機械戦争戦記・レンの歌声が聞こえる   作:咲尾春華

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 ■欄外夜話 『ザナルカンドの情景』 スケッチ 9

 

 

 「ひぃ、ふぅ、みぃ、よー、…………」

 

 腰を折り曲げてフロントのショーケースを覗き込みながら、ケーキ屋のレンちゃんが目を走らせる――。

 4×5=20に端数が3で、都合23個のショートケーキが四角いトレイの中に残っていた。

 「はぁ~、23個だよ……」

 何言うとなく()れてくる溜め息――。

 一昨日、在庫をきっちりと売り尽くした際に製作したレンの新企画商品は、展示開始から思わぬ苦戦を強いられていた。

 昨日の一日でたったの7個しか出て行ってない。

 目新しさのあるはずの新商品としては “大惨敗” と言っても良い門出(かどで)だった。

 「ショックだなぁ……」

 思わず感情を(しぼ)り出すような声が出てくる。

 昨日はそのことが気になって、非番にも関わらず足を運んでみたのだが……仲間に茶々を入れられただけで肝腎(かんじん)のケーキは売れず終まいになっていた。

 ちゃんと陳列ケースの上段中央に並べらているのを、その目で確認しただけに、文句の付けようもない。

 皮肉なものである。

 「何でかなぁ……信じらんないよ。 これってイジメってやつぅ?」

 もし今晩まで売れ残ってしまったら、明日は午前から半値以下で投げ売りだぞー!

 それは、さすがに辛いよ……。

 ――どうしてだろう。何がいけないんだろう。》 

 トレイに並んだケーキをじっと見詰めながら、彼女は何度も何度も思い返してみた。

 …………。

 

 「それさぁ~、作りが弱いんだよねぇ~。 ちょ~~っとだけ」

 突然ニュ~ッと首を出し、脇からヒクリが突っ込んできた。

 「えっ! たっ、な、カリちゃん!」

 ――びっくりさせないでよぉ~、もお。》

 思わずレンが飛び退()く。

 この娘、妙な特技があって、足音も立てずに忍び寄って来るイタズラが大の得意なのだ。

 ホント、油断も(すき)もあったものじゃない。

 「奥の間でケーキ作ってたんじゃないのぉ?」

 「もう終わったよぉ~ん。 ……(うそ)ーっ、半分だけぇー。 ハイ、これ。 とりあえず追加の補充分」

 そう言って、彼女はカウンターの上に真新しいトレイをトンと置いた。

 ――仕方がないなぁ、もう。》

 ウィンドウの内扉(うちとびら)をサーッと引いてトングを(つか)み、残っているケーキを4個、さっさっさと拾い上げて移し、空になったトレイと入れ替える。

 見せつけられているみたいで正直、悔しい。

 開けたついでに自分のケーキも並べなおそうと、無意識に右手を延ばす。

 「あっ!?」

 するといきなり掴み損ねて、ケーキを崩してしまった。 

 しまった!

 ――――。

 「ほーらね。 ちょーーーっと弱いかなぁ~ってカンジが形にも出てる……かな。 やってることは、よ~く分かるんだけど」

 見ていたヒクリが苦笑しながら説明した。

 「せめて表面をホワイトチョコでガチーッとコーティングするとか、こう、クッキーやキャンディーで支柱を立てるかしてみると良いんじゃないかなぁー。 実は一昨日の晩ね、気にはなってたんだけど――レンちゃん、ゴキゲンで作ってたからさ……言い辛くてぇ」

 身振り手振りを交えながらの解説である。

 言ってることは、もちろん理解できるけど……わたしの作りたいのは、そんなケーキじゃない。

 それじゃあ意味、ないんだよね。

 「あーっ。それって説教?」

 で、負け惜しみを半分、冗談っぽく言ってみる。

 「ううん、助言ーーん」

 そうケタケタと笑いながら、ヒクリはまた右奥の厨房(ちゅうぼう)に引っ込んで行った。

 …………。

 そりゃあ、カリちゃんはカリカリ、コリコリの専門家ですから。

 ――楽でイイよなぁ。》

 

