黒桜ちゃんカムバック   作:みゅう

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#15 あなたと二人で

 相対する場所は人気のない交差点。街路樹と電柱、残骸と化したメルセデス・ベンツ、障害物と呼べるものはそれ位であり、銃を使う切嗣の方が間合いの面では圧倒的に有利だ。

 しかし相手は歴戦の代行者。自らのサーヴァントを捨て背水の陣で挑んできたのだ。その覚悟は尋常ではないだろうと容易に想像がついた。

 いかに黒鍵が投擲に特化した礼装と言えど、切嗣の弾丸の方が間違いなく早く届く。盾となりうる物や潜むことのできない状況と、綺礼の心情から推察される戦法は致命傷以外は無視しての突進だ。故に懐に潜り込まれる前に起源弾で確実に葬るしかないと切嗣は脳内で最適解を反芻する。

 祈りを済ませた綺礼も初手を決めたのだろう。胸元で交錯するように掲げられた六本の黒鍵が肥大化した。魔術によって強化された刀身を盾にして間合いを詰めるのだろうと判断する。ならば行うべきはそこに起源弾を叩きこむことだけだ。より強力な魔術で対処されてこそ、頼みとする必殺の魔弾は大きく効果を増す。

 撃ち込むのは一歩目に合わせて。最速を以て動けるように切嗣は延髄へと指令を刻みこむ。網膜が綺礼の重心が沈み爪先に重心が掛るのを捉えた。狙うは次の一瞬――それが致命的な読み違えだったと気付いた時にはもう遅い。

 

「アイリッ!!」

 

 コンテンダーを支えるための右手は、飛来する凶刃から妻を守るために振るわれた。綺礼の初手は突進ではなく、ノーモーションでの投擲。それも背中にいるアイリスフィールを見越してのものだったのだ。無傷なことに安堵する暇などない。キャレコ短機関銃でフルオートの弾幕を張り、鬼神の如く詰め寄って来る綺礼を制圧する。

 サブマシンガンから放たれる銃弾を黒鍵でことごとく弾いてしまう言峰の技量を切嗣は冷静に評価した。想定を大きく超えた戦闘能力だ。しかし今、敵の脚は封じ込めることに成功している。再び空いた右手にはコンテンダー。放つなら今しかないと、その銃口を標的に向けようとしたその刹那だった。

 キャリコから放たれる銃弾への防御を止めると同時に極端に身を低く屈め、エンチャントを施した全脚力を以て代行者は切嗣へと迫り来る。

 切嗣が反動を無理してまで左手一つでサブマシンガンを使い続けるのは何故か。右手に抱えたものが本命であることは考えるまでもなかった。故に綺礼は反撃の機が来るそのときまで脚を止めてまで計っていたのだ。

 対する切嗣には刀身による防御を捨てたはずの綺礼が、キャレコの弾丸をものともせず肉体と僧衣一つで突き進んで来ることに困惑せざるを得なかった。機を逸らされたながらも切嗣はコンテンダーの引き金を引き絞る。だがあまりにも早く、そして低い標的を相手にして、切嗣の腕を以てしてもその弾丸を届かせることができなかった。

 仕留められなかった、ということは次に行うべきは何か。その答えは本能に刻みつけていた呪文(ことば)が知っていた。

 

固有時制御二倍速(タイムアルター・ダブルアクセル)!」

 

 活歩から首を刈り取るべく放たれた二連の脚技を拳一つ分もないギリギリの所で避ける切嗣。不自然に膝を折ってしまったがために、反り返るほどに上半身を地面へと近づき体勢が崩れる。そこへ鳩尾を踏みつけるような一撃。鮮血の塊が切嗣の口から溢れ出る。あと一撃で終わりだと両者がそう確信したときだった。

 

形骸よ 形を成せ(シェイプ・イスト・リーベン)!」

 

 窮地を救ったのは妻であるアイリスフィール。銀の糸によって編まれた針金細工の鷹を敵の元へと飛翔させ、切嗣への追撃の拳を阻む。アイリスフィールは鷹を操り、切嗣から引き離すようにとその鋭利な嘴と爪を以て攻撃させていた。

