機械戦争戦記・レンの歌声が聞こえる   作:咲尾春華

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第2章・第3話

 

 

 

     3

 

 「それならば、とって置きの召喚獣があるじゃないですか」

 

 緩やかに右カーブを描いて上ってゆく高速道の車線を、フロントガラス越しに広がる画面が(かろ)やかになぞってゆく。

 運転手は、まるで今日入って来た仕事依頼の内容でも説明するような口調で言った。

 実際、彼にとってみればそれに類する作業の一つであったのかも知れない。

 ――簡単ですよ。

 最初からこの世にありもしない、架空の召喚獣を呼べば良いのです。 しかも全ザナルカンド市民が “架空” ではなく “未登録” だと、本気で信じているような、ね。

 

 今さら、あんな御伽噺(おとぎばなし)みたいな伝承を――。

 

     ◇

 

 撮影所に向かうエアカーの中でマネジャーのテリオ氏からそう事も無げに勧められ当事者のレンは、しかし(にわ)かに考え込んだ。

 それって――。

 まさか。

 あの、伝説の……。

 

 ――じゃあ、テリオさんは本当に信じてないんですか?》

 

 現存する最古の古文書(こもんじょ)には、 《ザナルカンド最後の希望》 であったと(うた)われてれている。

 

 それは――恐らく羽を使って空を飛ぶような体形はしてなかったはずだ。

 飛行型の、つまり飛竜タイプの召喚獣ではない。

 地上にあって大地を(つか)み、機動力はまるでなく、その代わりに ”召喚獣” などという概念を超絶した攻撃力と防御力を有していた。

 とてつもなく巨大な体躯(たいく)を持つ4本足の召喚獣なのだという。

 そこまでのことが現在まで伝わっている。

 伝わっていながら……。

 あらゆることがナゾに包まれていた。

 相反(あいはん)する情報が並存し、共存している。

 その存在は、架空にして未登録。

 未登録にして、その召喚実績が現実に記載されているという摩訶不思議(まかふしぎ)

 記録自体には、絶対に疑義を挟む余地がない。

 なぜなら――記載した者の名が、建国の勇者・ハインなのだ。

 召喚されて実体化した 《神獣・アレクサンダー》 は、常にハインの(かたわ)らにあって彼をよく助け、このスピラ世界を隅から隅まで平らげた。

 眼前に立ち塞がる、ありとあらゆる抵抗勢力を打ち倒し尽した。

 何人(なんぴと)もこの超絶の力に対抗することはできなかった。

 ただ、胡桃(くるみ)をハンマーで(たた)くがごとく――。

 

 アレクサンダーの存在なくして、ハインの偉業はあり得ない。

 召喚獣アレクサンダーの実在を否定することは、すなわちザナルカンド建国闘争の事実そのものを否定することになる。

 しかし、どういう経緯(いきさつ)があったのか。

 この強大無比の召喚獣は古代スピラ世界の統一後まもなく倒されて爆沈し、異界へと帰っている。

 以降、この世には一度も姿を現していない。

 まるで、ハインの統一事業を支えるためだけに出来(いできた)る存在であったかのように……。

 この時の、ザナルカンド平原の大半を吹き飛ばした爆発は、神話でも伝承でもなく、歴史上の事実と科学的にも証明されている。

 である以上――。

 この召喚獣はやはり実在していたと考えざるを得ない。

 何か相当に特別な事情があって、一芥(いっかい)の “天才” 召喚士のごときでは扱い切れない存在であるのだろう。

 火遊びをするのは勝手だが、絶対に危険が無いとは言い切れないのだ。 

 

     ◇

 

 火、氷、水、雷――幻光虫組成の基本4元素に対して完全に無反応(ニュートラル)である彼女は、いずれの属性型の召喚獣とも相性が悪いため、学園からは取り敢えずということで無属性の召喚獣の候補リストを渡されていた。

