機械戦争戦記・レンの歌声が聞こえる   作:咲尾春華

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第2章・第2話

 

 

     2

 

 ずっと後々になってから――。

 この頃に起こった一連の出来事を振り返って、レンはエージェンシーの事務所内でマネジャーのダスカイユ・ノ=テリオ氏に(こぼ)していた。

 

 「まるで世界中が、誰かに仕組まれてでもいるようだったよ」

 

 ――と。

 彼女自身の短い人生の中でも、ただ一度の大転換を迎えた瞬間。 

 それまでの大切なものを全て失くし、代わりに、想像さえしなかったかけがえのないものを全て得た。

 自分の目にする景色が全て変わったのだ。

 

 普通の女は――。

 たぶん、それを “結婚” という形で得るのだろう。

 あるいは世の大多数の人は、レンの人生で一番のエポックは 「芸能界デビュー」 の時点であったと結論づけるのかも知れない。

 そう、確かに――。

 この時のレンで何も変わらなかった、たった一つのことは、

 「わたしはザナルカンドきっての売れっ子タレントで、毎日てんてこ舞いの生活をしている」

 ――という事実のみだった。

 それこそは、彼女にとって変えようのない本質であったのかもしれない。

 数え切れない肩書を背負い続けたレンも、結局のところ、元を正せば 『歌姫・レン』 だったのだと――。

 にも(かかわ)らず、彼女の見渡すザナルカンドの景観が一つ残らず、それまでとは違ったものに変わった。

 今までの自分には気が付かなかったものが、見えるようになった。

 レンはいつでも自分の人生は、自身の意思で、自身の責任において、自身の納得のいくように歩いて来たつもりだった。

 決して流されることなく、誰のせいにするでもなく――。

 けれども、この時のことについては――自信がない。

 本当に、あたかも大いなる運命の導きに(いざな)われでもしたように、歩むべき道のりが一夜にして変わったのだ。

 その断絶点の在りようは、

 「さすがはレンだよ」

 と言われるに相応(ふさわ)しい、激的(ドラスチック)劇的(ドラマチック)なものであったが――。

 

     ◇

 

 レンが自宅の郵便受けから 《赤紙》――召喚士召集令状を(つか)んで、そのまま勝手口から転がるように台所に駆け込んだ時、彼女の母親の言葉は拍子抜けするほど暢気(のんき)なものだった。

 「あら!? そうなのかい。 結局、召喚士様になれたんだねぇ。 良かったじゃない、新しい肩書が増えて」

 ――ってぇ……。

 あなたって人は、事態を正確に理解しているの???

 自分の実の一人娘が、明日にでも軍隊に引っ張って行かれちゃうってのに。

 「嫌なのかい? 召喚士になっちまった方が外交交渉だってしやすいだろうよ」

 ――――。

 そういう一面は……確かにあるのかも知れないけど。

 でも、それって何だか本末が転倒しているような。

 「わたしには召喚能力があるかどうかも分からないし、第一、交感トレーニングも何の準備もしてないわ。それはお母さんだって知っているでしょう」

 「あら、だけどこの前の映画じゃ、きちんと成功してたじゃない」

 ――ってねぇ、いい歳して映画と現実の区別もつかない人が……。

 ここに居たか。

 

