機械戦争戦記・レンの歌声が聞こえる   作:咲尾春華

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 「はっ! レンちゃん、レンちゃんって、気安く呼ぶねぇ」 ……スフィアTVのチャンネルをハシゴしながら、ヘキサノ少佐が毒づいた。 画面の中では、違う衣装を着て違う髪型のレンが、同じ顔をして笑いながら答えている。 幸いどの番組にも特段注視すべき情報は、最後まで流れなかった。 レンも漏らしてはいなかった。 尤も彼女自身は、最初から何も知らないのだがね……。 今、軍の報道官が出て来て 「レンさんは建国の勇者ハインにも比肩する召喚士です」 と言えば皆、腹を抱えて笑うだろうか。 「でなけりゃ、俺がここまで苦労する必要はないんだがね。 お宅らの言う “レンちゃん” は――まあ、いいさ。 明日になれば分かることだ」。 皮肉なことに最も非人道的で残虐な対策を講じた軍部が、最も正確にレンを評価し、彼女の可能性を買っていた。 未来を賭けて――つまるところ錯綜する一つの事実が、一発の銃弾の彼方に展開していたのだから……。



第2章・第5話

  

  

 

     5

 

 抜けるような青空と輝緑色(エメラルドグリーン)海原(うなばら)が画面いっぱいに広がり、はるか彼方で一本の線を引いている。

 その遠いところから爽やかな風が流れてきて、レンの潤った目を乾かし、睫毛(まつげ)を揺らし、髪の毛を()いだ。

 太陽の光線が辺り一面に散らかっているような眩しさだ。

 気も(そぞ)ろなら、(かえ)って見えてくる景色もあるのだろう。

 どこかから、ふっと静かな歌声が響いてくる。

 別に意識して耳を傾けたわけでもないが――。

 聞いた瞬間に、思わず “はっ” と息をのむメロディー。

 この歌!? あれは、確か……どこかで。

 ――――。

 もどかしい、えも言われぬ情念が記憶の中を駆け巡る。

 いつか遠い過去の暗がりの中に置いてきた、それでいて頭の片隅にずっと留まり続けている大切な旋律。

 だけど、どこまで聴いても、決して思い出すことのできない不文律のようなリズム。

 言葉にならない何かの規則だと感じられた。

 それが、苦心の末に彼女の出した一番近い答だった。

 ――――。

 きっと、それは。

 はるかな昔に交わされていた大切な約束だったんだよ。

 どんなに時が経とうとも、果たされるまでは延々と生き続ける一つの願い。

 たとえば、あなたの中にある “忘れる” という悪意のない暴虐(ぼうぎゃく)を。

 あるいは日めくりを一枚、一枚と破り続けて、思いも掛けずに現れた “偶然” という名の必然を。

 訴えるように、(ささや)くように歌う声が、潮騒(しおさい)に乗って流れて来たのだろう。

 

 どこか懐かしい、それでいて、目的もなく流離(さすら)い続ける景色の深奥(しんおう)

 (しる)べと頼む言葉とてなく、いたずらに追い求める記憶の断象。

 いつか誰かが口ずさんだ(いにしえ)の調べを、心の(かよ)った音色に変えて――。

 取り決めた会話をすることもなく、唱える誓詞があるでなく、

 ただ一つの言葉を愛し合い、そして(つむ)ぎ続けた

 その意味は、もう決して通じたりはしないけれど。

 画面の奥の大切な人が、今でも私を待ち続けている。

 溢れるその願いを、遥かな未来に託して、

 祈りは続く、闇の声。

 そこに、疑うことのない一本道が敷かれているように。

 ある、一つの色彩で塗り込められた世界から抜け出すための

 鍵でも探しているように……。

  

 (たと)えるなら “青の衝撃” ――そんな幻想でも見ていたのかもしれない。

 現実には、真っ白に輝く巨大なステージがあり、彼女は今、中央に一人で立っている。

 風はひょうと吹き、波は絶え間なく打ち寄せ、海面上に設営されたマットが緩やかに(きし)む。

 しかし、それらざわめきは誰の耳にも聞こえない。

 完全に静止した、時間も音もない静かな空間――。

 双眼鏡を手に遠巻きに見ている大勢の群衆にも、岩礁に寝そべり十字に切られた射撃ゲージ越しに見定めている狙撃手たちにも、ただ、果てしもなく無言の世界が続いているだけだ。

 空からそそぐ陽の光だけが、ただ燦々(さんさん)と、水底に揺れる縞模様(しまもよう)を照らし続けていた。

 まるで海神の怒りを鎮めるための “乙女の生贄(いけにえ)” の儀式でもあるかのように。

 実際――このまま何一つ事件は起こらず、静寂の(なぎ)が、あるいは千年でも続いていれば良かったのかもしれぬ。

 いつ果てるとも知れない世界のまどろみの中で――。

 ――――。

 後世、歴史の語り部たちが(おごそ)かに伝えるザナルカンド史上で最も有名な舞台が、ここに幕を開けようとしていた。

 けれど、その幾多の歴史家たちの語りをよそに――実はこの時のレンは、舞台の上で誰一人として予想だにしない衝撃的な台詞(せりふ)を口にしていたのだ。

 

 「あ~ぁ。 ……今日の召喚試験、体調不良でお休みしたかったなぁ。 携帯スフィア1本でズルできる会社員が(うらや)ましいヨ」

 

 ――ちょっと、ちょとォー!! レンちゃん。 ここ、欄外夜話じゃないよ~。 本番、ばっち回ってます。 しかも(ナマ)~~~ッ。 ケーキ屋レンちゃんみたいな声、出さないでぇ!

 …………。

 いや、しかし――。

 これが、あながち(うそ)でもないから歴史は難しい。

 後の真実運動の広まりの中で、旧レミアム寺院の廃墟から見つかったレン本人が上梓(じょうし)した手記 『千の言葉』 に、実際に出て来る台詞(せりふ)である。

 手帳のこの場面に、本当にそのように書かれている。

 だからこの時の彼女は、恐らく確実にそんな気分の中に居た。

 つまるところ、どうせ失敗すると最初(ハナ)から分かっている試験だった。

 ――わたしね、演技は得意よ~! 召喚士の役なんて過去に幾らもやってるわ。》

 だから――。

 適当に “マネ事” だけをして、当然のように何も起こらず、いつも通りの平和で静かな海で……。

 頃合を見計らって、迎えの小舟がやって来て――そのまま家までスゴスゴと帰り、大恥曝(おおはじさら)しのわたしは布団(ふとん)の中で、一人さめざめと泣いていれば良かったんだよ。

 現実には、どのみち報道特番で引っ張りダコとなって、わたしにはそんな贅沢(ぜいたく)は許されないのだけど。 

 ――――。

 この日の朝早く、レンは重たい頭を引きずりながら一人で目を覚ました。 

 昨日の夕方、久しぶり我が家に帰ってみると、駅からスフィアで会話したはずの母親が姿を消していた。

 台所のテーブルには色とりどりの料理が用意され、「頑張ってきなさい」 とだけ書かれたメモが置かれてあった。

 それだけだった……。

 事の顛末(てんまつ)を知る唯一の証人が、まさかそんな手を打つなんて……ね。

 少し甘えて、油断してたか。

 いずれにしても後の祭りだった。

 家の中は――。

 母はご丁寧に娘のものには一切手をつけず、その代わり自分の身の回りの物、金品、貴重品その他、持ち出せる物は全て、ごっそりと無くなっていた。

 だから当面――いや、事によると一生、彼女は生活に困ることはないと思われた。

 その意味だけで言うなら、資産の 「0.0000000…何%」 かを失ったレンも、それで何が困るということでもなかったし、彼女は正真正銘 “お金の成る木” を何本も持っていたから、たまたま家に置いてあった “実” を持ち逃げされたといって、特に腹を立てるほどのことでもなかった。

 過去にレンの稼いだお金を持って姿を(くら)ました人間なんて幾らもいる。

 ただ、ちょっとだけ 「ほんと、あの人らしいんだから。 もう……」 と、()る瀬ない気持ちになっただけなのだ。

 その日、レンはたった一人の肉親からも去られて天涯孤独の身となった。

 繰り返すが、だからといって彼女の実生活が、それでどうにか変わるということでもなかったのだ。

 『ザナルカンドのレン』 は今日もザナルカンドの街に居て、大勢の人に囲まれ、毎日が楽しく充実していて、わたしがどこで何をしていても、必ず誰かが応援してくれる――そんな幸せな生活が続くんだよ。 これからも、ずっと……。

 そんな思いが、カラッポに空いた部屋の隅々から匂いを乗せて漂って来た。

 ――さようなら。 お母さん。》

 完璧で卒のない、世間的には文字通りの賢母で通っていた母だが、実の娘までは誤魔化(ごまか)せない。

 本当の愛情を一度も確信できないままに育ち、わたしはいつか芸能界に安住の地を求めた。

 母親の居るうちに、一人で巣立つことだけを考えていた。

 自分の方から――。

 間に合ったのだろうか。 あるいは母に、勝手に “間に合った” と思われたのだろうか。

 いずれ、この日の来ることは十分に予測していたことだ。

 予測していたことだが。

 …………。

 何も、よりによってこんな日に……。

 

 あの人の作った手料理には、ほんの少しだけ(はし)をつけて、ほとんど全てを冷蔵庫の中に片した。

 翌朝、日持ちのしないものだけを取り出して、こちらは自分の胃袋に片付けた。

 本当に表向き、変わったことは何もなかったのだ。

 いつかこうなると、分かっていたこと。

 それが今日だった、というだけのこと。

 

