機械戦争戦記・レンの歌声が聞こえる   作:咲尾春華

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第1章・第2話

   

   

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 そんな彼女に 「出征の要請」 が伝えられたのは、最後まで抵抗を続けていたビーカネルが陥落(かんらく)し、ザナルカンドの防衛線がいよいよガガゼト一方面のみとなった2カ月後――先の出征コンサートから数えるなら、半年とちょっと前のことである。

 あくまでも 「命令」 ではなく 「要請」 であったところに、この作戦でレンに要求された役割に対する統合幕僚本部の後ろめたさが表れていた。

 ババ(くじ)を引かされて彼女の説得を試みたのは、ィエボン総帥その人である。

 総帥府ビルの最上階、総帥専用の応接室で切り出された話は 「なるほど」 と絶句するにふさわしい内容だった。 そのババ籤の “ババ” を最後に手渡されるのが、他ならぬレンだったのだ。

 ――作戦書にいわく。

 『レミアム大平原での決戦にのぞむ際、レン大佐と配下の大隊はガガゼト登山道正面の平原に単独で展開して友軍の(たて)となり、敵主力艦隊の全砲撃を吸収してもらいたい』

 うら若い一女性に向かってそんな目茶苦茶な作戦原案を切り出す父親の姿を、ユウナレスカ嬢は、レンの隣であきれ返って見ていた。

 当の特命大佐は話を聞くなり 「きょとん」 とした顔をして、うつむいて考え始めた。

 「いや、何も難しく考える必要はない。 いつも通りにしてくれれば良いのだ。 レン君の召喚獣をもってすれば、ベヴェル艦隊の砲撃ごとき、“いかほど” のこともないと思うが……」

 その様子を勘違いした総帥は焦って()にもつかぬ言葉を続け、恥の上塗りを重ねた。

 もちろんレンはィエボン総帥の能天気(のうてんき)戯言(ざれごと)など聞いてはいなかった。

 みながガガゼトの要塞線内に(こも)っている中、彼女一人がレミアム平原の前面に進出して幹線登山道の入り口に(ふた)をする――という作戦である。

 その言わんとすることはすぐに理解できた。

 レミアム大平原は何の障害物もない地平線まで見渡せるような場所だから、そんなところに彼女の召喚獣が立てば嫌でも目立つ。

 放っておいても集中砲火を浴びるに違いない。

 これまでもベヴェルの艦隊はレンの姿を見つけると優先的に彼女に向かって突っ込んで来るのが常であり、そんな圧力を彼女はことごとく()()けてきた。

 だから 「いつもの通り――」 なんて言葉も出るのだろうが……。

 

 ――でも、モノには “限度” ってあるでしょう?》

 

 いかに要塞型の巨大召喚獣を持っているとはいえ、一度に相手にできるのは20隻が一杯だ。 30隻以上になっては、きっとわたしの体が持たない。

 決戦当日のレミアム上空に果たして何隻の装甲戦艦が浮かんでいるだろう――。

 情報では、マカラーニャ南方平原で再編成中のべヴェル軍は正規2個艦隊を動員してくるのは確実という話だから、先方が 「分散配備」 とか 「分割投入」 といった戦術的なミスを犯してくれない限り、軽く40隻は超える計算になる。

 ――望み薄ね……。》

 レンは唇を噛んだ。

 つまり――。

 『今回の決戦に先立ち、君にはまず、みなの(おとり)役となって死んでもらいたい』

 と目の前の総帥はおっしゃっているのだ。

 彼女は今後の戦争の見通しとこの作戦の成否、そして生贄(いけにえ)になる自分という存在について、必死に冷静を装いながら考えた。

 もちろん軽々しく返事のできるような内容ではない。

 今回の会戦はちょうど前年度に行われた第一次戦役の裏返し、攻守ところを替えてベヴェル陣営がレミアムの()雪崩(なだ)れ込んで来る戦いとなる。

 レミアム大平原は大部隊の展開には好都合な土地だが、身を隠すものがなく、空からの支援が絶対に必要な場所だった。 ベヴェル軍であれば飛空艇艦隊が、ザナルカンドの側で言うなら召喚獣の飛竜隊が――ということだ。

 それら 「制空権」 にメドが立たない限り、逆にこの平原には侵入しにくい。

 大戦全期間を通じても、この方面での組織的な戦闘は2度起きたきりである、という事実がそれを証明している。

 このたびはベヴェルの側が攻めて来る番だから、勝敗のカギはその大飛空艇艦隊をいかに撃退するかにかかっていた。

 そこでレミアムに進出して来るベヴェル軍と、ガガゼトの防衛線に()って守るザナルカンド軍の撃ち合いとなった時に、レンが山の後ろ側で遊んでいるのは勿体(もったい)ない――という考えは決して理解できないものではない。