 『召喚士召集令状』。

 レンは、再びチラリとその封書に目を遣った。

 最初は誰かの悪戯(いたずら)の線も考えたが、レンはいやしくも外交特使だ。

 その手の書類は見慣れているから、本物であることはすぐに分かった。

 これでもし贋物(にせもの)だったら、事は悪戯のレベルを超えて、完全に “偽造” の世界になる。

 ドッキリ系のバラエティー番組が “第一級公文書偽造” なんて危ない橋を渡って来るとは思えないし、ましてや一ファンの手で製作できるような代物(しろもの)でもない。

 消印は……軍務局の公文書発行課のものが通っている。

 ――間違いない、か。

 通常の郵便物の配達ルートを経ていないから、これを持って来た人も当然、地域担当のいつもの郵便屋さんではないのだろう。

 本来なら白昼(はくちゅう)(なか)ばセレモニーのように手渡されるはずの “赤紙” が、こうやってポストにこっそりと投函されたということは――。

 外交特使兼スーパーアイドルのレンならば、意を()んで正しく処理するであろうとの判断があってのことなのだ。

 ――やれやれ。 外交特使の次は、さしずめ “特命召喚士” とでもいうのかしら。》

 それが、あながち冗談ではなくなることを彼女は正確に理解していたから、もう冗談にさえならない。

 このことについては、レンは最初から選択の余地など与えられてはいなかった。

 が、事がこうである以上、ぼやぼやしてはいられない。

 真意はともかく早急に手を打たなくては。

 その後すぐ――。

 レンは定刻通りに迎えに来るはずの、専属のマネジャーになったばかりのテリオ氏の車を断り、単身、書面に記載されている通り統合幕僚本部の人事課へと出頭した。

 果たして令状は本物で、彼女の身分についての一連の手続きは滞りなく受理された。

 そこで正式な辞令を受けて、改めて出向くように指示された先が、何と北B地区にある(くだん)の召喚士養成学校だったのだ。

 その事実を示されて初めてレンは合点(がてん)がいった。

 この養成所は、実は軍部が民間を(よそお)って、ボーダー線上にいる召喚士候補生を育成する外郭団体的な機関だった。

 レンを、何が何でも召喚士に引き上げるために――。

 彼女に “軍令” を出して強制力を発動するためには形式的にでも軍籍が必要だったってわけだ。

 レンにはまだ(・・)召喚能力の認承が行われていないので、現時点で軍部の召集権は本来はない。

 手順前後も(はなは)だしい。

 荒っぽいこと……してるよなぁ。

 「君には、素直に入学を受諾(じゅだく)してもらえていたら、もっと別のやり方だってあったんだが……」

 情報部(づき)少将の肩書を持つミーノック理事長が渋い表情で説明した。

 この養成学校は、本来であれば門前払いを食らってそのまま埋もれてしまうような召喚能力者を根気良く拾い上げて発掘し、召喚獣戦力の裾野の増大と底上げを図ることを目的としていた。

 現在のザナルカンド――広義の意味でのガガゼト以北の地には、まだまだ召喚士不在で “空位” のままになっている召喚獣が多数いた。

 過去に交感実績のある既存体の他にも、未だ交感例のない未登録召喚獣まで含めると、その数は無限大と言っても過言ではない。

 これは何も現代に限ったことではなくて、いつの時代でもそうなのだが、限られた召喚士によってほんの僅かの召喚獣が実体化しているに過ぎなかった。

 とにかく召喚士の絶対数が足りなさ過ぎる。

 今は世界平和のためにも一人でも多くの召喚士を拾い上げたいのだ。

 その候補者が “レン” ともなれば、実状はまた格別だ。

 「軍部(われわれ)としては、レン軍曹には、ぜひとも “歌姫外交” ではなく “召喚士外交” をしてもらいたいのだよ」

 学園長・ミーノック少将は、彼女がつい2時間前に獲得した肩書で呼び、励ました。

 で――わたしが交感に成功して、従召喚士の “従” の一字が取れた(あかつき)には、晴れて 『曹長』 に格上げって寸法だ。

 …………。

 レンは正直、自分の母親と同じことを言う学園長の言葉に、不安と戸惑いを隠し切れないでいた。

 ――それって。》

 …………。

 わたしに 『正召喚士』 の(はく)を付けて外交能力・権限を拡大してほしいってことなの?

 それとも新たな召喚獣を召喚して軍人として闘ってほしいってことなの?

 ザナルカンド政権は、軍部は、何を焦っているのだろう。

 いったいわたしに何を期待しているのか――。

 

 レン=エージェンシーの統括マネジャー、ダスカイユ・ノ=テリオ氏は午前11時を過ぎ、おおかた正午になろうかという時間帯になってレン本人から出迎えの要請を受け――その場所が何と北B地区の例の養成学院と聞いて、唖然(あぜん)とした声を出した。

 「そんな所で何をしているんです!?」

 とにもかくにも大慌てで迎えに来たテリオのエアカーに飛び乗って、収録予定のあった東A地区にあるテレビ局の撮影スタジオに向かう途中――。

 さて。 何をどう話したものか。

 思案に暮れるレンをよそに、テリオ氏はこれからの予定についてのみ手早く説明するだけで、レンがそんなところで何をしていたのか――根掘り葉掘り()くようなことはしなかった。

