機械戦争戦記・レンの歌声が聞こえる   作:咲尾春華

19 / 29
第1章・最終11話

 

 

    11

 

 五里霧中――。

 視界の全く利かない幻光虫流の只中(ただなか)に居て、神経を擦り減らすような行軍が、もう96時間も続いていた。 ひたすら我慢と忍耐の航程だ。

 メリダ長官の肝煎(きもい)りで特別編成された第13艦隊 (元の新設第28艦隊) はフォーン提督に率いられて、幻光虫の霧の中へと彷徨(さまよ)い込んで行った。

 ろくな地図もなく、計器類は全て作動不良(フォールト)という環境下で、微かに見え隠れする岩壁面だけを頼りに前進して行く。 一艦も(はぐ)れることのないように密集隊形を組みながら――。

 「ザナルカンド襲撃隊(マッド・レイダース)」 と陰口を(たた)かれたこの作戦には、しかし志願者多数の応募があり、その中でも特に優れた技量と経験を有する乗員のみが選抜されて編成された。 チームを組んで間もないにもかかわらず、彼らはさすがと(うな)らせる操艦を見せていた。 でなければ、とっくにガガゼトの山塊に激突して一艦残らず座礁していたに違いない。

 少しでも高度を上げれば、たちどころに超高圧幻光虫流の嵐に呑み込まれて吹き飛ばされる。 舵が利かなくなるどころの騒ぎでは済まない。 まさに決死の飛行(フライト)だった。

 手探りで山間の峡谷を縫うように一歩ずつ前進しながら、艦隊は目標地点を目指して行く。

 ここまでは完璧(パーフェクト)に予定の行動を完遂(クリア)していた。 少なくともそのはずだった。

 だが――。

 特設第13艦隊・旗艦 『セイレーン』 の艦上ではフォーン提督以下の首脳が指令卓の上に地図を――いや、地図とはとても呼べないような概略図を広げて話し込んでいた。

 もう、そろそろのはずだが……。 更に前進を続けるべきか否か――。

 これまでは一行程ずつ積み木を積むように予定された行動を消化(クリア)してきたが、積めば積むほどに “次の行程一つ” を上載せする作業が難しくなる。

 どんなに積み上げ作業を成功させても、最後の一片を積み切るまでは決して緊張感から解放されることはない。

 重苦しい空気がセイレーンの第一艦橋を包み込んでいた。

 誰も容易に答を出せない。 そもそも考えて正解の出るような問題でもない。

 ならば――。

 「よし、全艦1530を(もっ)て停止する。 至急伝令してくれ」

 フォーンが踏ん切りをつけるように命じた。 これ以上進んでも同じことなら座礁のリスクを避けるのが得策だ。

 彼らは突入地点を正確に知らせる合図が来るのを待っていた。

 谷底に滞留して空を見上げると、限られた視野から(うかが)われる気流の感じでは幻光虫流の濃度は多少なりとも薄れてきているように思われた。

 もちろん勝手な判断は許されない。 計器類は相変わらずイカれたままだ。

 特設第13艦隊は定刻通り停止すると更に高度を落として、文字通り地べたにへばりつくような格好で錨泊(びょうはく)し、高角砲による定時射撃を開始した。

 ――上手く応答してくれれば良いが……。》

 もしもそれを(つか)まえることが出来なければ、彼らは永久に幻光虫流の嵐から抜け出すことが出来なくなる。 それにしても、よくぞこんな無謀な作戦計画が承認されたと感心するくらいに。

 まさに 『頭のイカれた襲撃隊(マッド・レイダース)』 ――。

 せっかくここまで完遂(パーフェクト)で来ていても、最後の最後に、今までの苦労を根こそぎ台無しにするような 「最難関」 が待ち構えていた。

 ――もし、これを突破(クリア)できなければ……。》

 乗組員たちは祈るような気持ちで真っ白な霧の吹き(すさ)ぶ空を見上げていた。 それ以外にはすることがなかった。 銘々(めいめい)が固まったように席に着き、ある者は密閉された窓の外を凝視し、またある者は出鱈目(でたらめ)に光彩を放つ計器類の表示をじっと見つめている。 握り締めた拳の甲からじっとりと汗が(にじ)んでくる。