 ただ、一つ。

 食事の後、いつものように出掛ける準備をしていて。

 化粧台の抽斗(ひきだし)を開けた際に、何かが不意に “カタン” と引っ掛かる音がしたのだ。

 ―― ???》

 お母さんが自分の物だけを抜き取ったので、箱の中のバランスでも崩れたか。

 (いぶか)って、普段なら(いじ)ることもない奥の暗がりまで指を伸ばすと何か硬い物が触れた。

 それは薄紙に包まれた指輪とすぐに知れた。

 指で引っ張って包みを解くと、果たして深紅に輝く美しい宝石が出て来た。 手に取って、光に(かざ)しながら目を見張る。

 思いもよらぬ “犯人” に、

 ――わぁ、懐かしい……。》

 完全に忘れていた記憶の断片が、頭の隅から(よみがえ)ってきた。

 あれは確か、17歳の高校生の時だったかな。

 わたしが初めてアーク様を()った際に、記念として頂いた品だ。

 実際、漆黒(しっこく)の大魔女アークは、この赤黒い情念を右手に灯した出立(いでた)ちでアレクサンダーの召喚に挑むのだ。

 石座に 《立て爪》 で()め込まれた一粒成り(ソリティア)柘榴石(ガーネット)

 この石は一応は誕生石だけど、残念ながら貴石ではなく、こんなに大粒の石でもむしろカット経費や18Kで出来た輪っか(アーム)の方が高かったりする。

 まぁ、女子高生に贈るには最適の品だったのだろう。

 しかしアーク様は生涯、この “深紅のダイヤ” の輝きを()でた。

 未曾有(みぞう)の動乱を終息させてザナルカンド史上でも最高の大召喚士となった後に、何かのパーティー会場で 「大召喚士様が、何もそんな石をつけなくても……」 と人から言われた際

 「私は、この石の光が好きなのです。 無理をして高貴な輝きを(まと)おうとは思いませんわ」

 と答えたという。

 そういう人だったんだよ、アーク様は。

 ――このタイミングで出て来たのも何かの縁だろうか。 ホント、使うとしたら今日しかないわね。》

 しばらく透明で涼しげな輝きを放つ指輪を眺めていたが、レンはそのまま――それを右手の薬指につけて家を出た。

 あの時は確か中指用に作ってもらったものだったが、今では微妙に小さくなっていた。

 この輝きを(まと)って、アーク様はアレクサンダーとの交感試験に失敗するのだ。

 ――どうせレンちゃんも失敗しちゃうしね~。》

 大切な儀式が彼女を待っていた。

 歴史の千年のざわめきが、あるいは過去の抽斗(ひきだし)彼方(かなた)から呼んでいたのかもしれぬ。

 

    ◇

 

 ザナルカンド北東海岸――。

 そこから沖に向かって伸びる通称 「クレーター海礁」 域は、今から千年ほど前に伝説の召喚獣が激闘の末、大爆発を起こして沈んだ時にできた海だ。

 その衝撃は、ザナルカンド平原の実に3分の2を吹き飛ばして海没させ、この時に一度、ザナルカンドは滅びたのだと伝えられている。 現在の地質的調査からもその痕跡(こんせき)を至るところで確認することができ、それが事実であることを証明している。

 今ではこの国でも一番と言って良いくらい風光明媚(めいび)な景勝地で、幾重(いくえ)にも重なる珊瑚礁がその創造美を競い合う、温暖で穏やかな海である。

 それら観光スポットからはちょっと沖合いに出たところに特設ステージが設けられていた。

 先ほどからその中央にレンが一人で立っている。

 この日のために新調された青と黒を基調にした柔らかな衣装が、周囲の景観によく溶け込み、馴染(なじ)んでいた。 後世、『レン』 と言えばすっかりこのスタイルで知られることになるが、70公演、80公演と着続けられた衣装が山ほどある中で、実際には彼女がこれを着たのは3回のみで、そのうちザナルカンド市民が直接目にしたのは一度きりである。

 またこのステージには、いつもなら(あふ)れんばかりに集う観衆が唯の一人も居なかった。 遠くの島嶼(とうしょ)からTV局のスフィア・カメラが超望遠の難しいレンジで彼女の一挙手一投足を追っている。

 彼女の今日の観客は、その海中に没して千年の眠りに就いているとされる伝説の召喚獣の祈り子さま一人だけだった。

 ザナルカンドを滅ぼした謎の召喚獣が、果たしてこの街きっての歌姫のキッスで目覚めることができるだろうか――多くの市民がカメラの映し出す画面に注目していた。

 かつて幾多の召喚士が交感を試み、あの大召喚士アーク様までを含め誰一人として成し得なかった快挙にレンが挑んでいる。

 途中、特設ステージに向かうまで密着取材してきたリポーターが、明らかに駆け出し風の無名アナウンサーだったことをレンは(いぶか)ったが、現場に着いて得心がいった。

 まさか、もしやとは思っていても、そこは何が起こるか分からない海域での危険な交感試験である。 呼び出す相手が相手だけに、物々しい雰囲気と完全に隔離された空間が、予断を許さない緊張感を(かも)し出していた。

 「どうせ最も安全確実に失敗するための、単なる手続きだから――」 なんと、お気楽に構えていたのは彼女一人で、それは言ってみれば楽屋の裏話。

 この世の、いや、スピラの大多数の人々は、レンが召喚試験の対象にアレクサンダーを選んだと聞いた時

 「やっぱりな」

 という反応を示した。

 実際、レンちゃんが “お見合い相手” を選ぶとしたら、“彼 (?)” しかいなかったのだ。

 アーク様の(かたき)を討つのは、彼女のほかには考えられない。

 明らかにそれに最も相応(ふさわ)しい人だった。

 これで、もしも聞いたことのない……例えばあの最初に手渡されたリストに載っていたような召喚獣が発表でもされようものなら、逆に 「アレクサンダーはどうするんだ!? やらないのか? あの(・・)、レンちゃんが!!」 みたいな騒がれ方をして、それはそれで困ったことになったに違いない。

 「ん?? これって、まさか演技……じゃないよな。 それともやっぱ、台本とかあんのか」

 なんと、相変わらずボケたことを言う人もごく若干数はいたが。

 しかし、さすがに現場に到着するなり、この雰囲気……周囲のあまりの仰々(ぎょうぎょう)しさに、むしろレンの方が呆気(あっけ)に取られた。

 ちょっと! そんなに凄いことなの???

 ――これじゃあ、まるで海神様を鎮めるための生贄(いけにえ)の儀式だよ。》

 生贄の乙女であるところのレンは、はぁ~と溜め息を吐いて小さく笑った。

 要するに、その気になればいつでも彼女と一緒に仕事ができるベテラン連は、みな尻込みをしたってワケね。

 で、「レンとの一対一での密着取材」 という目も(くら)むようなチャンスを何としてもモノにしたい新人さんが、命懸けで買って出たのだ。

 沈痛な面持ちで、自分を見限(みかぎ)って出て行った母のことをずっと考えていたレンをよそに、この新人アナさんは興奮、緊張、絶叫、冷めやらぬといったテンションで、この深刻な場面に滑稽(こっけい)な笑いを振り()いていた。 いや、そう言ってはアナさんに失礼か。 彼は彼なりに一生懸命やっているのだ。 その思いは確かに伝わってきた。

 レンはふと、このアナウンサーさんに何か声を掛けてあげたい気持ちになり、にっこりとした穏やかな眼差しで

 「それでは行って来ますね。 ……恐らく、レンの生涯で一度の 『交感の儀』 になると思います。 全力を尽くして参りますので、あとのこと宜しくお願いします」

 と言って手を差し出した。

 「はい! 行ってらっしゃいませ。 レンさんなら必ずや成功するものと確信しております。 どうぞ、ご無事をお祈りしております」

 新人アナさんは感激(しき)りといった様子で彼女の右手を両手で抱え込み、激しく揺すって送り出した。

 いきおい包み込んだ手に、硬いものが触れた。

 「ご覧下さい! レンさんの右手には、あのルビーの指輪が()められているではありませんか。 そうです。 思いは誰しも同じ。 何としてもあのアーク様の無念を晴らさんとする、その意気込み、レンさんの覚悟が、私にもひしひしと伝わってまいります。 あ~、そこの――おじいさん、どうですか? あれを見て」

 そう言って、アナさんは近くに居た観衆の一人にマイクを向けた。

 「私ですかの。 語っても……よろしいかな?」

 「ええ、ぜひに」

 「では、お言葉に甘えて――ウォッホン! えー、貴方が(おっしゃっ)たルビーというのは4種類ある貴石の中の一つで、特に 『ルビーの指輪』 は、かつてレコード大賞に輝いたこともあるくらい大変高価な石なのですわ。 ですがレンさんが今、右手につけているのは残念ながら、紛れもないザクロ石。 まあ “ガーネット” と呼んだ方が、多少は響きが良くなりますかな――ですが、それでもそう値の張る品ではございません。 あの赤黒い情念にも似た輝きは、鉄分を含んだ結晶構造の為せるワザで、血中ヘモグロビンが赤いのと同じ現象です。 ……しかし往古(おうこ)。 かの大召喚士アーク様は、この輝きを(こと)のほか()でられ――」

 とんでもない人に話を振ってしまった、と後悔した彼は慌ててマイクを取り返した。

 「さあ、いよいよレンさんが、あの特設ステージへと向かいます。 はてさて、『ザナルカンドのレン』 は伝説の召喚獣を手にすることができるでしょうか。 今は皆さんと一緒に、彼女の健闘をお祈りしましょう」。

