機械戦争戦記・レンの歌声が聞こえる   作:咲尾春華

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第1章・第3話

    

    

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 「ヴェグナガンはどうなっておる。 まだ出撃のメドは立たぬのか! これ以上モタモタしておると戦争が終わってしまうぞ!!」

 執務室に入って来た担当技官の姿を見留めるなりメタローク猊下(げいか)大音声(だいおんじょう)を発した。

 ベヴェル――。

 「機械戦争」 を戦ったもう一方の当事者、ベヴェル寺領国の首都ベヴェル市はベヴェル神聖教団 (通称・ベヴェル聖教) の総本山が居を構える場所であり、門前町として古くから栄えた。 国政は教団の頂点に立つ総司教が(つかさど)る典型的な祭政一致の寺領国である。

 もしもこの国が経済力や科学技術力、軍事力といった現実的な側面ばかりに()って立つ国だったら事態はここまで深刻なものとはならなかっただろう。 ベヴェル聖教の教えがスピラ中に広まり、それら全教団員の忠誠を一身に集めることでベヴェルの国威はザナルカンドの権威をじりじりとこそぎ(・・・)落とし、過去の遺物に押しやろうとしていた。

 ザナルカンドの当時の総帥であるィエボンと力比べを演じたのはメタロークと名乗る総司教で、この時 「六十」 に手が届いたばかりという、この地位にしてはかなり少壮の男だった。 しかも即位して(すで)に11年が過ぎていたというから、“特異” と言っても良い経歴の持ち主だ。

 外でもない、この大戦争を引き起こしたもう一人の張本人である。

 場所は教団総本部、白亜の塔、総司教猊下の個人執務室――。

 ドアを押して入るなり怒鳴り飛ばされた研究・開発局の製作主務は、しかし特に慌てた様子もなく淡々と報告を始めた。

 「申し訳ありません。 機体は既に完成しておりますが、何ぶん機械で召喚獣をつくるというのは初めての試みで御座います故……。 指令制御系の調整には、未だ若干の時間が必要で――」

 「若干の?」

 総司教は話をさえぎって()き返した。 この言葉をそっくりレンがなぞっていればただの疑問文だったろうが、彼のそれは “皮肉” 以外の何物にも聞こえなかった。 そう聞こえちゃうかな、と心配する必要もない。 そのつもりで言ったのだから、そう聞こえてもらわねば困るのだ。

 だが、この技官はどうやらその方面ではレンと同じ世界の住人らしかった。 あるいはもう慣れっこになっているのか。

 「はい。 機械に感情や意識を理解させるのは、思いの外に難儀な作業で御座いまして。 繊細で高度な情報を、正確・俊敏かつ大量に拾い続けさせるためにはセンサーの精度を上げなければならないのですが、これが存外に厄介でして、感度を上げると今度は全てのシグナルに過剰に反応してしまいます。 ……せめて目の前に居る人物のちょっとした仕草や微妙な動きから行動を予測出来る様、より複合的に調整しなければならないのですが、そこの作業が何ぶんと――」

