そうして、一色いろはは本物を知る   作:達吉

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一億二千万人がお待ちかね、IKE-MENさんのご登場です(滝汗)
アンチヘイトにならないように書いたつもりですが、ご意見ありましたらお聞かせ下さい。

だんだん字数が増えてる気がする…気のせい気のせい(白目)


■9話 それはきっと勘違い

 

 遠いカラスの声が寂寥感をあおる、放課後のクラブハウス裏。

 

 気の早い太陽が真っ先に家路へと向かい、ロケーションは夕焼けに染まってムード満点だ。グラウンドからの掛け声が木霊するこの場所に、わたしは呼び出した相手と相対していた。

 

 ここは告白スポットとしても特にメジャーで、正直かなりミスチョイスかもしれないと思ったけれど、人気が無いところに呼び出す時点でもうどこでも一緒だろうと思考放棄した結果、単純にサッカー部が活動をしているグラウンドに近い場所になってしまったのだった。

 

 最後までそれらしい口実が見つけられなかったわたしは、諦めてバカ正直に告げる事にした。心理的に浮ついた気分ではなかったから、それが余計に()()()口実だと思わなかった。

 

「お話したいことがあるので」

 

 伝言を頼むために呼び出した女子マネの子にそう告げたとき、彼女が浮かべた表情を確認する余裕も、今のわたしには無かった。

 

 

 長く伸びた建物の影に、表情を隠された一組の男女が向かい合う。

 

 呼び出されたその人は、髪に手串を通しながら佇んでいる。気だるげに斜に構えたその姿には、いまいち芯というものが感じられない。どこか頼りない居住まいのせいか、彼はいつもより2.5階級ほど格が下がって見えた。

 

 っていうか、ただの戸部先輩だった。

 

「いろはすー、ハナシって何なんー? つかここマジさみーんけど」

 

「チェンジで」

 

「ちょま、ひどくね!? いろはすがお呼びになったんしょーよー?」

 

 間髪を入れずに交換を申し出たわたしに対して、情けない声で戸部先輩が異議を申し立てる。

 

 ほんと、どうしてこうなったの?

 返して。わたしのシリアス返して。

 

「戸部先輩はお呼びじゃないです」

 

 オウム返ししただけなのに言い回しのヒドさが増している気がするけど、戸部先輩だからいいですよね。

 いろはす容赦ないわー、まじないわーとぼやく声がする。ったく…ないわーはこっちのセリフですよ。

 

「え、いやあるでしょー俺に。言わなきゃならんこと」

 

「は?」

 

 ないです。

 清々しいくらいにキレイさっぱりないです。

 ついでに言うと興味とか構ってる余裕とかもないです。

 

 微妙な沈黙が流れる。

 寒風が二人を撫で、わたしは「くちっ」とくしゃみをした。

 

葉山先輩を呼んで下さい( は   や   く   し   ろ  )

 

 なるべく内心の愚痴が漏れないようにフタをしつつ、にこぱっと笑う。そんなわたしを見て、どこか腑に落ちないような顔をする戸部先輩。その表情は、トボけているようには見えない。

 

 このひとは何でわたしから話があると思ったんだろう。少しだけ気になり始めたところで、「まいっかー」と襟足に溜まった長めの髪をバサつかせ、彼は口を開いた。

 

「あー、あのな、それなー…。いろはすー、やっぱそれ、やめといた方がよくね? まだ時期ソーローってかさー?」

 

「はあ…やっぱり戸部先輩が気を回したんですねー」

 

 なにかセクハラめいた単語が混じっていた気もするけど、要するにこのちゃらんぽらんな先輩は、わたしがまた懲りずに仕掛けてきたと勘違いをして、思い止まらせようとわざわざやってきたのだろう。

 頼まれてもいない恋愛ごとにわざわざ首を突っ込むあたり、お人好しというかお調子者というか余計なお世話焼きというかお邪魔虫というか…。

 あれー、やんわりホメたつもりなんだけどなー?

