「ひぃ、ふぅ、みぃ、よー、…………」
腰を折り曲げてフロントのショーケースを覗き込みながら、ケーキ屋のレンちゃんが目を走らせる――。
4×5=20に端数が3で、都合23個のショートケーキが四角いトレイの中に残っていた。
「はぁ~、23個だよ……」
何言うとなく
一昨日、在庫をきっちりと売り尽くした際に製作したレンの新企画商品は、展示開始から思わぬ苦戦を強いられていた。
昨日の一日でたったの7個しか出て行ってない。
目新しさのあるはずの新商品としては “大惨敗” と言っても良い
「ショックだなぁ……」
思わず感情を
昨日はそのことが気になって、非番にも関わらず足を運んでみたのだが……仲間に茶々を入れられただけで
ちゃんと陳列ケースの上段中央に並べらているのを、その目で確認しただけに、文句の付けようもない。
皮肉なものである。
「何でかなぁ……信じらんないよ。 これってイジメってやつぅ?」
もし今晩まで売れ残ってしまったら、明日は午前から半値以下で投げ売りだぞー!
それは、さすがに辛いよ……。
――どうしてだろう。何がいけないんだろう。》
トレイに並んだケーキをじっと見詰めながら、彼女は何度も何度も思い返してみた。
…………。
「それさぁ~、作りが弱いんだよねぇ~。 ちょ~~っとだけ」
突然ニュ~ッと首を出し、脇からヒクリが突っ込んできた。
「えっ! たっ、な、カリちゃん!」
――びっくりさせないでよぉ~、もお。》
思わずレンが飛び
この娘、妙な特技があって、足音も立てずに忍び寄って来るイタズラが大の得意なのだ。
ホント、油断も
「奥の間でケーキ作ってたんじゃないのぉ?」
「もう終わったよぉ~ん。 ……
そう言って、彼女はカウンターの上に真新しいトレイをトンと置いた。
――仕方がないなぁ、もう。》
ウィンドウの
見せつけられているみたいで正直、悔しい。
開けたついでに自分のケーキも並べなおそうと、無意識に右手を延ばす。
「あっ!?」
するといきなり掴み損ねて、ケーキを崩してしまった。
しまった!
――――。
「ほーらね。 ちょーーーっと弱いかなぁ~ってカンジが形にも出てる……かな。 やってることは、よ~く分かるんだけど」
見ていたヒクリが苦笑しながら説明した。
「せめて表面をホワイトチョコでガチーッとコーティングするとか、こう、クッキーやキャンディーで支柱を立てるかしてみると良いんじゃないかなぁー。 実は一昨日の晩ね、気にはなってたんだけど――レンちゃん、ゴキゲンで作ってたからさ……言い辛くてぇ」
身振り手振りを交えながらの解説である。
言ってることは、もちろん理解できるけど……わたしの作りたいのは、そんなケーキじゃない。
それじゃあ意味、ないんだよね。
「あーっ。それって説教?」
で、負け惜しみを半分、冗談っぽく言ってみる。
「ううん、助言ーーん」
そうケタケタと笑いながら、ヒクリはまた右奥の
…………。
そりゃあ、カリちゃんはカリカリ、コリコリの専門家ですから。
――楽でイイよなぁ。》
――――。
レンがカウンターに出ている時は自分の作った商品を上の棚に陳列する。
当然だ。
本来なら相棒のカリちゃんの物も一緒に並べるところだが、
「私はいいよ。 下の段で」
と、全く意に介さないので、レンはいつもミフューレの作ったケーキを上段に引き上げて飾っている。
シャーミは本当に派手好みで、彼女に創らせたらそれだけでもう確実に50ギルは単価が高くなる。
――そういうのってズルい!》
と、レンは密かに思うのだが、バランス上、彼女とミフューレは定番路線のものをカバーせざるを得なくなる。
「だからさぁ、売り上げ個数はレンがいつも一番じゃない。 このお店の屋台骨はあんたが支えてんだよ」
とシャーミは言ってくれるけど……。
レンにだって、やりたいことはある。
まあ、さすがに新人のミフューレに抜かれたんじゃ、立ち直れないけどね。
不思議なことにカリちゃんの作る例のカリカリ、コリコリしたクッキーケーキ、固焼きパンのケーキが大の人気で、当店 『シンラ・パンカリー』 の客足を
いったいどこで思いついたのか、ヒクリがチョコレートのチューブで練り上げてこさえた 『火焔式土瓶』 と、マロンクリームの渦巻きの天辺に本物の栗を乗せた 『K-1峰』 ――。
当店にあっては押しも押されもせぬ二大ヒット商品を、ともにヒクリが製作している。
ただし材料費は掛からないけど手間は掛かるので、数がこなせないのが弱点だ。
だけど、それが却って希少価値を
それで作り足しをするハメになるわけだ。
――わたしだって作っていいってんのなら、いくらだって作るわよ。》
わたしだって――。
