機械戦争戦記・レンの歌声が聞こえる   作:咲尾春華

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第1章・第4話

    

    

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 ベヴェル中枢の軍事機密を知る技術官がビーカネルに亡命し、その技術官の引き渡し要求をビーカネル共和国が拒否したことから、スピラ全土を巻き込む一大戦争が勃発(ぼっぱつ)した。

 背景には幻光虫を自在に操るという不思議な機械装置の開発競争があった。

 本来、生体エネルギーの源であるはずの幻光虫を無生物である機械が吸収し代謝させる技術の発明は、世界のありようを一変させた。

 約千年前のスピラは電気斥力(せきりょく)を利用したエアカーなどは珍しくも何ともない文明社会であったが、幻光虫反応炉はそれらとは比較にならないほどの斥力を生み出し、ほどなくして飛空艇と呼ばれる乗り物の出現を見る。

 開戦前のスピラ世界でこの技術の開発に成功していたのはベヴェル寺領国とビーカネル共和国の2国のみであった。

 さらにベヴェル国内の軍需産業は、この技術を発展させて火薬類や電気斥力を必要としない新型砲までも実用化させ、世界の緊張を(いや)が上にも高めていた。 (くだん)の逃亡技官もこの機密に深く関わっていたという、もっぱらの(うわさ)である。

 宣戦を布告したベヴェル寺領国は、自慢の飛空艇艦隊――国威の象徴である正規2個艦隊 (第1艦隊、第2艦隊) と付属の地上軍 (A軍集団、B軍集団) から成る強大な戦力をビーカネルに差し向けた。

 スピラの盟主をもって鳴るザナルカンドは、幻光虫機械のすべてとその他一般の機械製品の大半をビーカネルからの輸入に頼っており、このベヴェルの行動をとうてい見過ごすことはできなかった。

 大いに予想されたことではあるが、このベヴェル=ビーカネル両国の交戦はたちまち宗主国ザナルカンドの全面的な軍事介入を招いた。

 ィエボン総帥の大号令のもと、ベヴェルの近年の異常なまでの軍事的躍進に脅威を感じていた南方諸島国家群は一斉に呼応(こおう)した。

 一方で大陸中南部に位置するマカラーニャ、ジョゼの両国は総帥の召集令を公然と拒否してベヴェルに走った。

 ただしこの時点では、ジョゼは国境を接している南方の大国ルカがなかなか旗色を鮮明にせず煮え切らない態度を取っていたのと、キーリカ、ビサイド、そしてバージ諸島といった南方諸島国家連合軍の攻勢を一手に受ける羽目(はめ)となり自国の防衛に汲々(きゅうきゅう)としていた。

 マカラーニャに至っては実戦力の動員が遅れに遅れ、ほとんど貢献らしい貢献をしていない。

 世界中を驚かせたのが、当然ベヴェルの側に立って真っ先にザナルカンドを牽制(けんせい)するであろうと思われていたレミアム寺領国の 「絶対中立」 宣言である。

 ―― 『レミアムの参戦は有り得ない』。

 ザナルカンドのノド元に突きつけられた匕首(ドス)が消えて無くなることを早くから察知していたザナルカンド軍の統合幕僚本部では、そこで対峙(たいじ)していた精鋭の南西方面軍を引き抜いて、レミアムの()に討って出た。

 のちにメイチェンが召喚士ユウナの一行に向かって

 「な~んにもない野っぱらとなったのですわ」

 と説明したナギ平原の惨状は、ほぼこの時の 「第一次レミアム戦役」 によるものである。

 開戦劈頭(へきとう)からの大誤算でいきなり窮地に立たされてしまったベヴェルでは、編成途中で定数の3分の1にも満たない第3艦隊とC軍集団にもろもろの支属隊、予備兵団などを糾合(きゅうごう)してこの方面の防戦に当たることになった。

 接続地のマカラーニャには、移動、補給、補充、編成、支援、撤収(てっしゅう)、回収、人・物両面の損害回復……等々、この国本来の処理能力をはるかに超える要求を矢のように突きつけ、結果として同国軍の動員と編成を大混乱に(おとしい)れた。

 対するザナルカンド南西方面軍は、ビッコール上級大将の指揮する地上軍と “ザナルカンドにこの人あり” と言われた召喚士ミルック・ライカーツ大将の率いる独立重戦集団 (召喚獣軍団) から成る最精鋭部隊で、これらの抵抗線を一方的に突き崩していった。