 1630――。

 ()れったい1時間がたちまちのうちに経過し、(しび)れを切らした航法測量長が勇気を出して

 「一度、場所を変えて――もう少し前進して撃ってみましょうか?」

 と進言しようと口を開きかけた瞬間。

 一呼吸早く左脇から怒声が飛んだ。

 「スフィア波らしきもの探知! 前方800ディスツから1ディスタール弱。 方位3時21分、仰角(ぎょうかく)マイナス0.4度。 波長パターンは一切読めませんが、間違いありません――明らかに指向性の高出力波です!!」

 光学式のエネルギー密度検出器を覗き込んでいた探信員が、両目を覗き窓に宛行(あてが)ったまま叫んでいた。

 押し黙った司令室に、粘ついた、悲鳴にも似た情念が吹き抜けた。

 「よっしゃーーーッ!」

 「やったッ!!」

 「やぁたー、やたー、やた、やた、やたやたやたたたたた――」

 「なに、本当に来たのか!?」

 「はは……、信じられねぇ」

 「マジ、成功しちまいやがったぜ」

 そこかしこから一斉に歓声が上がる。

 明るさと活気が、いっぺんに戻った。

 一同が目が覚めたように 「ぱっ」 と起き上がり、艦内が急に(あわただ)しくなる。

 それからは続々と情報が入り始めた――。

 「でかしたぞ。 ドンピシャリだな」

 指令卓の中央に位置を占め、フォーンの双眸(そうぼう)がふつふつと輝いていた。

 これで俺も――。 何人(なんぴと)も成し得なかった快挙を、遂にこの手で……。

 未だ信じられないといった表情で、まるで雲の上でも歩くような興奮を一人、噛み締める。

 ――良かったな。 本当に良かった……この作戦に皆で一命(いちめい)()して来て。》

 ホッとするような安堵(あんど)の念がこみ上げてきた。

 そのことを思うと、(りん)とした勇気が湧いてきた。

 「波長線の断絶地点を捕捉しました。 稜線の谷間に当たる峠構造のようです。 幻光虫流による偏差も、ほとんどど確認されません。 あそこなら潜り抜けられます」

 オペレーターが間髪を()れずに次々とデータを読み上げる。

 「定点入力完了! 航行記録を再修正――完了。 これで帰りは自動航法装置で30時間もあれば戻れます」

 景気の良い軽やかな怒声が室内に響く。

 ――まあ、必要ないとは思うが……。》

 フォーンの頭にそんな思いがちらりと(かす)めた。

 窓際に身を寄せ指差された方角に目をやる。 相変わらず超高圧の幻光虫流が吹き荒れている。

 何もない空間――。 肉眼で見る限り特に変わったものは確認できない。

 ―― 一応、あるに越したことはないさ。 これで、少なくとも帰りのルートが2パターン出来たわけだ。》

 提督が(おもむろ)に振り返る。

 「全艦、収錨! 1635を以て始動、一気に向こう側へ出るぞ。 1番艦から一列縦陣で順次突入せよ」

 張りのある声が艦内に響いた。

 “さあ、本当の仕事はこれからだ” ――。

 駆逐艦隊は一斉に轟々(ごうごう)と作動音を噴き上げて、ゆっくりと上昇を開始した。

 幻光虫流の嵐を抜けると、(うそ)のような夕凪(ゆうなぎ)海原(うなばら)が出現した。

 まるでそれまでの労苦を(ねぎら)い祝福でもしているかのようだった。

 山の向こう側とこちら側の斜面でこんなにも違うものなのか――。

 呆気(あっけ)に取られるほど、180度、右半球が全方位見渡せるクリーンな空間。 計器類はたちどころに機能を回復し、規則的に点灯・点滅を繰り返し始めた。 かくて稜線に沿った行進が粛々(しゅくしゅく)と続いてゆく。

 やがて最終目標の 「K1峰」 の頂が見えてくる。

 彼らの頭上を覆っていた幻光虫流の分厚い雲は完全に消え失せ、ようやくにして艦隊は嵐を脱した。 これで心置きなく高度を取れる。

 