 

「切嗣、立って!」

 

 護られるだけの人形ではない。妻として夫が再起するための時間を少しでも稼ぐ。その決死の想いを胸にアイリスフィールはよろめく脚で修羅と相対した。

 今の彼女は誰よりも魔力は潤沢にある。なぜならば脱落したサーヴァントたちの魂がその身に宿っているのだから。聖杯を護り、正しい形で顕現させるという本来の目的を捨て去るのならば、もう魔術回路が焼き付くされることも厭わない。アイリスフィールは激流の様に身体の内を暴れ狂う魔力を圧縮し、限界を超えて細い糸へ送り込み続ける。

 

「あなたは私が止めて見せる。切嗣には絶対触れさせない!」

「邪魔をするな、女!」

 

 正面から頭を狙うように飛び込んでくる白銀の爪を首一つの動きで左に回避した綺礼。最高速度で突入して来た鷹は、回避されてすぐには切り返せないことはそれまでの攻撃パターンから既に学習済みであった。

 よって無防備な今の内にアイリスフィールを葬らんと、歩を進めようとする綺礼。しかし急に消えた羽音に違和感を抱き振り返ろうとする。

 

「何だとっ!?」

 

 綺礼の頭のすぐ後ろで使い魔は糸状へと戻り、自動車のタイヤ大の直径程の輪を幾重も生成していた。そしてその輪の中心がどこにあるのか――アイリスフィールの意図を察した時にはもう遅い。アイリスフィールは輪を一気に引き絞り、敵の首を締め付ける。

 

「……ぅ、……おっ」

「あなたはここで、落ちなさい!」

 

 締め付ける糸を引きちぎろうとするが、細すぎるために指にかからない。目に見えて衰弱する綺礼だったが、衰弱しているのはアイリスフィールも同じ。長年の鍛錬によって強化されたその肉体の耐久力は、首周りの筋肉においても尋常ではなかった。故にアイリスフィールが全力の魔力を流しているとしても、どちらが先に力尽きるか読めない我慢勝負の様相であった。

 だがしかし、仮に綺礼がこのまま糸を無視して自由な手足で接敵してきたら、万に一つも脆弱なホムンクルスに勝ち目はない。

 あと五秒。たったあと五秒さえ耐えればと願うアイリスフィール。だがその甘い見通しは儚くも崩れ去る。

 

「何を、しているの?」

 

 視線の先には首を指先で掻き毟る綺礼が彼女の眼前に居た。血が溢れ出るのも厭わず、声一つ漏らさずに動脈のすぐそばの肉を抉り取るその様は、もはや人と呼べる者の所業ではない。形容することさえおぞましい様を目にしたアイリスフィールは蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなってしまった。

 そして綺礼は遂に糸を掴みとり、人間離れしたその握力の全てを以て引き千切る。術を破られたフィードバックがアイリスフィールに襲い掛かり、膝から崩れ落ちてしまう。

 

「切嗣、逃げて……」

 

 アイリスフィールの最期の言葉。そうなる運命(はず)の言葉は切嗣の耳に届いていた。

 綺礼の拳によって切嗣は幾つもの肋骨が内臓を突き破られ、陸で溺れる様にして喘いでいた。コンテンダーもキャレコも手元から離れてしまっている。

 気合いで誤魔化しただけでは走って取りにいくことができないほどの重傷だ。妻が敵と対峙して機が逸れている隙に必殺の一撃を中てるには、冷たいアスファルトを這いつくばりながらコンテンダーを取りに行かなければならなかった。

 今直ぐ駆け寄りたい気持ちを押し殺しながら這い進み、ようやくコンテンダーに指がかかった。その時だ。絶対に護ると誓ったばかりの妻が、別れの言葉を自らに向けていた。

 躊躇う暇も、理由もない。その運命を変えるべく、切嗣は脳のリミッターを外していた。

 

