「この戦いの行方をどう見る、坊主よ?」
「知る……かよ。落ち、ないように、するだけで、ひ、必死なんだよっ!」
倉庫街で繰り広げられているセイバーとランサーの戦いを眺めるため、冬木大橋の頂の上に陣取ったライダーであったが、そのマスターであるウェイバーは「落ちたくない」「早く降ろして」の一心であり、二人の騎士たちの華麗なる戦いぶりに目をやる余裕など微塵もなかった。
「我がマスターながら情けない……」
ライダーはワインを呷り、豪胆に膝を叩いて笑ったり、騎士たちの鮮やかな技に感嘆の息を漏らしたりと、落ち着く様子はない。
「どっちでもいいから……早く、決着を付けてくれ、よ。ぐすっ、降りれない、じゃ、ないか……」
「どっちでも良いなどと抜かすな。勝った方が余と戦うことになるのだぞ! だが、どちらも失うには惜しい戦士たちだのぅ。む、ここで決めるのか?」
ライダーの言葉から察するに決着の時は近い。あと少し、耐えれば。ウェイバーの頭の中はそれでいっぱいだ。涙と鼻水が風に流されて顔や髪に付着しようとも耐え抜いた甲斐があったというものである。
「おい坊主、さっきのを見たか? いかんぞ。これはいかん」
「見えるはずないだろ。どうしたんだよ?」
ウェイバーの視力ではライダーと同じ光景を見ることなどできるはずがないことを、ライダーは気に留めるはずもない。
未熟なウェイバーには何が起こっているのかわからないが、これはきっと本当に良くないことだと直感的に悟った。この男も自分と同じく不安や焦りを感じているのだろう。
「ランサーの奴が、決め技に出よった。これではセイバ―の奴が――――何だと!!?」
冷静に状況を告げる男の口から突如放たれた怒号とも呼べる猛りの声。思わず萎縮しもっと体の奥底から震えあがるのも仕方のないことだろう。
――――殺気。初めてライダーが見せたその険しい眼差しは、自らに向けられたものではないとわかっていながらも、ウェイバーは声一つあげることができなくなっていた。
ライダーは酒瓶を投げ捨てて立ち上がり、ウェイバーにとって最も待ち望んでいた言葉を告げる。
「我らも降りるぞ坊主! このままではセイバーが危うい!」
愛刀で夜空を引き裂くと、突風を伴って彼の戦車が現れた。襟首を掴み、半ば放り投げる形で乱暴にウェイバーを自らの隣の席に乗せる。余程余裕がない状況なのだろう。
「
夜空に雷鳴を撒き散らしながら、ライダーは一刻も早くと、二頭の牡牛を駆けさせる。今までにない速度で移り変わる景色にウェイバーは身を竦めながらも、橋の上から解放されたことで若干の落ち着きを取り戻していた。それを察したのか、ライダーも状況を彼に伝える。
「アーチャーの奴が、セイバーが負傷している隙を付きおった」
「つまりランサーとアーチャーが組んでいたのか。ほら、やっぱりアレは罠だったじゃないか。そんな所に突っ込んでどうするんだよライダー」
「セイバーに助太刀するに決まっておろうが。馬鹿者!」
「何でそうなるんだよ! セイバーが死ねばこっちも好都合じゃ――――ひぎゃぁあ!」
無慈悲なデコピンに唸るウェイバーを横目にライダーは言葉を続ける。
「あれだけの剣士を失うのは惜しい。アーチャーと組したランサーはさておき、セイバーの方は余の部下にならんかと一度声を掛けねばならん」
「はぁ!? そんな事のために――」
「セイバーのマスターを狙ってきたアーチャーをここで逃すわけにはいかんだろ。坊主、自分の身に置き換えて考えてみるが良い」
遮るように放たれたライダーの言葉がウェイバーの胸に突き刺さる。
最初にアサシンが脱落したことで自らが直接狙われる危険性が減ったことに安堵していたが、遠距離攻撃できるアーチャーがマスター殺しの方針を取ったとなれば話は別だ。その脅威度はどんな魔術師に狙われたときよりも遥かに高い。
ライダーの言葉からすると、アーチャーを引きずり出す算段が何かあるのだろう。ライダーは馬鹿とはいえ、軍略で歴史に名を馳せた王だ。そもそも彼の思惑に乗るしか選択肢はないのだ。
ウェイバーは掛ける言葉が見つからず、ただ向かうべき戦場を見つめる。そこが戦場ではなく、屠殺場であることも知らずに。
× ×
「アイリスフィール! しっかりして下さい! アイリスフィール!!」