 レミアム大平原とガガゼト山のつなぎ目、細長い谷の出口にレンの召喚獣が居すわって立てば、例によって向こうの艦隊は全力で突っ込んで来るだろう。

 厄介(やっかい)な戦艦群を一手に引き受けることに成功すれば、あとはユウナレスカ以下、正規の召喚獣部隊で消耗戦(しょうこうせん)に持ち込める可能性は十分に考えられた。

 問題はその状況下でレン自身の肉体がどこまで持ちこたえられるか――である。

 最後は力尽きるにせよ、せめて15隻でも20隻でも 《異界》 に連れて行くことができれば、採算は合うだろうか。

 だけど……。

 ――あれって結構、痛いのよねぇ。》

 レンはクッションの利いたソファに腰を沈めて、そっと脇腹をさすりながら、敵の装甲戦艦が撃ち出してくるエネルギー弾の衝撃を思い起こしていた。

 まず正直な彼女の感想は――自分の生死のことは、ひとまず()くとしても――なお、(かんば)しい姿をしているとは言い難かった。

 “レンの犠牲(ぎせい)と引きかえに 「痛み分け」” という展開が真っ先に思い浮かぶ。

 それでは 「次の手」 がない。 「次」 はどうするつもりなのか。

 この作戦では 「引き分け」 は 「負け」 ――最初からそう決めてかかるだけの覚悟が必要だ。

 ところが総帥の話を聞いていると、どうにもそのあたりが心許(こころもと)ないのだ。

 「勝つ」 ためにはレミアムに集結したベヴェル陣営を敗走させて平原を一気に突っ切り、マカラーニャの端まで長駆(ちょうく)取りつく必要がある。その機動力と連絡線の問題は、現在の時点まで未解決のままうっちゃられていた。

 また、いったん降伏した同盟諸国にも再び反旗をひるがえして立ってもらう必要があるが、そのリスクを負うには相応の勇気を伴う。

 レンは外交特使でもあるが、そんな工作が進んでいるなどという話は聞いたこともない。

 気になることは山ほどあった。 いちいち挙げていけばキリがないくらいに。

 「決戦、決戦」 と言葉だけ勇ましくても内実が伴っていなければ――。

 レンはふと思い、答える前に一つだけ質問してみた。

 「あの、……わたしは今までビーカネルが()ちたら戦争は終わるのだと考えておりました」

 言ったとたん、総帥が目をむいた。

 「何を言う! ビーカネルはまだ陥ちてはおらぬ。 我々がこれから取り返す」

 「“ベヴェル” が陥ちるまで戦争は終わらないんだ。 今回ばかりは、いかに君が外交手腕を持っていようと、出番がない。 ――すまないね」

 隣に腰掛けていたゼイオン大元帥が、穏やかな声で説明した。

 「――――」

 レンはそれを聞いて、それ以上、何か言うのを(あきら)めた。

 暗い思いが胸の内を駆け抜けて行った。

 この限られた条件の中で最善の答を出さなければならないというのか。

 彼女は再び考え始めた。

 今、ベヴェル軍はマカラーニャの南方平原で再編成の途上にある。

 ビーカネル戦役で攻略に向かった2個艦隊は盟友ビーカネル軍の勇戦により壊滅的な打撃を受けたと聞いている。 新設の第3艦隊も先年度のレミアム戦でやはり消耗(しょうこう)し切っており、付属、支属の小艦隊も含めて、ほとんど残ってはいない。

 中央軍集団と司令部艦隊は今回のガガゼト戦には関係のない戦力だ。 せいぜい 「数合わせ」 で中央市付近まで出張(でば)って来るのがオチだろう。 向こうの陣営としても決して楽勝しているわけではないのだ。 現に再編成にもずいぶんと手間取っている。

 ベヴェルの国力だって “底なし” ではあるまい。

 その状況下でさらに決戦に及べば、ザナルカンドの戦果次第ではベヴェル軍の攻勢が頓挫(とんざ)し、ガガゼト攻略を断念して和平交渉が動き出す可能性はあった。

 そういうことなら重砲火力を一本でも多く集中させる必要上からも、やはりわたしが山の裏側で遊んでいてはいけない。

 結局わたしは召喚士だ。 闘って死ぬ――という現実からは逃れられない。

 いずれはやって来る道ならば……。

 もしも 「わたしの命」 と 「和平による解決」 が同時に取り引きされるのなら、わたしの人生にとって “今” がその時であるかもしれない。

 ――この形なら、あるかもね。》

 そう思い至ってレンは顔を上げた。

 「どうであろう、レン君。 きつい任務ではあると思うが、ザナルカンドのためここは一つ、私の顔を立ててはくれんかね」

 ィエボン総帥は身を乗り出して催促した。

 ――お父さんの “顔” のために、レンに(ハチ)の巣になって死ねって言うの!?》

 飛び上がったユウナレスカ嬢が何か言おうとして言葉を探していると、先にレンが口を開いた。

 「ガガゼト山道の下り口に定点射撃をするのにちょうど良い場所があります。 たぶん、そこのことをおっしゃられているのだと思います。 ――これから早急に計画を練ります。 わたくしはいつ頃までに着陣すればよろしいでしょう。 新しい所属と指揮権はどうなりますか。 転出の予定が決まり次第、撤収(てっしゅう)作業にかかりますので、ザナルカンドのことはよろしくお願いいたします」