固有時制御三倍速(タイムアルター・トリプルアクセル)!」

 

 口にしたのは限界を超えた魔術行使。痛みが蒸発しそうなほどの重圧を押し返して一歩目を踏み出す。

 更に一歩。体中の血管が弾け、筋繊維が切断され、神経が軋みを上げ、意識が時間の圧縮に押し潰されそうになった。だがそれでも前へと進む。目が、合った。

 そして、もう一歩。ただ引き金を引いただけでは間に合わない。故に、絶対に避けられることの無い距離まで詰めて確実に中てる。コンテンダーを右手に、サバイバルナイフを左手に。

 だが綺礼は構わないとばかりに敵の拳が解き放った。

 ――――間に合え。そう叫ぶ余裕などありはしない。半ば水平に飛び込むようにしてもう一歩。アイリスフィールと綺礼の間に割り込むようにして身体を捻じ込んだ。

 妻の頭蓋へと迫る拳が急に軌道を変え、切嗣の胸元へと向けられる。

 

固有時制御四倍速(タイムアルター・スクエアアクセル)!」

 

 紡がれたその言葉は切嗣の覚悟の証そのもの、限界を超えた更にその先の禁呪。全て遠き理想郷(アヴァロン)なき今、その反動で心臓や脳が致命的な損傷を負ったとしても回復できる見込みは低い。

 だが今この瞬間を切り抜けられなければ、切嗣たちに未来はない。いかなる代償を払ってでも妻を護る。それが彼の決めた道だった。

 そしてその一瞬の加速が運命を決めた。さしもの代行者である綺礼も更に上の段階で加速してくるとは考えなかったのだろう。三倍速ならば先に届いていたはずの拳に切嗣はナイフの切っ先を逆手で叩きこむ。

 綺礼の顔が苦悶に歪むが、それも一瞬のこと。次の刹那には眉間に突きつけた銃口が鈍色の音を夜の街に響かせた。

 

「終わった……のか?」

 

 そう言ったものの、綺礼の生死は確認するまでもなかった。凶弾は違いなく頭蓋の中心を貫通している。それでも「もしかしたら」という怖れを二人が抱か、なかった訳でもない。しかし次第に花弁を大きく広げていく紅混じりの脳漿を目にしてようやく敵の死を確信できた彼らは、顔を見合わせると同じタイミングで大きくため息を吐き出した。

 

「アイリ、ありがとう。君のおかげで助かった。身体は大丈夫か?」

「こちらこそありがとう、切嗣。わたしは大丈夫。それより、さっきの魔術は……切嗣っ!!」

 

 魔術行使を停止させた切嗣は四倍速の世界から元の世界に押し戻される。巡る血流は急に滞り、肺や心臓に大きな負荷を与え、半ば心停止ともいえる症状を発してしまう。故にマリオネットの糸が切れたようになってしまうのは当然の結末だった。

 

「ダメッ、切嗣、あなただけはっ!」

 

 彼女の悲痛な叫びも、荒ぶ寒風に虚しく打ち消される。おぼつかない足取りで駆け寄ったアイリスフィールは胸に手を当て、切嗣の容体を確かめた。脈も呼吸も微弱ながらある。しかし、あらゆる部位の筋繊維や血管が破れ、通常なら全治何カ月なのかは予測すらできないほどだ。

 

「絶対に、助けるわ。あなたと二人で――――」

 

 アイリスフィールが魔術をまともに行使できるのはもうおそらくこれが最後だ。先ほどの無茶な魔術行使と、吸収したアサシンの魂による圧迫で、魔術回路は焦げ付いてしまいそうだが、もはや一片の迷いもない。眩む視界を振り切って、治癒の魔術を愛する夫に対して行使する。

 

「イリヤを迎えに行くんだからっ!!」

 

 柔らかな光が手の平から放たれた。今宵の月灯りよりも輝くその光は、勝利を手にした二人を祝福するかのように闇夜を照らす。

 だが、そんな彼らを奈落の底に引きずり込まんとする声が、背中を這い渡る悪寒と共に木霊した。

 