 

「ご心配なく。今日の用事はそういうんじゃないんで」

 

「マジでー? もう修羅場ったりしない? じーまー?」

 

「はい。おそらく。たぶん。きっと。あるいは…」

 

「ちょ、やめてくれよー、部活でまでとか、俺のセンサイな胃に穴あいちまうよー」

 

「ハッ」

 

 おっと、クスッと笑ったつもりが間違えて鼻で笑うカンジに…。どうも戸部先輩相手だと、必要以上に雑になっちゃうんだよね。とりあえず繊細という日本語には土下座して謝ってください。

 

「大丈夫ですよ、戸部先輩タフガイさんですから。胃かいようの10や20は」

 

「お、おう、そっか? サンキュ…いやないわー! 二ケタとかないわー!」

 

 わーわー騒がしい戸部先輩の背中を突き飛ばす勢いでぐいぐい押して、グラウンドへ送り返す。

 

 いいからとっとと連れてきて下さい。

 臨戦態勢を保つのって、結構キツいんですから。

 

 

* * *

 

 

 結局、葉山先輩が姿を現した頃には、すっかり日が沈んでしまっていた。ただでさえ薄暗かったこの場所は、色気を通り越して、寒気とか怖気(おぞけ)のようなものを醸し出している。

 

 白い息を漏らして、彼の方から口火が切られた。

 

「久しぶりだね、いろは」

 

「はい、ご無沙汰してます」

 

 振った振られたの男女というより、親戚同士の会話みたいだった。おかげで特に緊張もせず、用意していたセリフを続けられそう。

 

「いつぞやは、調子に乗って、どうもすみませんでした」

 

「ああ、いや、俺の方こそ…」

 

 俺の方こそ、何だろう。濁した言葉の後ろを覗き込んだところで、きっと何もありはしない。実際、葉山先輩に何か落ち度があったわけじゃないから。

 

 よく言えば日本人らしい、気の遣い方。

 悪く言えば葉山先輩らしい、おためごかし。

 

 あまりにいつも通り過ぎて、少し拍子抜けしながら先を続ける。

 

「で、話っていうのは何かな」

 

 一応プランは二つ用意してあったけど、どちらで行くかはその場で決めるつもりだった。

 

 プラン1、全部なかった事にして、明るく笑いあう。

 プラン2、やっぱり忘れられないと引きずり、その後の反応を伺う。

 

 何だかんだで一年近くは好きだった相手だ。会話している間に気持ちが刺激されて、やっぱり諦めないという選択肢が現れるかもしれない。もしもそうなった時は、その場の気持ちに正直に動くつもりでいた。

 けど、残念ながらわたしの乙女回路は、もうこの人とのやり取りに何の期待もしていないとでも言うように、沈黙を守っている。

 

「あ、はい。実はですねー」

 

 えへへーと頬をかきつつ、次の選択肢を選ぶ。次と言っても、もう実質最後になるかもしれない。プラン1からの自然消滅だ。

 生徒会が忙しくなったから、サッカー部に顔を出す機会が更に減るとかなんとか。それらしい言い訳をしてフェードアウトしていけば、わたし達の接点は薄れて無くなっていくと思う。

 

 『自分の恋が完全に終わろうとしているのに冷めたものだね』そう、頭の片隅から声が掛かる。

 『もともとそれが目的だった。これは予想していた展開だ』と、別のわたしが見栄を張る。

 

 結局、葉山隼人にとって、一色いろはというのは居ても居なくても変わらない存在だったのだろうか。

 

 これまで沢山の女の子が彼の気を引こうと努力し、儚く散っていった。わたし自身もそのうちの一人だろう。

 それは、まあ実際その通りでしかないんだけど。なんていうか、彼の記憶にその他大勢として埋まってしまうのは、気に入らない、かな。これでも、わたしはわたしなりに、プライドっていうのもあるし…。

 

 

「マネージャー、やめようと思いまして」

 

 

 …ん?

