機械戦争戦記・レンの歌声が聞こえる   作:咲尾春華

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第1章・第8話

 

 

     8

 

 坑道線の連なる建設区を後にするとゼイオン大元帥とポーラ・ロイド首相は連れ立って歩き始めた。 その間、二人でしか話し合えないことなどいろいろと打ち合わせながら、気がつくと結構な距離を歩いていた。

 別の場所で昇降機に乗り直し、何度もチェックカードを通して二人は空洞の奥へ奥へと進んで行く。

 彼らが目指していたのは新兵器研究部の実験棟だった。

 そこで、あらかじめ待機していたらしいマダック技術少将が上官の姿を見留めるなりさっと敬礼して声を掛けてきた。

 「お待ちしておりました。 準備は整っております。 こちらへどうぞ」

 ゼイオンが 「ああ、ありがとう。 宜しく頼むよ」 と言って向かって行く。

 「何があるのですか」

 慌てて後ろをついて行きながらロイド首相が尋ねた。

 「うん。 我が軍の決戦兵器だよ。 君にも知っておいてもらおうと思ってね」

 「私が、ですか?」

 「そうだよ。 実は君の協力なしでは機能しない兵器なんだ。 ……と言ったら、何を想像するかな」

 ゼイオンが悪戯(いたずら)っぽく笑い掛けた。

 ――へっ!?》

 問い掛けられて絶句する。

 そんなことを言われても急には答えようがない。

 文官の自分にいったい何ができるというのだろう。

 「は……あ……」

 ロイドは返事にもならない曖昧(あいまい)な声を出した。

 「どうぞ。 こちらです」

 誘われるままに照明の落ちた薄暗い通路を進んで行く。

 先頭に立って案内するマダック少将は 「技術将校」 という割には恰幅(かっぷく)の良い、いかにも肉体派を思わせるような体格の持ち主で、眼鏡も掛けていなかった。 ロイド女史はゼイオンとともに贅肉(ぜいにく)の削がれた隆々とした背中を不思議そうに見つめながら黙ってついて行った。

 幾度目かのチェックを通してドアがスーッと開くとかなり広い部屋に出た。 両脇の歩哨(ほしょう)がパッと敬礼する。 相変わらず薄暗い部屋だがそこが目的の場所とすぐに分かった。

 ――部屋の中央の床板に大きな丸い鏡のような膨らみが埋め込まれている。

 二人はその前に案内された。

 薄黄色のレンズのような――これは水晶宮だ。 表面に四本足のモンスターの像が刻まれている。 ロイド女史はこれほどまでに巨大な水晶レンズを見るのは初めてだった。 それは直径1ディストを優に超え大方2ディスツに(なんな)んとする大きさがあった。 ちょっと信じられない。

 「これは………」

 「フィルダーの魔水晶宮だよ」

 女史の質問にゼイオンが答えた。

 「フィルダー家に伝わる……あの、魔水晶ですか。 ……それにしてもこんなに大きい」

 (うわさ)には聞いていたが……。 実際に見るのは初めてだ。

 「これは特別なんだ。 なあ、マダック」

 「はい、色々な意味でそうです。 大きさだけではありませんよ。 これが試作機 『FF-D-76型現像宮』 です。 ようやく、お見せできるレベルになりました」

 ()かれて彼は簡潔に答えた。 技術屋に有りがちな、とくとくと説明したがる癖もないようだ。

 むしろ本部長の方が上機嫌でまくし立てている。

 今の今まで黙っているのが大変だったんだぞ――と言わんばかりの調子だ。

 「魔水晶が気を封じ込めるのは知ってるだろう。 それもこれくらいの大きさになると大抵のものが入るんだ。 今、この中には祈り子が一人、封じられている」

 出し抜けに、あまりにも予期せぬ単語が飛び出す。

 ロイドの思考が再び空転を始めた。

 ――祈り子様? あの、召喚獣の……。 それを、こんな中に封じるとは???》

 千年後のユウナたちの時代であれば、ゼイオンが何を言おうとしているのかすぐに理解できたはずだ。

 彼の言う “決戦兵器” がどんな代物(しろもの)であるかも含めて。

 しかし何の前置きもなく、言わばシンに乗ってスピラに迷い込んだ “君” と同じ境遇にいるロイド女史が、それを聞いて返答に窮するのも無理はない。

 「たまたまこの研究棟の隣で建設工事に従事していた者が不慮の事故に遭って瀕死の重傷を負った。 彼を助けるにはこうするしかなかった。 ――助かった、と言えるかどうかは微妙だが、とにかく彼の魂は異界へ行かずにすんだ。