 結構な数の召喚獣がリストアップされてはいたが、正直それらの候補の中に “これ” と言って気乗りのする召喚獣は居なかった。

 《無属性》 というのは、要するに属性としての特性をはっきりと持ち切れない、軟弱な結晶体組成をした召喚獣素体のことを言う。

 ――で、学園では性格上、そういう召喚獣の扱いには慣れていた。

 だが、そもそもレンが無属性に見えるのは、召喚士としての能力が未熟で属性を持つまでに結晶し切れないからではなく、何か未知なる結合力によって強力に属性反応が圧縮された結果に過ぎなかった。

 もしも彼女が召喚能力を持っていたと仮定して――の話だが。

 …………。

 その日、スタジオでの押していた撮影を無事に収録し終えた後、束の間の自由時間を得たレンは国立中央図書館を訪れ、改めて 『建国闘争時代』 関連の書籍を(あさ)ってみた。

 入り口の入館登録で身分照会を済ませて改札を(くぐ)り、割り当てられた8階の奥にある個室に入って、慣れた手つきで素早くスフィアモニターを壁面に何枚も投影してゆく。

 検索ワードを打ち込むと、即座にかなりの量のリスト一覧が表示された。

 荒唐無稽(こうとうむけい)な読み物から、果ては地質学の研究書に至るまで、分野は多岐に(わた)る。

 しかし、表表紙(おもてびょうし)の画像を見ただけで、まず候補の中から半分以上……5分の3近くが脱落した。

 残りの書籍も、ページを幾らとめくらない内に、全く関係がないか、ほとんど参考にならない文献と判明し、モニター画面から次々と消えてゆく……。

 結局、最後まで残ったものは、(すで)に何回も目を通している文献ばかりだった。

 ――目新しい情報は何もなし、か。》

 

 『ザナルカンド建国闘争』 の時代。

 実は、この時期についての情報はかなりの範囲で錯綜(さくそう)しており、真面目(まじめ)考証(こうしょう)するなら “何も分かっていない” と言うに等しかった。

 ただ、最も確実に分かっているのは、

 「今から千年ほど前、ちょうど建国闘争があったと伝えられている時分にザナルカンド全土を覆うような大爆発があり、この時にザナルカンド平原の(ほとん)どが吹き飛んで海没している」

 という事実なのだ。

 それは、現在のザナルカンドの地形学や地質調査からも 「絶対に間違いがない」、と証明されている。

 一方で――。

 現在のザナルカンド市街には千年を超えるような古い建造物は遺構や土台の痕跡に至るまで見つかっていない、という現実がある。

 この都市の建設が始まったのは確実なところでは約750年前の頃からであり、つまり名前は同じ “ザナルカンド” であっても建国闘争時代のザナルカンドとは直接的な(つな)がりや連続性がない。

 完全に別の都市なのだ。

 極端な話、当時のザナルカンド人と本当に血縁関係があるのかさえ定かではない――というのは 『建国の勇者ハインの末裔(まつえい)』 を自称する現在のザナルカンドにあって、決して公言してはならない事実だった。

 とにかく今から約千年ほど前に、この土地にハインと名乗る勇者が現れ、伝説の神獣・アレクサンダーと、魔女の一派を従えてザナルカンド平原の統一に乗り出した。

 魔女とは魔道士のことだ。

 

 現代とは随分(ずいぶん)と様相の違う時代である。

 たとえば当時は、召喚魔法は魔女の扱う魔法の一形態と体系付けられていて、召喚士と魔道士は特別に区分されることなく一律に “魔女” と呼ばれていた。

 召喚獣自体からして、“召喚獣” の名で呼ばれることはむしろ少数であり、「聖獣、幻獣、魔獣、時限獣、次元獣、大いなるもの、超越の存在、永遠なる者エーアン、ガーディアン獣、ガーディアンフォース」 等々、使う術者個人の見識によっていろいろな呼称が用いられていた。

