機械戦争戦記・レンの歌声が聞こえる   作:咲尾春華

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第2章  「あの人のいる街で」 序文・第1話

 

  

 降り注ぐ太陽の光を、まったりと潤いを含んだ幻光虫の風が柔らかに拡散してゆく……。

 抜けるような青空。

 見渡す限り輝緑色(エメラルド・グリーン)にさわめく海原(うなばら)

 彼女の視線の先で、見渡せる世界の全てを、一番手前にあるステージの白いマットと一番遠くにある同色の雲が一直線に区切っている……。

 

 ――ここはザナルカンド北東海岸。

 その沖合いに広がるクレーター海礁(かいしょう)と呼ばれる海の只中(ただなか)

 これほどまでに巨大で平らなステージも、何もない海上にポツンと設営されてしまうと、そのような表現がぴったりに思えてくる。

 もっとも遠浅の多島海なれば、どんなに広い場所を選んだとしても島影はちらほらとは見えた。

 現にステージから250ディスツ、約クォーター・ディスタールほど離れた地点にも、岩礁の一角が海面から顔を覗かせ、波間に洗われている。

 そんな海だ。

 北東海岸といえば、普段ならたくさんの人で賑わう風光明媚(ふうこうめいび)な高級リゾート地だが、この日ばかりは人っ子一人、クルーザー1隻出るでなく――。

 それら群衆はただ、ステージを遥かに遠巻きにしながら双眼鏡を目に当て、息を潜めて凝視しているだけだった。

 彼らの視線の先、真っ白なステージの中央に、スラリとした体形のうら若い女性が立っている。

 

 「Lenne, of Zanarkand」

 

 ザナルカンドのレン――と古史料は伝える。

 永らくその実在が疑われ、どころか歴史の表舞台からは完全に消えていた人物である。

 

 幾多(いくた)の歴史の語り部たちが、その重い口を開いて事の(つまび)らかなるを(あらわ)さんとする時――。

 大いなる洞察力で大局に(かんが)み、超絶の立場で一切の私情を挟むことなく、ただ連綿(れんめん)(つな)がってゆく時の流れをどこかで切り取らんと欲す。

 ものには必ず “始まり” があるものだ。

 彼らはその問いに答え、百人が百人、この年のこの日の出来事を全ての発端とし、そこから物語を(つむ)いでゆくを常とした。

 後のスピラ世界の、千年の動乱の歴史の最初の1ページ――。

 その元始の特異点に居たのは、他でもない、この女性だったのだ。

 

 

 

 

■第2章  「あの人のいる街で」

    1 

 

  