 ――1710。

 『セイレーン』 の艦橋では、フォーン提督が腕組みをしながら仁王立ちで正面を(にら)み据えていた。

 遥か水平線上に立ち昇る一空間――幾千万もの目映(まばゆ)い光彩がザナルカンドの街並みを誇らしげに照らし出している。

 写真やスフィア映像などで知ってはいたが、(ナマ)で見るのはこれが初めてだ。

 「提督」

 副官が声を掛けて歩み寄って来た。

 フォーン中将は腕組みをしたまま、さらりと視線を投げた。

 「全艦、無事回頭を終了。 定位置に就きました」

 「ご苦労」

 フォーンは腕を解いて向き直ると右手の親指で窓の外を指し示し、ニヤリと笑った。

 その指の先でザナルカンドの高層ビル群がこんもりと輝いている。

 「美しいな」

 「はい。 まさか本当にこんな光景を拝めるとは思ってもみませんでした」

 ――――。

 灯火管制の全く敷かれていない平和できらびやかな光景――。 それはつまり特設第13艦隊の奇襲攻撃が(すで)に完全に成功したことを、何よりもはっきりと物語っていた。

 むらむらと(たぎ)り立つ野心の前で、偉大な都市がそのネオン・アートの造形をありったけの手法で競っている。 信じられないほど無防備な姿のまま。

 その日常生活まんまの光景が、そっくり彼らの打った大博打(おおばくち)の配当だった。

 間を()かずに 「ヒュイーン」 とエンジン回転(トルク)の上昇する音が艦内に響き渡り、心地良い振動がじんじんと突き上げて来る。

 艦隊の各艦はガガゼト連峰中の頂に座礁するのを避けるため、更に緩やかに上昇を開始していた。 もはや身を隠すのは二の次だ。

 いよいよだな。

 フォーンは滔々(とうとう)と湧き上がってくる闘志を(こら)え、高揚した気分を隠すようにマイクを取り上げた。 右手で左端のスイッチを押し、『極短距離外部通信』 の赤ランプが点灯するのを確認する。 その光源をじっと見て、ふと――。

 ――もしも、ザナルカンドの海岸線に強力な指向性のスフィア波検索装置が置かれていて、その(マト)がガガゼト山脈の北西端――海に向かって()きる部分に当てられていたら、これでも拾われてしまうかも知れない……。》

 彼はマイクを握ったまま水平線を睨み据え、しばし考えた。

 ここから市街の沿岸部までは6ディスタールス強の距離があるはずだった。

 考えにくい条件設定(シチュエーション)ではあるが、絶対とは言い切れない。

 ――まあ……傍受(ぼうじゅ)されたらされたで、それも一つの情報だ。 だいいち今さら何をしても遅い。》

 ザナルカンドは目と鼻の先じゃないか。

 そう思い直すと彼はもう一度 『極短』 の赤ランプが確かに点灯しているのを目で追い、親指でカチッとマイクの側面を押し込んだ。

 「――提督のフォーンだ。 諸君の神業的技量と献身的努力により作戦は完全に成功した。 我々の手でザナルカンド初空襲という歴史的快挙を達成する瞬間がやって来たのだ。

 只今より突入を敢行(かんこう)する。

 スフィア班は暗視カメラと併せて通常の高感度カメラも設定せよ。 面倒でもあれだけの光度があれば、その方が上手く映る可能性がある――」

 そう言っていったんマイクのスイッチを離すと、副官に向かって

 「悪いが君は撮影班(そっち)の方に回ってくれないか。 宜しく頼む」

 と、思い出したように指示を与える。

 「はい、了解しました。 必ずや仕留めてご覧に入れます」

 敬礼して足早に去って行く背中を見送ると、また向き直って話を続けた。

 「本艦隊の突入に際しては予定通りAステージを採用する。 突入後は散開して砲撃を加え、レンを(おび)き出す。 市街からの応戦が始まったら直ちに高度を取り、回避運動に切り替えよ。 指定高度は1ディスタール半、第2戦速で時計旋回を原則とする。 本艦は市街中央2ディスタールス地点で待機する。 離脱の合図は 『三信号弾』 2連射だ。 ただし、レンが出て来るまでは可能な限り引っ張るぞ。 そのつもりで頑張って粘り続けてほしい。 滞空戦闘中は地上からの砲撃よりも飛竜隊の近接に備えて、(あらかじ)め 『対召喚獣戦』 に特化しておくこと。

 以上が突入から滞空戦時にかけての手順だ。 これまでのところは良いか? 次に滞空戦から離脱する方法について説明する。

 基本的には彼女(ヤツ)が出て来たら三角陣に組み直して反転降下し、直ちに一射、そのまま東方海上に離脱――という操艦だ。

 そのためにも各戦隊、散開中も連係距離には十分に留意――」

 

 その瞬間だ!