 ――――。

 レンがカウンターに出ている時は自分の作った商品を上の棚に陳列する。

 当然だ。

 本来なら相棒のカリちゃんの物も一緒に並べるところだが、

 「私はいいよ。 下の段で」

 と、全く意に介さないので、レンはいつもミフューレの作ったケーキを上段に引き上げて飾っている。

 シャーミは本当に派手好みで、彼女に創らせたらそれだけでもう確実に50ギルは単価が高くなる。

 ――そういうのってズルい!》

 と、レンは密かに思うのだが、バランス上、彼女とミフューレは定番路線のものをカバーせざるを得なくなる。

 「だからさぁ、売り上げ個数はレンがいつも一番じゃない。 このお店の屋台骨はあんたが支えてんだよ」

 とシャーミは言ってくれるけど……。

 レンにだって、やりたいことはある。 

 まあ、さすがに新人のミフューレに抜かれたんじゃ、立ち直れないけどね。

 不思議なことにカリちゃんの作る例のカリカリ、コリコリしたクッキーケーキ、固焼きパンのケーキが大の人気で、当店 『シンラ・パンカリー』 の客足を(つな)ぎ止めているのは実質的には彼女だった。

 いったいどこで思いついたのか、ヒクリがチョコレートのチューブで練り上げてこさえた 『火焔式土瓶』 と、マロンクリームの渦巻きの天辺に本物の栗を乗せた 『K-1峰』 ――。

 当店にあっては押しも押されもせぬ二大ヒット商品を、ともにヒクリが製作している。

 ただし材料費は掛からないけど手間は掛かるので、数がこなせないのが弱点だ。

 だけど、それが却って希少価値を(あお)ることになり、カリちゃんのケーキは夕方までには早々となくなってしまう。

 それで作り足しをするハメになるわけだ。 

 ――わたしだって作っていいってんのなら、いくらだって作るわよ。》

 わたしだって――。

 という一心で腕を()して製作した試作商品が今、意に反して大惨敗の憂き目に遭っている。

 ――何でかなぁ……。》

 この思い。

 レンは心も落ち着かぬまま、中腰になってショーケースの内扉を開き、トングを掴んでトレイの中のケーキを並べ直し出した。

 ひんやりとした空気が剥き出しの両手に絡み付いてくる。

 ――そう言えば、これも低幻光虫濃度特有の感覚だよね……。》

 そんなことを考えながら左端から順番に商品を整えてゆく。

 っと、――センターの支柱を跨いで、一つ右のトレイに移った瞬間、全く触れ心地の違うケーキを掴んで 「あっ!」 と声を上げた。

 挟んだ途端に、またしても商品を握り潰してしまったのだ。 あれだけ注意していたにも関わらず……。

 これで2個目ぇ~。

 …………。

 ――かぁ~~。 それにしても弱すぎ!》

 自分の作った自慢の新商品に呆然としながら、レンは自ら売り物にならなくしてしまったケーキを見詰めた。

 さすがに、これはダメだね。

 ――今晩、持ち帰って食べてみようか。》

 悔しい思いを噛み締めて製作手順を一からなぞり、思考を巡らせてゆく。

 わたしはね――。

 あんなカリカリ、コリコリ、パリパリしたケーキじゃなくて、ふんわりとしたまったりなケーキを作りたいの。

 プリン(よう)の――容器に盛られたものとかじゃなくて、ちゃんと、ショートケーキという独立して立っている形の中で――。

 「……難しいねぇ。 でも、出来たら本当に凄いと思うよ」

 と、カリちゃんは笑っていたけど――。

 どこかに上手い方法ってないかなぁ……。

 止めた手を再び動かし始め、次からはなおいっそう注意しながら並べ直した。

 