 「うん、それは分かっておる。 前にも聞いたな。 いや、これで何度目だ?」

 「本日お伺い致しましたのは実はその事についてで御座います。 局部会では検討の結果、思い切って制御系の換装を行い、新システムの導入に踏み――」

 「今からか!?」

 あきれ果てたような怒声が飛ぶ。

 が、相手はいっこうに気にする様子はない。 まるで暖簾(のれん)に腕押しといった顔つきで説明を続ける。

 「……はい。 しかし猊下、換装と申しましても制御系を弄るだけでありまして。 それが現時点では “最良の選択肢” という結論で御座いますから何卒ご理解の程を……」

 主務はそう言って書類を差し出し、しゃあしゃあと決裁を求めた。

 話がこういう内容(こと)についてであるなら結局メタロークは 「うん」 と言うより外にない。 そうやって 《MAX-1》 計画はずるずると存続してきたのだ。

 彼は頭をかかえた。

 ――この事業に、ワシがどれだけの政治生命を注ぎ込んで来たと……。》

 そこから先は言葉にもならない。

 この思いは他の誰とも共有できるものではない。 目の前にいる男に至っては、なおさらであろう。 ……人の気も知らないで、な。

 「分かった。 もう良い。 下がれ! とにかく作業を急げ」

 総司教はうんざりしてペンを走らせると紙切れを製作主務の鼻先に突き出し、会見を打ち切った。

 当の担当技官氏は書類にサインさえもらえれば、もうこんな場所に用はない――とばかりに丁寧に礼を述べ、そそくさと執務室を後にした。

 ――ヴェグナガンの前に、お前のセンサーを調整しろ。》

 そう怒鳴りたいところを 「ぐっ」 とこらえてメタロークはその背中を(にら)みつけた。

 問題は山積していた。

 ザナルカンドはとうとうレンを引っ張り出して来るという。 ヴェグナガンが使えぬとなると従来通り装甲戦艦で突っ掛けるより手がないが……。

 ベヴェル陣営はビーカネル、レミアムの両戦域で既に31隻もの主力戦艦を失っていた。 そのうちの8隻をレン一人に食われている。

 今回……またレミアムの攻略戦で彼らを投入すれば、ヤツ一人を取り除くのに最低でも10隻の損害は覚悟しなければならないだろう。 レン一人に “10隻” だぞ――。

 「やれやれだ。 難儀(なんぎ)よの」

 総司教は悪寒(おかん)にでも見舞われたように身ぶるいし、唇を噛んだ。

 “あそこで勝った” “ここを()とした” と(ちまた)喧伝(けんでん)されるほど我々は優位に立っているわけではないのだ。 寄せ集めの同盟諸国をいくら()としたところで、しょせんガガゼトを抜かない限りベヴェルに勝利はない。

 だが(しかばね)の山を築くと分かっていながら “やれ” と命ずるこっちの身にもなってほしいものだ。

 ――これでは、さすがのワシも神経が持たぬわい。》

 彼は今朝(けさ)上がってきたばかりの報告書をもう一度、いまいましげに睨み返した。 何度目を通しても事実は変わらない。 記載内容に疑義を挟む余地はなかった。 『ザナルカンドの双璧(そうへき)』 はなお健在である。 ユウナレスカとレンに同一戦区で連係されてしまう事態は何としても避けたいというのが本心だ。

 ――さて、どうしたものか……。》

 総司教猊下はことさらに室内を見渡すとキーリカ産の果実酒を机の抽斗(ひきだし)からおもむろに取り出し、グラスに並々と注いで口元に当て、思案に(ふけ)った。

 

 どのくらい経っただろう。 不意に 「パラリラリン」 と音が鳴って、執務室に来客が告げられた。

 部屋の主は 「はっ」 と我に返り、“おう、もうそんな時間か” と思い出して時計に目を走らせた。 午前11時を少し回っている。

 メタローク総司教は “ちっ” と舌打ちし、「通せ!」 と声を掛けた。

 ややあって堂々とした体躯の将官が入って来た。

 メリダ提督――メタロークの僧兵団修道会時代の後輩で彼の側近中の側近、同志であり現政権を支える懐刀(ふところがたな)でもある人物だ。

 「すまん、待たせたか。 考え事をしておると “つい” な。 悪いクセだ」

 「いえ、全く。 それよりも猊下、朝っぱらから酒ですか?」

 「ああ、これか。 なに、食前酒さ。 飲んででもいなければ、とてもじゃないがやっとられんよ。 貴官もどうだ。 中央軍の足労(そくろう)のおかげで、さっそく今年度産の 『キーリカ』 が入ってきた」