油断した。ランサーとの戦いに現をぬかして油断していた。肩を揺らして呼びかけながら、セイバーは後悔の渦に捉われていた。
短槍の罠を受けて左腕を負傷したこと、それだけならばまだ取り返しは付く。だが、それを治癒しようとしたところを一本の剣によって阻まれた。どこからともなく放たれた鉄剣は、アイリスフィールの左太腿を深々と貫いたのだった。
遠距離攻撃に用いられたのが剣、ということから判断しておそらく例のアーチャ―が相手だということは疑いようがない。どうして敵が他に潜んでいる可能性を考慮していなかったのか。どう考えても自らの失態だと、セイバーは忌々しく下唇を噛みしめた。
「大丈夫よ。セイバー、気にしないで。剣は抜いたし止血もしたわ。治癒が得意って言ったでしょう?」
「ですが! しかし……」
セイバーの視線の先にあるのは、赤い花が咲いたように鮮血に塗れた雪色のコ-ト。護れなかったという想いがセイバ―の胸中を駆け巡る。
「ランサー、これは貴様の差し金か?」
「違う。俺は知らなかった。だが、先程追い打ちを掛けろと――――」
頭を横に振るランサーの言葉はおそらく真実だろう。第三勢力ならばマスターの下へ帰還させるのが筋だ。追い打ちを命じられたということはランサーの知らない所で同盟が成立していたと見るべきか。
マスターを狙うのは聖杯戦争の常套手段。衛宮切嗣と同じように考える者が他に居てもおかしくはなかったのだ。
このピンチをどう凌ぐか、セイバーは過去の経験に則り、高速で思考を巡らせる。
まず眼前のランサーを倒さなければならないのは自明だろう。自らよりもスピードのある彼が居ては離脱など不可能だ。
幸い遮蔽物の多い倉庫街、アーチャーに狙われにくい位置へアイリスフィールを避難させて早急にランサーと決着を付ける。その後で切嗣たちの援護を期待しつつアイリスフィールを逃がすのがベストだという判断をセイバーは下す。
「ランサー、弁明は要りません。貴方の意志ではないのでしょう。ですが、戯れはここで終わりです。時間がない。次の一撃で決着を付けます」
マスターの援護を受けたのか、既に回復し短槍を回収したランサーは無言で頷くと紅と黄の二槍を清廉に構えた。
「アイリスフィール、貴女はそこの物影へ。負傷している所を申し訳ないが、私にも治癒をお願いします」
「かけたのよ。かけたのに、そんな……なんで?」
足に傷を負い、完治していない状態にも拘らず、すぐにセイバーにも治癒魔術を施していたアイリスフィールは、その声も表情も困惑に捉われていた。
アイリスフィール自信が負傷しているからといって、魔術行使に支障が出るとは思えなかった。おそらくはあの短槍の効果だとセイバ―は悟る。おそらくは呪い。 長槍で鎧を削いだのも、もしかすればこのための伏線だったのだろう。
致命傷はかろうじて避けたものの、左手の腱が切られ、親指に全く力が入らない。見た目以上にこの傷はセイバーの負担になっている。
そんな焦燥に駆られるセイバーにランサーは語りかけてきた。
「セイバー、我が破魔の――――」
「御託は良い。早く終わらせようランサー」
「あぁそうだな」
セイバーの申し出に応じ、再び構え直すランサー。二人は何度も間合いを測り直し、一撃必殺の刻を見計らっていた。
徐々に張り詰めていく一触即発の空気、それを切り裂いたのは猛々しい男の唸り声と轟音を伴った雷鳴の軌跡だった。
「ALaLaLaLaLaie!!」
この場に姿を見せている者で三騎、このサーヴァントが先程の襲撃者でないのならば四騎が関わる大混戦だ。多数のサーヴァントに狙われる可能性があるこの状況では一つの判断ミスが命取りになる。
警戒を高めるセイバー達とアーチャ―の間に入った巨漢は、戦車を降りると両手を掲げながら声を上げた。
「双方武器を収めよ。王の御前である!」
コンテナが共鳴するほどの大音声が倉庫街に鳴り響く。少なくともすぐに敵対する意図がないことが分かり思わず安堵した。彼がアーチャーに対する抑止力になればという甘い願望がセイバーの心の奥底に湧く。眼を大きく開けたままのアイリスフィールも同じような想いだろう。
介入者の動向に注意を向ける面々であったが、破天荒な彼はとんでもないことを口走った。