 こうして祈り子として生き延びることができたからね」

 「祈り子様になる才能があったのですね」

 ――彼女が辛うじて相槌(あいづち)を打つ。

 「そう、才能があった。 その通りだ。 しかしその答は字面(じづら)の上では正解だが、君の言っている意味では不正解だな。 なぜならこの男は祈り子になる才能などこれっぽっちもなかったんだ」

 ――にもかかわらず、ゼイオンは禅問答(ぜんもんどう)のような謎掛(なぞか)けをして会話の腰を折った。 これでは、いつまで経ってもさっぱり話が見えて来ない。

 困り顔のロイドをよそに彼は滔々(とうとう)と説明を続けた。

 「ここは幻光虫の濃度が世界一高い場所だろう。 その幻光虫と反応した力場(りきば)が魔水晶への取り込みを可能にした。 祈り子になったのは取り込まれた後だよ。 なった以上才能はあったに違いないが、それを言い始めると、ザナルカンド人は誰でも才能があることになってしまう。

 彼は祈り子になる才能はなかったが、一方で祈り子になる才能があった。

 ここのところが重要だ」

 「はい」 …………。

 「それが可能なら、一歩進んで召喚能力のない者が召喚士にもなれる道理だ」

 そう言ってゼイオンは向き直り、ロイド女史の美しい顔をじっと見つめた。

 ロイドが 「はっ」 として目を伏せる。

 「ちなみに君の生まれはどこだね」

 「はいっ? えと、あの、……あ、き北A地区です」

 さらに追い討ちのように脈絡のない質問を受けて舌が絡まる。

 (うそ)ではない。

 「そうか。 では生まれてこの方、ずっと高濃度の幻光虫に(さら)されてきたわけだ。 君の脳神経はその影響を他のスピラ地域の住民よりも何万倍も強く受けている。 どうだい。 ひとつやってみないか」

 「はっ?」

 「召喚能力のないはずの君に呼び出せるかどうか、だ」

 「あの! まさか? 私が、こ……祈り子様、と交感するのですか!?」

 心底驚いた。 当然だ。 そんな思いもしない大それたことを――。

 「この祈り子様はね、魔水晶宮の中で強力に恒久的に安定してるんだ。 だから召喚獣の核となる()(しろ)を必要としない。 召喚者の要請に応えて好きな空間に幻光虫を結晶させ実体化することが出来る。 召喚者自らが幻光虫を身にまとい融合する必要も一切ない。 だから――。

 もしその召喚獣が倒されたとしても、結晶していた幻光虫が飛散するだけで誰も死なずにすむ。 祈り子様が召喚能力(・・・・)を回復させれば、また同一の召喚獣を呼び出すことさえ出来る。 究極の “使い捨て召喚獣” だよ。

 もっともそれは(すで)に “召喚獣” だの “召喚士” だのと呼べる代物ではなく、実態は “魔獣” と “魔獣使い” に過ぎないがね。 このシステムでは、召喚者は単に祈り子様と交感するだけでいい。 魔水晶宮の祈り子様が実質的に召喚士の役割を兼ねていて、あとは全てを代行(・・)してくれる。 交感することさえ出来れば “呼び出す能力” や “実体化を支える体力” は不要だ。――いいかい?