 ふと――。

 正面の入り口から明かりが射してくる。

 カウンターの前にしゃがみこんで、ケーキを壊さないように、壊さないようにと一生懸命に集中して手を動かしていたレンは、しばらくの間、それに気づかなかった。

 何だか爽やかで暖かい風が流れて来て、ケーキ屋の少女のうなじをくすぐった。

 幻光虫の揺らぎが無機質な室内で湧き上がり、巨大なコンクリートの柱を巻き込むように建っている 『シンラ・パンカリー』 の室内を洗ってゆく。

 ――その人が(ひさし)(くぐ)って、そこにやって来た。

 ただ、それだけのことで、こんなにも幻光虫に祝福された空間が作り出される――世の中には凄い人も居るものだ。

 ごく(まれ)には、ね。

 そんな女性が不意に南C地区、ダグルス通りの外れにあるケーキ屋に現れたとしたら――。

 

 「レン, オブ ザナルカンド」。 ザナルカンドのレン、と人は呼ぶ。

 

 お忍びで――というほどには大したことはしていない。

 彼女としては。

 気配をスッと消してしまえば、誰もレンだとは気づかない……。

 そのへん、彼女は本当の天才だ。

 先日、シューインに聞いた話の内容で()に落ちないことがいくつかあり、確かめるためにやって来たのだ。

 場所はすぐに分かった。

 ――このお店ね。》

 チラリと店内に目を走らせる。

 店舗は高速道の支柱のために随分と損な間取りになっていたが、その割にはこざっぱりとして、結構細かいところにまで洒落っ気を利かせていた。

 これは “感性” の問題なので、何をどうと具体的に説明するのは難しい。

 こてこてと派手に飾りまくれば良いというものでもない。

 ただ、明るくて良い幻光虫空間を作り出している――という第一印象を入るなり受けた。

 レンは幻光虫のそよぎには敏感だ。

 恐らく店内に抜群にそういった才覚のある人がいるのだろう。

 カウンターの陳列ケースの棚には案の定 「おやっ?」 と思うようなケーキが――しかも、下段に並べられている。

 同一人物の作と、すぐに知れた。

 不思議で独特な造詣(ぞうけい)……。

 落ち着きと細やかさの中にユーモアーが溶け込んでいる。

 これが平凡と非凡とを分ける分水嶺だ。

 ほんの僅かの差が、果てしない結果となって表れる。

 

 ――見ていて飽きない。

 

 レンの感覚の中で最上級の()め言葉が自然に湧き出てきた。

 茶目っ気が、決して安直や低俗に流れることなく感性でしっかりと統率され、完結している。

 見たことがない。 ……初めて見る。

 真似でも類似でもなく、今まで誰も気がつかなかったこと、誰も思いつかなかったことを思いつく――。

 ただ、それだけの理由で、創造は輝きを放つものなのだ。

 隣りに並べられている、華麗で贅沢(ぜいたく)で愛らしさが詰め込まれたようなケーキも見事だが……。

 一緒に並んでいても全く引けは取らなかった。

 明らかに下段のケーキの製作者の力量が、上段のものよりも勝っていた。

 場末の小規模店といえ、捨てたものではない。

 ――良いお店ね……。》

 

 一方、陳列ケース一つを挟んで対面にしゃがみ込み、夢中になって手を動かしていたケーキ屋のレンは、何か無性に心地良い気配を感じてふっと顔を上げ、立ち上がった。

 立ち上がったついでに、正面の鏡に映った自分の上半身を覗き込み、無造作に制服のエプロン・ワンピをポンポンと払い、髪の毛をちょいちょいと整える。

 しかし――。

 鏡の中の像が動かない。

 ――てか、鏡じゃないよーっ!》

 ちょーーーっと、レーーーーン!!!! 目の前のお客さんに向かって、あんた、何してんのよ!!

 な、な、な、…………。

 あり得ない――シチュ!