「余の名は征服王イスカンダル、此度の聖杯戦争の場においてはライダーのクラスを得て現界した!!」
「そんなこと言ってる場合ですか、この馬鹿はぁあああ!!」
真名をいきなりばらしたライダーに唖然とする一同。セイバーもあまりの出来事に言葉を失う。マスターであるらしき涙目の少年が征服王を召喚してしまったこと心の底から後悔しているのは察するまでもないだろう。
そしてもっと恐ろしいことをこの巨躯の男は口にしそうだと、この場の誰もが察しているに違いない。
「うぬらの巧みなる剣と槍捌き誠に見事であった。実は貴様らを勧誘に来たのだがな……」
ここでライダーは逞しいその胸に大きく息を吸い込み、腹の底から耳をつんざかんばかりの声を張り上げた。
「おいこらアーチャー! この誇り高い決闘の中、卑劣にも闇に紛れて女子供を狙うのが貴様のやり方か!!」
それは誰の耳にも届いたことだろう。このライダーがアーチャーの相手をしてくれるというのならばセイバーにとって願ったり叶ったりの展開だ。
そしてその思惑通りに彼は現れた。街頭のポールの上に眩いほどに輝く黄金色の粒子が集まり、実態を成していく。
黄金色に輝く髪と全身鎧、全てを射殺すような紅の瞳、その姿は紛れもなくあのアサシンを葬ったアーチャ―に他ならなかった。
目の前に現れた黄金のサーヴァントからアイリスフィールを背中に庇うようにセイバーは位置取る。尋常でない威圧感を放つこの男は、明らかにライダーをはじめとした自分達に怒りと殺意を向けているようであった。
「我が卑劣だと――――この我が貴様ら雑種ごときに姑息な真似をとると思ったか? その自惚れは万死に値する。我の名を語った愚か者の前に、まずは貴様らをこの我が直に断罪してくれよう」
告げられたのは死刑宣告。このサーヴァントは三騎同時に相手をするつもりのようだ。それは決してアーチャーの自惚れではなく、それだけの戦力を有していることは彼の待つ王気からセイバ―は読み取る。
護るべき対象が居て、なおかつ逃走できる手段も持たないセイバーは三騎の中で最も不利な立ち位置だ。この場でアーチャーと思しきサーヴァントと敵対するのは得策ではないと、慎重に言葉を選んでセイバーは問いかけた。
「一つ尋ねますが、先程のこの剣は貴方のものではないというのですか?」
「痴れ者が。我が財がそのような紛い物と同じだと? その身を以って真贋の違いを知るが良い」
セイバーの問いは逆に彼の怒りを増長させる結果になってしまった。そしてアーチャーの背後から波紋と共に三本の剣が現れる。その剣の存在から放たれる神秘はどれもまさしく宝具のもの。さきほど放たれた無銘の剣とは似ても似つかない。
「迅く失せよ、雑種」
ただその一言を持ってして、剣群が空を穿ち襲いかかり、目を開けていられない程の爆炎が巻き起こった。
× ×
「――――生きてる」
ウェイバー少年は今にも止まりそうな胸を抑えて生の実感を噛みしめた。
セイバー、ランサー、ライダーの三騎の力を持ってして襲い来る凶刃を迎撃することができたのだ。だが今の撃ち合いでウェイバーは否が応でも理解した。
三騎を相手取ってなお余裕のあるアーチャ―、アレは間違いなく最強のサーヴァントであると。
「ダメだ。あんなのに敵うわけがない。逃げようライダー」
「坊主、それはちと厳しいぞ」
息を荒げながら眉を潜めて答えるライダー。背中を晒せば良い的である。しかも相手は目の前のアーチャーだけではない。アーチャーの言が確かならばもう一体のサーヴァントが自分達を狙っているはずなのだ。
これは三対一などではない。三対ニの状況であり、しかも二人の足手まとい付きである。挟撃されれば完全に破滅だ。組んでいるものと仮定していたランサーがアーチャーと敵対していたことが唯一の救いか。
戦場に向かうライダーを止めなかった決断力のなさ、無力さがこの事態を招いたとも言える。そもそも聖杯戦争に参加しようとした己が馬鹿だったと、ウェイバーは本気で後悔していた。
そんな彼に更なる絶望が突きつけられる。アーチャーの背後から倍以上の数、十本をゆうに超える数の武具が出現したのだ。それらの発する魔力や神性、呪いに当てられそうになるウェイバー。