 ちなみにライカーツ将軍の繰り出す召喚獣はユウナレスカやレンなど新世代の未登録召喚獣が現れるまでは 「ザナルカンド最強」 の名を(ほしいまま)にしていた。

 歴史的に見ると、おおむね大戦の全期間を通じて召喚士№1、№2、№3であるレン、ユウナレスカ、ライカーツの3名はそれぞれがその名に恥じない活躍を見せている。

 その頃、ベヴェル軍の主力部隊の大半は北東から押し寄せるザナルカンドの攻勢をよそに、はるか西方海上を一路ビーカネル目指して進攻の()にあった。

 メリダ提督の率いる司令部艦隊と配下の中央軍集団はその性格上ベヴェルを空けるわけにいかなかったし、各方面への分散配備を強いられて、まとまった打撃戦力とは成り得なかった。

 具体的に挙げるなら、ジョゼのテコ入れと南方諸島国家の制圧は中央軍単独の持ち分で、この広大な戦域に陸戦兵力の実に7割が細切(こまぎ)れに投入されていた。

 また、ベヴェルからビーカネルへの長距離海上補給線の確保は歴史上前例を見ないほど困難な任務であり、司令部艦隊の主力はこちらの業務に忙殺(ぼうさつ)されていたのである。

 さらにマカラーニャの接合点から先、レミアム大平原に展開する友軍部隊への支援はもちろん、将来的なガガゼト攻略戦に備えてマカラーニャ南方平原での再編成の準備も、メリダが一人で算段しなければならなかった。

 《東部戦線》 の開戦からわずか11日間で350ディスタールス余りを進撃したザナルカンド南西方面軍は、最初の組織的な抵抗線である同平原最大の要衝(ようしょう)・レミアム中央市付近の要塞陣地を72時間に及ぶ総攻撃のすえ陥落(かんらく)させ、早くもこの方面における主導権を確かなものとした。

 ザナルカンド軍の近接を前にして、中央市の自治政府は多くの市民とともにレミアム寺領国に亡命、あるいは一部はベヴェルに逃れ、その他地域の住民も運の良い者は助かってスピラ各地に離散して行き、そうでない者は例外なく “異界” へと旅立って行った。

 もともとガガゼト山脈とマカラーニャ森林を(へだ)てる広大なレミアム大平原は聖域ザナルカンドと俗界を区分する緩衝帯(かんしょうたい)としての役目を持っていて、人口の大部分が中央市に集中する未開の土地だった。

 開戦と同時にガガゼト、マカラーニャ双方からこの地に侵入して来た両軍は広大な大地に戦線を引いて対峙するような展開とはならず、平原上に点在する集落や高台などに()って小さな防衛線を構築し、それらの拠点を奪い合う形で戦闘が推移していった。

 編成中の新設第3艦隊を指揮していたノールッチ提督は、手持ちの部隊に増派されて来る艦艇、その他もろもろの支属艦隊を搔き集めて南西方面軍の攻勢に応接していたが、この作戦で後々まで研究者の評価が分かれる重大な決断をし、無謀(むぼう)とも思えるほど野心的な戦術を採用した。

 火の車である劣悪な混成艦隊からさらに若干数を引き抜いて別動隊を編成し、執拗(しつよう)に 「ガガゼト越え」 を敢行(かんこう)せたのである。

 開戦初期のザナルカンド軍側の防空体制はきわめて脆弱(ぜいじゃく)で、これらの侵攻隊を効果的に阻止することができなかった。

 首都前面でレンが 「(ナゾ)の巨大召喚獣」 を繰り出してガガゼトを越えて来る同艦隊を片っ端からたたき落とし、大いに名を成さしめたのもこの頃のことである。

 だが、これら一連の飛空艇艦隊による強襲攻撃がザナルカンド陣営に与えた衝撃は、想像を絶するほどのものだった。

 あれほどの 「鉄壁」 を(うた)われたガガゼトの防衛線が、こと飛空艇戦力に対しては全くの “ザル” であることが暴露(ばくろ)されたのだ。

 ベヴェルの攻略艦隊は、あざ笑うかのように軽々とこの障壁を飛び越えて来た。 そのたびにザナルカンド市内に重苦しい空襲警報が鳴り響いた――。

 もしも、レンが……。

 

 ――たまたま “そこ” に彼女が居たから良かったようなものの。》

 