という一心で腕を
――何でかなぁ……。》
この思い。
レンは心も落ち着かぬまま、中腰になってショーケースの内扉を開き、トングを掴んでトレイの中のケーキを並べ直し出した。
ひんやりとした空気が剥き出しの両手に絡み付いてくる。
――そう言えば、これも低幻光虫濃度特有の感覚だよね……。》
そんなことを考えながら左端から順番に商品を整えてゆく。
っと、――センターの支柱を跨いで、一つ右のトレイに移った瞬間、全く触れ心地の違うケーキを掴んで 「あっ!」 と声を上げた。
挟んだ途端に、またしても商品を握り潰してしまったのだ。 あれだけ注意していたにも関わらず……。
これで2個目ぇ~。
…………。
――かぁ~~。 それにしても弱すぎ!》
自分の作った自慢の新商品に呆然としながら、レンは自ら売り物にならなくしてしまったケーキを見詰めた。
さすがに、これはダメだね。
――今晩、持ち帰って食べてみようか。》
悔しい思いを噛み締めて製作手順を一からなぞり、思考を巡らせてゆく。
わたしはね――。
あんなカリカリ、コリコリ、パリパリしたケーキじゃなくて、ふんわりとしたまったりなケーキを作りたいの。
プリン
「……難しいねぇ。 でも、出来たら本当に凄いと思うよ」
と、カリちゃんは笑っていたけど――。
どこかに上手い方法ってないかなぁ……。
止めた手を再び動かし始め、次からはなおいっそう注意しながら並べ直した。
ふと――。
正面の入り口から明かりが射してくる。
カウンターの前にしゃがみこんで、ケーキを壊さないように、壊さないようにと一生懸命に集中して手を動かしていたレンは、しばらくの間、それに気づかなかった。
何だか爽やかで暖かい風が流れて来て、ケーキ屋の少女のうなじをくすぐった。
幻光虫の揺らぎが無機質な室内で湧き上がり、巨大なコンクリートの柱を巻き込むように建っている 『シンラ・パンカリー』 の室内を洗ってゆく。
――その人が
ただ、それだけのことで、こんなにも幻光虫に祝福された空間が作り出される――世の中には凄い人も居るものだ。
ごく
そんな女性が不意に南C地区、ダグルス通りの外れにあるケーキ屋に現れたとしたら――。
「レン, オブ ザナルカンド」。 ザナルカンドのレン、と人は呼ぶ。
お忍びで――というほどには大したことはしていない。
彼女としては。
気配をスッと消してしまえば、誰もレンだとは気づかない……。
そのへん、彼女は本当の天才だ。
先日、シューインに聞いた話の内容で
場所はすぐに分かった。
――このお店ね。》
チラリと店内に目を走らせる。
店舗は高速道の支柱のために随分と損な間取りになっていたが、その割にはこざっぱりとして、結構細かいところにまで洒落っ気を利かせていた。
これは “感性” の問題なので、何をどうと具体的に説明するのは難しい。
こてこてと派手に飾りまくれば良いというものでもない。
ただ、明るくて良い幻光虫空間を作り出している――という第一印象を入るなり受けた。
レンは幻光虫のそよぎには敏感だ。
恐らく店内に抜群にそういった才覚のある人がいるのだろう。
カウンターの陳列ケースの棚には案の定 「おやっ?」 と思うようなケーキが――しかも、下段に並べられている。
同一人物の作と、すぐに知れた。
不思議で独特な
落ち着きと細やかさの中にユーモアーが溶け込んでいる。
これが平凡と非凡とを分ける分水嶺だ。
ほんの僅かの差が、果てしない結果となって表れる。
――見ていて飽きない。
レンの感覚の中で最上級の
茶目っ気が、決して安直や低俗に流れることなく感性でしっかりと統率され、完結している。
見たことがない。 ……初めて見る。
真似でも類似でもなく、今まで誰も気がつかなかったこと、誰も思いつかなかったことを思いつく――。
ただ、それだけの理由で、創造は輝きを放つものなのだ。
隣りに並べられている、華麗で
一緒に並んでいても全く引けは取らなかった。
明らかに下段のケーキの製作者の力量が、上段のものよりも勝っていた。
場末の小規模店といえ、捨てたものではない。
――良いお店ね……。》
一方、陳列ケース一つを挟んで対面にしゃがみ込み、夢中になって手を動かしていたケーキ屋のレンは、何か無性に心地良い気配を感じてふっと顔を上げ、立ち上がった。
立ち上がったついでに、正面の鏡に映った自分の上半身を覗き込み、無造作に制服のエプロン・ワンピをポンポンと払い、髪の毛をちょいちょいと整える。
しかし――。
鏡の中の像が動かない。
――てか、鏡じゃないよーっ!》
ちょーーーっと、レーーーーン!!!! 目の前のお客さんに向かって、あんた、何してんのよ!!