 レン・エージェンシーのマネジャーにしてみれば、ある意味、当たり前のことでもあるのだろう。

 彼はそもそも召喚士としてのレンになど何の興味もない。

 当然、“歌姫・レン” のマネジメントを(とどこお)りなく遂行するのが唯一の仕事であり、関心事である。

 はっきり言って、この一連の騒動は迷惑以外の何物でもなかった。

 レンさんは、そんな姑息(こそく)なことをしなくても、正当な創作活動で幾らでも話題を提供できる。

 落ち目のタレントが、「話題にさえなれば何でもいい」 とばかりゴシップを故意にリークするのとは訳が違うのだ。

 あ、いや、今回の騒動の火付け役についてレンは真相を知っているので内心、(そば)に居て忸怩(じくじ)たることこの上ないのだが、

 ――今さら言い出せないよなぁ~。》

 という思いで必死に隠していた。

 だが、いざとなれば、これは事態を根本的に解決する “切り札” ともなるもので、レンは常にそれを暴露する覚悟を決めてもいたのだ。

 当のテリオ氏は、まさかそんな実情があるなんて知りようもないから、

 「いったい誰がこんな(うわさ)を流したのか、心当たりを全力で調査中です」

 みたいなことを言って、レンにますます冷や汗を()かせる。

 (もっと)もこの時はレンの収録が遅れに遅れていたので、とにもかくにもそのことの打ち合わせで一杯だった。

 彼女は外交特使でもあるから、

 「現在、政府に呼ばれて緊急会議中です」

 という “方便” には説得力があった。

 スタッフはみんな

 「またか?」

 「仕方がないなぁ」

 「相手が政府じゃよ、こればっかりは……」

 という顔をしながらも、とりあえず彼女の絡まないシーンの撮影を先に進める。

 が、どうにもレンなしで、というには限界がある。

 で、先方の撮影所では、やきもきしているだろうな――と思いながらテリオの報告を聞いているわけだ。

 国営局の看板番組である歴史大河ドラマといえば結局、戦争の話であり、つまるところ大活躍する歴史上の大召喚士の話でもある。

 レンは数々の召喚士役を演ずるにあたり、多くの現役召喚士に話を聞いたり資料を調べたりして、実は結構、召喚士について知識を持っていた。

 レンが独自に考案した 《召喚の舞》 など、現役の召喚士たちから

 「とても格好いいですよ、見事です」

 「リアルですねぇ……演技とはとても思えない」

 等々の評価さえもらっていた。

 レンは、学園の理事長から改めて指摘されるまでもなく、実は召喚訓練、交感トレーニングに相当するカリキュラムを知らず知らずに積んでいた。

 その彼女の役作りに対する取り組みが余りに徹底的なのが災いして、最近、

 「映画と現実の区別がつかない」

 人が多いのだ。

 テリオ氏の運転するエアカーの中で、新しい役作りや、現場の監督さんの演技指導がどうなって、こうなって、……こんなことを言われてます――みたいな話になる。

 レンは、自然と召喚士を演じる姿に集中し始めた。

 それで、(かえ)って楽になり、結局ありのままを話す気になったのだろう。 どのみち隠し事のできるような相手でも内容でもない。

 頭をフル回転で巡らしたレンは、いつもの切れのある思考を展開し、正確に要点を突いた説明をした。

 「しかしレンさんには召喚因子が見つかってないのでしょう。 どうやったって――」

 「それは幾ら言ってもムダね。 少なくとも軍部は――レン軍曹には召喚が可能という “前提” で話を進めているから」

 「失敗しても惜しくはないと?」

 ――――。

 レンは車側を流れてゆく何ということもない景色に目を遣り、しばらくの間沈黙してから話し始めた。

 彼女が、何か難しいことがあって言葉を選ぶ必要に迫られた時、窓の外に目を遣って時間稼ぎをするのは一つのクセだ。

 マネジャーになってしばらく経ち、テリオ氏にもその辺の事情が段々と分かってきた。

 自身でどれだけ意識して、あるいは無意識にやってしまうことなのか、それは定かでないが……。

 「わたしの場合は、普通の意味での “失敗” は、考えなくても良いそうよ。 交感に失敗して命を落としてしまう危険性は最初から除外されているわ」