「ホホ、なかなか面白い見世物だったのォ」

 

 側溝の奥から揺らめく黒い影、それが段々と人の形をとっていく。数瞬の内にして、子供のように小柄でやせ衰えた魔術師がアイリスフィールの前に姿を現した。

 

「あなたは、誰なの!?」

「始まりの三人が内の一人、聖杯の正しい使い方を知っておるものじゃよ。聖杯の器よ。それにしても見れば見るほど、よくもまぁ、あの女に似せたもんじゃて」

 

 漆黒を携えた伽藍の瞳がアイリスフィールを覗き込む。底知れない恐怖が忍び寄り、喉元に手を掛けてくる。

 

「桜の奴め、油断しおって。器が無ければ何もできんと言うのにの」

 

 最初の三人であり、桜と言う少女の身内。間桐の人間ということは理解できた。少女がときおり見せる黒い笑みを思い出せば、この老獪が顔面に刻む歪つな皺と似通っている、とも思う。

 

「全く、あちらこちらに攫われよって。じゃが、そろそろ頃合いだったというこか。アサシン亡き今、ようやく動くことができる。充分過ぎるほどに霊地も整った」

 

 一人納得するように頷く姿を見て、事態が最悪に向かっていることは理解できる。しかし、彼女には戦う力も、逃げる脚も、差しだせるカードも何もない。この状況を一言で表すとこうだろう。万事休す、と。

 逝くのならばせめて夫と共に――――そう、アイリスフィールが覚悟を決めた。その時だった。不遜な声が天啓のように頭上から舞い降りて来た。

 

「雑種にすら劣る蟲が。目障りだ。一片たりとも存在することを許さぬ。欠片すら残らず燃え果てろ」

 

 黒衣の空に、群青の亀裂が一筋走る。

 

「……ぅおおっ。アぁ、チ……ぁうぜ、おぬ、ぁ……」

 

 老魔術師の心臓を貫いた光は、柄に瞳大のエメラルドを煌めかせた両刃の宝剣であった。その刀身からは蒼白い炎が迸り、魔術師の身体を燃やし尽くす。その凄惨な光景はアイリスフィールからたった三歩ほど距離であったものの、微塵の熱さも感じなかった。

 そういった宝具なのか、自らが温冷感を失ったのかはわからない。言峰綺礼と同じ陣営であるはずのこの男が何故ここに居るのか。彼がいつから居たのかもわからない。しかし理由はわからずとも、この黄金色を背負った眼前の男に結果的に助けられたことだけは混乱するアイリスフィールにも理解できた。

 

「チッ、我が宝剣が穢されたか。もう我が蔵には仕舞えんな」

 

 燃え広がった蒼炎を収束させつつある宝具を一瞥してそう呟く。そして灰となり風に散った魔術師には目もくれず、横たわる二人の男を順に見やるアーチャー。

 

「綺礼の奴め、道を失ったまま沈んだか。多少の問答でも交わせば絶望する姿が見れたかもしれんというのに急きよって。結局最後は師に似て詰まらんやつだったな。だがしかし――――」

 

 猛禽の様に鋭く紅い眼光がアイリスフィールの瞳を射抜く。

 

「貴様らは中々に面白かったぞ、人形。そしてこの雑種もな」

 

 彼の視線の先には未だ目を覚まさないままの切嗣が居た。僅かな間とはいえアーチャーと切嗣との間で僅面識があり、切嗣の皮肉めいた人生を洗いざらい吐かされたとは、アイリスフィールには知る余地もない。彼女は疑問を頭に浮かべながらも、目を逸らすことなくただ次の言葉を待つ。

 

「人形よ、一つだけ問おう。お前たちをここまで動かしたものは何だ?」

 

 ここまで、とは。それは満身創痍の二人の姿を指して言っているのだろう。アイリスフィールの生まれながらの運命に、切嗣が全てを犠牲にして歩んできた道程に、何故最後になって抗ったのか。