 ザナルカンドの街で突如、大爆発が起こった。

 目映い閃光(せんこう)が視界を奪う。

 フォーンが思わず右手を(かざ)した。

 居合わせた乗員たちも(きも)を潰して前方を凝視する。

 ――何事だ!! どうした!?》

 身を乗り出すと、市街のちょうど手前付近から、一条の光線が漆黒(しっこく)の夜空を二つに割って、垂直に立ち上ってゆくさま(・・)が見えた。

 真っ白に輝く巨大な光の束――。

 信じられないような大きさ、更に凄まじい密度のエネルギーが、()()なく地上から噴き上げてゆく。

 一方、遥か上空に目を()ると、幻光虫の塊が群雲(むらくも)を成して寄せ集まり、逆に上昇する渦の中に吸い込まれるように一斉に落下していた。

 異形(いぎょう)の光景。

 その光の壁の内側を、青白い炎が螺旋(らせん)を巻いて()い上る。

 ドーナツ状の衝撃波が 「どん、どん、どん、どん」 と下から順に夜空を切り裂いて昇って行く。

 そのままエネルギーの穂先はぐんぐん伸び、輝光線(きこうせん)が天空を貫いて果てると、残された光の帯は、さらに白く、さらに太く、(まぶし)い刺激を放って周囲の空間を圧倒し始めた。

 恐らくザナルカンドの市民でこの光景に気がつかなかった者など一人としていなかっただろう。

 だが、その輝きは暗闇を刺すような大光量で飛び込んで来るにもかかわらず、不思議と温かい、それでいて何か荘厳な気分にさせられる光彩に(あふ)れていた。 囂々(ごうごう)(きらめ)きながら冲天(ちゅうてん)する純白の円柱――。

 一同が呆気に取られて固まっていると、その光柱は瞬く間に天上を貫いた後、輝きが頂点に達し、やがてその中程から何か青黒い――重厚な金属塊のような物体が出現して、光のベルトの中をゆっくりと降りて来た。

 更に見ていると、その物体の両脇からは一対の真っ白な翼が伸張してゆき、光帯の外まで突き出すと、大きくゆったり羽ばたき始めた。

 もはや、何が起こったのかは誰の目にも明らかだった。

 一拍置いて地鳴りのような轟音が艦橋を包み、正面の支柱(ピラー)を微かに震わせた。

 旗艦 『セイレーン』 の1番砲塔2番銃座に腰を沈めていたサリカ上兵曹は、その一部始終を十字に切られた射撃ゲージ越しに目撃していた。

 見ていて、ふと――彼がずっとずっと小さかった頃に、どこかの遠い国からやって来たお(じい)さんが 「神様の数はね、一柱、二柱と数えていくのだよ」 ――と言っていたのを思い出した。

 「神様は一人じゃないの!?」

 その時は、びっくりして()き返したサリカ少年だったが―― 《ベヴェル聖教》 の教えの(そと)にもここまでホーリーに満ちた輝きがあるのなら、あるいはそうなのかも知れない――と、この時初めて得心がいった。

 光線条はしばらくすると収束を始め、と同時に舞い降りてきた漆黒の物体はついに地上まで到達して、後肢を突いて立ち上がった。

 一瞬の空白の後――、ゆっくりと上体を前傾させて水中に突っ込んでゆく。

 「どどっしぃーん」 という地響きの後に 「ざっぱぁーん」 と海水を跳ねる音が確かに聞こえたと、(そんなはずはないのだが) 目にした誰もが感じていた。

 やがて、あれほどの目映い光彩も急速に消え失せ、辺りは静寂を取り戻す。

 空間は時を止めたまま、誰一人として動かない。

 ザナルカンドの街並みだけが何事もなかったように煌々(こうこう)と輝いている。

 だが、その正面には――。

 巨大な体躯(たいく)(てい)して敢然(かんぜん)と立ちはだかり、純白の翼を 「ウォーン」 と翻《ひるがえ》して雄赳(おたけび)を上げる、見たこともない召喚獣の姿があった。

 そう、誰も見たことがない。 誰一人、聞いたこともない。

 いや――。

 (うわさ)にだけは聞いていた、あれが……。

 ジューッと幻光虫の蒸気を四肢の(そで)から排出して立つ、その姿こそ――。

 

 「アレクサンダー…………」

 

 畏敬(いけい)驚愕(きょうがく)に満ちた神獣の名を、誰かの口が形にした。

 