戦車の上で蹲りながら自らの死を確信した彼は、どうにかしてこの場から逃げるしかないのだと考えを巡らせた。
右掌に感じる胸の鼓動は未だに納まる気配はない。そしてその右拳に刻まれたソレを見た。
「そうだ、令呪だ」
三度まで行使することを許されたサーヴァントに対する絶対の命令権。それが持つ効能は単にサーヴァントを拘束するためだけではないをことぐらいは未熟な彼も知っていた。
「令呪を使えばアイツが追いつかないところまで逃げ切れるはずだ」
「それはあの数の剣戟をどうにかできれば、だな」
魔力をブーストさせて全速力で離脱。ライダーのクラスだからこそ可能な芸当だ。だが戦車で逃げるにしても出足の無防備さが問題だ。そして他のマスターも令呪を行使できる可能性に思い至る。
まずマスターが身を潜めたままのランサーは令呪を使えばいつでも離脱できるため、ランサーがこちらと共闘を続ける可能性は最も低い。
次にセイバーだ。セイバーとそのマスター共に負傷しており、例え令呪を用いてもマスターごとこの場からの離脱は難しいだろう。また、元々セイバ―を助ける形で現れたライダーであるため、すぐに敵対することはないとも考えられる。
三騎の状況を理解した上でウェイバーにできる提案は只一つ。
「ボクたちはこの場を離脱する。だからセイバーのマスター。アンタもコレに乗るんだ」
「え?」
突如投げかけられた救いの声にアイリスフィールは疑問符のついた声を上げる。
「代わりにセイバーを囮にして、時間を稼いでもらう。充分に逃げ切れたら後は令呪でセイバーを逃がせばいい。こっちも令呪で加速させるからおあいこだ」
「そ、それは……」
「少しは考えたようだな坊主」
ライダーは感心したように空いている左手でウェイバーの頭を力強く撫でまわす。
「それは……私たちは助かるかもしれないけれど、セイバーが」
「原因を作った余としてはこの場で決着を付けれんのは癪だが、二人も足手まといが居ってはのぅ。余だけではない。背中を気にしてはランサーもセイバーも身軽に動きまわれんだろう」
ライダーがアイリスフィールの言を遮って現実を突きつける。ウェイバーとアイリスフィールがいなければ、本来の機動力で剣群を避けながら接敵できるかもしれないのだ。
「アーチャ―は絶対に一対一じゃ破れない強敵だ。だからランサー、アンタはいつでも逃げられるだろうけどギリギリまで協力しろ。ダメだと判断すれば撤退すればいい」
サーヴァントという圧倒的な存在たちを前に萎縮しながらも、ウェイバーは震える唇を懸命に動かして、しっかりと意図を伝えるべく言葉を紡いでいく。
「上手くやればそっちは令呪を温存したまま優勝候補のアーチャ―を倒せるかもしれないんだ。他の対価なしで共同戦線が組めるチャンス、逃す手はないと思わないか?」
ウェイバーが思いつく限りでこれ以上の手はない。そして時間もない。弄ぶように数本ずつ射出される刃が段々と増えていく。もうアーチャーの背後にある凶弾は数え切れないほどにまで膨れ上がって来ているのだ。
「アイリスフィール、私は大丈夫です! だからその提案に乗って下さい!! 切嗣も理解するはずです!」
「撤退のタイミングを主に委ねるという条件付きで、こちらも許しが出た! ここは我らに任せて行けっ!!」
勢いを増す弾幕を捌きながら二騎がライダーたちの離脱を促す。
「任せたぞ、益荒男たちよ! そして次にこそ相見えよう!」
太腿を抑えながら無言で立ちつくすアイリスフィールを小脇に抱えて、ライダーは戦車に飛び乗る。それを見計らってウェイバーは令呪に思念を集めた。
「令呪を持って命ずる。全速力でこの場から撤退しろっ、ライダー!!」
目がくらむほどに眩く輝く雷光を放ち、戦車は気を失いそうになるほどに急加速する。剣戟と爆音が風の音に混じって遠ざかっていき、次第に目に映る戦場は小さくなって行く。
「ライダー、下は今どうなっているんだ?」
「どちらも健在。上手くやっておる。多少傷は負えど、随分と動きが良くなった。お、良いぞセイバーの奴がアーチャーを街灯から叩き落としよった! 」
ウェイバーとアイリスフィールを無事安全圏と呼べる上空まで運べたからか、ライダーの声色にも余裕が舞い戻って来ているようだった。