 そして建国闘争の頃にだけ、どういうわけか 《ガーディアンフォース》 なる名称の記載が突出して増加するのも際立った特徴で、この時代の概念を象徴的に表している。

 と言っても、さほどの証拠資料があるわけではないが……。

 ただ、信用するに値する文献のほとんど全てが、この呼称を当たり前のように使っていた。

 当時のザナルカンドでは、ともすると打撃力ばかりが()沙汰(ざた)され勝ちな召喚獣戦力において、“守護するもの” としての力が(こと)に重んじられたのだろう。

 この、文献に出て来る 『神獣・アレクサンダー』 も当然、召喚獣のことだ。

 恐らく。 ……ほぼ確実に。

 にも(かかわ)らず、現実にはこのアレクサンダー1体のみが、どういうわけか 《神獣》 の名で呼ばれていて、決して 《ガーディアンフォース》 とは呼ばれていないのだ。

 この件についてだけは書籍の隅から隅まで、注意して、丹念に調べ直したけれど、ただの1例の例外さえ発見できなかった。

 

 ――気になる。

 

 どうしてだろう。

 アレクサンダーだけ、何が違うのか。

 …………。

 程なくして平原の統一に成功したハインは、王都ザナルカンドを建国した直後に、歴史の表舞台から忽然(こつぜん)と姿を消した。

 魔女派の人たちも同様である。

 前後するように、当のアレクサンダーが平原の3分の2を吹き飛ばして北東海に爆沈……。

 いや。

 順序が逆か。

 アレクサンダーの大爆発でザナルカンド平原が吹き飛んで、そこが 『北東海』 になったのだ。

 あの海は、最も深いところでも平均水深が30ディスツ程度しかない。

 大抵の場所では船が沈んで着底しても、マストの先が水面から出るような深さだ。

 また、都市が丸ごと沈んだのなら何等(なんら)かの痕跡(こんせき)は残りそうなものだが、過去幾次にも亘る綿密な調査を受けたにも(かか)わらず、付近の海底は完全に何もない平和で静かな海である。

 辛うじて海底表面に巨大なクレーター(よう)の稜線構造がうっすらと確認されるのみで、それがこの海の名称の由来にもなっている。

 …………。

 この頃に何があったのか、何が起こったのかは容易に想像がつかない。

 大河ドラマでも、この建国闘争時代のお話は大変に魅力的なテーマと目されていたが、まともな考証には耐えられないという理由で、かつて一度も採り上げられたことがなかった。

 この分野を扱うのは、(もっぱ)ら “歴史ファンタジー” の独擅場(どくせんじょう)といった感がある。

 数少ない歴史書の伝える事実は、肝腎(かんじん)な部分がスッポリと抜け落ちているのだ。

 常識的なところでは、アレクサンダーの爆発に巻き込まれて国全体が命運を共にしてしまった――と現代ザナルカンド市民の多くが解釈しているのだろう。

 いずれにしても、この時代に打ち建てられた繁栄と享楽は永くは続かなかった。

 ハインの建国した初代ザナルカンドは、幾らと時を経ずして消滅しているのは確かなのだ。

 しかし、そう時を置かずして、直接の連続性はないにしてもザナルカンドの街は再興され、ハインの末裔も、魔女の残党も当時の姿のままに復活した。

 それまでに知られていたガーディアンフォースたちも全て “召喚獣” の名で再召喚され尽くし、雄都ザナルカンドは完全に往時の姿を取り戻した。

 ただ一つだけ。

 たった一つ、唯一の例外を除いては――。

  

     ◇

 

 召喚獣・アレクサンダーを再びこの地に呼び出す試みは、現在のザナルカンドになって直ちに実行に移された。

 幾多の才ある召喚士たちがこの難題に挑み、しかれどもこの700年余りの間、誰一人として成功する者は居なかった。

 この召喚獣の召喚が最後に試みられたのは、今から150年ほど前のこと――。

 例の 《クジャの大乱》 に際して活躍した、あの大召喚士セーラ様によってである。 

 彼女の住んでいた辺境村は、この騒乱の開始期にクジャの差し向けた軍によって真っ先に壊滅させられているのだが、セーラ様は折からの嵐を突いて小舟に乗って脱出に成功し、奇跡的に難を逃れた。