 「閣下。 どうやら見つかってしまったようであります!」

 艦長のカシュクバール大佐が不敵に笑い掛けた。

 ここまでは……、完璧にやって来たんだがな。

 ――やはり、歌姫様の目だけ(・・)は、誤魔化(ごまか)せなんだか。》

 「この通信のせいではないと思うが」

 フォーンはそう答えて左手に持ったマイクを揺らした。

 「あれがレンか――。 “デカい、デカい” とは聞いていたが……それにしても彼女のモノは凄いサイズだな」

 TPOも弁えずに喋っていたら、百二十パーセント “セクハラ発言” 以外の何物でもない台詞を()いて自らを鼓舞(こぶ)する。

 その言葉も分からないではない。

 実際、いくら前面に出ているとはいえ都市空間のほぼ半分が隠れていた。 翼を一杯に拡げれば優に三分の二は見えなくなる――そんな大きさ(サイズ)だ。

 世の中、こんな召喚獣が実在するのかと目を疑ってしまいそうになる。

 唖然(あぜん)とする思い――。

 常識の一切を封印し、経験と知識の全てを呑み込んで、眼前に展開する現実をありのまま受け入れようと努力する。

 その矛盾を解決させるには、何か特別に “非常識” な言葉が必要だ。

 自分たちは、この第13艦隊は、我等がベヴェル寺領国は――。

 調子に乗って、いい気になって、決して関係してはならない存在に向かって拳を振り上げてしまったのではないか、という恐怖。

 ――出たな。 ザナルカンドの魔女め!》

 フォーンは下腹部に 「くっ」 と力を込めて、その、超然と立つ雄姿を脳裏に焼きつけた。

 たかが召喚獣を一体呼び出すのにあれだけの召喚空間をつくり出す。

 確かにな――。

 ザナルカンド史上でも一番と呼び声のある召喚士様なわけだ。

 そうして実体化させた召喚獣が、遂に艦隊(われわれ)の前で面紗(ヴェール)を脱ぐ。

 ――アレクサンダー、か……。》

 黒光りする金属塊のような円錐形(えんすいけい)の体躯から一対の白い翼が伸びている――それは四本足の巨大召喚獣だった。

 驚きの一方で、これまでの疑問が一気に氷解(ひょうかい)してゆく。

 見ているフォーンの首筋から、一条の汗がはらりと伝って落ちた。

 無理もない。 彼女(ヤツ)が一人で 「第3艦隊」 を喰ったのだ。

 “ガガゼト越え” を敢行した艦艇は一隻たりとも生きて還っては来なかった。

 レンの正体を――。

 彼女の本当の姿を覗き見た者には、等しく “死” あるのみ。

 初めてお目に掛かるが……その迫力は満点だ。

 これほどの恐怖を味わわせてくれる女性は、この世に二人と居ないだろう。

 あれが本当に――。 あの(・・)(つぶら)な瞳のレンなのか。

 余りの光景に実感が湧いて来ない。 ……違うな。

 心の奥底から突き上げてくる衝動に無性に急かされている。

 それは感嘆であるのか、怒りであるのか、畏怖(いふ)であるのか、後悔であるのか――それら思いつく限りの言葉が混じり合い、ただ真っ白になっているのだ。

 …………。

 ちなみに、奴の外見は “見掛け倒し” ――ではないよな?

 思い出したようにフォーンがポツリと自問した。

 ――決まってるだろう。 ベヴェル自慢の装甲戦艦が、いったい何隻()ちたと思ってるんだ!》

「――――」

 ……()くだけ無駄だったか。

 胸の内で一人突っ込みを入れ、苦笑する。

 ふん!

 あれを見て、腰を抜かした提督は果たして何人になるのやら……。

 突入を試みた分遣艦隊(ぶんけんかんたい)の連中の顔を、彼は一人ひとり思い浮かべた。 当然、奴らも全員あれ(・・)を見ているわけだ。

 ザナルカンドの夜景から滲み出すように、純白の翼をゆらゆらと光らせている謎の巨大召喚獣――。

 ――だが、このフォーンはどうかな?》

 彼は勇気を振り絞り、正面を睨み据えた。

 この 『セイレーン』 は鈍重な装甲戦艦とは違う。 新型の超高出力エンジンを搭載して機動力・防御力・攻撃力を兼ね備え、さらに秘匿性能まで付加された最新鋭の強襲偵察艦だ。

 自信はある。

 そう。 レンに挑むとしたら、このやり方の外にはない――。

 確信に満ちた思い。

 