 

 あれあれ、台本にないセリフだなー。

 おーい、とちったの誰ですかー?

 わー、わたしじゃないですかー。

 

「ごめんなさい」

 

 まるでいつかの焼き直しのように、しかしキャストを入れ替えて、わたし達は向かい合っていた。折り目正しく深々と頭を下げたわたしと、棒立ちする葉山先輩。

 

 遠目に見ると誤解されかねない光景だけど、そこはそれ、なにしろ相手はあの葉山隼人だ。もしも噂が立つとしても、振られた下級生にしつこく言い寄られているといった程度だろう。

 いやはや、わたしは二度も振られた女として校内に名を馳せてしまうんでしょうか…。

 

 それにしても──どうしてこうなったんだろう。

 突然のアドリブに、身体が、脚が震えている。

 

 きっと、わたしは抵抗しているんだと思う。このまま台本どおりに会話が進めば、台本どおりにお別れするしかない。やはりわたしの恋は間違っていたと、認めるしかなくなっちゃう。それが悔しいから、しつこく足掻いているんだ。

 

「理由を聞いても良いかな」

 

 多少なりとも驚いたような表情の彼。しかしそれも想定の範囲内だと言わんばかりに、声色は相変わらず落ち着き払っていた。子供の自白を促す親のようなその口調がますます癇に障ったわたしは

 

「生徒会が忙しいからって事ではダメですか?」

 

 と、少しばかり反抗的な声を上げた。

 

「いや、ダメってことはないけど」

 

 わたしの声に含まれる僅かな怒気を感じ取ったのか、彼はあえて軽い感じに肩をすくめる。相手を落ち着かせるためであろう、いつものアルカイックスマイルと共に。

 

「それが理由なら、今まで通り、出来る範囲で参加してくれるだけでも構わないんだよ?」

 

 向けられただけで黄色い声をあげていたその笑顔。それも今は、ひたすらにわたしを苛立たせるだけのものだ。

 

「どうして止めるんですか?」

 

「そりゃ、一緒にやってきた仲間だし、今まで傍に居た人間が居なくなるのは、純粋に寂しいさ」

 

 あなたがそれを言うんですか。

 寄ってくる女の子みんなに、そう言うんですか。

 ふざけないで。

 女の子は、あなたのコレクションじゃない。

 

「葉山先輩がわたしを引き止める事が、どれだけ残酷なことか、分かってやってるんですか?」

 

「それは…」

 

 感情的に葉山先輩を責め続ける。

 頭の中がグシャグシャだ。

 すっかり血が上っているのが分かる。

 自分でも何言ってるか、分かんなくなってきた。

 

 半ば癇癪を起こし始めたわたしの中で、それでもどこか一箇所だけ、冷たく冴えている部分があった。そのわずかに残った、誰かさん曰くクレバーなわたしが、呆れたように言う。

 

 退部を引き止めて欲しいんじゃなかったの?

 どうせ彼が何を言ったって、食って掛かるつもりでしょ。

 引き止めなかったら、冷たいって責めるんでしょ。

 

 このまま口を開き続ければ、取り返しの付かないことになるかもしれない。いつもならそろそろ「…なーんて言ったらどうします?」と誤魔化しているところだ。

 だけど、こと今回に限っては、わたしはバカな女の子を貫こうと思う。これが葉山先輩絡みの案件だからなのか、それともあのひとの影響なのかはわからない。

 

 だけどもう、言わなきゃ収まらないんだもん!