 レンの口から二十歳(はたち)をいくらも過ぎてはいない女性とはとても思えないような台詞(せりふ)が、(とどこお)ることなく出た。 それはある意味、この時代と、彼女の歩んだ人生と、歴史がこの街に科した宿業の深さを物語るものでもあった。

 「おお! やってくれるか。 君ならば必ずそう言ってくれると信じていたよ。 いや、ありがたい。 これで作戦にメドが立ったな。 詳しいことは追って伝える。 何はともあれ君は今回の決戦の(かなめ)だ。 勇戦敢闘(かんとう)を期待しているよ」

 レンがあっさりと首をタテに振ったので、交渉はてっきり難渋するものと思い込んでいた総帥は、最大の問題が解決して肩の荷がいっぺんに降りたような、「ほっ」 とした表情になった。 彼は浮かれ気分で言わずもがなな台詞を吐いて、レンにさらなるプレッシャーの追い討ちをかけた。 もっとも彼女にしてみれば、これ以上には重圧など感じようもなかったが――。

 「いいのかい? レン」

 ユウナレスカが驚いたような、なかば忠告するような声で隣を振り向いた。

 ――お前は余計なことを言うんじゃない!》

 対面に居た総帥が、「さっ」 と刺すような目つきで娘の顔を(にら)みつける。

 気圧(けお)されてユウナレスカ嬢は黙ったが、彼女はどこまでもお人好しなレンが心配でならなかった。 純情一途というにはほど遠い、落ち着いた雰囲気の彼女がどうしてこうもホイホイと他人に利用されてしまうのか――。

 自らの命を犠牲にして絶大な戦功を立て、その努力により作戦が成功すれば、大喜びするのは他でもないザナルカンドの現政権だ。 死んでしまった人間に、栄誉だの勲章だの、そんなものをいくら与えて何になるだろう。

 そうして 《救国の聖女》 に祭り上げられて――ううん、それだけじゃない、死んだ後々までも利用されちゃうよ。 都合のいい時だけ引っ張り出されてね。 一命まで捧げた最大の功労者が “物言わぬ便利な偶像(ぐうぞう)” と化して、いいように使い回される。 そのことの意味が分からないはずはないのに……。

 ――まあ、実の娘の私が言うのも何だけどサ。》

 しかし――。

 そんな思いをよそに、レンはさり気なくほほ笑んでその場の空気を執り成した。

 「はい。 ご活躍はかねがねお聞きしておりましたが、同一の戦場で一緒に戦うのはこれが初めてになりますね。 いろいろと教えていただくことも多いと思いますが、よろしくお願いいたします」

 ここまで気持ちが動転し、混乱しているさなかにも、気配りを利かせてしまう特命大佐――レンの姿が痛々しかった。

 はぁ~っ、と一つ。 ユウナレスカ准将は溜め息をついた。

 「こっちにもあなたの(うわさ)は、ずいぶんと届いているわ。 ……まあ、確かにね。 レンが正面を支えてくれるのは正直、大きいよ」

 「だったら何等(なんら)の問題もないではないか。 話は決まりだな。 レン君、ではさっそくこの線に沿って計画を立案していくので、よろしく頼んだよ。 私はこれから方々に打ち合わせに行かねばならないので失礼する。 あ、それから大隊の撤収作業は当面は極秘裡(ごくひり)に進めてもらいたい。

 おい、ユウナ。 ――お前はいっしょに来なさい」

 雲行きの変わらぬうちにィエボン総帥はそそくさと立ち上がり、自ら会見を打ち切った。 レンも立ち上がって頭を下げた。

 自分の娘に変な “入れ知恵” をされないよう同行を命ずるあたりは、総帥の抜け目のなさである。

 「…………。 はい」

 “しょうがないンだから、もう” という顔をしてユウナレスカ嬢も立ち上がり、レンに目配せして 「じゃあ、また」 とだけ言うと奥の間に駆けて行った。

 「チン」 とベルの音がして入り口横の控え室から秘書官が現れた。

 「レン様、こちらへどうぞ」

 彼女は総帥父娘の姿が見えなくなるまで見送っていたが、ゼイオン大元帥と軽く挨拶(あいさつ)を交わして、秘書官に言われるまま正面の戸口から出て行った。

 

 

 

  〔第1章・第2話 =了=〕 

 

 

   【初出】 小説を読もう! 2009年11月2日

 

 


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