 「…………。 つぅまらんのう」

 いよいよ本番のスタートだった。

 撮り直しなど、もちろん許されない。

 そこから先は一切が隔絶され、レンは唯一人、軍の用意した小発 (注) に揺られて海を進んで行った。

 召喚士にとって祈り子様との交感は、何度目であっても危険な儀式である。 召喚士としての能力が高ければ高いほど、得ようとする召喚獣が強力であればあるほど、協調(リンク)は困難の度を増す。

 多くは相方の条件が重なるため、時としてその挑戦は召喚士の命をも脅かす。 のみならず、召喚試験の失敗は周囲の人間を巻き込むような事態に発展することさえままにあった。 ましてや今回は、場所が場所であり相手が相手である。 一方で、レンが召喚を試みるのはこれが初めてだ。

 一見 “ミスマッチ” な儀式が強行されたのには幾つかの理由があった。

 これまで700年の永きにわたり延々と繰り返されてきた先例に漏れず、彼女もまた交感に失敗するようなら問題はなかった。 最初から全くの失敗に終わるもなら、何も起こらない道理だ。

 問題なのは万々が一、彼女が交感に成功して伝説の召喚獣を(たた)き起こしてしまったときだ。 この怪物は一度、ザナルカンドを滅ぼしている。

 「召喚能力あり。 属性なし。 召喚レベルは不特定」 ――。

 結局、それがレンに下された最終診断の判定だった。

 「召喚士の街」 ザナルカンドで正式な機関を通してあらゆる検査をした結果、ベテランの腕利き鑑定家が

 「能力が測定できない召喚士を初めて見た」

 と言って(さじ)を投げた、その薄気味悪いまでの可能性を軍部は重要視した。

 彼らはその職務上、至って冷静に現実的な判断をする。

 何としても視聴率を取らんがために、ことさら刺激的な可能性について(あお)り立てるTV局とは(おの)ずと一線を画した。

 ザナルカンド軍の統合幕僚本部では、このとき三つの可能性について検討し、対策を立てていた。

 

 一、レンが交感に成功して、無事に召喚獣を入手したとき

 二、レンの交感が完全には成功せず、召喚獣の制御が不能となったとき

 三、レンが交感に失敗したとき

 

 軍部が真剣に心配していたのは、もちろん二番目の事態が現実のものとなることについてである。

 現場の指揮者に対しては、この場合には召喚獣の鎮圧を(むね)として全力で当たり、最悪の場合が来たなら “当該従召喚士” を直ちに射殺せよ――と命じていた。

 どれだけ強大無比な召喚獣でも、核体となる召喚士が消滅してしまえば実体化はできなくなる道理だ。 この召喚獣がコントロールを失って暴走する事態だけは何としても阻止せねばならなかったのだ。

 

 召喚試験の行われる前夜、この “世紀の儀式(イベント)” で裏方を仕切る任務を負ったヘキサノ少佐は、自室のベッドに半分だけ潜り込んで、灯りを消し、TVスフィアに流れる番組の最後のチェックを淡々と続けていた。

 すぐ横で、助手と言うか、部下と言うべきか――まあ、恋人と呼ぶのがきっと正解だろう――ビクニ・ミー少尉が並んで肌を寄せ合い、スフィアに映る画面を黙って見ている。

 …………。

 「出先の仕事を終えてな。 ちょうど帰宅したところに、幕僚本部から呼び出しが掛かったのさ」

 少佐が何かを思い出したようにボソリと呟いた。

 「呼び出し、ですか」

 「うん。 ……また何か、やっちまったか!? って魂消(たまげ)たよ。 だって、普通そうだろ」

 ――極秘裡(ごくひり)の呼び出しだから、まだ取り返しのつかないミスにはなってないとは思ったが、内心ドキドキだ。》

 が――。

 案の定、そうじゃなかった。

 本当に取り返しがつかなくなるのは、これからだったのさ。

 本部に出頭するなりオレは新規の命令書を手渡された。

 最初の4~5行読んだだけで、マジ(ほお)が引き()ったよ。 スゲぇ作戦命令が書かれてあった。

 ―― “直ちに射殺” というのは……つまり、その……レンを……、でありますか?》

 あの(・・)、………… 『ザナルカンドの』。

 命令書の前半部分は単なる飾りだ。 いったん召喚獣が暴走を始めたら、鎮圧のためには召喚士の射殺以外に方法はなくなるだろう、と彼は即座に理解した。

 オレだって人の子だ。 いかに軍人といえども、こんな命令をもらって、さすがに平常心でいられるはずがない。

 「大変に難しい判断です。 どのタイミングで決断すれば良いでしょう。 命令を下した後の私は――」

 「射殺の事実は確実に消去されなければならない……絶対にな。 レン軍曹は交感に失敗して命を落とした。 我々は全力で軍曹を救出しようとしたが無理だった。 現場の対応には何の問題もない。 ……いいな?」

 「…………はい」

 「最大のポイントは “狙撃” という行為そのものではなくて、むしろその後の遺体の処理だ。 彼女の遺族は?」

 ――“遺族” って、もうそんな呼び方かよ。》

 「確か、母親が一人居るだけです」

 ヘキサノ少佐は何かの資料にあった記述を咄嗟(とっさ)に思い出して答えた。

 「ほぉう、好都合じゃないか。 ツイてるな。 ――まあ、この命令書はあくまでも最悪の事態に備えてのものだ。 そのときは我々は、従召一人の命よりもザナルカンド全市民の安全を優先しなければならないのは当然だろう。 ……なに、そこまで根を詰めて考える必要はない。 きっと大丈夫だ。 上層部でもこの可能性は(ほとん)どないと言っている。 繰り返すが、これは最悪の非常事態に対する備えに過ぎない。 そこのところを――正しく理解するように」

 「はい…………」

 「考えてもみろ。 俺たちなんて、戦死したって二階級特進のバッヂと幾らかの給金が家内に届くくらいのものだろう。 それに引き換え、レンは立派な国葬までしてもらえるのだろうし。 (うらや)ましい限りじゃないか」

 「…………」

 “刺激的” と言うなら軍部の考えていたことは、実はどこのスフィアTV局のどんな番組よりも刺激的だった。 しかし彼らの判断を 「非人道的」 「不謹慎」 と騒ぎ立てても始まらない。

 人道的であることが素晴らしい、という主張に異を挟む者はいない。 決してそんなことも分からずに軍人をやっているわけではないのだ。 だが、その主張に照らして自らの業務を評価せよと言われても、軍人としての裁量権を超える。 彼らはただ起こり得る現実的な可能性に対して、軍人という裁量の中で最善の答を出そうとシミュレートしたに過ぎない。

 結果がどう転ぼうと、事実を垂れ流してただ批判すれば良いだけの者がいて、一方で何が起ころうと、その全責任を負わなければならない者がいた。

 それだけのことだ。

 ――自室のベッドで必死にTVスフィアをチェックしていたヘキサノは、ふと、身体を寄せるように布団を被ってモニターに付き合っている女性に声を掛けた。

 「最近……香水、変えたか。 ミー」

 そう言って身体だけ起こし、TVモニターに目を遣ったまま、彼女の軽く巻いたブロンドを()でる。

 さして長くはないが、艶やかでセクシーな髪だ。

 不意に問われたビクニ・ミー少尉は――しかし、「ええええぇ~~!」 という波動を口の()皺寄(しわよ)せて答えた。

 「今頃、お気づきになったのですか。 少佐」

 夜着を(まと)っただけで一つ布団の中に潜り込んでいる男女の台詞(せりふ)とも思えない。

 「…………。 いや、2カ月くらい前か。 早く言っとかないと、(ビン)、無くなると思ってな」

 ――えっ!?》

 彼女は聞くなり、びっくりして振り向いた。

 「作戦行動時には、一切つけておりません。 内勤の時とプライベートの空間だけですよ」

 ミー少尉が慌てて言い訳する。

 そんなにキツいだろうか。

 ――――。

 「それが(かえ)ってマズかったのかなぁ。 ミーノックの親父(オヤジ)が言って来たよ。 お前さんばかりを可愛がり過ぎるな、とさ」

 …………。

 「部屋勤めの時は当分、つけないようにします」

 香水は女の匂いだ。

 何の香りもしないのは化粧をしないのと一緒、女を消すことを意味する。

 「そうしてもらえると助かる。 まぁ、内勤とは言っても仕事は仕事だ。 いつもキレイで居てほしい、ってぇのはあるが……いろいろと、すまねェ」

 「いえ、気をつけます」

 …………。

 ヘキサノは慣れた手つきで3台、横に並べたモニターをリモコンでハシゴしながら、番組の内容を逐一チェックしていく。

 幸い、どの局も特に注意するような情報は最後まで流れていないようだった。

 レンの姿だけがあちこちに出て来て、忙しいことこの上ない。

 いろんなことを喋っているように見えて、さほど問題のない、しかしパターンにはまらない多様な会話を卒なくこなしている。

 確かに賢い娘さんだ――と、今さらのように舌を巻く。

 「この子、本当に殺るの?」

 ミーが(あご)を突き出して、唐突に()いた。

 ――この子……って、お前ェさんの方が下だろうに。》

 ―― “1つ” だけね。 同い年みたいなものよ。》

 「ああ、その状況が来ればな。 躊躇(ためら)わずに殺るさ。 そのための作戦だ」

 「でも、そんな凄いことなのかしら? 常識的に考えて、こんなアイドルなんかやってる子が試験の真似(マネ)事したって、どうせ何も起こらない気がするけど……」

 ――――。

 どうも、ミーは基本的に彼女のことが面白くないようだ。 話の節々が、いちいち棘々(トゲトゲ)しい。

 「――なら、楽なんだがね、俺も……。 だが、彼女のステージを特等席(アリーナ)から見てるだけで1階級昇進させてくれるほど、上の偉いさんたちは甘くないだろう」

 …………。

 聞いていたビクニ・ミー少尉が驚いて振り向いた。

 話したヘキサノ少佐は、何事もなかったようにチャンネルを回している。

 「――何か、あるのね。 まだ、公表されてない “ネタ” でも持ってるの? 私にも知らされてないような」

 そう言って、ミー少尉は強く肌を寄せた。

 ――得心が行かんか……。》

 まあ、そうだよな――。

 「“念のためパスの確認を行います。” ……でもないか。 君は、このミッションからは外れた部外者だからな。 ――おいそれとは教えられん。 どうしても聞きたいなら、この口から以外だね」