 「レンには召喚能力があるかも知れない」――

 という(うわさ)がザナルカンド中を賑わせたことがあった。

 その噂を世界で最初に耳にしたのはレンだった。

 何故なら、その噂を世界で最初に口にしたのが彼女の母親だったから。

 ……そんな突拍子もないことを突然、何故、わたしの母が言い出したのかは分からない。

 むろん彼女は召喚士などという大それた存在ではなかったし、おおよそ召喚能力なんてものに縁のある人でもなかった。

 血縁や近親の者にそのような人が居たという話も聞いたことがない。

 恐らく居ないだろう。

 どうせまた素性の良くない取り巻きの誰かに入れ知恵でもされて、“話題作り” ぐらいの軽い気持ちで言い出したに違いないのだ。

 ただ、()(てい)のことを言うなら――。

 この一大戦争の発端は、実はこの母親の気まぐれで無責任な一言だったのだ――などという結論を、スピラ世界の千年の歴史が、決して許してはくれないだけなのだ。

 とにかく最初に言葉があった。

 他には何も有りはしなかった。

 それは紛れもない事実だ。

 ある日、運命のようにザナルカンドの街の片隅で、突如として(きらめ)くような閃光(せんこう)炸裂(さくれつ)する。

 衝撃波は、たちどころにザナルカンドの都市全体を()み込んだ。

 単なる思いつきとはとても思えない奇抜なアイデアは、しかし確実に人々の心をヒットした。

 最初は何ということもなかった。

 “やらせ” はまんまと成功した。

 なに、いつの時代でも、どこの国でもよくある(たぐい)の話だ。

 それ自体は目くじらを立てるほどのことでもない。

 しかし余りに新鮮で、刺激的で、かと言ってあながち無視もできないような噂話――。

 デビュー以来の超優等生で、言い方は妙だが “これ” といって話題性に乏しかったレンの身に降って湧いた初ゴシップは、芸能・マスコミ界を大いに喜ばせた。

 噂が噂として一人歩きを始めると、もうレン一人の力ではとても収拾がつかなくなる。

 何を言っても無駄だった。

 事の実態が “噂” という形を取っている以上、どんなことでも言いたい放題。

 無責任で安直で、興味本位の発言や記事が街中に跋扈(ばっこ)した。

 「それにしても、誰がそんなこと言い出したかねぇ……」

 「いったい何の根拠があって――」

 レンは沈黙する。

 当然だ。

 彼女に何をしろってんだ。

 いっかなレンが多彩な資質に恵まれていようと、しょせんは一芥(いっかい)のアイドルスター。

 こればっかりは、努力して身に着けられるような能力ではない。

 幻光虫の祝福を受けた者だけに発現する奇蹟の力なれば――。

 もしも彼女に召喚士の才があるなら、遅くとも16や17では発現しているだろうし、そもそも誰かが気付くはずだ。

 ――――。

 「だけどよ、確かに目はイイんだよなぁ……レンちゃん。 一般人としちゃ、明らかに異常だぜ」

 「あの子は早くから芸能界デビューして、一般社会からは完全に隔離されちゃっただろ? あるいは案外、ひょっとするのかもよ」

 マスコミ界なんて発言してナンボ、芸能界なんて目立ってナンボの世界だから、ここぞとばかり、あらゆる人が言いたいことを言う。

 “単なる話題作り” の目論見(もくろみ)は、たちまちにして逆効果の様相を(てい)してきた。

 程ほどにして線を引かなければ、彼女の芸能活動にも支障を(きた)してしまう。

 元々が根も葉もない噂話であるのは、当の本人が一番よく知っていた。

 事態を鎮静化するには、もう論より証拠――。

 「残念ながらレンさんには召喚能力は有りません」

 という鑑定結果を得て、世間に公表するより仕方がない。

 かくて、世にもバカバカしい能力認定試験が急遽(きゅうきょ)、実施されることとなった。

 彼女に召喚士の可能性が無いことを正式に証明し、不合格となるために受ける特別編入試験――。

 召喚能力の有無(うむ)を精査すべく、レンは一流の鑑定機関の門戸を(たた)いたのである。

 