 

 だったら我慢はやめだ。

 なるようになっちゃえ。

 言いたいことを全部、ぶちまけよう。

 結果としてどうなったとしても、その先にあるものは"本物"と呼べる気がするから。

 

「キャプテンとしての立場があるのは分かります。でも、相手の気持ちとか、考えないんですか?」

 

「…そりゃ考えるさ」

 

 浮かべていた笑顔を引っ込めた彼の表情は、いつかの夜とは少し違う。辛い時の表情はコレ、と言わんばかりだったあの時と比べ、幾分生々しいように思えた。なんだか、わたしの発言に苛立っている感じ。

 葉山先輩からそういう負の感情をぶつけられることはこれまで無かったし、もしもあったなら2,3日はテンションが地平スレスレまで落ち込んでいたと思う。だけど今は、ようやく彼と対話をしている実感のようなものを得ていた。

 

「でも、それならいろは、君はどういう俺を望む? 黙って見送ればいいのか? 俺としてはそれだって随分薄情な対応だと思うけど、君が望むならそうしよう」

 

「答えなんて知りません。正解があるかどうかもわかりません。ただ──」

 

 葉山先輩のそういうところ、優しさっていうものなんだって、思ってましたけど。

 

「その質問だけは、したらダメなヤツだと思います」

 

 どうして欲しいかと聞かれて、自分が望んだとおりの答えを貰う。それは、人間同士の会話とは呼べない。わたしはそれを、もう会話だとは思えない。

 

「だろうな。俺も本人に対して聞いたのなんて初めてだよ」

 

 どうやら葉山先輩自身、このやり取りはそれなりにイレギュラーな展開だったみたい。答えを聞きたかったんじゃなくて、その質問に対するわたしの反応を見たかったのだ。実はこの人、誰かさんと同じくらいのアマノジャクなんじゃないの?

 

「なら先輩にとってわたしは、少しは特別でしょうか?」

 

 特別。

 

 特別に腹の立つ女の子。

 特別に生意気な女の子。

 特別に可愛い女の子。

 

 どういう意味で特別か、それはもう意味を成さない事だった。なんでもいい、せめて最後に、どんな形であれ、この人に認めさせたかった。

 あまりに言葉足らずなわたしの質問だったけれど、その意図を葉山先輩はきちんと汲んでみせた。

 

「以前はどうだったかな。でも、今の君は違って見える」

 

「そうですか。…ありがとうございます」

 

「ありがとう、なんだね」

 

「わたしはそれ、いいことだと思いたいので」

 

「自分でそう言えるってことは、きっといい変化なんだろう」

 

 そんな君を失うのは心底残念だけど、と葉山先輩は零した。

 

「決心は固いみたいだね」

 

 これほど派手に当り散らしておいていまさら冗談ですと笑えるほど、わたしの心臓は毛深くない。きっかけは行き当たりばったりもいいところだったけど、正直な気持ちを吐き出してみて、しまった言い過ぎた、と思うようなことは無かった。

 もともとフェードアウトするつもりだったのだ。結果論かもしれないけれど、こちらの方が去り様としても礼儀に適っているのではないか。

 

「マネージャーも、もともと葉山先輩に近づきたくて始めた事でしたから。理由が無くなれば辞めるのは当然じゃないですかね」

 

「そう面と向って言われるとキツいな…」

 

「誰もが自分を好きになるだなんて、さすがにイタくないですか?」

 

 どの口が言うのかと、冷えて突っ張る顔に自嘲じみた笑いが浮かびかけた。

 

「そんな事思ってないさ。ただ──」

 

 真っ直ぐにわたしを見つめる葉山先輩。どこか遠いところを見据えるその目は、わたしを通り越し、違うものを見ようとしているみたい。

 

「誰からも好かれたい。そういう考えは誰しも持っているものじゃないか? 俺の知る限り…いろは、君だってそうだったはずだ」

 

 確かに、少なくともわたしは、そういうポリシーを持っていた。けど、本当に「誰もが」そうなんだろうか。

 数は要らない、本物の自分を理解してくれる人が居ればいい。彼が欲しがった"本物"とは、そういう意味ではないだろうか。

 

 不意に、さっき胸の中を駆け抜けた文句のひとつが思い起こされた。

 

『女の子は、あなたのコレクションじゃない』

 

 さて、男の子をコレクションしていたのは、誰だっただろうか。

 

 ああ、なるほど。

 そういうことだったんだ。

 

 

「…葉山先輩は、本気で人を好きになった事、ありますか?」

 