 2500万市民はその事実の余りの恐ろしさに言葉を失った。

 このことがあって、ユウナレスカはガガゼト主峰の山頂から、レンは市街の正面から、一歩も動くことができなかった。

 のみならずガガゼト方面軍、首都防衛総軍ともに、はるかレミアムの野で戦う友軍への引き抜き要請には露骨に難色を示した。

 しかし一方で、ベヴェル第3艦隊は増派されるごとに抽出(ちゅうしゅつ)されてガガゼトの空に消えて行き、いつまで経っても陣容を整えることができなかった。

 生還の見込みの限りなく無い自殺攻撃同然の出撃を命令される将兵の志気も高かろうはずがない。

 増援の艦艇にしても決してほめられたものではない艇が多数混じっていた。

 台架の上でスクラップの順番を待っていた艦艇が、突貫工事で再起動されて派遣されて来る。 “百人乗りの集団墓地” と悪態を()かれるような旧式艦艇は出撃のたびにその通りの結果を見、ほとんど生き残ることができなかった。

 第3艦隊は、開戦時よりもむしろ艦数を減らし続けていたのである。

 いきおいノールッチは方々から 「突き上げ」 を食らうことになる。

 解任は時間の問題と思われていた。

 両軍ともにそのような事情があって、戦闘経過だけを見るならザナルカンド南西方面軍はべヴェルC軍集団をマカラーニャの森へと快調に押し返し続けた。

 《東部戦線》 の開戦から140日を経過した時点で南西方面軍は最長で900ディスタールス強もの距離を駆け、ついにマカラーニャ接合点の前面に達した。

 レミアム平原北方に拠っていたベヴェルの一団は退路を断たれることを嫌い、すべての陣地を引き払って自主的にマカラーニャに後退した。

 これをもって接合点正面のわずかな土地を除いてレミアムの野からベヴェル兵の姿が消え、この大平原はザナルカンドの有するところとなった。

 しかし、代償も大きかった。

 急進撃のために伸び切った補給線は(すで)に限界を超え、方面軍所属の各軍団、各師団はボロボロに軍靴をすり減らし、召喚獣戦隊はクシの歯が欠けるように一人、また一人と消えていた。

 ベヴェルではこの地点に強力な要塞線を築き、後退して来た部隊や敗残兵、増援部隊などを臨時編成して再配備していた。

 平原全土に散らばっていた南西方面軍各師団も続々とこの地に集結し、ようやくここに来て戦線を挟んで両軍がびっしりと(にら)み合う展開となった。

 ザナルカンドの開戦から148日後、後れ馳せながらもガガゼト方面軍より完全編成の一個軍が増派されて来た。 戦端を開いてから5カ月にも及ぶ激しい戦闘の中で、初めての増援らしい増援である。

 ただしガガゼトの山中から細々と送られて来る物資に頼らざるを得なかった同方面軍にとって、この新参者の加入は、ただでさえ困窮(こんきゅう)する補給事情に輪を掛けて戦略資材の消費率を悪化させたから笑えない。

 一方、ベヴェルの防衛陣地は日に日に落ち着きを取り戻してゆく。

 もう彼らにとって、のんびりと大攻勢の準備を整えているような時間は残されてはいなかった。

 増援を受けてから2日後――。

 羽を休める暇もなくビッコール元帥は全軍に対して総攻撃を命じた。

 接合点を抜いてマカラーニャ森林に突入さえしてしまえば、ベヴェル市街はもう目の前だ。 マカラーニャ国軍はいまだ編成途上で実戦力の形をしておらず、中央軍集団の守護する首都ベヴェルまで、(さまた)げになるものは自然地形の他には何もなかった。 地図上の縮尺で言うなら 「あと一息」 の長さである。

 ライカーツ上級大将の重戦集団を中央に据え、増援軍を加えた南西方面軍は 『ハインの守り』 作戦を発動し、最後の力を振りしぼって進撃を開始した。

 一路、マカラーニャの森へ――。

 

 『機械戦争』 の勝敗を決した26日間に及ぶ天下分け目の大会戦は、こうして火ぶたが切って落とされた。 これが事実上の天王山(てんのうざん)決戦で、歴史的に検証してみても、もしもザナルカンドに勝機があったとするなら、この時を()いて外にはなかった。

 仮にガガゼトから送られて来た増援が一個軍などでなくユウナレスカ旅団を含む大軍団であったなら、その後のスピラ世界は大きく変わっていただろう。 「レバ、タラ」 の話をしても仕方がないのは重々承知の上ではあるけれど……。