 その施設は、目抜き通りのゴワーズ街とは一辻を隔てて並行して延びる中央通りにあった。

 官庁や各種公共施設が立ち並ぶ区画を一部独占するようにして広大な敷地が設けられている。

 しかも南向きの一等地だ。

 ザナルカンド南A地区に本拠を置く歴史も伝統もある私立養成学校で、一番の実績を持つベテラン鑑定士がレンの検査を担当した。

 まあ、何と言っても相手はあの超売れっ子スーパー・スター・アイドルだから……。

 誰もがバカバカしい――と思いながらも相応の手順が踏まれたわけだ。

 どだい噂は噂。

 いくら冒険活劇で数々の大召喚士役を好演してきたレンといえ、芝居と現実の区別もつかない酔人などザナルカンド広しといえども、そうは居ない。

 おおかた幻光虫にでもやられたか――。

 話の出所は、しょせんそんな(やから)流言(りゅうげん)に違いないのだ。

 一芸能タレントの身に過ぎぬレンに、そんな能力などあるはずがない。

 常識で考えれば分かるだろう、そのくらい――。

 口にこそ出さね、胸の内では皆がそう思っていた。

 要するに、あとは彼女の立場に傷がつかないように、どうやって収めるか――という問題だけだったのだ。

 南A地区にあっても一番の養成所である。

 自他共に認める最新の設備と最高の技術を駆使して、検査に次ぐ検査を重ね……。

 何もそこまで勿体(もったい)ぶらなくても、というくらい時間を掛けて慎重にテストは行われた。

 揚句――。

 いよいよその検査結果の発表の日に。

 世界中の耳目(じもく)を集め、ザナルカンド中のマスコミというマスコミを養成所内の大講堂に集めて行われた記者会見の場で。

 雛壇(ひなだん)の中央に座を占めた主席鑑定士は、重苦しい沈黙ののち、ただ一言だけを口にした。

 「分からない」

 …………。

 ……………………。

 ――はっ!?》

 ――分からない??》

 「当養成所の調査試験では、最後まで判定がつきませんでした。 鑑定結果は “分からない” です」

 ――おい、ちょっと!!》

 「それは具体的にはどういうことですか? レンさんには召喚能力は無い、ということではないのですか」

 「我々は……残念ながらレンさんに……固有の召喚能力を認定することができませんでした」

 「つまり彼女には召喚能力は無かったのですね! そう判――」

 「いえ、そうは言っておりません。 ……私たちが申し上げているのは、あくまでもレンさんの体内に召喚因子を追跡、特定することができなかった、ということだけです」

 何とも歯切れの悪い、要を得ない言い回しに、超満員の会場が(にわ)かに殺気立った。

 「どういうことでしょう。 おっしゃっていることの意味を(つか)みかねますが!」

 「もっと分かりやすく。はっきりと説明してください」

 「鑑定結果なんてYESかNOの二択でしょう。 結局、どっちなのです!?」

 ベテランのエース鑑定士は苦渋(くじゅう)に満ちた表情で、ゆっくりと(しぼ)り出すように口を開いた。

 「召喚因子が特定できないのです、どこまで調べても。 ……ですが、特定できなかっただけで、因子が無いと判明したわけでもありません。 ……召喚因子は特定できませんでしたが、可能性は……完全には排除し切れないのです。 ただ、見つからないだけで……本当は有るのかもしれない。 ……ですから、現在は “分からない” としかお答えしようがありません。 召喚能力は無かったのか? というご質問に対しては、はっきりとNOとお答えできます。 そのような結論には至りませんでした。 まだ、彼女の可能性は(つい)えてはおりません」

 場内は(すで)に騒然となっていた。

 マイクの声が最後までは聞き取れなくなり、銘々(めいめい)が銘々に怒号を飛ばし合っている。

 混乱を収拾するための試験は、結果的に更なる混乱を招き入れた。

 ――冗談じゃないぞ、これは……。 レンには本当に召喚士の才があるのか!?》

 会見の内容は、当然そういう方向に解釈された。

 話題性はこの時点でヒートに達し、ザナルカンド社会はいよいよこの話で持ち切りとなってゆく。

 もう彼女の芸能活動がどう、という次元ではなくなった。

 ――もし、レンに本当に召喚士の才能があるとしたら、この先の彼女の運命はどうなるのか?》

 いや。 しかしまだ能力が有ると確定したわけではない。

 むしろ逆に肝腎(かんじん)の能力の特定そのものには失敗しているのだから……。 

 この微妙なバランスが、(いや)が上にも人々の好奇心を盛り上げた。

 世間がこうまで我も我もと騒ぎ始めると、決まって(しゃ)に構える輩が出てくるのも世の習いだ。

 彼らは可能性云々(うんぬん)文言(もんごん)は鼻で笑い飛ばし、召喚能力を特定できなかった事実こそ決定的な要素だと主張した。

 

