機械戦争戦記・レンの歌声が聞こえる   作:咲尾春華

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 ■欄外夜話 『ザナルカンドの情景』 スケッチ 2

     

    

 「ねえ、レンちゃん」

 「ん?」

 「今――な・ん・て・言った?」

 

 ノッポのカリちゃんがわたしの脇から “にゅっ” と首を伸ばして、声のした方を覗き見た。

 わたしのお店の相棒の女の子――。

 「カリ」っていうのは、ケーキのトッピングに 「かりかり」 「こりこり」 したものを乗せるのが大好きなとこから付いた愛称ね。

 因みにわたしはレンって云います。 名前だけなら超一流の女の子です。

 

 「わたしは何にも言ってないよ」

 「そーじゃなくて~~~~ぇ!!」

 

 「シューイン――って聞こえたような気がするけど……」

 「だよね、そうだよね! 確かにそう言ったよね!! で、シューインで………… “きゃあ” ?」

 

 「――と云うと、わたしには一人の顔しか思い浮かばないなー」

 

 「それって……東A地区の」

 「うん。 プロ・ブリッツボールの」

 「 《ザナルカンド・シティ》 の」

 「MFの新人王選手くん! へぇー、珍しいね。 こんなとこ、歩いてるなんて」

 

 「一言、言ってもいいかな」

 「何を?」

 

 「私も “きゃーーーぁぁぁぁぁっ!!!!!!” 」

 

 あうちぃ! びっくりするなぁ、もうっ!! いきなり何よ!?

 

      ◇

 

 ここはザナルカンド南C地区、《ダグルス通り》 の外れにある、とある商店街の一角。

 高速道の高架を支える大きな柱の下に、小さなケーキ屋さんが建っております。

 

 雨が降っている――。

 

 わたしが “カリちゃん” を羽交い絞めにしている。

 

 「えー!? ウ・ッ・ソ……。 ウ! ッ! ソ! あーーーーっ、まじヤバい」

 「あ、あ、あ、っ……こっちこそやばいよ、カリちゃん。 落ち着いてぇ~」

 「ハイ、やばいデスヨ、やばいデスヨ。 マジで大やば! これが落ち着いてられますか。 世の中、こんなことが……。 信じられない。 ――離して! 行かせて! 行きたいのぉーー!! あぅん、これを逃してしまったら、きっと一生……。 私を不幸な女にさせないでぇ~~~~~~っ」

 「あーん、だからもぅ。 行ったら不幸になっちゃうよぉ。 ここを馘になっちゃうよー」

 「いい。 クビでも何でもして。 私はあの人に首ったけー!」

 

 顔に似合わずミーハーなんだからぁ。

 幾らお客さんが居ないからって、今、仕事中だよ。

 

 「女は誰だってミィーハァーよぉーっ!!」

 

 彼女が必死に悶えている。

 わたしが “しかっ” と抱きついて 「コブラツイスト」 だか 「ジャーマンスープレックス」 だかの妙な体勢(かたち)になっている。

 ここはザナルカンド南C地区――ケーキ屋さんの店頭よ!

 

 あん! もぅ!! ……のっけからこうだよ。

 あれほどこの空間は、きれいで、ビューティフルで、美しいトーンに 「ぱぁーっ」 と染めてねってお願いしたのにぃ。

 

 かくなる上は、せめて 「コメディ」 の線で踏み止まらなければ!

 何としても 「ギャグ」 だけは阻止しなければ!!

 「オヤジ・ギャグ」 なんて飛び出した日には

 “一発レッド”

 で即、退場よ!!!

 

 ――じゃあ、レンちゃん “退場”。》

 

 「えっ!? どうしてよ」

 

 だって 《ブリッツボール》 の試合、タックルや胴抱えはOKだけど 「羽交い絞め」 ってのは反則だよ。

 

 「そーんなこと言ったってぇ!」

 「だったら、私が “タイジョー” になるぅ」

 「ちょっと、カリちゃん!!」

 「タイジョーよ、タイジョーーー!!! ねぇ、隊長(タイチョー)~~~ォ。 何とかしてェー」

 

 ……だから、その “オヤジ・ギャグ” を何とかして――。

 

 「おいおい、君たち! そこで何してるんだ???」

 

 ――あっ!!》

 ――いっ!!》

 

 勝手間から有り得ないものを見たという顔をして現れた店長が、店頭でもっと有り得ないものを見てぶっ飛んだ。

 商品を陳列したショーウインドウの脇で、二人の女店員子がピンクの制服を着て 「プロレス」 の試合をしていたなんて光景を――。

 通りを行き交う人の目の前で……。

 

 ――きゃあああ! とうとう、店長に見つかっちゃった。》

 

 もう、どうするつもりぃーーー!!??

 

 どうする、カリちゃん?

 

 「私はどうもしない。 恐れるものは何もないから――」

 

 ですと。

 どうする、レンちゃん?

 

 「あーん、どうしようもないわよ! とりあえず……次回までには考えとくわ!!」

 

 そんなわけにもいかんでしょう。

 

 「店長! そこで見掛けた知人が大変なんです。 トラブルに遭っちゃって!! 助けに行ってもいいですか? 私用外出をお願いします」

 

 組み伏せられていたカリちゃんが素早く助け舟を出した。

 “助け舟” って?

 

 まあ、モノは言い様だ。

 

 見ると、確かに通りの左の方でガヤガヤと騒がしい物音が聞こえてくる。

 何かあったようだ――というのは彼にも直ぐに理解できた。

 傘を差した人がパタパタパタと(あわただ)しく目の前を過ぎて行く。

 

 ――しかし、今さら彼女一人が駆けつけたところで。》

 

 とは思ったが、“知人” ということなら話は別だ。

 彼は時計に目を遣った。

 もちろん午後3時を過ぎたところだ。

 忙しくなるまでにはあと2時間くらいはある……か。

 

 「おう。 仕方がない、行っといで。 あ、ヒクリ。 もし1時間以上掛かるようなら連絡を入れなさい」

 

 「はい! 店長。 恩に着ます。 この埋め合わせは後日、必ず――。 ね、レンちゃん。 そゆことで、あとはヨロシク」

 

 彼女はわたしの 「コブラツイスト」 を振り解くと、さっと両手で 「ブリッツ・エール」 の応援ポーズを取り、そのまま勝手口へと引っ込んで行った。

 

 

   ――〔つづく〕――

 

 

   【初出】 小説を読もう!  2010年1月7日

 


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