 自分はただ “どこそこに召喚してください” とお願いするだけ(・・・・・・・)で良いのだ。 これが、我々の準備している 《決戦兵器》 の正体だよ。

 この魔水晶宮の量産が成った(あかつき)にはベヴェルの飛空艇艦隊など造作(ぞうさ)もない。 まとめて “史上最大の粗大ゴミ” に変えてやるさ」

 ゼイオンの口が不気味に(ゆが)んだ。

 

 ここに来てようやく話の全体像が見えてきた。

 見えてくると、言いようのない暗がりが心の奥から一斉に沁み出してきた。

 こんな地下空洞の最深部で人知れずそのような計画が進行していたとは。

 吐く息がにわかに白みを帯びてくる。 手の甲に薄っすらと汗が(にじ)む。

 「信じられない」 ――という言葉の中に、逃げ出したい思い、何かの間違いであってほしいという願い、いろいろな意味が入り混じる。

 まるであの地中深くにあると聞く “異界の(その)” にでも迷い込んだ気分――。

 事実この時、彼女は一人 「暗黒の深淵」 を覗き見ていた。

 マダックは一言も発せずにじっとしている。

 ポーラ・ロイド女史は何と言って良いかも分からず、返答に窮した。 ただ、途轍(とてつ)もなく恐ろしいことが起ころうとしているのではないか――という勘が、ひたすら彼女の早鐘(こころ)を打ち鳴らし続けていた。

 「さあ、やってみてくれたまえ。 ロイド君……君がこのシステムの記念すべき召喚者第一号だ」

 「は……い」

 …………。

 そんなことを言われても、どうして良いものやら……。

 まさかこの私が召喚獣を呼び出すだなんて――。

 「大丈夫だ、誰も見てやしないよ。 安心してやってみたまえ。 仮に失敗しても何が減るもんじゃなし」

 本部長が彼女の気も知らないでにっこりと励ます。

 その隣でマダック部長が 「さあ、どうぞ」 という顔をしている。

 よくしたもので魔水晶の向こう側に立っていた技師や衛兵がすたすたすたと移動して行く。

 ――あのスペースに召喚しろと?》

 皆から背中を押されて成り行き上、本当にロイドが召喚する羽目(はめ)になった。 冗談みたいな光景である。

 だが、他にどうしようもない。

 仕方なく()()ずと柔らかな光沢を放つ水晶宮の前に立ってみる。

 立ってみて、やはり取っ掛かりのない決まりの悪さに途方に暮れた。

 ふと、

 「何か……細長い “棒切れ(よう)” のものでもあれば――」

 と思い立ち、彼女は周囲を見回した。

 至って機能的で整然とした室内にはモップ一本置かれてはいなかった。

 魔導士が杖を持つのは気を集中して放つ媒体としてそれが好都合だからだ。 魔法使いが空を飛ぶ時、(ほうき)(またが)るのも同じ理由である。

 せめてそういったものを使わせてほしい。 手ぶらでは何とも締まらない。

 でも、この人たちにそういった気転を求めるのは無理かしらね。

 心の中でそう(あきら)め、ポーラは幼少のみぎり習っていた発気体操を思い出して手の平に気を集中させる構えを取った。

 確かに言われてみればザナルカンドに住んでいる人は皆、精神エネルギーを発揚する技能を何かしら身に着けているものだ。 そういう意味で捉えるなら、召喚士や祈り子様になる能力が全くの “ゼロ” ではないのかも知れない。