 召喚士に付き(まと)う最初の難関――召喚試験での交感の失敗。

 …………。

 ――――。

 「召喚能力のない者が交感の真似事(まねごと)をしても何も起こらない。もしも能力があったなら必ず成功すると?」

 「わたしは、召喚因子なしで召喚できる稀有(けう)な資質を持った召喚士なんですって」

 レンが皮肉以外の何物でもない言葉を、全く皮肉には聞こえないように言ってのけた。

 こういう才能を見るにつけ、やはり彼女は天才だ。

 一方の、彼女の右隣で運転をしていたマネジャー氏は、何でもない真面目な台詞を皮肉に変換して言える天才だった。

 「要するに実際に召喚試験に臨んで、確実に失敗してしまえば良いのですね? 失敗する分には何の問題も起こらない」

 ――召喚試験を試みて故意に失敗する方法だなんて。

 本来なら従召の誰もが口にしたくない、それだけは考えたくもない恐ろしい台詞を、マネジャーのテリオ氏はあっさりと口にした。

 だが、召喚試験は一度失敗してしまえば最低2年間は次の召喚試験が受けられない決まりがある。

 何と言っても、従召が 「命を懸けて臨む」 儀式なのだ。

 通例なら3~4年は期間を置くのが慣わしだ。

 それだけの時間があれば、レンさんの芸能活動に対しても何らかの対策を立てられるだろう。

 ならば、(いさぎよ)く軍部の言い分を全て認めて、言われた通りのことをやり、ちゃっちゃと失敗してしまうに限る。

 それで誰も文句は言わないだろう。

 目出度(めでた)く一件落着だ。

 「それはそうだけど……何か妙案でもあるの?」

 あどけない笑顔で、まるで本当は受けたくないのに断れない仕事でも舞い込んで来たかのように()き返すレンに、彼はにっこりと笑って答えた。

 「一つだけ、アテがありますよ。たとえ――よしんば、レンさんがどれほど能力を持っていたとしても、絶対に安全、確実に失敗してしまえる方法がね」

 レンがテリオの横顔を見遣り、

 「????」

 という顔付きをする。 

 当然だ。

 そんなこと、咄嗟(とっさ)には思いも付かない。

 果たして、テリオ氏が何を言い出したかというと……。

 「この世には存在もしない未登録召喚獣を呼べば良いのです。 ただし、ザナルカンド中の全ての人々が “絶対に居る” と信じているような――。 最初から存在しない召喚獣の祈り子様との交感に失敗するのは召喚士のせいではありません。 居ないものは呼びようがない。 どんなに才能があっても必ず失敗するでしょう。 で、どんなに失敗しても命を落とす心配はない道理です」

 

     ◇

 

 時として、偶然は偶然を呼び、まるでひらひらと舞い踊る一枚の枯れ葉のように、事実は想像もつかない場所へと運び込まれてゆく。

 それを “後世” という高台から俯瞰(ふかん)するなら、全ての偶然は必然であり、あたかも一本の糸で(つな)ぎ合わされているようにも見える。

 人は、それを指して “運命” と呼ぶのかも知れない。

 テリオ氏がこの時、絶対に安全に失敗することを目的として選び出した召喚獣の祈り子との交感――。

 

 ザナルカンドにはたった一つの例外として “記載” されている異色の召喚獣が居る。

 交感実績を記録されているにも(かかわ)らず、未だ 《未登録》 の扱いを受けている謎の巨大召喚獣。

 今から千年ほど前に一度だけ――。

 当時の召喚士が交感に成功して実体化させ、ザナルカンド建国闘争の立役者として奔走(ほんそう)した後、最後はザナルカンド平原の実に3分の2を吹き飛ばして北東海の底深くに爆沈したと伝えられている。

 あの……。

 「はい、その通りです。 クレーター海礁(かいしょう)に眠る、伝説の祈り子様を起こしてみてはいかがですか?」

 

 ザナルカンドはこの時に一度、滅んだと伝えられているのだ。

 

 

 

  〔第2章・第2話〕 =了=

 


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