 それに、たとえガガゼト方面軍のSMC(スマック)パクマー総司令官が 「うん」 と言ったとしても、どのみち補給と輸送の問題がそれを不可能にしていたのだ。

 ベヴェル第3艦隊のノールッチ提督が老獪(ろうかい)に立ち回ったことも特筆しておくべきであろう。 結果的には彼の思い描いていた通りの展開となった。

 かくて南西方面軍の敢行した都合7次にわたる突破攻撃は、いずれも最終的な目的を達するには至らず、そのたびごとに相応の広さの土地を確保(ゲイン)し続けはしたが、それ以上のものではなかった。

 7度目の攻勢がまたいくらかの距離を前進して終了した時点で、南西方面軍は所持していた燃料、弾薬、食糧、医薬品のすべてを使い切っており、続行意欲のいかんに関わらずこれ以上の交戦が事実上不能になった。

 どう考えてみてもマカラーニャの森林は抜けそうにない。 まだ相当の距離を残していた。 のみならずベヴェル要塞線の前面で、まさか弾切れの銃を構えて突っ立っているわけにも行かなくなってくる。

 現在の補給事情が抜本的に改善する可能性は “皆無(かいむ)” だ。

 万策……尽きたか。

 総司令部の陣幕でミルック・ライカーツ上級大将はビッコール元帥と会見し、会議の席上――お互いに顔を見合わせ、一言も発することなく別れた。

 その日夜、7度目の突入により新たに奪い取った陣地からザナルカンド兵が一斉に後退して行くのを見、態勢を立て直してすぐさま8度目の攻勢が来る! と察知したベヴェル軍では警戒を緩めることなく待ち構えていた。 が――。

 朝になって、この後退が南西方面軍の全面撤退であることが明らかとなり、要塞線内のベヴェル陣営は(ハチ)の巣をつついたような騒ぎとなった。

 「どういうことだ。 何かのワナか?」

 事情が(つか)めず混乱した司令部では 「国家首脳間で停戦でも合意したのか」 と教団総本部に問い合わせる一幕さえあった。

 戦っている最中は、自分たちが感じているほどに敵だって実は楽ではない。

 ザナルカンドは開戦からの半年間、レミアム全土で勝ち続けていたのであり、ベヴェルには盟主ザナルカンドに対するコンプレックスも抜き難く、いよいよ後のないところまで一方的に押し込められていた。

 このままザナルカンド側の攻勢が続けば、最終防衛線の崩壊も “やむ無し” ――そこまで覚悟を決めていたのだ。

 べヴェル市街を固める中央軍集団には既に 「第一級臨戦体制」 が発令されていた。 しかもこの時の 《中央軍集団》 は名前だけの存在であり、主力部隊は根こそぎ出払っていて、留守を預かる若干の 「軍」 が守護しているに過ぎなかった。

 メタローク総司教はマカラーニャの南方平原に逃れるための身支度(みじたく)を慌しく始めていた。

 にもかかわらず……。

 敗色濃厚となったこの局面で、ザナルカンドの連中が勝利を放棄する理由が彼らにはどうしても理解できなかった。 実際、ベヴェルには 「打つ手がない」 といった状態だったのに――。

 それが大会戦と呼ばれるものの真実だ。

 だが、とにもかくにもベヴェルの守備隊は救われたのだ。 彼らはよく戦い、ぎりぎりのところで持ちこたえた。

 ザナルカンド南西方面軍は16日間をかけて中央市までの撤退行を完了し、本隊はさらにガガゼト山を越えてザナルカンドで再編成をすることになった。

 ベヴェル軍側にしても追撃して平原内に 「再突入」 する余力などあろうはずがなく、要塞線の整備にわずかな部隊を残してマカラーニャに撤収した。

 後日、最後の突撃に参加したある召喚士は会議の席上、こう述懐(じゅっかい)している。

 「ベヴェル要塞線の後方に、接合点の丘陵が見えた」 ――と。

 

 マカラーニャの前面でザナルカンドが敗北しガガゼトへ走ったという情報がスピラ全土に知れ渡ると、キーリカ、ビサイド、バージ諸島といった南方国家群は手の平を返したようにベヴェルとの単独和平交渉に入り、すべてが降伏した。

 事態の推移を見守っていたルカの市民は等しく胸をなで下ろした。

 その4カ月後、ベヴェル正規軍の大攻勢を一手に受けて、ただ一国、誇り高く勇戦していたビーカネル共和国がホームタウンの陥落をもって消滅――。

 落日の細長い影が急速に一つの方向を指し始めた。

 人々はスピラ世界の中心が、北の最果ての地から大陸の中央に移ったことを感慨(かんがい)深く認識した。

 

 

 

   〔第1章・第4話 =了=〕

 

 

    【初出】 小説を読もう!  2009年11月6日

 


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