 「あ~っ、そっか。 そうなんだ。 じゃあ、ここの正直者に聞けば良いワケねぇ!?」

 言うなり、ガバッと握り込んできた。

 「どわっ、馬鹿、ミー! 今はまだ仕事中だぞ。 ()さんか!」

 ヘキサノは慌てて少尉を振り払った。

 …………。

 ――仕事中って、このカッコで仕事中のつもり? なのね、この人的(ひとてき)には。》

 ――これだから女ってヤツぁ、……親父の言ってることも、確かに一理あるな。 やはりミーを遠ざけにゃ、仕事に支えるか》

 ――――。

 「じゃあ今は香水も付けちゃダメ――な時間ね。 なら、着替えてきます。 ちゃんとお仕事しましょう」

 あっさり言うと、ミー少尉は一人ベッドから起き上がり居間に出て行った。

 

    ◇

 

 本作戦の準備には、元より細心の注意が払われ、表向き大々的な試験会場の設営の陰で極秘裡(ごくひり)に進められていた。短い準備期間の中で、誰が想像していたよりも綿密かつ周到な計画が練られた。 総指揮官のミーノック少将は慎重の上にも慎重を期し、レン軍曹の立つステージの設営、プレス陣の構えるカメラの位置、狙撃班員の伏せる地点――等々を巧妙に配置して万全の態勢を敷き、その日を待っていた。

 作戦決行の時日は刻一刻と迫ってくる。

 ヘキサノ少佐はまんじりともしない数夜を、ひたすらスフィアTV局の関連番組のチェックで費やした。 幸いにも最後の夜まで、情報漏れと(おぼ)しき痕跡(こんせき)は見つからなかった。

 各局の番組の中では、荒唐無稽(こうとうむけい)な解説や大変に “刺激的” なシミュレーションが、これでもかと言わんばかりに展開されていた。

 何と言っても相手は千年前にザナルカンド平原の大半を吹き飛ばした伝説の最強召喚獣。 呼び出しに挑戦(チャレンジ)するのが、今をときめくスーパーアイドルのレンである。

 こんなにも素晴らしい大冒険イベントを、軍部がタダ(・・)で提供してくれるなんて、軍人さんもたまにはいいことをするねぇ――などと、拍手拍手で大いに株を上げている。 その株価がクライマックスの最終局面で大暴落するかも知れないなんて、想像だにしないのだろう。

 本当、お気楽なものだ。

 スフィアTV局の放送番組はどこも似たり寄ったりで、これから起こり得る可能性について時に専門家の発言も引用しながら、表向きもっともらしい分析を披瀝(ひれき)していた。

 「この人たちはいいさ。 そんなことが実際に起こるとは、言ってる本人からして丸で思ってない。 だから……そういう発言を堂々と公にできるんだよな」

 そんな実情が手に取るように伝わってきた。

 ――オレたちは “そんなことが本当に起こるかもしれない” と思うから、ここまで苦労してるんじゃないか。》

 皮肉なことに最も非人道的で残忍な対策を講じた軍部が、他の誰よりも彼女の才能と可能性を評価し、正しく買っていた。

 『もしもレン軍曹の “交感の儀” が不調に終わり事態が暴走したら、直ちに彼女を射殺して召喚獣を海に戻せ』

 この命令を遂行しなければならない裏方の気持ちなんて、お宅らには分かるまいよ。

 そこまでの決意を固めた国権の意思は誰に知られることもなく、レン軍曹の生涯とともに闇の中へ消えてゆく。

 つまり、そこまでのリスクを負ってでも、この伝説の未登録召喚獣を入手することが求められていたのである。

 ベヴェルの脅威が日増しに増大し、スピラ全土に牙を()かんとしていた。 かの国を牽制(けんせい)し、場合によっては実力を(もっ)制懲(せいちょう)せねばならない。 そのためには何としても、より一層の現実的な打撃戦力が必要だった。

 じりじりとした焦りがザナルカンドの政・軍両首脳を追い立てた。

 レンに賭けてみよう――という思惑がこの召喚試験をごり押ししたとしても不思議なことではない。

 特に一人、情報部に乗り気の将校がいて、彼が粘り強く上層部の人脈を説得して回ったのが大きな推進力となった。

 ――大丈夫。 彼女ならやってくれるさ。》

 直近(ちょっきん)のユウナレスカ大尉の成功例で自信をつけた首脳部は、複数の調査機関から提出されたレンの診断書を精査し、彼女の底知れぬ能力を確信した。

 これは事によると五百年――いや、千年に一度の天才召喚士やも知れぬ。 その可能性は十分にあった。

 『アイドル・スターのレンさんは、建国の勇者ハインをも超える “天才召喚士” の可能性があります』

 軍の報道官が真顔で発表すれば、このスフィアTVの人たちは全員、腹を抱えて笑うだろうか。

 しかし、あえて言う。

 レンを射殺してでも、そこまでやらなければならないのだ。

 軍部は本気でそこまで腹を(くく)ってるぜ――と。

 「でも、それって本当にそうなの? やってみても結局、何も起こらない、としか思えないんだけど……」

 ビクニ・ミー少尉が “半ば当然” といった口調で軽く()き返した言葉は、要するにザナルカンド全市民の本音を代弁するものでもあったのだ。

 だが、それでも――な。

 

 ――君たちの言う “レンちゃん” はね……。》

 

 まあ、いいさ。当日になれば全てが分かることだ。 その時に、彼女が本気で舞う 『召喚の舞』 を目の穴かっ穿(ぽじ)って見てるがいい。

 ザナルカンドがあの伝説の召喚獣を手に入れるとしたら、これが最後のチャンスなんだ。

 少なくともレン軍曹に無理だったら、もう他の誰にも無理だ、という言葉の意味を……。

 かくてこの一見ミスマッチな召喚試験は実行に移された。

 

 不安要素はレン以外のところにも山積(さんせき)していた。 実はそちらの方が大きかったと言ってもいい。 軍部は、つまるところ彼女の才能などちっとも心配してはいなかった。

 レンほどの才能の持ち主が交感を試みれば、千年の眠りに就いていた召喚獣は恐らく確実に目を()まし、スイッチがONになるだろう、と予測されていた。

 しかし、そのときに何が起こるのか――。

 どんな召喚獣かは、現実には全く分かっていない。

 誰も見たことがないのだ。

 記録もはっきりしない。

 具体的な情報は何もないに等しかった。

 ただ、千年前にザナルカンドを吹き飛ばして海没した、という伝承が残っているのみだ。

 果たして交感制御は可能なのか、この召喚獣を起こしたがために取り返しのつかないことになりはしないか。

 その事態を真剣に検討し、想定し、どんなに恐ろしくても――いざというときのためにはレンを射殺する用意がやはり必要、という結論に達したのだ。

 でもなければ、誰が好き好んでこんなことを――。

 一方で彼女が万難を排して見事交感に成功し、謎の召喚獣を入手したなら、ザナルカンドの未来は大きく拓ける。 それは単純に強力な未登録召喚獣が一体、戦列に加わるというのみならず、手にしたのが 『ザナルカンドのレン』 であるという事実が政治的・外交的に与える影響は計り知れなかった。

 ザナルカンド首脳部が “レン” に(こだわ)ったには、そういう事情もあったのだ。

 ィエボン総帥の一人娘ユウナレスカとザナルカンドきってのスーパースター・レン――この強力な二枚看板が(そろ)うならベヴェルの目論見(もくろみ)は足元から瓦解(がかい)し、政局は大きく好転するだろうと期待された。

 作戦の担当者・狙撃班に選抜された者たちは(ろく)に食事も喉を通らないような緊張の中で1週間余りを過ごし、決行当日はみな、祈るような思いでステージの上のレン軍曹を見守り続けた。

 この日は付近海域の通行は禁止されたが、さすがに沿岸部のリゾート地帯全域を締め出すことまでは無理だった。平日でもあり、これだけ沖に出れば問題はあるまいという判断だ。

 

     ◇

 