 「いただきましょう」

 と言って提督は腰掛けた。

 メタロークが脇の戸棚からグラスを一つ取り出し将軍の手元にすべらせた。

 メリダはそれを受け取るとボトルを “ちょい” と持ち上げて返礼し、さっそく注ぎ始める。

 甘酸っぱい匂いが、たちまちグラスから溢れ出す。

 「猊下、今度(こたび)の作戦のことは深くお詫びを申し上げます。 我ながらマズい(いくさ)をしてしまいました」

 言葉ほどに悪びれた様子もなく、メリダは総司教一流のトゲのある “ほめ言葉” に挨拶(あいさつ)を返した。

 「ん? どっちの方だ」

 メタロークは “なに、どうって事ないさ” というふうに将軍をチラと見やり、グラスをぐいと飲み干してから、メリダが置いた先のボトルに手を伸ばす。

 将軍が慌ててそれ(・・)(つか)み直し、猊下のグラスに傾ける。

 「仕方がないさ。 条件が悪すぎた。 ビーカネルを取るには航空戦に頼らざるを得んが、……しょせん艦隊だけでは戦はできぬよ。 おまけに上陸した先がいきなり砂漠ではな。 ああ、これは教導派(きょうどうは)の将軍どもが言っておったのか。 その通りになったな。 ある意味、ヤツらの才能を見直したよ」

 総司教が皮肉な笑みを(たた)えて憎まれ口をたたいた。

 メリダはテーブルの上に両手を差し出し、手の平を組みながら聞いていた。 その指先で半分近くに減ったグラスがゆらゆらと揺れている。

 「で、そち(・・)の部隊はどれくらい食われた」

 メタロークが眼光を鋭くして訊いた。

 メリダは顔を落とし、小さく息をして答えた。

 「陸戦隊は最初から連れて行っておりません。 私の艦隊から3戦隊ほど抜いて出向きましたが、とても交ぜてもらえるような雰囲気ではありませんでした。 成り行き上、ピストン輸送の割り当てと警戒任務に終始しておりましたので、“戦果” も “損害” もどちらとも――」

 「そうか。 それは幸いであったな」

 メタロークのほおが緩む。

 「骨折り損の何とやら、ですよ」

 「全体としては、むしろよくやってくれた。 おかげでワシの首もつながったしな。 正直、これで後方を気にする事なくガガゼト戦に集中できる」

 「ですが……」

 メリダの声がくぐもった。

 「これでいよいよ連中の要求を退けにくくなりました」

 「まあ…… “借り” ができたのは確かだな。 仕方がないさ。 相応の事はせねばなるまい」

 メリダにとっては頭の痛い、聞きたくもない台詞(せりふ)である。

 何と言っても 「祭政分離」 と 「自主独立」 を唱える軍閥(ぐんばつ)連だ。 言い分をそのまま認めては、戦争に勝って現体制が崩壊(ほうかい)しかねない。

 「これ以上の戦果を重ねられてしまうと私一人ではどうにも押さえが利かなくなります」

 「戦果なら、そち(・・)も負けてはないでないか」

 これは必ずしも皮肉で言ったつもりはなかったが――。

 メリダは 「むーん」 ……とうなり、少考してから現況と今後の見通しについて自説を述べ始めた。

 「キーリカも、ビサイドも、バージナも、抵抗はいずれも形だけのものです。 あっさりと手を上げられた手前、こちらとしても手荒なことはできません。 一応、通りいっぺんの武装解除はしましたが、状況次第でどのようにも転び得る状態です。 悪いことには根っこのルカが “だんまり” を決め込んでおります。 私は現在、これらの国の押さえに戦力の大半を取られてしまっていて 《ガガゼト戦》 には手持ちの半数も動員できません。

 猊下。 ジョゼの友軍に出て来てもらえれば相当数の部隊をマカラーニャに戻せると思うのですが、可能でしょうか?」

 つまりこれがこの日彼の登宮して来た最大の目的だった。

 しかしメタローク総司教はそれを聞くなり、とたんに渋い表情をつくった。

 「ヤツらには荷が勝ちすぎるのではないかな。 “いざ” という時、役に立たんでは困るのだ……ワシはまだ南方戦線には気を抜いてはおらぬよ。 それに、どのみち無理だ。 ジョゼの軍には特別にやってもらう事があってな。 直接、レミアムに展開してもらう手はずになっておる。 しばらくは辛抱(しんぼう)してくれ」