 少なくない負の感情が混じっていたわたしの声が、急に穏やかなものに変わる。

 少し眉を動かした葉山先輩は、頁の落丁みたいな話題の飛びっぷりに対して、それでもきちんとついてきた。

あるいはこういう展開になる事が分かっていたのかもしれない。

 

「…人並みには、あるつもりだ」

 

「それはきっと勘違いです」

 

 あまりに一方的な言葉に、彼はハトに豆鉄砲で撃たれたかのような顔をして、ポカンと口を開けていた。

 ずっとイエスマンだったわたしが、いきなり真正面から否定をぶつけたんですもんね。そんな顔になるのも無理ないです。さぞかし驚いたことでしょう。わたしも自分でちょおビックリですもん。いやーホント、我ながら何様なんでしょうね。

 

 でも、手加減はしてあげません。

 

 だって、気付いてしまったから。

 間違っていたことが、正しく分かってしまったから。

 

「わたしも葉山先輩も、そんな経験ないんですよ。なかったんです」

 

「どうしてそう言い切れる?」

 

 自信に満ちたわたしに怪訝そうに問う葉山先輩。

 今度こそはっきりと自嘲を浮かべて、わたしは答えた。

 

「でなければ出来ませんよ、誰彼かまわず、なんてことは」

 

 きっとわたし達は、どこか似ている。

 

 この苛立ちの正体は、おそらく同族嫌悪というモノだ。自分の足りないものを鏡越しに見ている気分になる。お前は間違っているのだと、客観的に見せつけられる。

 

「随分な言われ様だな。少なくとも俺は、そんなつもりはない」

 

 何をいまさら。

 わたし達のしていることは、世間ではそう評価されています。そう評価されている事を、わたし達は知っているはずですよ。

 

「葉山先輩は適当な女の子と遊んでいるとき、一番好きなひとに見られたらどうするとか、考えたことありますか?」

 

「彼女は俺になんて興味ないよ」

 

 彼女、と言った葉山先輩の表情は、誰か特定の人物を思い浮かべているように見えて、わたしはまたひとつ、彼の人間的な部分を見つけられた気がした。

 そしてその答えに感じた親近感に、自分の感情から刺々しさが抜けていくのが分かった。

 

「そう、それですよ。わたしとおんなじ」

 

「うん?」

 

「わたし達にとっての好きな人は、手の届くような相手じゃないんです」

 

 いつの間にか攻守が逆転している。小さな男の子でも相手しているかのように、わたしは立てた人差し指をくいっと傾けた。

 

「きっと葉山先輩の好きな人っていうのも、それはそれは凄いひとなんでしょうね。釣り合う人なんてそうそう居ないくらいには」

 

 うちの学校だと、例えば雪ノ下先輩みたいなイメージかな。うんうん、確かに誰かと手を繋いでいるところなんて想像も出来ない…。

 

「この話の流れで頷くと、俺もかなりのナルシストになってしまうんじゃないか?」

 

 あはっ、わたしの"お相手"だったわけですから、そこは自信持っていいと思いますよ?

 

「そんなスゴイ相手なら、もし振られても自分が劣っているわけじゃないって言い訳できます。それ以前に、高嶺の花って言葉は、告白する勇気が出ない自分を騙すのに最適ですし」

 

 根拠もなしに好き勝手を言うわたしの話を、葉山先輩は今まで見たことのないような表情で聞いていた。いつもの悟ったような笑顔ではなく、少し驚いたような、それでいて悪い事がバレた子供のような。

 

「まるで見てきたかのように言うんだな」

 

「ぜんぶ自分の事ですから」

 

 そしてあなたのことでもあります。

 

 そう目で語るわたしの顔を見て、葉山先輩はぴくりと眉を動かした。

 「でも」と、わたしは後ろ手に腕を組んで、"わたし達"の間違いを指摘する。

 

「そういうの、偶像(アイドル)って言うんじゃないですか?」

 