 事が重要性を帯びてくると、ならば我々が――と手を上げる養成所も現れた。

 今度は東A地区にある特殊先端分野の研究機関だった。

 再びレンの入院生活が始まる。

 とにもかくにも早く白黒を着けないことには、彼女の平静は取り戻せない。

 この研究所は幹線道の外れにビルが一軒、ポツンと立っているだけの拍子抜けするような小さな施設だった。

 しかし施設自体は病院然とした簡素な造りの中に、必要な機能・機材を十二分に整えていた。

 しかも、彼らにとっては “後出しジャンケン” の強みがある。

 レンの測定が通常の方法によっては不可能であることが判明しているので、彼らは最初から機関独自の調査法に特化して試験を行った。

 そして結果発表の当日――。

 「今回はさほどの時間を掛けるでもなく、トントン拍子に結論が出たぞ」

 と世間は注目する。

 で、その会見ルームにて。

 ひょろりとして黒縁の眼鏡を掛けた、まるで蟷螂(かまきり)のような顔立ちをした技師は、集まったプレスに向かって自信満々に発言した。

 「ようやくこの問題に決着(ケリ)を着けることができました。 やはり残念ですが、レンさんの体内には、どんなに調べても召喚因子が存在しません。 身体的特徴が著しく召喚士的な特性を示す、かなり特異な一般人と思われます」

 前回とは180度異なるはっきりとした言い回しに、会場が 「おお」 とどよめいた。

 それは多分に “失望” という色彩を帯びた溜め息でもあった。

 それでは余りに面白味がない――。

 どこかに救いはないのか?

 可能性は――。

 ある記者が、ふと思い、挙手をして発言した。

 「最後に “思われます” とおっしゃったのは、どういう意味ですか」

 意を察し、場内がつと静まり返る。

 一呼吸を置いて、担当技師は面倒臭そうな顔付きで答えた。

 「それは、文字通りの意味です」

 ………………。

 「いえ、確かにレンさんの身体的特徴が限りなく召喚士(よう)の数値を示すのは事実です。

 ……ですが、だからと言って、それで実際に召喚獣を呼び出せる可能性があるか? と言うと、そんなことはありません。

 召喚行為に必要なのは、あくまでも “召喚因子” であり、身体的特徴ではないのです」

 「因みに、その身体的特徴のデータは公表できますか?」

 質問した記者が食い下がる。

 「はい。 ご本人の承諾を得ている部分については、問題ありません」

 そう答えると、直ちにスライド投射機にレンの召喚能力試験、適性検査の結果を滑らせた。

 ――――。

 そこに映し出された数値の数々は、むしろレンが召喚士以外の何物でもあり得ないレベルの目盛りを指していた。

 全ての項目において認定基準を楽々とクリア。

 どころか、召喚士の中でも群を抜いて良好な数値さえ叩き出している。

 ――幻光虫エネルギーを変換して取り込める召喚士でなければ、これほどの能力は発揮できない……のでは?》

 無言の空気が会場を支配する。

 気圧(けお)されて技師が言い訳を始めた。

 「確かに彼女が召喚士としての可能性を疑われるのは十分に理解ができます。 しかし何度も申し上げますが、召喚因子は当機関でも特定はできませんでした。これだけの数値を出しているなら、むしろ因子が特定できないなど、あり得ないことです。 大変に稀有(けう)な事例ではありますが、最終的にレンさんの召喚能力は存在しないと考えられます」

 ――――。

 “と、考えられます” ……ね。

 これで結論が出たと言えるのか?

 (かえ)って釈然としない気分に(さら)されたまま、報道陣はひとまずはスゴスゴと引き揚げて行った。

 しかし当然のことながら、公表された数値を巡っては火種は(くすぶ)り続けた。

 現役の召喚士の何人かはトーク番組にも招待された。

 彼らは口裏を合わせたように同じ感想を述べる。

 「私より遥かに優秀です。 とても敵いませんね」

 番組の制作者が思わず手を叩いて喜ぶようなコメントをする。

 会場が大爆笑に包まれる。

 発言した当の本人も首を傾げながら苦笑した。

 「召喚能力なしで、本当にこんな数値が出せるかな、とは正直、思います」

 別の召喚士が素朴な感想を口にした。

 「そんなに信じられないことですか」

 司会者が、卒なく(あい)の手を入れた。

 「ええ。召喚士は、言ってみれば、こう――小型の幻光虫機関を体内で回しているような存在ですから……」

 身振り手振りを交えて説明する。

 「そのエネルギー変換なしでは、決して出せない数値と?」

 「――数値を見る限りは、そうですね。 どう見ても召喚士の測定値そのものです。 それどころか祈り子と交感すらしていない従召の身で、これほどの数値を出せるとは。 ……ちょっと信じられない」

