やっぱさ、居眠りしちゃうのって、別に睡眠不足が原因ってわけなじゃいんだよね。だって昨日あれだけ寝たのに、それでも眠くなるって何かあるとしか思えないし。

 

睡眠のサイクルが狂ったせいで、明け方から起きていたというのも原因だろうけど、なんにせよ今日のグラマーほど辛い授業も久しぶりだった。

あの先生、絶対海外行っても通じない系だよね。onでもinでもいいじゃん。いざとなればボディランゲージで通じるって。だって日本語が既にちょお適当でも通じるし。

 

たらたらと取り留めない文句を思い浮かべていると、ようやく頭の回転数があがってくるのを感じた。

チャイムの音に周りを見渡せば、退屈な授業から解放された生徒達のざわめきが波紋のように広がり始めている。

まだ先生が教室に居るにも関わらず、眠そうな顔で伸びをしているかと思えば、「だっりぃー」とあからさまな声を上げるひともいた。

 

もちろんわたしは教室の中でそんな態度をとったりしない。教室の中では、ね。

溜まった鬱憤を解消するため、本日のランチメニューへと思いを馳せる。今日は空気も読まずに近寄ってくる男子も居ない。落ち着いて食事が出来そうだ、とバッグのお財布に手を伸ばしたところで、誰かが近寄ってくる気配を感じた。

 

「お疲れー、一色さん」

 

「あ、お疲れさまー…」

 

反射的に営業スマイルを浮かべて振り返ったわたしは、内心で「うっわ…」と顔を覆った。

そこには昨日確かに手酷く追い払ったはずの、空気読まないクンが居たからだ。

 

うーん、デジャヴ…。

 

昼休みに入ったばかりの慌ただしさのおかげで 誰もこちらに注目していないのが救いだ。

わたしのお昼休みはどうなってしまうのだろうかと、そればかりが気になった。

相変わらず、記憶を探っても彼の名前は出てこない。アドレス帳には入っていただろうか。昨日のアレで学習しなかったのだとしたら、対応が間違っていたのかもしれない。

彼に費やす時間が勿体無いと思ったわたしは、今後のためにもキツめの態度で応じる事にした。

 

「ごめん、ちょっと急ぐから」

 

しかし彼はその場から動こうとしない。

机のすぐ傍に立ちはだかって、立ち上がりたいわたしの行動を封じてるかのようだった。付き合いきれないので、反対側から行こうと身体をよじる。

 

「ねぇ、ちょっとこれ見てよ」

 

…へぇー、こちらの都合はお構いなしってこと?

なら、こっちも同じ事したって文句ないよね。

 

「ホントに急いでるの」

 

もう視線も合わせず、お財布を掴んで勢い良く席から立ち上がる。

けれど、次の言葉を聞いたわたしの脚はその場に釘付けとなった。

 

「これさー、例のヤバい二年の人じゃない?」

 

「……え?」

 

例のとか、ヤバイとか、何の説明にもなってない。

なのに、残念ながらその言い回しには心当たりがある。

一年生が先輩である二年生に対して見せる露骨な悪意。

それが可能なのは、学年を超えた校内の共通認識だからだ。

わたしを超える最高の悪目立ち。

そんなの、一人しか知らない。

 

思わず足を止めて振り返ったわたしに、彼は口の端を吊り上げ、一枚のプリント用紙を差し出した。

 

嫌な予感しかしなかったけど、受け取る以外に選択肢なんてない。

 

用紙には写真のようなものがプリントされている。

何が写っているのかを脳が認識しようとして、しかしその前に目に飛び込んできたものがあった。

写真を煽るかのように派手に書き殴られた、マジックらしき手書きの文字だ。

 

『淫行学生』

『ヤリチン』

『乱交上等』

『クズ野郎』

 

いっそチープなまでに下品さが際立った、悪意ある単語の数々。

けれどわたしは眉一つ動かすことなく、自然体の仮面を維持し続ける。これを渡してきた彼の表情を見て、ある程度の覚悟をしていたからだ。

それにしても、あまりあのひと向きの罵倒とも思えない。むしろ戸部先輩とか?

もしかして早とちりした、かな?

 

あれ、まって、この写真…。

 

…なに。

 

…なんなの、これ。

 

プリントされた写真は二つ。

一つは暗がりで撮ったのだろうか、モノクロコピーのせいもあって、とにかくひたすらに真っ黒い。

あまりに黒すぎて、パッと見て何が写っているのか分からなかった。

けれどもう片方は別で、同じモノクロながらもハッキリと見て取る事が出来た。

 

男子生徒が一人に、女生徒らしき人物が二人。

 

連れ立って、一戸建ての玄関から出てくるところが写っている。

 

「彼らがいかがわしい関係である」というのが、この写真の主張であるらしい。

高校生の男女が同じ住宅に出入りする機会なんて普通は無いのだから、まあ言わんとしていることはわかる。

女生徒「らしき」と言ったのは、上半身の辺りをマジックか何かでぐりぐりと塗りつぶされていたからだ。

解像度的にも総武高(ウチ)のスカートをはいていることがギリギリ分かるくらい。

これでは写っている個人を特定するのは難しい。もしかしたら女装した男子でも区別が付かないかもしれない。

しかしそれ以外の、写真の撮られている「ロケーション」が、彼女達の身元を伝えてきた。

 

見覚えのある門と、玄関前に植えられているゴールドクレスト。

 

わたしの家だ。

 

おそるおそる、男子生徒の方を注視する。

申し訳程度に引かれたか細い目線は、最初から仕事なんてする気が無い。

これなら誰が写っているかは、わたしでなくても分かるだろう。

 

ご丁寧にも、男子生徒の頭の上には「H.H」と書いてあった。

 

 




次回は「あの人」が登場します。

口調が使いこなせない…なんなのあれ。

(2016.5.29 追記)
すみません、カサが増えちゃって、次話であの人登場まで行きませんでした。

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