 わたしは、わたしは……。

 思わず赤面してしどろもどろになる。 咄嗟(とっさ)には声も出ない。

 だって、だって、だって!

 わたしのにそっくりの、緑色の高級(たか)そうなツーピース着てるんだもん……つい。

 訳の分からない言い訳を思い浮かべ、大慌てでレンが姿勢を正した。

 ザナルカンド南C地区、ダグルス通りの外れにある高架下の小さなケーキ屋のカウンターを挟んで、――レンとレンが対峙(たいじ)する。

 来客は初めてにっこりと笑い、表情を崩し、目の前の店員に向かって静かに声を掛けた。

 鏡の中の(ロウ)人形が唐突に動き出しでもしたかのような錯覚に、店頭の女の子は引きずり回される――。

 「宜しいですか?」

 その気になれば、いろいろに声音を使い分けられる女優・レンだったが、この時はいつもの地声だった。

 女子店員のレンにはもう、そんなことを気にしている余裕などない。

 「は、はい! いらっしゃいませぇ~」

 こちらのレンは――というと、ことさらに普段とは違う声音を作り、わざとらしい満面の笑顔で照れ隠しをして、対応していた。

 

 

 

 

  ――〔つづく〕――

 

 

 

  

 

■第1章 掲載データのタイトル、制作日一覧

  

  

 序 章

 

 第1話 レンという時代

 

 第2話 国策女と呼ばれて

 

 第3話 白の塔

 

 第4話 第一次レミアム戦役 

 

 第5話 発端

 

 第6話 渚にて

 

 第7話 アンダーザナルカンド

 

 第8話 祈り子の像

 

 第9話 親友

 

 第10話 K1峰

  

 第11話 ザナルカンド襲撃隊

 

 

 …………◇……◇…………

 

 

FF‐X2①    2007・5・31 ~ 2007・6・17

 

FF‐X2②    2007・6・17 ~ 2007・8・16 

 

FF‐X2③    2007・8・16 ~ 2007・8・28

 

序章        2008・4・ 8

 

第一次レミアム戦役 2008・4・26 ~ 2008・4・27

  

アンダー籠城戦   2008・4・27 ~ 2008・5・11

 

国策女       2008・5・12 ~ 2008・5・21

  

 

 

 

第1章 第 1稿  2008・ 7・24

    第 2稿  2008・ 8・ 4

    第 3稿  2008・ 8・14

    第 4稿  2008・12・ 6

    第 5稿  2008・12・30

    第 6稿  2009・ 1・ 2

    第 7稿  2009・ 1・ 3

    第 8稿  2009・ 1・ 4

    第 9稿  2009・ 1・12

    第10稿  2009・ 1・18

    第11稿  2009・ 2・21

    第12稿  2009・ 3・17

    第13稿  2009・ 4・ 9

    第14稿  2009・ 4・18

    第15稿  2009・ 4・20

    第16稿  2009・ 4・27

    第17稿  2009・ 4・30

    第18稿  2009・ 5・ 2

    第19稿  2009・ 5・ 5

    第20稿  2009・ 5・ 6

    第21稿  2009・ 5・20

    第22稿  2009・ 6・ 1

    第23稿  2009・ 7・14

    第24稿  2009・ 7・20

    第25稿  2009・ 7・31

    第26稿  2009・ 8・17

    第27稿  2009・ 9・ 9

③~⑪話第28稿  2009・ 9・21

③~⑪話第29稿  2009・10・ 4

④~⑪話第30稿  2009・10・ 4

⑤話  第31稿  2009・12・ 1

⑥~⑨話第31稿  2009・12・17

⑦話  第32稿  2010・ 3・31

⑨話  第32稿  2010・11・20

⑨話  第33稿  2010・11・21

⑨話  第34稿  2010・12・ 4

⑩話  第32稿  2010・12・26

⑪話  第32稿  2011・ 1・ 2

 

 

 

 

 

  【初出】 にじファン (『小説を読もう!』 サイト内)  2011年12月15日

 

 


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