 ――晴天。 微風。

 気温も湿度も程好く上昇し、最高の日和(ひより)である。

 波も静かだ。

 クレーター海礁の海面に足場を立てて設営された平坦で只っ広いステージに、歌姫のレンが一人で立っている。

 いや、正確には “従召” のレンだった。

 爽やかに晴れ渡った穏やかな海に、心地良い風が吹く。

 レンの大好きな風景が360度に展開している。

 しかし――このときの彼女の心の中身は、近年稀に見るほどにぐちゃぐちゃだった。

 こんなに広い……いったい何をするの、と言いたくなるような平面の上では間合いが取りにくいこと、この上ない。

 おまけに歌を披露して気分を乗せようにも観客は “〇人”。 聴いてくれる人が一人も居ない状況なのだ。

 もしも――だよ。

 もしも、自分のコンサートで観客が〇人だったら、時間が来たからといって誰も居ない箱の中で幕を開けるだろうか。

 歌を歌うだろうか。

 もしも、たった三人でいいからわたしの歌を聴いてくれる人が居るのなら――わたしはその人たちのために、自信を持って歌えると思う。

 もしも、そんな場面に出会わしたとしたら、わたしならきっと――。

 「皆さ~ん、どうぞステージの上に上がってきてください。 四人で記念写真を撮って、カラオケ大会をしましょうよ」

 と言っちゃうんじゃないかという気がする。分からないけど……。 三人とも “うん” と言ってくれれば、それで問題はないんじゃないかな。

 歌はそばで聴いてくれても全然、構わない。 たったの三人の客が客席に居るのって、そっちの方が変だよ。 もったいない。 マイクも要らない。 その場でギターやピアノを弾いて、その場で歌うのが 「レンの歌を聴く」 という意味ではベストの環境だ (余談だが、後々のシューインが正にこの環境に存分に浴することになる)。

 リクエストがあればどんな曲だってレンがピアノで伴奏してあげる。

 そうして最後にね。

 わたしを含めた四人で記念写真を撮って、言うの――。

 「この写真は大切に取っておいてください。 レンはいつの日か、必ずこの街で一番のスーパースターになるから」

 ……って。

 ――――。

 それがとうとう今日、レンの観客は晴れて “〇人” になりました。

 なってみて初めて、「五万人」 と 「三人」 の差よりも 「三人」 と 「〇人」 の差の方が、はるかに大きいのだと知った。

 それから今日、レンの身内もきれいに “〇人” になりました。

 何処もかしこも “〇” 尽くし……。 360度、自分の他は誰も居ない世界。

 ――あーあ、今日からわたし一人ぼっちだよ。》

 贅沢(ぜいたく)なほど広大な平面を独り占めして、その只中に豆粒のように立ちながらレンは()()もなく考えていた。

 同じ頃、そのステージから230ディスツほど離れた岩場に身を伏せて、照準器のゲージ越しに彼女の一挙手一投足を追っている一団の人間が居た。

 そもそもこんな岩場があるのなら、最初からそこにステージを組めば良かったじゃない――と、誰も不思議に思わなかったのは幸いだった。 また、それがその岩場から逆算されて、わざわざ何もない230ディスツ先の海面上にステージが設営されていたことが結果的に彼女の命を救い、引いてはスピラの歴史を形作る要因となったのだ。

 それはともかく、岩場の陰に身を隠した狙撃手たちはスコープの中にレンを捉えながら、ただじっと固まっていた。

 誰一人口を利かない。 凄まじい緊張感が世界を包んでいる。 今のところ何らの異常も認められないが――。

 ――(かな)うことなら、どうかこのまま……。》

 それが彼らの偽らざる本心であっただろう。

 ポカポカ陽気で気温も上昇しているというのに這いつくばったままの彼らの筋肉は硬く縮み、手は(かじか)み、歯がガクガクと鳴りそうになった。

 彼らが遠巻きに見たところ、レンの方でも緊張しているのか、いつもとはずいぶん様子が違うふうに感じられた。 心なしか元気がないようにも見受けられる。

 それはそうだろう。

 こんな誰も見てない舞台を一人で盛り上げろなんて言われても、さすがの歌姫様だって無理だよな。おまけにこれから呼び出そうというのは、海のものとも山のものとも知れない未知の大召喚獣と来ている――。

 不安になって当然だ。

 望遠スコープの中のレンが、右手でさっと髪を()き上げた。 彼女はあと何回息を吐き、目を(しばたた)かせることができるだろう。 ひょっとすると残り二、三分になってしまうかも知れない人生の中で。

 それを思うと、よっぽど自分たちの方が緊張し、恐怖に(さいな)まれていたに違いない。 スコープの丸い映像はそのことを告げていた。

 これだけ広いステージの上なら万が一にもレンの遺体が波に(さら)われてしまう可能性はなかった。 ただ正確に、迅速(じんそく)に任務を遂行するだけのことだった。

 ただし、絶対に不手際は許されない――。

 

 その当のステージの中央ではレンが途方に暮れていた。

 わたしは何のためにこんなところでコンサートなんか開いてるんだろう……そう改めて自問し、すっかり忘れていた事実を思い出した。

 そうだった。

 まず、海の底で眠り続ける祈り子様を起こさなくちゃいけないんだ。 観衆は厳密には “〇人” ではなかった。 只っ広い会場に一人だけ観客が居て、その人がぐっすりと眠ってるんだよ。 さて、どうする?

 レン。 あなたなら――。

 考えるとちょっぴり可笑(おか)しい。

 ――そうね。 まずはわたしの歌で起きてもらわなくちゃ。 あるいはそのまま子守唄(こもりうた)でも歌っているかな。》

 そのためにはどんな歌がいい?

 ……彼女は思案した挙げ句、自分の未発表曲の中でも最も新しい歌 (3日前に書き下ろしたばかりだった) 『ちょっと高い空の上まで』 をア・カペラで歌い始めた。

 

  レーレーレード↓ソード◆↓シー↓ラー↓シ↓ラー◆↓ソ↓ミ↓ファー↓ソー↓ラー◆↓シードレー◆レドミレー◆レーミーソー◆ミーソシーソーミドー◆↓ラードソーファーミー◆ファーミミーーレレー◆

  レドソレドソレドソレドソ◆↓シ↓ラミ↓シ↓ラミ↓シ↓ラミ↓ラ↓シド◆ソファ↓ラソファ↓ラソファ↓ラソファ↓ラ◆↓シドミファミドレドレソミド◆

  レドソレドソレドソレドソ◆↓シ↓ラミ↓シ↓ラミ↓シ↓ラミ↓ラ↓シド◆ソファ↓ラソファ↓ラソファ↓ラソファ↓ラ◆↓シドミファミドレドレソミ◆

 ↓ソファーミーレー◆ミーソシーソーミドー◆↓ラードソーーファー◆↓ラードファーーミー◆レーミレードドーー

 

 ……………。

 しかし、歌い始めてすぐに後悔した。

 どうにも気分が乗ってこないのだ。いや、決して新曲のせいではなくて……。

 ――何だか、やりにくいなぁ。》

 こんなことで本当に祈り子さまを呼び出せるのだろうか。

 いま自分がしているパフォーマンスは、自分が観客の立場だったとしても、とても手を(たた)く気にはなれない代物(しろもの)だ。

 それを思うと申し訳ないやら、情けないやら、目を覆うような惨状である。

 「あーあ。わたしにとってもザナルカンドにとっても、とっても(・・・・)大切な儀式のはずなんだけどな……」

 ――なんと、くだらない駄洒落の一つも、一人、呟いている。

 しかし確かに彼女が開いた数限りないコンサートの中でも、このときが間違いなく最悪の出来だった。 こんなものを “コンサート” と呼べるなら、の話だが。

 真っ白なステージの上で、それくらいのひどい不調を(かこ)っていたのだ。

 レンは思い切って歌うのを止めた。 どうせこんな魂の抜け殻のような歌を歌っても、祈り子さまには届かないだろう。

 だったら誰も聴いていないのと(おん)なじだ。

 彼女は白々しい演技をするのは止めようと考えた。 とにかくこういうときは、どんなに見当違いでも自分に正直な想いを告白するのが一番だ。

 嘘はいけない。

 それを受け容れてもらえるように誠意をつくして、そこからもう一度 “レン” を作り直していくしかない。 まず、素直であれ――だ。

 ――今まで、ずっとそうやって来たじゃない。》

 どんなに辛くて苦しかったときでも……。 レンは決して、生まれたときから 『ザナルカンドのレン』 だったわけじゃないからね。

 ぶっちゃけ、祈り子さまにわたしの話を、わたしだけの話を、どこまで聞いてもらうことができるかが鍵だった。 どんなに恥ずかしくても本当に今のわたしの正直な想いを、思い切って告白してみたら――。

 分かってもらえるだろうか。

 …………。

 ここは誰一人居ない一人ぼっちの空間で、何を言っても他人に聞かれる心配はない。 なら、いっそのこと思い切って――。

 レンは真っ白な世界の上で、ふと考えた。

 先ほどから、日の光が辺り一面に反射して眩しい……。

 別に、ステージ上でカクテル光線の直射を浴びるのは慣れっこなので、それ自体はどうと言うことはないが。

 

 わたしは、とうとう一人きりになってしまったから――。

 

 いやでもそのことが思い出された。

 もしも、今のわたしに、こんな話を聞いてもらえる人がいるとしたら、それはもう祈り子さまの他はないんだね。

 友達の数は幾らでも増やしていけるけれど、身内の数はどんどんと減っていく。

 ――ある日突然、自分の都合で増えるものではない。

 それが彼女の人生の現実だった。

 生まれ落ちたときが最大で、そこからどんどんと家族が減っていくんだよ。 事実わたしの身内はもうこれ以上減りようのない数字まで減ってしまった。

 レンの今一番の関心事は結局そこに行き着いた。 たとえ召喚試験の最中であっても、そのことに対する思いで胸が一杯だった。

 試験に受かるよりも大切なことがある。

 その想いを整理しないと前へは進めない。 現実を誤魔化(ごまか)したままでは、美しい歌は歌えない。

 ――なんてこと正直に話したら……祈り子さま、やっぱり怒るよね。》

 初対面の人にいきなりこんな深刻な身の内話を切り出したら、誰だって(あき)れてしまうに違いない。 どんな人かも分からないし、千年間も眠り続けていた人に向かっては 『ザナルカンドのレン』 の肩書だって通用しないだろう。