 わたしにとっての葉山先輩が何であるか、長い時間考えてきたけれど、この表現が一番しっくり来た。テレビの中に居るか、同じ学校の中にいるか。物理的な距離が近いせいかずっと勘違いしていたけれど、どちらもとても遠い存在なのだ。

 

「まあ、わたしはちょっと思うところがあって、無謀にも特攻をかけてしまったおバカさんですけど。おかげでそれが単なる幻だったってことには気付けました」

 

「その辺はまあ、何となく分かってはいたよ」

 

「はい。あの時、葉山先輩にもそれっぽいこと言われましたね。ですから、誰しも他人のことは良く見える、ということじゃないでしょうか」

 

 彼から見たわたしが人間・葉山隼人に恋をしているわけではないと気付けたように、わたしの目から見て、この人は等身大の相手に恋をしていないと確信した。

 

「君の目から見て、俺は真っ当な恋をしていない?」

 

「そう思います」

 

「なら今の君は、きちんと恋をしているってことかな」

 

「それはまあ、ノーコメントで♪」

 

 にぱっと笑って見せたわたしからふっと空に視線を逃がし、暗がりにも目立つ短い茶髪の頭を掻きながら、葉山先輩はバツの悪そうな苦笑いを浮かべた。

 

「やっぱり君は変わったよ」

 

 今までと少し違う色を帯びた彼の目に、わたしの胸はもうときめく事も苛立つ事もない。かわりに感じるのは少し奇妙な親近感だ。あれほど遠くに感じていた葉山先輩が、今はなんだかダメな弟にでも見えてくる。

 

「とても魅力的になった」

 

 なるほどー。ほんと、最近は驚くことばっかり。まさかイケメンに褒められて嬉しくないなんてこと、あるんだなー。これはあれかな、まさに弟に言われても仕方がない、みたいな?

 

「そういうのもういいですから」

 

 わたしの温度を含まない返しに、うぐっとうめく葉山先輩。

 おっ、これ一矢報いちゃったカンジです? 別に勝負ってわけじゃなかったけど、負けっぱなしはシャクだからね!

 

 ぶっちゃけ迷走しまくってたけど、今日の目的に関しては、胸を張っていい成果かな。考え過ぎたせいで、あとでゆっくり考えようと思ってた件にも、ついでに結論でちゃったカンジだけど…。

 

 わたしの本当に好きな人、とか。

 

 …とかとか。

 

 …はふぅ。

 

 興奮が冷めていくにつれ、だんだんと周囲に気が回るようになってきた。グラウンドにはライトが灯り、外気に冷やされた身体はすっかり固まっている。ぶるっとわたしが身体を振るわせたのをきっかけに、二人の間に漂っていた空気がガラリと変わった。

 

「ひとつ、聞いてもいいかな」

 

 いつものように…いやいつも以上に平坦なその声を聞いて、わたしはこの対話の終わりを感じた。できればラストは格好良く答えたいな。

 

「いいですよ。答えるかどうかは内容次第ですが」

 

「君を変えたのは、彼かい?」

 

 それは質問の体をなさない、不恰好な問いだ。だけどその不特定の誰かを指すための代名詞は、わたしにとある後姿を思い起こさせるものだった。

 彼の目もまた、その人物を指しているのだと言外に語っている。YESと答えても後からいくらでも誤魔化しが効く、彼らしい気を利かせた問いかけ。

 

 ほんと、こういうところは紳士ですね、葉山先輩。

 

 きっとこのひとに見せるのは、これが最後になるだろう。せめてもの餞別にと、こっそり気合を入れる。

 

 片目を閉じて人差し指は口元へ、顎を引けば目線は自然と下から上へ。自分が最高に可愛いと信じる本気のポーズをきっちり決めて、わたしはこう答えた。

 

「ナイショです♪」

 




ちょっと長くなりましたが、とりあえず一段落。
覚醒いろはすにはそろそろお砂糖を投下していかないとですね。
筆者は甘々なのが少し苦手なので、自分との戦いです。

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