 彼は静かに目を閉じた。

 焦るな! 落ち着け。 ――勇み足は禁物だ。

 大丈夫だ。 心を鎮めて、思考を整理して……。

 まるでコーヒーかタバコでも飲むように矢庭(やにわ)にマイクを口元に近づけてゆき、そこから、カッと前方を見開く。

 漆黒の闇に浮き上がる運命の万華鏡(まんげきょう)――見晴(みは)るかす海の彼方にある、レンの本当の姿を、あの謎の巨大召喚獣を、あのザナルカンドの(けが)れない輝きを。

 ――ああ、いい眺めじゃないか。 あれが夢にまで見た……。》

 フォーンは 「すうーっ」 と息を吸って、再び左手の親指を押し込んだ。

 「諸君、見えているな。 いきなり役者が(そろ)ったようだ。 我々はこれより突入を敢行する。

 ザナルカンド(むこう)の連中で、対応してきたのは結局レン一人だ。 ――全く。

 “才能の違い” というのは我々凡人(ぼんじん)にとって、見ていて嫌になるな。

 だが、お陰で手間が省けた。 おまけに好都合。

 状況からして撃ってくるのは確実に彼女一人だ。

 全神経をそこに集中せよ。

 本艦隊(こちら)からは都合3射する。 まず突入と同時にとにかく一射せよ。 そこから縦深三角陣に組み直して2射目に勝負を賭ける。 余裕があれば擦り抜けざまに3発目を市街に落とせ。 艦隊はそのまま全速で東方海上に離脱する。

 手合わせは一度切りだ。 接触(コンタクト)の時間はほとんどないぞ。 乗員一同、そのつもりで宜しく奮闘努力せよ。

 第1戦隊は左翼へ、第2戦隊は右翼、第3戦隊はそのまま 『セイレーン』 に付け。

 よいか。

 標的(ターゲット)は 『ザナルカンドのレン』 だ。 相手にとって不足はあるまい。

 あの “レン様” と正面から撃ち合えるのは軍艦乗りの冥利(みょうり)に尽きるな。

 ベヴェルに帰って大いに自慢しようぞ。

 以上。 全艦、突撃っ!」

 彼らはとうとう積み木の “最後の一片” を積み終えた。

 13隻から成る艦隊は、それまでの忍耐をかなぐり捨て、鬱憤(うっぷん)を晴らすように一気に上昇し、前進を開始した。

 

 「えーっ! なにっ!? 何隻?? アー、何隻いる?」

 予想外の艦数にレンの声が上ずった。

 まさか、こんな大艦隊だとは思ってもみなかった。

 「う~~ん……と。 2、4、8、12、15……ん? ――あれ。 “15” はいないかな。 それくらーい」

 「いきなり撃って来た!」

 その言葉が終わらないうち、気の遠くなるような光芒(こうぼう)が視界を奪う。

 「ごしぃーん」 と音がして八〇余本のエネルギー条がアレクサンダーの体躯を叩いて弾けた。

 ――全弾命中!

 “とにかく撃て” と言われて放った1射目だが、腕利きの者ばかりを選抜して編成された艦隊の砲手が、ここまで巨大な、しかも完全に静止した(マト)を外しようがなかった。

 もしも彼らの放ったエネルギー弾の一本一本が装甲戦艦のそれだったなら、あるいはこの瞬間に歴史的快挙は達成されていたかも知れぬ。

 だが悲しいかな有効射程ぎりぎりの、それも連係も集束もされていない駆逐艦隊の出力では、アレクサンダーにとっては、“どう?” と訊かれても、答えようのないレベルのものだった。

 思わず目を閉じて固まってしまったレンも、拍子抜けするような軽い打撃にすっかり落ち着きを取り戻した。

 どおりであのガガゼト連峰を抜けて、こんな所までやって来られたわけだ。 これなら数は問題じゃない。

 と思う間もなく――。

 こんな状況ではさすがに場数を踏んでいるアーが、レンとの疎通(コンタクト)を待たずに単独で第1射を放っていた。

 一瞬、強力な白色光がザナルカンドの景観を()き消し、一直線に宙を走る。

 向かって右側に展開していた第1戦隊4隻のうち、中央とその奥に居た2隻が青白い光槍(ビーム)に貫かれ、オレンジ色の火球となって飛散した。

 「ドォーン」…………。

 それは 「あっ」 と言う間の出来事だった。 べヴェル艦隊の戦闘艦艇が2隻、ただの一撃で、一瞬にして消えていた。

 ―― 『聖なる審判』(ホーリー・ジャッジメント)