 最初、セーラ様はアレクサンダーの召喚に挑戦するが失敗し、2度目の試験で召喚獣アークとの交感に成功する。

 実際には、彼女は召喚獣アークを駆ってクジャとの最終決戦に臨み、見事、故郷の村の仇を討ち取り、この未曾有(みぞう)の大乱に終止符を打っている。

 資料を(つぶさ)に追い駆けてゆくうち……レンの関心は微妙にズレて、いつしか1000年前の闘争から150年前の動乱へと移ってゆく。

 ――わたしが、2度ならず3度までも演じた役柄、その張本人である。

 

 ……反乱の起きた当時。

 彼女にはどうしても力が必要だった。

 スピラで最強の力を手に入れる、そのための退引(のっぴき)ならぬ事情があったのだ。

 どんな思いで、召喚試験に臨んだのだろう。

 …………。

 彼女の気持ちを、今までは、その役を演じる立場で一生懸命に理解しようとしてきたのだけれど、まさか自分の人生の中で本当に思い知る立場になろうとは――。

 考えてみれば凄いことである。

 

 ――今度セーラ様を演じる時には、随分と違ったお芝居ができるだろうな。》

 

 大召喚士セーラと言えばレンの当たり役だから、現実の世界で彼女と同じ境遇に接するなんて何だか面映いような、それでいて半面、申し訳ないような……。

 とまれ、本家のセーラ様が交感に失敗しているのだから、そのセーラ役のレンが当のアレクサンダーの召喚に成功してしまっては本末転倒もいいところだ。

 召喚士セーラは、一般的には 『大召喚士アーク』 の名で呼ばれることが多い――と言うか、普通にはアーク様のことだ。

 動乱の時代の幕が開けようとする前夜に、このザナルカンド平原に放浪者のように流れ着いた。

 しかし、召喚士として召喚獣アークとの交感に成功して以降は、時代の桧舞台(ひのきぶたい)に彗星のごとく躍り出て、後の150年の歴史にエポックを()した。

 限りない賞賛と、嵐のようなスポットライト、カクテル光線の光芒(こうぼう)を浴びて、舞台の中央に立ち、ただ一人――暗黒の情念の中で、誰にも理解されることなく、この世を去って行った、孤高の天才召喚士……。

 

 彼女が最初、召喚獣アレクサンダーに挑み、次に召喚獣アークを選んだには訳がある。

 当時、ザナルカンド社会に未曾有の災厄を巻き起こした 『クジャの大乱』 は、ザナルカンド史上でも最大級の国難となった。

 クジャと名乗った大逆人――この出生・経歴一切不明の人物は、ある日忽然(こつぜん)と姿を現し、要するにたった一人で大国ザナルカンドに(きば)()いたのだが、彼自身は特段に強力な軍隊や、優秀な召喚獣戦力を有しているわけではなかった。

 代わりに彼が持っていたのは妙竹林(みょうちくりん)なたった一つの能力。

 突き詰めて言うならその不思議な能力のために、雄都ザナルカンドは蹂躙(じゅうりん)され尽くし、滅亡寸前にまで追い込まれたのだ。

 クジャの持っていた正体不明の悪魔の能力――他者の召喚した召喚獣を乗っ取る力。

 この力のために、ザナルカンドは召喚獣戦力の一切を封じられてしまった。

 既存の召喚獣では全く通用しないため、今まで一度も召喚されたことのない未知の召喚獣を呼び出す必要があったのだ。

 この危機に際してアーク様は一度は失敗したものの、二度目の挑戦で見事この不可能事を成し遂げ、クジャの眼前に未だ誰も見たことのない新型召喚獣で立ち塞がった。

 実を言うとこの召喚獣アークも、召喚士アーク様が交感して実体化に成功した例があるだけで、以後一度もこの世に姿を見せてはいない。

 アーク様の没後百余年、その間16人の従召が交感試験に臨んで(ことごと)く失敗。

 うち、二人が命を落としている。

 現実に “殉召者(じゅんしょうしゃ)” を出しているから、こちらの方は 「絶対に実在する召喚獣」 だ。

 一説によるとアーク様の出身地は、過去に召喚例のない新種の召喚獣を呼び出すことに特化した研究を行っていた召喚士一族の村であったらしい……。

 その存在を恐れたクジャが反乱を起こすに当たって、真っ先に襲撃したのがその村だったというのだ。

 それほどにクジャ本人はこの問題を重要視していた。

 結果、その通りになった。

 大召喚士アーク様の本当の名前を知る者は、このザナルカンド平原の中には居ない。

 その名は――。

 遥か辺境の地にあると伝えられる彼女の故郷、その廃墟と化した村の召喚壁に刻まれているのみと言う。

 