 「そうですか……」

 当てが外れてメリダ提督は黙り込んだ。 彼の焦りと失望は、はたで見ていても気の毒になるほどのものだった。 もたもたしていると何の戦功も立てないままザナルカンドが陥落してしまう――。

 現状では南方域を押さえていても何の自慢にもならない。 反乱でも起ころうものなら 「メリダは何をやってるんだ」 と言われるだけだ。

 彼はこの生涯に一度の大チャンスに “貧乏(くじ)” を引きまくっていた。

 早く何とかしなければ……。

 「(なぐさ)めになるかは分からぬが――」

 それを見て、昔の友を助け起こすようにメタロークが口を開いた。

 「そち(・・)の部隊にはな、今回も戦力の温存を旨としてもらいたいのだ。 真打ちは最後に登場すると決まっておろう。 ストレスとは思うが戦線の動かなくなるまでは、戦力を整えられぬ中央軍と司令部艦隊は北方の総司令部より前には出ぬように。 そこでしばらく待機して戦線の手当ての方に回ってもらう。 その方が手柄の立つ可能性が高い。 間違っても先鋒(せんぽう)なんぞ取らんでくれ。

 まあ取ると言ってもヤツらが許すまいが、今回に関してはその方が好都合だ。 いずれお主に活躍してもらう場は必ず来る」

 ――どういうことでしょう?》

 メリダが目で訴えた。

 メタロークは手元の報告書にちらりと目を落としてから種明かしを始めた。

 「一つ、……厄介(やっかい)な情報を掴んでな。 今回の会戦では最初に突っ掛けた艦隊がエラい目に遭う事が分かっておるのだ。 今朝、入って来たばかりの情報で――まだ誰にも話しておらんのだが。 ……相当マズい事になった」

 「と、おっしゃられますと」

 メリダがそれとなく居住まいを正す。

 「レンがガガゼト方面に転出になるようだ。 ユウナレスカ一人では支え切れぬと判断したのだろう。 賢明な策だ」

 「それは本当ですか!?」

 さすがに提督も表情が変わった。 さっと緊張の色が走る。

 「内容からして間違いない。 あの二人に連係されてしまうと主力艦艇だけでも15隻強の損失が、それも開戦直後のまとまった時間帯に集中して出るだろう。 ガガゼト戦全体では25~30隻といったところかな……それくらいの打撃を覚悟せねばならん」

 「“一個艦隊” がまるまる消滅すると」

 「今のままでは、そうだな。 そうなる公算が高い。 新設する第2艦隊とお主の艦隊で再び登り直してもらう事になるだろう。 そこでも幾許(いくばく)かの損害が出て、山を越えた先が 『ザナルカンド』 だ」

 「その状況では向こうも簡単には手を上げないかもしれませんな。 どのくらい備えをしているかにもよりますが」

 「それなりの事はしておろう。 最近ではどうも、篭城戦(ろうじょうせん)の準備に躍起(やっき)になっておるようだ」

 「…………」

 とすると艦隊決戦の後に地上軍の投入という変わり映えのない戦法では、やはり限界に来ているということか――。

 二人は顔を見合わせて沈黙した。

 しばらく経って将軍が探るように聞いた。

 「《ヴェグナガン》はどうなのです」

 「忘れてくれ。 今回は間に合わん」

 メタロークが吐き捨てた。

 「では、“今回” の方を間に合わせるのは?」

 (あきら)めずに食い下がる。

 「今回というのは “今度(こたび)の会戦” という意味ではない。 “今次(こんじ)の大戦” という意味だ。 全く……あれは技術屋どものいいオモチャだ。 いったいどれだけの予算を注ぎ込んだと思っておるのか」

 総司教が再び(わら)った。

 「頭が痛い。 とにかく彼女(ヤツ)には最後までザナルカンドの街でじっとしておいてもらってだな、我々がガガゼトを越えた後、一度も砲火を交えぬまま降伏してもらうのが一番なんだ。 どうかね、降伏ついでにレンをスカウトして君の下に付けるってのは」