 だけど召喚士と祈り子さまの関係は、ある意味――初対面から一足飛びに身内になるわけで、あるいはそういうのもアリなんじゃないだろうか。 祈り子さまだって、きっと一人ぼっちに違いないんだし。

 ――そっかぁ。この交感に成功すれば、わたしの人生で初めて身内(・・)の数が増えるんだね。》

 馬鹿みたいなことを今さらのように気がついて、レンは少し笑った。

 それが 「見合い」 であり、つまり 「結婚する」 ってことなんだろう。

 だったら思い切って、最初から正直に言った方がいい――それに賭けてみたら。

 ――やっぱりどんな召喚獣でも良いから、わたしの新しい身内、祈り子さまは欲しい……。》

 そう考えるとレンは何だか気分が楽になった。

 ちょっと恥ずかしい気もするけど、それは正直であることの証。

 いきなりこんな話をして祈り子さまに嫌われちゃったらどうしよう――とは思ったけど、今さら心配しても仕方がない。 失敗したら、その時はその時。

 思えば、レンの人生で初めての告白だった。

 数限りなく沢山の人から告白されて、それを当たり前のように生きてきたレンにとっては、初めてのエポックだったかもしれない。

 結局、男には興味はなくても、祈り子さまは欲しかったりするわけね。

 わたしは成功してもしなくても、いつも通りザナルカンドの歌姫に戻って、明日からまた、沢山の友達と大勢の仕事仲間と数え切れないほどのファンに囲まれて、たった一人で生きて行く……それだけのことよ。

 

 ――大丈夫。召喚し損なえば、君の人生はあと三分で終わりだ。》

 

 岩場に()せって銃列を敷く狙撃者たちの意思を、ステージの上に立つレンが知る(よし)もない。

 わずか230ディスツの距離を隔てた両者の様子をもしも神様が見ていたとしたら、空の上からいったい何を思っただろう。

 結論を言うなら、月並みな表現で恐縮だが、レンは神様から

 「まだ異界に来てはならぬ。今は(なんじ)()すべきことを成せ」

 と、このときは告げられたのだ。

 美しい茶髪と一際(ひときわ)映える青と黒の衣装を(なび)かせて、レンは海底下深くに眠る祈り子さまに話し掛けた。 実際に声に出していたかどうかは定かでない。 ただ正直に、そのとき一番大切だと感じた順番に、心の中の言葉を一つひとつ解き放っていったのだ。 想いの(たけ)を、誰よりも透明に、何よりも正確に――。

 ずっとあとになって、祈り子のアーは、「あのとき、目の前に突然クリスタルのような輝きが現れてね、心を引き込まれそうになって目が()めたんだ」 と話してくれたことがある。

 不純物の一切混じってない、あそこまで透明な悲しみに満ちた結晶を初めて見たよ――とも。

 彼女は千年も眠っていたわけだから、言うほどはっきり覚えている様子ではなかったが。

 従召喚士にとって 『召喚の儀』 は、「プロポーズ」 とか 「お見合い」 のようなものだ。 誰だって着飾り、自分を精一杯良く見せようとあらゆる努力をする。自分の一番得意なこと、自分の一番奇麗な姿、一番素晴らしいもの……そういったものを、ありったけに披露する。

 それは決して 「欺瞞(ぎまん)」 とか 「虚飾(きょしょく)」 とか 「見栄(みえ)」 とかではなくて、やはり第一に祈り子さまに対する礼儀のことがあり、何より自分の本気度、誠意を証明するものであった。

 (ひるがえ)って、このとき。

 「あーあ、何だか乗ってこないなぁ……」

  と溜め息を()く “レン様の本気度” がどれほどであったかというと――。

 断言してもいい。 選りに選って従召喚士が祈り子様を呼ぶ 『召喚の儀』 で、これくらい奇想天外でふざけたことをした人間は、かつていない。

 だが、結果的にそれが大正解だったのだから世の中は面白い。 そして不公平だ。

 自慢ではないが、レンはプロポーズしたことは一度もなくても、されたことなら数限りなく――という女の子だった。 そしてこれも断言して良いが、彼女はスピラ中で最もプロポーズを受け、スピラ中で最もプロポーズを袖にした最強の “高ビー” 女だった。

 別に自分では 「高飛車」 だとは思っていない。 高望みだってしていない。 単に納得できなかっただけだ。

 高望みをしてないから、「高いレベルを望まれる」 ことに自信満々の男どもが枕を並べて討ち死にする。 レンの価値観は、そういう男たちのそれ(・・)とは明らかに異なっていた。 そのことを理解できない彼らは、振られたあとで 「いったいあの女はどこまで高いレベルを要求すれば気が済むんだ!」 と悪態を吐き、判で押したように彼女を(なじ)った。 彼らはちっともレンの価値観を理解しようとせず、あくまでも自分の価値観に固執した。 自分が用意した立派な額縁の中にレンを押し込むことに躍起(やっき)となった。

 レンは仕方なく “お断り” する。

 「こんなにも立派な額縁を用意したのに、まだ足りないのか!」

 というご質問には

 「額縁の()()しじゃないの」

 と、お答えするしかない。

 「額縁の善し悪し」 こそ女の男選びの全てだ、と確信している素敵な男性方には、それが許し難いほど “高ビー” な態度に見えてしまうらしい。

 もっともレンはプロポーズされること自体は決して嫌いではない。 されて悪い気はしないからという意味ではなくて、その瞬間にその人の本当の姿が最も端的に垣間見れるのだ。

 これもレンが “高ビー” だと言われてしまう理由の一つだが、決してそんな意味には取らないでほしい。 プロポーズされてしまうこと自体はレンのせいではない。

 自分を素直に(さら)け出してくれた人は、かえって付き合いやすくなるものだ。

 その人たちには一人ひとりに

 「ごめんなさいね。 わたしは 『ザナルカンドのレン』 だから――」

 と言って、とりあえずは引き退がってもらうのだが。

 そのことの意味を本当に理解してもらえたら、もしもレンと価値観を共有できれば 「あるいは敗者復活戦だってあるかもよ」 ……というメッセージも込めてね。

 でも、その一人ひとりを(つぶさ)に見ていくと――。

 不思議なことに、格好をつけたがる人と、自分のことしか考えない人って、面白いように比例する。 それが絶対に悪いと言ってるわけではなくて、分かりやすくていい面もあるんだけど、レン個人としては残念ながら興味がない。

 あなたが今、格好をつけなくちゃならない理由は何だろう?

 そのことを、じっと見てしまうのだ。 その人の顔の凹凸ではなくて。

 せめて、レンに恥ずかしい思いをさせたくないから一生懸命に吊り合う男を演じようという波動の出てくる人なら、そこが少しだけ変化する。 格好つける必要はあっても、つけたがる必要はないんじゃないかってことを、わたしは沢山の男の人から教えてもらった。

 併せて、男というのはどうしようもなく格好をつけたがる生き物なんだってことも。

 それを見て世の女は猫も杓子(しゃくし)も大喜びをする。

 ああ、だからやっぱり――。

 わたしの方がおかしいのかもね。

 『ザナルカンドのレン』 は、誰に対しても優しいし、誰に対しても優しくない。

 そういう人生に身を置くと、その代わりいろんなことが見えてくる。

 男の人の生涯に一度のプロポーズだってね。

 緊張でコチコチになって大失態を演じてしまえば、最悪にみっともなくて、情けなくて、カッコ悪いかも知れないけれど、とりあえず想いは伝わるじゃない。

 だけど男というものは自分が最高に格好悪いことが絶対に許せないんだよ。

 もちろん最終的には 「ごめんなさい」 って言っちゃうと思う。

 でもね。

 レンを思いっ切り笑わせてくれた人って今でも皆、はっきりと覚えている。 カッコいいだけの人って全然面白くないんだもん。 何でも手馴れてて、ソツがなくて、これが仕事先の裏方さんだったら最高に感謝しちゃうのになー、って思って終わり。 多分、二度と思い出すこともない。

 …… (――何だか?》)

 ああ、そうだ。

 過去にたった一人だけ、完璧に “様” になっている人がいて、なるほどこれだけカッコ良ければそういうのもアリかなと思ったことがあった。

 ご多聞に漏れず余裕綽々(しゃくしゃく)で、見事なまでにボロの出ない人。

 「あら、場数を踏んでらっしゃるのね。 わたしじゃとても敵わなさそう」

 …… (――レンって男のことが好きではないのか?》)

 「何をまた、ご謙遜を。 あなたこそ数々の武勇伝をお持ちじゃないですか。 (うわさ)は兼々お聞きしておりますよ。 それにこういうのは量より質、でしょう。 数を自慢するだけの男など、まだまだ修行が足りません」

 「いろんな方からお話を伺う機会があるのですが、男の人にとっては質・量ともに、っていうのが永遠の理想なのじゃありません?」

 「ははは、参りました。 やっぱり敵わないのは僕の方だ。 予想はしてたけど」

 「そんなことないですよ。でも結局、女性の方が放っておいてはくれないんでしょうね。あなたくらいの器量をお持ちだと、いったいどのくらいの女性を相手にできるものなんですか?」

 レンが “ごめんなさい” に持って行こうとして、信じられないほど失礼千万な質問をすると、この男はしかし、待ってましたとばかりに乗ってきた。

 …… (――もしくは根源的に、そういうことが理解できない?》)