 その場に居合わせた全ての者が、初めて目にする究極の真理。 衝撃の威力(パワー)

 それを見て生きて還って来た者は一人としていないのだ。 彼女たちの放った謎の光線弾は、またしても約束された恐怖を()き出しにして、挑戦する者たちに襲い掛かって来た。 何らの猶予(ゆうよ)も感慨も与えることなく、その目撃者を残らずこの世の舞台から退場させてゆく。

 「アー、密集隊形を組もうとしている。 右翼と左翼を突き出した逆三角陣よ。 気をつけて!」

 今さらのようにレンが叫ぶ。

 「うん、そうだね。 ちょっと早かったかな」

 逸早(いちはや)く左翼陣を撃って潰しに掛かっていたアーは、さり気なくフォローしてエネルギーのリチャージに入った。

 第1戦隊のうち、生き残った2隻は予定の陣形を組めなくなったのを合図にザナルカンド突入を断念し、取舵(とりかじ)を切ってそのまま上昇離脱して行った。

 アレクサンダーの祈り子さまは 「ちっ!」 と舌打ちしたが、もうそちら側に構っている余裕はない。

 「じゃあ、今度は左側の出っ張りを」

 「あいよっ!」

 レンとの協調(リンク)で待機時間を大幅に短縮した二人は、早くも2射目では先手を取っていた。

 再び目の(くら)むような大光線が視界を(さえぎ)り、夜空を切り裂く。

 しかし今度は先方も抜かりなく対応してきた。

 右翼で三角陣を組み終わり連係集束攻撃のチャージに入っていた第2戦隊は、アレクサンダーからの先行放射光を確認すると、賢明にも撃ち合いを放棄して姿勢制御噴射器(スタビライザー)を一斉に吹かした。

 4隻の艦艇は軽々と浮上し、必殺の光線弾を間一髪で(かわ)した――かに見えたその瞬間、エネルギー条の航跡は急激に角度を変え、彼ら一団の艦艇の艦底を正確に真下から突き上げていた。

 「ドグォーン」…………。

 新たに四つの火球が膨れ上がり、またしても闇の中に拡散していく。

 一瞬にして消滅した人たちには何が起こったかさえ分からなかっただろう。

 驚愕の光景が、まだ生き残っている人々の前で展開していた。

 死にゆく者に次なる真理が明かされる。

 アイドル・スター “歌姫レン” の本当の姿を見てしまった者を、そう簡単に、ここから生きて還すわけにはゆかぬ――。

 『ザナルカンドの魔女』 は血塗られた大鎌を振り翳し、不敵に笑った。

 ――なに! 曲がる?》

 「あれは地属性(グラビティー)なのか!?」

 「いえ。 そんな力場(りきば)が出来れば本艦にも影響が出るはずです!」

 フォーンとカシュクバールが怒鳴(どな)り合った。

 確かに周りの空間には何らの異常も認められない。

 ――なら、どうやって?》

 そんなことを考える間にも、『セイレーン』 の艦橋正面が一瞬 「どきっ」 とする閃光に包まれる。

 無傷で残っている中央の第3戦隊が渾身(こんしん)の2射目を放っていた。

 暗黒を()()く三十余本もの光線が空間の先で一本に集束し、「すぱっ」 とアレクサンダーに伸びて弾けた。

 「どすーん」 とくぐもった音がして、(たま)らずに巨大召喚獣の四肢が(きし)む。

 予想外の衝撃を受けて、今度はレンの方が 「つぅーッ……」 と顔を(しか)めた。

 思わず 「えっ!?」 と言いたくなるような一撃をもらっていた。

 ――うーん……ちょっと、ナメてたかな。》

 最初の一撃がああ(・・)だったから。 ……油断大敵だ。

 「ナニ? 呼んだ??」

 そのアーが唐突に言葉を返してくる。

 「えっ? ああ(・・)。 ……ううん、何でもないの。 愛してるよ!」

 「はい、ご馳走(ちそう)さま。 シューインには内緒にしとくから」

 「アー、次、中央よ。 早く!」

 二人はぐんぐん迫って来る敵艦隊への対応に追われ続けた。 ザナルカンドの市街がすぐ後背に控えていた。

 ここが瀬戸際だ。 何としても手前で墜とし切らなければ――。

 フルチャージしている時間はない……。 待機時間は満了――よし、OK。

 そのまま行っちゃえ~~ッ!!