 「真っ昼間から夢物語をしても仕方がないでしょう。 猊下」

 あきれたように言い添える。

 たしなめられたメタロークは “フン” と笑った後――。

 何か言いたそうに見えたがそれ以上、あえて言葉は発しなかった。

 メリダは空のグラスにもう一杯、果実酒を注ぎながら考えた。

 そうか―― 《ザナルカンドの双璧》 もついにガガゼトの戦役で散っていくか。 確かまだ、二人とも二十五を出てはいないはずだが……。

 しかし、教導派の連中と激しい撃ち合いを演じながら粉々に砕け散ってゆく美しい歌姫の姿を連想しようとして、彼ははた(・・)と思考を止めた。

 …………。

 メリダ提督の手が止まり、ボトルが 「ことん」 とテーブルに戻される。

 ――――。

 「猊下。 レンの召喚獣は確か、要塞型の巨大召喚獣だと聞いておりますが」

 「ワシもそう聞いておるよ。 もっともそれを見て生きて還って来た者は居らんから、本当の事は分からんがの」

 彼にあらためて問い質され、総司教は茶目っ気とも皮肉交じりともつかぬ調子で相槌(あいづち)を打った。

 話をはぐらかされないようメリダは極力マジメな顔つきで質問を続けた。

 「猊下。 もしそうだとすると、ガガゼトの山中にそんな召喚獣を召喚する場所はどこにも有りません。 ユウナレスカの張っている山頂付近の高台も言うほどのスペースは有りませんし、まさか突貫工事で張り出しを付けるでもないでしょう。 そんな所にレンを呼んで来て、やつら、いったい何をするつもりでしょう」

 ――――。

 フフン……。 メタロークは声を殺し、多分に芝居がかった表情で笑った後

 「やはり気がついたか。 さすがだな、将軍」

 満足そうに瞬きすると、メリダの置いたボトルを強引に引き寄せて3杯目を注ぎ始めた。

 提督は 「あっ」 と声を発しかけたが、後手を踏み、仕方なく手を引いた。

 「レミアム-ガガゼト戦が始まれば少なくとも平原内は陸・空ともほぼ全域で主導権を取れるであろう」

 「御意(ぎょい)。 やつらはガガゼト要塞線とその前面のごく限られた地点を確保するので一杯のはずです」

 「とすれば、レンが召喚できる場所は一つしかあるまい」

 「…………」

 「つまり最初にそれ(・・)が始まった時、彼女(ヤツ)がどこに構えているかだ」

 聞いているメリダの顔がさっと強張(こわば)った。

 「まさか――」

 「そう。 その “まさか” だよ。 正直、ワシも驚いた。 この報告書を最初に見た時、しばらくは何を言っておるのか理解ができなんだ。 おかしな文章に出くわすと、つい裏読みしてしまうクセがついておってな。 これはどういう事かと、さんざん頭を(ひね)ったよ。 まさか文面通りの意味とは……」

 メタロークは手元に置かれている書類の山から一番上の一枚をつまみ上げるとメリダの手元にすべらせた。

 提督はそれを受け取るなり額に何本もシワを寄せ、さして長くもない報告書を改め始めた。

 しかし誰が読んだからといって書かれた文面が変化するはずもない。 猊下のおっしゃっていることに間違いはなかった。 その意味するところは “解釈の相違” を許さないほど正確である。 にわかに信じ難いが、報告書は淡々とした簡潔な文体で衝撃的な事実を伝えていた。

 「こんな、馬鹿な……」

 「決戦が始まると同時に、ヤツらはレミアムを捨てて一斉に山中に(こも)るだろう。 しかし、そのままでは我々の艦隊から射程外射撃(アウト・レンジ)で一方的に撃たれるだけだ。