     ◇

 

 国立図書館での調べ物を終え、特にこれといって目新しい情報に出くわすこともなく、ある意味……最初から分かっていたことではあるのだが、改めて見覚えのある資料と向き合っているうち心の整理もつき、レンは答を出す決心をした。

 翌朝、事務所に泊まり込んでいた彼女は僅かな時間を(ひね)り出し、テリオ氏の車で(くだん)の学園を訪れた。

 駐車場の車の中にテリオを待たせて、レンは単身、校庭の中庭を抜け、奥の校舎にある理事長室へと向かった。

 その廊下の一番奥――。

 しかつめらしい “いかにも” という古風な造りのドアの前に立ち、ノックする。

 「はい、どうぞ」

 と即座に歯切れの良い声が返ってきた。

 「失礼致します」

 と言って、レンはノブを押して室内に入り――。

 バタンとドアを閉めると、くるりと正面を向き直って丁寧にお辞儀した。

 「お早うございます、理事長先生」

 分厚い机の向こうから鋭い視線が返ってくる。

 「お早う。 あー、私の肩書は、こういう所では少将でいいよ。 レン軍曹。 我々は、そういう関係だ」

 気さくに笑いながら、理事長席に腰を沈めた初老の紳士が答えた。

 「はい。 ミーノック将軍。 では、早速。 本日は閣下にご報告があり、参りました。 先日に頂きました召喚獣リストの件についてであります」

 「うむ。 聞こうか」

 「はい、将軍。 …………。 あれから、リストに記載されていた召喚獣の履歴を国立中央図書館で全個体、照会してみました」

 「全個体か――。 早いな。 結構な量があったはずだが」

 リストに掲載されていたのは全部で86体だった。

 結構と言えばそうなのかも知れないが、レンはこう見えて召喚獣の素性調査にかけてはお手のもの、右に出る者とてないスペシャリストだ。

 そういう専門分野があったとして、の話だが。

 どうということはない。

 アーク様があらゆる召喚獣に精通していて、一目で能力、弱点を見抜く天才だったので、“彼女の役” を自分のものとしていくうちに、自身も自然と身に着けた技能だ。

 「はい」

 そう、短く答えて会話を切り、大きく息をする。

 心を落ち着かせて、矢庭(やにわ)に目を見開き、レンは勇気を出して口を開いた。

 「(わたくし)の心に響く召喚獣は、正直1個体もありませんでした。そこで思案しました結果、思い切って」

 ――思い切って?》

 …………。

 はっ、と息を吸う音が聞こえた。

 「召喚獣アレクサンダーとの交感に挑戦してみようと思うのですが、無理でしょうか」

 

 「――――」

 「…………」

 

 「ほーう」 という顔をして、ミーノック少将が驚いたようにレンを見返した。

 怖い――と正直、レンは思った。

 相手は情報戦一筋で叩き上げてきたべテランの情報将校である。

 こちらの思惑などお見通しだろう。

 自分の手の内は露ほども明かさず、何食わぬ顔をして相手の心の内側を読む。

 ――テリオさんなら、どうしてたかな。》

 咄嗟(とっさ)にそんな考えが浮かんできた。

 もどかしい、空白の時間が過ぎる……。

 

 「――――」

 「…………」

 

 「君の口から、その言葉が出てくるとは思わなかった。 ……不思議な巡り合わせもあるものだ」

 

 「????」

 