 「お聞きになりたいですか。でも、きっとレンさんには敵わないですよ」

 「は? え、……あっ、こ、後学のために――」

 「(ちまた)では “百人斬りのベアトレイタス” で通ってますよ」

 「えー!? スゴい……それって実数なの? その中で誰が一番印象に残っています?」

 善悪を超過して、レンの素朴な疑問だ。

 レンが目を丸くしたので、男のそれが満足そうに輝いた。

 彼女が本気で驚いたので、自分の方が勝ったと勘違いしたらしい。

 うーむと唸り、男は答えた。

 「過去を振り返ってもしょうがないじゃないですか。 多分、百一人目ですよ」

 彼は目一杯に頭を働かせて気の利いたジョークを飛ばした。 いや、あながちジョークとばかりも言えなかったかも知れない。

 …… (――そもそも男がどうとかでなくて、レンの中身がポッカリと欠落しているような。》)

 ――なるほど。 そうして101人目が過ぎると次は102人目になるのね。 過去は振り返ってもしようがないから。》

 レンが101人目になることはなかったが、“お断り” した回数で言うなら確かに彼の言う通り、彼女の方が場数を踏んでいた。

 ――差し詰め “千人斬りのレン” ってとこかしら。》

 それだけの男を斬ってきて、彼女が一番言って欲しかったこと――

 「ザナルカンドのためには、どうしても君が必要なんだ」

 という言葉を聞いたことが一度もなかった。

 もし、本当に 「キミのために――」 と言うのなら……。

 その言葉を 「餌」 にするだけでは、レンは釣れないよ。 ああ “連れないよ” ……かな。

 もし本当にそう言ってくれる人が現れたらレンはきっと考えると思う。

 もし本当に 「この人はザナルカンドにとって必要な人だ」 と確信したら、レンはきっと 「うん」 と返事してしまう気がする。

 だから、いつもそれを見ている。 わたしはやっぱり 『ザナルカンドのレン』 だから。

 ――実はね。 レンのハートを射止めるのって、簡単なんだよ。》

 そんなことを今までの人生でずっと考えてきた。

 でも、こんなこと言ってるから一人切りになっちゃうのよね。

 レンは苦笑した。

 …… (――人生って、そんなものじゃないだろう。》)

 まあ、仕方がない。 それがわたしのやり方だ。

 彼女は真っ白なステージの中央に立って、大きく両手を拡げて息を吸い、自分の着ている衣装と同じ真っ青な海の底に向かって語り始めた。

 今日、いつものように朝が来て、太陽は昇り、辺り一面を明るく照らすと、わたしのたった一人の肉親が消えていました。

 明日から、わたしはきっと、たった一人で誰よりも忙しく、ザナルカンドを飛び回っていると思います。

 いつものように朝が巡り来て、いつものように人と巡り会い、数え切れないくらいの笑顔の中で、わたしは生きていく。

 そこに何らの変化もない。

 いや――。

 きっとわたしは変わっていくんだと思う。 今までと全く同じのはずなのに、今までとは全く同じじゃない自分が見えてきたから。

 今までレンは変わることは進化すること、大人になることだとばかり思ってきたけれど。

 今日の、今の自分に起こっている変化を言い表すのにぴったりの言葉を探し当てて、わたしはそれを口にするのが正直、怖い。

 “老化” する――というのは、こんなに楽になることかしら。

 何だか急に、レンは何を求めているのか分からなくなってくる。 わたしはこれから何をするだろうって。

 ザナルカンド…………。

 うん、そう。 わたしは 「ザナルカンド」 と共にありたいと思う。

 わたしの唯一の故郷。

 家族はいなくなったけれど、わたしはザナルカンドで生まれたから――この街がある限り、わたしはそこで生きる。

 それがわたしのわたしである証。

 誰が付けてくれたのか 『ザナルカンドのレン』 という響きが何より好きだ。

 あなたのように千年、この街とともに過ごすことができたならどんなに素晴らしいだろう、ってね。

 残念ながらレンの人生は、事によると自分で思っているほどには長くないかも知れないから……。

 そんなことを考え、訴えたような気がする。

 そしてレンは召喚獣の祈り子さまに想いを馳せた。

 千年前、全ての人とお別れして、街も消えて、たった一人で生き残ったのだ。 その想いってどんなものだろう。 一人になって、何の(かせ)も価値観も一切無くして、その先に何が見えてくるのか。

 わたしは――レンは、そのときの祈り子さまときっと同じ “孤独” を(まと)うような予感がしています。                               

 今、ここにこうして立っているのも、ただ、あなたの心に秘めたその千年の想いが、どうしようもなく恋しいから……。

 

 レンの言葉が海の底深くに染み渡ったとき、突如 「どーん」 とくぐもった音がして世界が揺れた。

 ――あれは効いたよ。》

 と、アーは言っていた。

 「結局あたしたち、似た者同士だったんだよ。 同じ痛みを分かち合えるね」

 「互いの傷を()め合うような?」

 「なーに言ってんのさ。 大切なのは行為そのものじゃなくて、どう捉えるかってことなの。 レンがどうしてもそんな風に考えたいのなら確かにその通りだけど、無理にそう思う必要はないじゃん」

 ――そうかな。》

 ああ見えてアーは結構、他人の(すね)にも自分と同じ傷が付いているのを確認して、ほっとしちゃうようなところのある子だから。

 レンはそのとき心の中で密かに考えたものだけれど、もちろん今はそんなことを考える暇もない。

 衝撃で前に突き飛ばされそうになったレンは、両足を踏ん張って踏み止まり大慌てで元の位置に立ち直した。

 ドーン、ドーン、ドーン、ドンドンドン、ドドドドドド……。 立て続けに爆発音と振動が起こり、ゴゴゴゴゴゴゴゴとステージが揺れ始めた。

 目覚めの合図は、まるで海底全体が寝返りを打ったような揺れだった。

 「来た!」

 その場に居合わせた誰もが身構えた。

 事態は230ディスツ離れた岩礁でも同じだった。

 腹這いになっていた狙撃手たちは(したた)か顔面を岩肌に打ちつけ、悲鳴を上げた。 しかし痛みより先に、緊張感が全身を貫いていた。

 「照準下ろせ! 安全管抜け! 連射モード、確認! そのまま待機!!」

 ヘキサノ少佐が狙撃班全員に向かって号令を飛ばす。

 狙撃手たちは皆、一様に素早く指示に従い、十字に切られた射撃ゲージの的を上方に流し、丸枠内の下端でレンの姿を捉え続けた。

 そのために用意した大口径の広角スコープである。

 万一。

 突然の振動に押され予期せずトリガーを引くようなことがあっても、これなら暴発した銃弾は大きく上方に反れる。

 恐らく、ステージ上のレンも気づくまい。

 ――――。

 水平線が激しく上下していた。

 海面一帯が白く泡立ち、波はぐちゃぐちゃに()き消される。

 上空を見上げると幻光虫が群雲のように渦を巻いていた。

 果たして何人の人間が気づいていただろう。

 いったい何が起こったのかは誰の目にも明らかだったが、この後、いったい何が起こるのかは誰の目にも分からなかった。

 「おう、おう、おう、マジかよ。 ヤべぇぞ、こりゃ。 信じられねぇ!」

 「まさかとは思ってたが……。 本当に起こしちまったな」

 「イイのか!? どうなるんだ? これから……」

 「おい、ここは大丈夫だよな。 絶対に――」

 多分こういうことになるだろうと予測してはいても、いざなってみると言い様のない恐怖が皆に襲い掛かってきた。

 指揮官は用意していた三つの可能性の中から、当然のように 「レンが交感に失敗し、何も起こらなかった場合」 のマニュアルを抜き取り、破り捨てた。

 絶対に誰にも目撃されることなく、速やかに撤収するための段取りが(しる)されてある紙だ。

 やはり交感には成功したか。 彼女はこの最初の関門を軽々と突破してみせた。

 残る選択肢は二つだ。 二つに一つ。

 本当の勝負はここからだぞ――レン……。

 最初の一連の振動が治まってくると冷静さを取り戻し、周囲を見渡す余裕が生まれた。

 海の先に目を遣ると、衝撃の中心に居たはずのレンは、既に 『召喚の舞』 の体勢に入っていた。 皆が慌てふためいて我を失っている間にも、彼女は一人で冷静に舞っていた。 振動に足を取られる様子もなく順調に召喚を続けている。

 くるくるとステップを踏み軽やかにターンする。 迷いなく、美しい長髪がその度に宙空に流れる――。

 誰に教わったか、自身で考案したものなのか、その動作はしっかりとしていて、このプレッシャーの中でさえ落ち着き払った見事な舞を披露していた。

 彼女は手順に沿って、正確に召喚獣を呼び出そうと試みた。

 

 ――大丈夫だ。 さすがはレンだよ。 誰に何を言われるでなくても、ちゃんと上手にやってくれている。》

 

 それで皆の気持ちが励まされた。 勇気をもらった気分になる。 本来なら逆だと思うが――。

 「頑張れ! レン」

 「行けぇー、それぇー」

 「勝負、勝負!」

 「しんどいだろうが堪えてくれ。 信じてるぞ!!」

 「レンちゃんならやれる。 応援してるぞ」

 「レ~ン、俺はここに居るぞぉー!!!」

 ……って。 何だよ、それは。

 ――あんたたちがそんな所に居たって、レンはちっとも嬉しくないんじゃないか。》

 しかしもう、いったい何を言っているのか自分でも分からないほど興奮していたのだ。 彼らは全員、必死で声を出していた。

 大丈夫だ……大丈夫だ……何とかなる……レンならきっとやってくれる。

 あのクソ鑑定家どもが 「能力を測定できない」 って、腰を抜かして驚いたんだろ? それがもし本当なら、レンちゃんはとんだ眉唾(まゆつば)の食わせ者か、そうでなければ “千年に一度” の天才召喚士のどちらかだ。

 で――レンは今、その答を出したよ!!