 彼の口から、とうとう “従召” ――従召喚士――なんという言葉まで飛び出した。

 ――何だ? レンの召喚能力は否定されたんじゃなかったのか。》

 などと思いを巡らす間もなく、待ってましたとばかり他の出演者が口を開き始める。

 「やっぱりぃ~~。 そうだったんですね! レンさん、疲れてても回復とか異常に早いんですよ~。 どう見ても変だなぁ、と思って……。 どんなサプリ飲んでるんですか? って訊いても、何も飲んでないって言うし――」

 「あの、召喚因子なしでも召喚って、できるんですかぁ?」

 「いえ――それは、さすがに……」

 チャラチャラした薄手の衣装に身を包んだ、おバカ、天然を売りにしている女性タレントが爆笑を誘う。

 「それは、さすがにできるんだなー。 レンちゃんなら。 大召喚士アークの役だって、ほれ! ご覧の通~り~ぃ」

 お笑い芸能コンビの片割れが、すかさずアクション付きのツッコミを入れて更に笑いを誘い、場を盛り上げた。

 「何だかユウナレスカ様みたい~」

 それでまた爆笑……。

 「おいおい、誰様だって?」

 …………。

 結局、バラエティー番組なんかで結論など出るはずがない。

 そもそも出す気もないのだろう。

 現役の召喚士を呼んで(はく)を付け、視聴率の取れるコマに仕立てられれば、それで良いのだ。

 

 しかし、決め手を欠く状況の中、ならば次は我々が!――と名乗りを上げる養成機関は当然現れる。

 今度はどこだ?

 というと、何と北地区にある無名の召喚士養成学校だった。

 伝統も実績もない後発の養成所で、優秀な生徒を募集するためには、とにかく目立った手柄が欲しいのだろう。

 その事情は誰の目にも透けて見えた。

 一方で、最大手の老舗(しにせ)機関と最先端の特殊研究所が共に雁首(がんくび)揃えて失敗したため――そう言われても仕方のない結果だった――レンの再々調査の引き受けには二の足を踏む養成所が多かった。

 一か八かのギャンブルに出るような下位の養成学校にお(はち)が回って来たのは、ある意味、幸運だったと言えるだろうか。

 ――誰にとって?

 …………。

 それは、やがて歴史が答えてくれることになる。

 それはともかく、この時点では、おおかたの社会の目は、

 「今さら、そんな弱小養成学校に何ができるか」

 という含みで眺めていた。

 逆に北地区の住民はおおむね良好な期待感を持って迎えた。

 南と東が失敗したからには、ぜひとも鼻をあかすような結論を出してもらいたいものだ。

 そこは何でも、火、氷、雷、水――幻光虫結合の原力である対立4属性のバランスを厳密に精査して、召喚士一人ひとりの個性に合った教育、養成をすることを売りにしている学校だった。

 結果的に、このやり方が功を奏することになる。

 とにもかくにも、レンは超多忙なスケジュールを縫って、(キタ)の――しかも北B地区に所在する養成学校を訪れた。

 調査試験はたちどころに衝撃的な事実を突き止めた。

 歴史を形作る一つの断片が、この時、初めて()め込まれた。

 大講堂に陣取る満員の記者団を前にして、会見に臨んだ学校の理事長は、こう発言した。

 「まず最初に――。 レンさんの体内に召喚因子が発見されない理由が判明しましたので、そこからご説明を致します。 彼女の身体組成は、基本4属性のいずれに対しても、完全に無反応であることが確認されました」