 理事長が言葉を継いだ。

 「実は当初、我々がリストを制作した際に、一番上にその召喚獣の名を記載していたのだよ」

 「?」

 何を……言い出すのだろう。

 「だが、それでは余りに君を追い込んでしまうことになる――と思ってね、最後の段で私が独断で外したんだ」

 ――最初から?》

 「が、結果――余計なお節介だったってわけか」

 そう言って理事長は苦笑した。 

 「少々、君を見誤って……我々は、見縊(みくび)っておったようだ。 それは謝罪する」

 思わぬ言葉が、机の向こう側から発せられる。

 どう返事したものか、レンが発言に(きゅう)した。

 「が――、本当に良いのだね。 覚悟の方は」

 「はい。 本日は最初から、そう、心に決めて参りましたので」

 嘘ではない。 たとえ確実に失敗する儀式と分かっていても、迷いはなかった。

 「分かった。 私としても異論はない。 双方にとって良い選択となるよう、今は信じよう。 ……早急に準備を整える。 本日の報告はこれで結構だ」

 「はい」

 「あ、言うまでもないが、このことの一切は我々が公式発表するまでは機密事項の扱いとなる。 他言は無用だ。 君の専属マネジャーのダスカイユ氏にしても、母親のゴルモアさんにしても、例外ではない。 分かるね」

 ――っ!!》

 「お待ち下さい、閣下」

 レンが即座に声を発した。

 「――――」

 「あ、………その。 ――ダスカイユさんは、わたしのプライベートも含めてマネジメント全般に(たずさ)わってくれている人です。 現実的ではありません。 無理だと思います」

 「それほど長い時間ではないが……」

 「そもそもアレクサンダーの召喚を思い付いて、勧めてくれたのがダスカイユさんなんです。 今日の訪問も彼の車で来ました。 今も学園の駐車場で待ってくれています」

 「…………うむ」

 ――――。

 「ですから、彼にこの話をしないというのは難しいです。 ダスカイユさんは、わたしが軍籍を得た経緯も既に知っています。 でなければ、わたしの日々の活動のマネジメントもできません」

 レンはさり気なくミーノック少将 (=軍部) の痛いところを突いてきた。

 …………。

 「ザナルカンドきってのスーパースターを、いつまでも事実を隠蔽(いんぺい)したまま拘束できないことは、十分に理解しているつもりだ。 ダスカイユ氏にも、その点――我々の事情は()んでもらえるだろうね」

 「はい。 それは間違いなく。 彼は、そういう仕事のスペシャリストですから。 打ち明けるのはダスカイユさん一人です。 (わたくし)の母には言いません」

 「――――」

 チラッと目の玉だけを動かした、ようにも見えたが、理事長が口を開いたのは全然別のことだった。

 「了解した。 その件については信用しよう。 軍曹、今日のこれからの予定は?」

 「東A地区の国営局の大スタジオで終日、撮影をしています。 午後5時から1時間だけ、番組の生放送で局内のHスタジオに移動しておりますが……」

 「分かった。 では、夕方以降に連絡員を一人、 向かわせるので接触してほしい――以上だ。 次回の会合は、実際の召喚試験に向けての日程を調整するところまで一気に進める。 あまり時間を掛けるつもりはない」

 「はい」

 「あとは勘を働かせてくれたまえ。 今日はこれまで。 退出してよろしい」

 「――はい」

 ――えええぇー。 ……そんなので、ホントにいいの!?》

 余りの簡潔さに半ば拍子抜けし、唖然とした気持ちになったが、ここは素直に従うべきと判断し、レンは軽くお辞儀をして戸口に向かった。

 分厚い扉の前でクルリと向き直り、

 「それでは失礼致します」

 と右手で敬礼する。

 「うむ。 ご苦労」

 と、少将も立ち上がって、ビシリと敬礼を返した。

 取り敢えず最初の勘を、レンは働かせたわけだ。

 

     ◇

 