 そして暗闇に閃光が(ほとばし)る。

 

 ――しかし彼女たちの奮戦を余所(よそ)に、この一連の応接の中で、実はフォーンは重大なミスを犯していた。

 彼は密集隊型と連係集束による砲撃に(こだ)わって徒に自軍の損害を拡大させ、ザナルカンド奇襲という千載一遇のチャンスを逸した。 彼の努力は結果的には無用の行為だった。 どころか、艦艇を近接させて、わざわざまとめて撃ってくれと言わんばかりの状況をつくり出してしまっていた。

 更に自軍の艦艇に対して余計な操艦を強要したため突入や射撃に手間取り、レンたちに2射目、3射目を許した罪も語られなければならないだろう。

 ガガゼト山から大きく散開して突入を開始し、レンとの撃ち合いはあくまで情報収集のためと割り切って、最初からザナルカンド市街のみを狙っていれば違った結果が出ていたはずである。 召喚獣 《アレクサンダー》 は、この状況ではむしろ無視すべき存在だったのだ。

 勝者と敗者の関係は、彼の採った不用意な艦隊運動により逆転した。

 後々になってこの第13艦隊の突入行が作戦首脳会議の俎上(そじょう)に上った時、しかし他艦隊の提督は揃ってフォーンの肩を持った。

 「もし私が指揮官だったとしても、同じことをしたに違いない」 ――。

 全ては結果論だった。

 とにもかくにもこの時、アレクサンダーは迫り来る残存艦艇に対して有効打を間に合わせ、辛うじてザナルカンドを守り切った。

 この日3度目となる 『聖なる審判』 は、わずか30パーセント強ほどの出力で放たれていた。

 青白い閃光が三度(みたび)放電管のように走る。 この距離では避けようがない。

 ところが今度は二人の側にもミスが出た。

 結論から言うと、それは決して小さいとは言えないミスとなった。

 中央部、4隻一団の駆逐艦隊の後ろに未知の艦艇がいることを、彼女たちは最後まで見落としていたのだ。

 最新鋭の静粛性と秘匿(ひとく)性能を満載した強襲偵察型装甲重巡 『セイレーン』 は、ガガゼトの山並みを後背にして、完璧に漆黒の闇に溶けていた。

 中央からの2射目を受けた時、様相(ようそう)の異なるエネルギー弾を喰らった時点で “おかしい” と気がつくべきだったのだ――と言ってしまっては(こく)か。

 もう遅い。

 アレクサンダーの放った確勝の光線弾は、最後の駆逐戦隊を正確に貫いた後、予期せぬ空間で 「()の字」 に曲がって弾け飛んだ。

 それは旗艦 『セイレーン』 の左舷腹(さげんぷく)と中央構造部付近に当たっていた。

 「えっ」 と声を上げて顔を見合わせる二人。

 ――あれでは墜ちない!!》

 けれど両前肢を海中に突っ込んだままのアレクサンダーには、どうすることも出来ない。

 未知の艦艇は、あっという間に頭上を擦り抜けて後方の空に消えて行った。 耳を(つんざ)く轟音とともに一瞬、視界が暗緑色の金属塊で覆い尽くされる。

 レンは敵の軍艦をこんなに間近で見るのは初めてだった。

 それはビーカネルの艇とは全く設計思想の異なる独特な、スタイリッシュで美しい造形(フォルム)をした(フネ)だった。

 かくてアレクサンダーの上空を、ベヴェルの飛空艇が初めて通過することに成功した。

 擦り抜けざまに5、6門の速射砲が放たれたが、いずれも市街を大きく外れ、実害はなかったようだ。

 それよりも駆逐艦隊の爆発片が市街に飛び散ったかも知れず、そちらの方が心配だった。

 ややあって市街の灯火が 「ぱたぱた」 と消えるのと入れ代わりに、あちこちで光球が膨れ上がり、色とりどりの召喚獣が姿を現し始める。

 レンとアーは黙りこくったまま東方海上の暗闇を見つめていた。

 …………。

 

 二人の活躍により、ザナルカンドは奇蹟的に惨禍(さんか)を免れた。

 この日、レンのスコアは一気に “10” 増えて 「36」 を計上(カウント)する。

 彼女の一代記を語る上で決まって引き合いに出される 『レンの三大会戦』 の一つは、こうして幕を閉じた。

 

 

  第1章 ザナルカンド襲撃隊(マッド・レイダース)   〔完〕

 

 

 

    【初出】 にじファン (『小説を読もう!』 サイト内)  2011年1月25日

 

  


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。