 ――???》

 …………。

 …………………。

 場内が静まり返る。

 「……しかし、それではレンさんの肉体は、幻光虫の結合力を失ってしまうことになります。 そこで彼女の身体能力が召喚波動によって(もたら)されている、という仮定に立って、対立4属性の働く平面から60度の沈降線(ボトムズライン)を引いたところ――」

 理事長は左手にマイクを掴み、右手で何やら資料をめくりながら話し続けている。

 「ちょうどその交点で、波動とその数値が合致することが分かりました」

 詰め掛けた記者たちがざわめき始める。

 「レンさんの体内から召喚波動が観測されるのに、その原点となる召喚因子が発見されない理由が、これで説明できます」

 ――おい、何を言ってるんだ?》

 ――こりゃあ、また……。》

 ――そんなこと、記事にできるのかよ?》

 「彼女の属性は、火、氷、雷、水、の平面上のいずれの方向にもありません。 それらからは完全に等しく垂直の方向に召喚因子が存在します」

 ――数値を()ねくり回して、辻褄(つじつま)合わせをしているだけじゃないのか。》

 ――机上の空論だろ!? バカバカしい!》

 ――信じられねぇよ。 いきなり、そんなこと言われたって……。》

 「これらの形から便宜上、彼女の属性を新たに “地属性” と名付け、その前提で “従召レンさん” の入学を許可、引き続き教育、調査に励む所存でございます」

 ――って、レンちゃんを実験材料にする気かよ……。》

 ――おい! 最初からレンの入学を許可して、客寄せにするつもりだったんじゃないか?》

 ――それは、あり得るな。 理由なんか何だってイイわけだ。》

 余りに突拍子もない会見内容に、当初、報道内容はあらぬ方角へと歪められた。

 『理事長、ご乱心~~!』

 『ザ・目立とう精神』

 『レンの入学は至上命題!?』

 

 今度はバラエティー番組に呼ばれたのは、専門機関の技師、講師たちだった。

 やはりそこでも結論は出ない。

 「確かに、辻褄は合いますねぇ……。 見事な整合性です――それだけですが」

 会場がまた大爆笑に包まれる。

 「垂直の方向って、どっちです?」

 大爆笑――。

 「で、肝腎(かんじん)の因子は見つかったんですかね。 ああ、これから見つけるのか。 入学を許可して」

 またまた大爆笑――。

 結局、退院した後。

 レン本人は事務所とも相談し、入学については正式に辞退することとなった。

 何度も言うが、彼女は自分に召喚能力などありはしないことは最初から重々承知している。

 世間もそろそろ、この話題には飽きてきた感があり、これでようやく元の生活に戻れるだろうか……。

 いろいろ頑張って来たけれど、それなりには楽しんでもらえたと思うし――。

 関係者ともども、胸を()でおろせるような着地点を模索し始めた。

 ――結局、結論は出ないまま “お蔵入り” という結末は、考えてみればベストの結果であったかも知れない。》

 そう――、日一日と売れっ子タレントらしい多忙な日課へと復帰し始めた矢先……。

 ある日、想像もつかない展開が訪れた。

 偶然の悪戯(いたずら)は更なる偶然を呼び、絡み合い、(つら)なり合って、一つの運命へと導かれてゆく。

 歴史は本当に意地悪だ――。

 

 レンの自宅に、1通の赤い縁取りを施した封書が届いた。

 それを最初にポストから取り出したのは、やはりレンだった。

 取り出すなり、彼女の柔らかな手が思わず硬直(こうちょく)する。

 無理もない。

 ――赤紙(あかがみ)だ! これって……、えーーーーっ!! ……わたし、なの!?》

 軍中央から彼女に宛てられた召喚士召集令状を受け取ったレンは、(つぶら)な瞳を丸く見開いて息を呑んだ。

 

 

 

  〔第2章・第1話 =了=〕

 

 

   【初出】  にじファン (『小説を読もう!』 サイト内)  2012年5月10日

 


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