 

「私達が互いを愛しているからよ。私は切嗣と約束したの。娘を連れ戻して三人で世界を回るんだって。そのためならどんな障害だって怖くはないわ」

 

 あなたでさえね、と続きそうな程に自信に満ち溢れた言葉をアイリスフィールは口にした。一片の曇りもない言葉で答えた彼女に出来ることは王の裁定を待つことのみ。強く睨んだアーチャーは一度目を閉じると、手の平で腹と頭を抱える様にする。そして抑えきれないとばかりに声を出した。

 

「くっ、ハハハッ。人形遊びもここまで来れば傑作だな。やはり雑種は何とも愚かで度し難い――――」

 

 どこまでも傲慢な嘲笑を向けるアーチャー。そして発作が納まった後に彼は「だが」と言葉を続けた。

 

「聖杯は元より我の所有物。この聖杯戦争という茶番など、簒奪者を誅する傍らの暇つぶしだったのだがな。良い、我を興じさせた褒美だ。お前たちに我が庭を自由に回る許しを与えよう」

 

 命乞いをしたわけでもない。だが彼の口から発せられたのは主の意向に反するであろう見逃すというの意の言葉。何が彼の琴線に触れたのか、彼と夫に何の繋がりがあったのかもわからない。だがその許しをアイリスフィールは素直に受け止め、ふらつく脚で淑女の礼を取る。

 

「格別のご厚情を賜わり厚く御礼申し上げます、王よ。御身の名も知らぬ無礼、どうかお許し下さいませ」

「あぁこのウルクの王が許そう。人形、世界は広いぞ。その命尽きるまで人形劇を演じるが良い。そこの雑種にそう伝えておけ」

 

 そう言い残して背を向けるアーチャー。月灯りの差す方へ歩みを進め霊体化していった。

 

「……できることなら我が友にも全てを見せたかったものだ」

 

 消えゆく間の小さな独白はアイリスフィールの耳に届くことはない。一瞬の安堵から、現実に立ち返り、しばらく身を隠せそうな場所をその場で見渡しながら探しはじめた。

 

「何かの、ホールかしら?」

 

 あそこならきっと朝まで誰も来ないはず、と潜伏に丁度よさそうな公共施設に目を向ける。しかし非力な自分では切嗣を抱えて歩くことはできない。最低限の移動ができることを目標に、中断していた治癒魔術を再開するアイリスフィールであった。 

 

 

 

 

              ×          ×

 

 

 

 

「くっ、忌々しい。これでは計画が狂ってしまうではないか」

 

 ベッドから飛び起きた少年は、その幼い背格好に似合わない程に怨嗟の籠った声を腹の底から吐き出す。

 

「逃げられる前に決着を付けねば全てが無に還ってしまう」

 

 それだけは許されない、と続けようとした言葉を喉の奥にしまいこむ。灯りも付けないままベッドから降り、足元に転がっていた革の鞄の鍵を開ける。様々な液体が詰め込まれた瓶や、石、粉末を固めた丸薬などが色とりどりとその中には詰まっていた。

 

「基本的なものばかり、か。しかし逆に良かったかもしれんわい。何分ワシと相性が悪いからのぅ」

 

 似つかわしくない老獪な語尾が口元から洩れる。聞いている人間がいたら誰もが疑問を抱くだろう。しかし、この家に居るのは階下で熟睡する耳の遠い老夫婦のみ。懸念などどこにもなかった。

 

「桜に雁夜、霊地、教会の令呪、間桐の秘法。まだ取りうる手は無限にある。じゃが……」

 

 独り言を呟く少年は選び取った瓶の中の液体を床に撒き散らす。そしてもう一つの瓶を床に撒くと、寝静まった暗い部屋が急に明るくなる。揺らめく光に照らされ、少年の髪色が一層と赤色に染まる。

 

「まずは遠坂の倅を利用させてもらうとするかのぅ」

 

 赤い風が、マッケンジー家を襲った。


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