 この千年間、誰も目覚めさせることのできなかった召喚獣を一発で起動しやがった。

 誰も見たことのない伝説の召喚獣が、彼女の手で白日の下に姿を現す。

 そのときどうなるのか、何が起こるのか、果たして召喚士の力で制御できるものなのか……。 その召喚獣が我々の知っているような常識的な召喚獣であれば良いのだが――。

 全てはこれから、(ふた)を開けてのお楽しみってやつだ。

 彼らは粘つく指をトリガーに掛けて自問した。

 いや、少なくとも千年前に実体化していたのなら、そのときに召喚していた人間がいたということだ。 まあ、定説ではハイン本人という話だが。

 となれば、絶対に人間には扱えない――というわけではないはずだ。

 なら――。

 千年前の召喚士にできたのなら、今のレンにだってできるさ。

 頑張れ。 迷うな。 恐れるな。 頼んだぞ…… 『ザナルカンドのレン』。

 

     ◇

 

 渦を巻くエネルギー流の底に居て、レンは正確な舞を披露しながらも、次第に重力感覚を喪失していった。

 不思議な感覚だった。

 ふわり、と宙に浮いた……。

 彼女の周辺に居た人が一様に立っていられないほどの振動と、耳を(つんざ)くようなスフィア波の衝撃で地面に(うずくま)っていたころ、レンは静かに踊りながら宙空へと舞い上がっていた。 もう振動も衝撃も感じない。

 目にすること、起こること、感じること、全てが新鮮で、驚きに満ちていて、言いようのない昂揚感が自分を包み込んでいった。 それまでの気乗りのしないレンは、すっかりどこかに吹き飛んでいた。

 超高濃度の幻光虫がレンの頭頂部を目掛けて滝のように落下してくる。 頭がぐるぐるなんてレベルの騒ぎではない。 凄まじいエネルギー流の圧力だ。 もし祈り子さまとの交感なしでこの力場(りきば)の中に居たなら、たちどころにぺしゃんこになって命を落としていただろう。 彼女は幻光虫の皮膜でできた球形の障壁で守られていた。

 この世のあらゆる物質を、地面や星の内部までも押し潰せるかと思えるような幻光虫エネルギーの超圧縮がその障壁の周囲で起こり、真っ白な輝きが一面に放たれる。

 ついに伝説の召喚獣が召喚士レンの身体を核として実体化を開始した。

 円陣、方陣、五芒星(ごぼうせい)陣、六芒星陣……水平面に美しい模様が次々と現れては足元へと消えていく。 そして最後に召喚面を切り取るための真円に内接した魔方陣が現れ、その一瞬後、海面上に爆発が起こった。

 ザザザザザ……と召喚域を区切る円弧が波立って走る――。

 「何だ、ありゃぁ!!」

 悲鳴のような叫び声を上げたのは岩場に()せっていた一人の狙撃手だった。

 境界線の円弧が彼ら目掛けて突き進んできたからだ。 それは 「シャーッ」 と海面を走りながら彼らの居た岩場の目の前をギリギリに横切り、右から左へ走り去った。

 肝を潰して目を閉じる。

 波飛沫(なみしぶき)が飛んでくる。

 ――なむさん!》

 信じられない光景だった。

 ステージのレンが立っている位置からここまでは正確に230ディスツの距離があったはずだ。 まさか、その目の前まで境界線がやって来るとは――。

 「ばかな……通常の百倍はあるぞ」

 誰かが(おのの)いて呟いた。

 通常の百倍――つまり召喚半径が通常の究極召喚獣の百倍もあれば、体積はいったい何倍になるのか。

 知りたいって?

 「100×100×3.14」 に推定高さの 「100」 程度を掛けて、この召喚獣は円筒形ではないので、さらに 「5分の4」 か 「3分の2」 くらいを掛けてやれば良いのさ。 さて、何倍と出るだろう。 どうしても気になるという向きは電卓を弾いてもらいたい。

 ついでに言うと、もしも 『シン』 とこの 「伝説の召喚獣」 が面と向き合って対峙したなら、ちょうど 「猫」 と 「虎」 が(にら)み合っているような姿に見える。 何を隠そう、このシチュエーションはずっとずっと後になって現実のものとなるのだが――今はそんなことに構っている余裕がない。

 レンの 『召喚の舞』 が広大な海域を囲み終わると、即座にまた 「どーん」 と轟音(ごうおん)を発して海水を吹き上げ始めた。 さらにその先から水飛沫(みずしぶき)を振り切るように真っ白な光の束が天に向かって伸びていく。

 「うわあああああ」

 ばっしゃーん、と打ち寄せる大波を被って、岩場の陰に潜む男たちは悲鳴を上げた。 もうレンの姿は完全に見えなくなった。 召喚面の外側に居れば恐らくは大丈夫と信じたいが、それでもこんな所でまごまごしていたら、何が起こるか知れたものではない。 “狙撃” 任務の遂行など今となっては到底不可能だ。

 また 「ごしーん」 と音がして地面が揺れる。

 「撤収! 総員退却。 急げ!!」

 指揮官は素早く怒鳴って走り出した。 班員があとから転がるように付いて行く。 一同は後方の岩陰に泊めてあった小発に飛び乗り、エンジンを始動した。

 全速で遠去かりながら、囂々(ごうごう)と突き上がっていく巨大な光柱を声もなく仰ぎ見る。

 レン…………。

 「班長。 これからどうなるのでしょう」

 誰かが絞り出すように()いた。

 もう何が起こっても対処はできない。

「……分からん。 だが俺たちにはどうしようもない。 こうなっては、もう何も――いや一つだけあるとすれば、レンのために祈ることだな。 彼女を信じよう。 今はそれに賭けるしかない。 もしも負けたらザナルカンドは千年前の二の舞だ」

「そんな……」

 巨大な輝きがザナルカンドにとって何を意味するのか、このときは誰にも分からなかった。

 

     ◇

 

 頭上から渦を巻いて落ちてくる幻光虫に加え、足元からは押し上げるような圧力を受けてレンは中空に舞い上がった。 設営されていたステージは粉微塵(こなみじん)に吹き飛び、あっという間に足下に消えた。 彼女の周りの空間は幻光虫の(よろい)で固められていて、加速慣性以外に圧力は感じない。

 強力な幻光虫流に押し上げられながら、レンは何処まで昇っていくのだろうと思った。 不思議と恐怖感はなかった。 眩しいまでに輝く光の中に居て、視界が全く利かなかったからかも知れない。

 そう、レンは真っ白な世界の中に一人で居た。

 下から突き上げられていくので上昇していると分かるだけだ。

 これが召喚というものだろうか。

 この召喚獣を呼び出すにはこんなに時間が掛かるのだろうか。

 ――聞いていたのとは、ずいぶん勝手が違うな。》

 そう思ったとき、自分の周囲の幻光虫が一斉に動き出し、結晶を始めた。

 ずしり、とした重さが全ての方向から()し掛かってくる。

 ――来た! 実体化が始まる。》

 レンは身構えた。

 だが、それもほんの一瞬で、足元を支えていたエネルギーが急に薄くなり、つれて上から押さえつけられるように彼女は上昇を停止した。

 彼女を幾重(いくえ)にも包んでいた幻光虫の光の帯がはらりはらりと解けて脱落していく。

 ????

 レンはついに降下のGを受け始めた。

 ――えっ! 召喚は……どうなるの?》

 びっくりした。

 さすがに焦った。

 祭りの興奮が()めると恐怖が襲い掛かってきた。

「失敗しちゃうの? ねえ、教えて!!」

 祈り子さまに慌てて問いかける。

 だが何の反応もない。

 ――祈り子さまが眠ってる!!》

 今の今になって、とんでもない事実に気がついた。

 ――祈り子さまが目を閉ざしたまま、起きてくれない……手応えは確かにあった。 交感は成功したはずなのに!》

 レンは光の中で呼び続けたが、それ以上、どうしてよいか分からなかった。 どうすることもできなかった。

 上昇のときとは違い、降下速度はどんどんと大きくなっていく。

 程なくして真っ逆さまという感じになった。

 幻光虫の丸い壁に包まれて落下しながら、彼女は何かを考え、思い、叫び、そして気を失った。

 天まで突き上げていた白色光の帯が見る見る細く、薄くなっていき、やがて消え失せる。

 

 するとまた太陽は輝きを取り戻し、辺りの景色もきれいに見渡せるようになり、海面は(おおむ)ね平穏を回復した。

 波だけが揺れている。

 全ての人が固唾(かたづ)を飲んで見守っていた。

 唖然とした空気が立ち込めていた。

 取り敢えず、……ザナルカンドの市街が吹き飛ぶ事態だけは回避されたらしい。

 どころか現場の状況は恙無(つつがな)くリセットされ、万事元の通りとなった。

 

 ただ一人、レンがステージごと消えたことを除いては――。

 

 

   〔第2章・第5話〕 =了=

 

 

 (注) ……先の大戦で陸軍が使用していた上陸用舟艇のことで、特に前扉の付いているものをこう呼ぶ。 その大きさ、様式によって、大発、小発の2種類に分かれる。 小発は、俗に 『モーターボート』 と言われて普通に思い浮かべる小艇と大差ない。 推進器の付いてない手漕ぎのカッターなどは別。 FF‐8の前半で、スコールたちがルプタン・ビーチに乗り付けている小艇が超未来型の大発かなぁ……と。 因みに大手トラック・メーカーの 『ダイハツ』 は大発と同音だが、関連があるのか咲尾は知らない (笑)。

 


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