 そこで仕方なく――あの歌姫が、だな」

 総司教猊下がぐいっとグラスをあおって飲み干し、顔をメリダの元に戻す。

 「たった一人で山から下りて来て、あの何もない(ひろ)()の上で、百万の銃口に向かって、……両手を広げて立ちはだかるのさ」

 「そんなバカな――」

 「恐らく歌姫(ヤツ)の射程は装甲戦艦(こっち)と同等以上にはあるだろう。 と言って、そんな遠距離からチマチマと撃ち合っておってもレンは倒せぬ。 ヤツを倒せなければ、いつまで経ってもガガゼトには登れんさ。 ガガゼトに登ろうと思えば全艦隊で一気に突っ込んで、あの歌姫を “ゼロ距離射撃” で吹き飛ばすより外にない。 そうすると、まあ、山のあちこちからジャカジャカと撃ってくるわけだ」

 「――――」

 「いまいましいが、良い作戦だ」

 …………。

 「ミニスカートのお嬢さんをガガゼト要塞線の前面(あんなところ)に一人で立たせておいて、自分たちは皆、安全な穴蔵の中にこそこそと隠れていて、彼女が目の前で “なぶり殺し” になってゆくのを眺めてようってわけなんで――」

 「…………」

 ――お前ら、味方だろう。》

 「そんな作戦が、ですか?」

 怒気を含んだメリダの顔が、珍しく口の()をひん曲げて皮肉をたれた。

 すっかりお株を奪われた格好のメタロークは笑っているしかない。

 ――あの(・・)レンが――。》

 「許し難い非道です。 レンは、やつらにとっては 《救国の聖女》 ではありませんか。 それを――。 第一、そんな目茶苦茶な命令を彼女が呑むでしょうか」

 …………。

 ――そんなことで死んでゆくのか……。》

 「あの歌姫が、“イヤ” だと言って首を横に振ると思うか?」

 「それは――。 ……では統帥部の、大本営の連中はどうなのでしょう。 まさかあの馬鹿ヅラした将軍どもは、いやしくも彼女に向かって――よくもそんな恥ずかしいことが言えるものですね」

 「“貧すれば鈍す” だな。 説得に当たるのはィエボン総帥が直々にだそうだ。 良かったよ、私でなくて」

 ――そんなことが――。》

 メタローク猊下は胸をなで下ろし、他人事(ひとごと)のように(うそぶ)いている。

 「そんな……。 二十幾つの民間上がりの娘さんに向かって、しかもあれだけの尻ぬぐいや後始末をさんざんにしてもらっておきながら――どのツラ提げて……。 何という連中だ、信じられん。 武人の風上にも置けぬ。 ……恥を知れ」

 「まあ私は一応、僧官の長でな。 何と言って良いやら分からぬが……」

 メリダの語気に気圧(けお)されて苦笑しながら総司教が答えた。

 「 『生まれた国』 が悪かったのじゃよ。 全くもって残念だが……時代の傑物(けつぶつ)だ。もしそち(・・)に手番が回って来るようなら、その時は丁重(ていちょう)(ほうむ)って差し上げよ」

 そう言ってこの話を終わらせようとした時、メリダが身を乗り出して

 「お待ち下さい。 猊下、私に一つ策が有ります。 第28艦隊をお貸し願えないでしょうか」

 と提案した。

 突然の申し出にメタロークの思考はしばし空転した。

 「えっ? あーっと、何だ。 28か? “28” というのは……えーっと……あの新設のか! いや、済まんな。 あれは 《公試》 を終えたばかりで乗員も整備もまだ何も手当てしておらんのだ。 “貸せ” と言われてもすぐには飛ばぬぞ」

 総司教は思い当たるなり、びっくりして言いわけを始めた。

 メリダはそんなことは百も承知とばかり自信満々に言い添えた。

 「好都合です。 スタッフは私が選抜して 《臨編》 で揃えましょう。 スピラの歴史にこのような汚点(おてん)を残してはなりません。 “やつら” の名誉のためにも――。 この暴挙、必ずや闇に葬ってご覧に入れましょう」

 

 

 

  〔第1章・第3話 =了=〕

 

 

   【初出】 小説を読もう!  2009年11月4日

 

 


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