 理事長室を立ち去り、薄暗い廊下を一人、歩きながら考えるうち

 ――これは少将から最初の試練を与えられたのかもね。》

 と思い至り、少し合点のいった気分になった。

 ――わたしの取った対応は合格点が出ただろうか。》

 何度も思い返しながら、校舎の端の渡り廊下を経て、こぢんまりとした中庭の石畳の通路に出た。

 中央に、お決まりのように小さな噴水が設けられている。

 ――上手く行ったと思いたいが、自信はない。》

 全ての評価はミーノック理事長の匙加減(さじかげん)一つだ。

 この風変わりな監督は、どんな指導を出し、どんな演技を求めてくるか。

 ――いきなり、難しいところに放り込まれたなぁ。》

 言うまでもない。

 レンの即応力が試されたのだ。

 世の中はいつも筋書のないドラマの連続だ。

 テレビの番組が、コンサートの演目が、必ずしも打ち合わせや台本通りに進むとは限らない。

 何かの突発事件(アクシデント)や、予期せぬ事態に遭遇した時。

 天性の反射神経、容易には真似の出来ない機転の確かさが必要となる。

 例えば、こんな具合に――。

 

 「あの!? あ、……もしかして、レンさん? ――じゃありませんか!!」

 

 不意に、彼女の後ろで男の声がした。

 全く思ってもみないことが起こった。 少なくともレンにとっては。

 ――――。

 気配は、完全に消している……。

 わたしの存在は背景に溶け、人込みに紛れ、通行人(ガヤ)の一部と化す――はずだ。

 ――それなのに!》

 人は誰でもレンのことを良く知っている。 しかし、それは全身からオーラを放っている時のレンの姿だ。

 その目映いまでの輝きが(かえ)って隠れ(みの)となり、現実世界に居る一人の女性を自由にする。

 まるで、その人ひとりを残して、周りの人全員がお芝居でもしているかのように……。

 しかし、突然の束縛が彼女を掴んだ。

 「やぁ、嬉しいな。 入学を辞退されたって聞いていたので、がっかりしていたんですよ。 やっぱり、あれはカムフラ……」

 その気になれば幾らでも声音(こわね)を変えられるレンではあったが、こういう時は変に慌てて声など出さない方が良い。

 ――ちょっと、なに? この人。》

 みたいな表情をつくって振り返り、無言のまま男を上から下に眺め遣る。

 彼女の素性を見破ったのは驚くほどに見事だが、さすがにレンの方が役者が上だった。

 ――しまった! 間違えた。》

 振り向いた女性の顔は、彼の思い描いていた人とは、似ても似つかぬものだった。

 全然……。

 いや。 正確に言うと彼は、実は彼女の顔などよく見てはいなかった。

 ただ、レンの作り出した “空気” を見させられていた。

 ――恥っじィ~。》

 そんな色彩で塗り(つぶ)された画面を――。

 「あ、いえ、ごめんなさい。 間違えました。 全然、人違いでした。 てっきりレンさんかと、その……」

 青年は、女性の顔を見る暇もなく、ひたすら言い訳に終始した。

 もう、頭の中はそのことで一杯だった。

 もどかしい、じれったい、まどろみのような空間に電撃のような焦りが駆け抜ける。

 ――――。

 「ワンツー。 朝っぱらからそんな所で、な~にナンパしてんだよぉ!!」

 唐突に東側の校舎の2階の窓から、冷やかしの声が飛んだ。

 「えっ。 な、違います! そんなんじゃ、ありませんよ。 この方が、レンさんに似ていて、もしかしたらって――」

 「ほーら、フラれた。 へっ! とーぜんだな。 早く来いよ。 朝の補習、始まっちまうぜ」

 ――なに、なに? ワンツがなんだって。》

 「早朝も早々、通りすがりの見知らぬ女性にアタックして、あえなく撃沈! これ、すなわち “難破でした” とサ」

 ――えー! ホントぉ~? あのワンツがぁ!? 信~ンじられない~~~。》

 ――ま、当然だよなぁ、そりゃ~。》

 「だから、違いますって!! この方が……」

 振り向いて説明しようとした青年の前に、もう女性の姿はなかった。

 校舎の上に昇った太陽から柔らかい光が射してきて、ただ噴水から立ち昇る水流の穂先をキラキラと弾いているだけだった。

 

 

 〔第2章・第3話〕 =了=

 

 

 


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