な、な、な、…………。
あり得ない――シチュ!
わたしは、わたしは……。
思わず赤面してしどろもどろになる。
だって、だって、だって!
わたしのにそっくりの、緑色の
訳の分からない言い訳を思い浮かべ、大慌てでレンが姿勢を正した。
ザナルカンド南C地区、ダグルス通りの外れにある高架下の小さなケーキ屋のカウンターを挟んで、――レンとレンが
来客は初めてにっこりと笑い、表情を崩し、目の前の店員に向かって静かに声を掛けた。
鏡の中の
「宜しいですか?」
その気になれば、いろいろに声音を使い分けられる女優・レンだったが、この時はいつもの地声だった。
女子店員のレンにはもう、そんなことを気にしている余裕などない。
「は、はい! いらっしゃいませぇ~」
こちらのレンは――というと、ことさらに普段とは違う声音を作り、わざとらしい満面の笑顔で照れ隠しをして、対応していた。
――〔つづく〕――
■第1章 掲載データのタイトル、制作日一覧
序 章
第1話 レンという時代
第2話 国策女と呼ばれて
第3話 白の塔
第4話 第一次レミアム戦役
第5話 発端
第6話 渚にて
第7話 アンダーザナルカンド
第8話 祈り子の像
第9話 親友
第10話 K1峰
第11話 ザナルカンド襲撃隊
…………◇……◇…………
FF‐X2① 2007・5・31 ~ 2007・6・17
FF‐X2② 2007・6・17 ~ 2007・8・16
FF‐X2③ 2007・8・16 ~ 2007・8・28
序章 2008・4・ 8
第一次レミアム戦役 2008・4・26 ~ 2008・4・27
アンダー籠城戦 2008・4・27 ~ 2008・5・11
国策女 2008・5・12 ~ 2008・5・21
第1章 第 1稿 2008・ 7・24
第 2稿 2008・ 8・ 4
第 3稿 2008・ 8・14
第 4稿 2008・12・ 6
第 5稿 2008・12・30
第 6稿 2009・ 1・ 2
第 7稿 2009・ 1・ 3
第 8稿 2009・ 1・ 4
第 9稿 2009・ 1・12
第10稿 2009・ 1・18
第11稿 2009・ 2・21
第12稿 2009・ 3・17
第13稿 2009・ 4・ 9
第14稿 2009・ 4・18
第15稿 2009・ 4・20
第16稿 2009・ 4・27
第17稿 2009・ 4・30
第18稿 2009・ 5・ 2
第19稿 2009・ 5・ 5
第20稿 2009・ 5・ 6
第21稿 2009・ 5・20
第22稿 2009・ 6・ 1
第23稿 2009・ 7・14
第24稿 2009・ 7・20
第25稿 2009・ 7・31
第26稿 2009・ 8・17
第27稿 2009・ 9・ 9
③~⑪話第28稿 2009・ 9・21
③~⑪話第29稿 2009・10・ 4
④~⑪話第30稿 2009・10・ 4
⑤話 第31稿 2009・12・ 1
⑥~⑨話第31稿 2009・12・17
⑦話 第32稿 2010・ 3・31
⑨話 第32稿 2010・11・20
⑨話 第33稿 2010・11・21
⑨話 第34稿 2010・12・ 4
⑩話 第32稿 2010・12・26
⑪話 第32稿 2011・ 1・ 2
【初出】 にじファン (『小説を読もう!』 サイト内) 2011年12月15日