「うーむ、余も彼らと肩を並べて剣を振るいたいのだが、それは次の機会だのぅ。是非とも勧誘せねばなるまいて」
嬉々として戦況を語るライダーの口ぶりにウェイバーは内心ホッとしていた。上手くいけば他のサーヴァントを落とすチャンスだが、あんな提案をして失敗した場合のことなど考えたくはない。
それにアーチャーが一番敵対心を抱いているのは間違いなくライダーである。アーチャーが倒れてくれるのならば憂いが減るというものだ。
それはセイバーのマスターも同じだろうと彼女の顔を横目で見るウェイバー。しかし彼女の顔色は優れない。
「どうしたんだ? ヤバいと思えば令呪で逃がしても良いと思うけど……」
「いや、私じゃセイバーを……いいえ、何でもないわ。善戦しているならそれでいいの」
不安げに眼下の爆心地を見降ろすアイリスフィールに疑問を抱きながらも、ウェイバーは力尽きたとばかりに戦車の縁に寄りかかる。
そんな時だった。彼は見た。静かな夜闇を切り裂き螺旋を穿つ魔弾の軌跡を。
この状況下でそんなことをするのは間違いなくアーチャーを騙った者以外にありえない。
暗闇を抉りながら忍び寄る凶弾は不幸中の幸いか、少なくとも自らの方に向いてはない。だが遠目で見ても禍々しいその魔力はもう間近へと迫っていた。目標は間違いなく目下の三騎の内の誰か、もしくは複数。
そして――――冬木の街全体が目覚めるかと思うような爆音が轟き渡る。ウェイバーはすぐに戦車から身を乗り出して見た。燃え盛る倉庫街の無残な残骸を。
「ライダー、今の見えたか? セイバーは? 他の奴らはどうなったんだ!!?」
「いや、爆発が凄すぎて余にも見えんかった。余としたことがまたしても見誤っておったとは」
ライダーは歯噛みしながら、身を乗り出していたウェイバーとアイリスフィールを元の席に戻す。
「坊主たち、しっかりと掴まれ。ここも危うい。全速力で離脱するぞ!!」
幸い彼ら三人に追撃の手は掛らなかったが、魔弾の射手の行方や三騎の生存をこのときの彼らに確認する術はなかった。
× ×
「あぁ、乙女よ。我が聖処女よ。神の与えた無数の試練を乗り越えた貴女ならば下賤なあの匹夫など取るに足らないものでしょう」
まるで道化を連想させるような黒と紅の服を纏った男は掴みあげた遠見の水晶を眼前に掲げ、目の前の奇跡に狂喜する。
血が、命が腐り果てたような臭気――――死の匂いの充満する部屋の中で二人の男が水晶に映る戦闘風景を嬉々たる顔で眺めていた。
「見て下さいリュウノスケ。ほら、彼女の苦痛に歪む顔も美しい。聖杯よ。この再びの巡り合わせに感謝を!」
「あぁ、すっげぇや青髭の旦那。こんなに素敵なアトラクションなら俺達も気合い入れなくっちゃな!」
「えぇ、今直ぐにでもお迎えに参じなければ」
身を左右に捩らせながら昂る衝動を表現する青髭と呼ばれた男、キャスターに、リュウノスケと呼ばれた若い青年が一つ提案を出す。
「なぁなぁ旦那。その愛しの彼女さんにプレゼント持ってくのはどうかな? この前作ったとびっきりのヤツを持って行けば喜ん――」
「あぁああああああああ!!!!!!」
「――でくれると思わない、かい? って……」
手元で弄んでいたナイフを畳みこみ、絶叫しながら急にしゃがみこんだキャスターに声をかける。
「どうしたんだい旦那ぁ。急にテンション下がっちゃって、何かあったの?」
青年はキャスターが涙ながらに見つめる水晶の映像を覗く。
「何これ、青髭の旦那。すげぇ燃えてんじゃん」
「ジャンヌが……聖処女が……」
「旦那? ねぇ旦那? もしかして――」
「我が運命の乙女が、聖処女が、遂に復活を遂げたというのにぃいいいいいい!!」
水晶を壁にかかった作品に投げつけて、キャスターは怒りに身を任せる。今までにない程の形相に青年も声をかけるのを躊躇ったほどだ。
身を焦がすほどの希望が絶望へと切り替わった彼の嘆きが、死臭漂う闇に鳴り響く。
「聖杯は私を選んでいたのではなかったというのか? 神は二度までも、二度までも、彼女を見捨てるというのかぁあああああああああ!!!」
運命の悪戯により導かれた彼は、冬木の街を真なる恐怖で埋め尽くさんとしていた。
こうして更なる悲劇の幕は開けた。平穏なる朝は、誰が考えているよりも遥かに遠い。