 足を前後に開いて腰を落ち着けると、両手を真横にぴん(・・)と伸ばして気を集め、ゆっくりと頭上に掲げてからさっと胸前に引き合わせる。

 そのまま 「えい!」 っと掌面を前方に押し出した。

 すると驚いたことに魔水晶が反応し 「ヴォン」 と黄色に輝いて眩しい光彩がその前方で炸裂した。

 バシバシバシバシバシ…………。

 弾けるような電撃音が起こり、そこに見たこともない魔獣が一体出現する。 それは本当に “魔獣” と呼びたくなるような背格好をしていた。

 なるほど、これを 《召喚獣》 と言ってしまうには無理があるかもね――と、当のロイドも不安げな表情ながらに納得する。

 水晶宮の表面に描かれた像は四本足の肉食獣を(かたど)っているように見えたが、現れた生き物はむしろトカゲの親玉のような姿形をしていた。

 パチパチパチパチ……。

 一斉に拍手が起こり呆気に取られて突っ立っていたロイドの脇にゼイオンが歩み寄って来る。

 「おめでとう。 さり気なく決めるあたりはさすがだね。 これで少なくとも君の護衛費くらいは節約できるって寸法だ。 どうだい、自分専用のガーディアンを持った気分は」

 「これは――」

 「 《シュメルケ》 です。 陸戦獣ですが、攻撃力や防御力よりもむしろ機動力に秀でています。 首相をお乗せしてどこへでも行くことができますよ」

 マダックが説明してくれた。

 「私一人じゃなくて部屋にいる職員がみんな乗れそうね」

 「はい。 それはもう……」

 「どうかね。 気に入ってくれたかな?」

 片目をつむって合図を送る、そのゼイオン様の得意げな顔といったら――。

 「ええ、凄いですね。 何だかちょっと空恐ろしい気もしますけど。 私にこんなガーディアンが召喚できるなんて夢にも思いませんでした」

 「空恐ろしい――か。 君らしくもない。 こいつは召喚者の言うことなら何でも聞くよ。 心配は一切要らない。 祈り子は、あくまでも幻光虫の結晶の実体化を支えているだけだし。 気を遣う必要はないさ、彼は不死身なんだから」

 “何をくだらないことを” と言わんばかりに彼女の背中を 「ぽん」 とたたく。

 だが――。

 ロイドの言っている不安は――上手く説明できないのだけど、そういう類のものではなかった。

 ――人間が越えてはならないある一線を越えると、何かとんでもないことが起こってしまうような気がする。 いくら安全とはいえ死んでも痛くも痒くもない “使い捨ての召喚獣” だなんて……。》

 その一線をあろうことか自らの足で最初に(また)いでしまったのではないか――という恐怖。

 ロイドは魔水晶宮の向こうで身を低くして構えている血肉の通わぬ生き物をじっと見つめながら考えていた。

 その時――。

 彼女が何か言おうと口を開きかけた瞬間に、後方で大きな物音がした。

 出し抜けにドアが開いて、人が転がるように駆け込んで来た。

 皆が一斉に振り返る。

 ロイドは慌てて口を(つぐ)んだ。

 そこには一人の武官の姿があった。

 その人物は入って来るなり息を切らしながら敬礼し、言葉を発した。

 「ああ……ここに居らっしゃいましたか。 長閣下、首相殿。 上が大変なことになっておるようです。 急ぎお戻りください」

 「おう、どうした? 何があったんだ」

 入って来たのは幕僚本部戦略資材局のオーセラ・ヤシーノフ局長だった。

 「はい。 小官もつい今し方、連絡を受けたばかりでして、詳細は何も。 とにかく “閣下と首相殿を大至急お連れするように” ――という言伝(ことづて)でしたので方々をお捜ししておりました」

 ゼイオンはとたんに表情を曇らせた。

 ――何だ? まさか(ユウナ)かレンが、何かへま(・・)でもやらかしたのか。 いや、彼女たちに限ってそんなことは……。

 あるいは早くもプレスに嗅ぎつけられたか? だとしたら大変だぞ。》

 「レンの出征」 はつい先程決まったばかりだ。

 事によると総帥父(そうすいほ)が打ち合わせた先で()れたのかも知れない。

 ゼイオンはロイドの横顔を見て舌打ちした。

 ――マズいな。 今、騒ぎになっては取り返しのつかないことになる。》

 「そうか……分かった。 すぐに戻るので上にはそう言っておいてくれないか。 足労を掛けてすまなかったな」

 「いえ。 それでは早速そのように返答しますので。 どうもお騒がせ致しまして申し訳ありませんでした。 では――」

 そう言ってまた 「ぱっ」 と敬礼すると、彼は(きびす)を返して出て行った。

 「やれ、戻らなくてはならなくなったようだ。 ロイド、君も一緒に来てくれ」

 「はい。 あの……、あれに乗って行きますか?」

 と 《シュメルケ》 を指差す。

 大元帥閣下が苦笑した。

 「いや、それは。 …… “最高機密” だからね、一応。 戻してくれないか」

 ――って、そんなことを急に言われても。

 あの……、私はどうすればヨロシイのでしょう?

 自分で呼び出しておきながら、この “召喚獣” さん――。

 一瞬絶句して彼 (?) と視線を合わせると、シュメルケは気配を察したのか後方に飛んで 「じゅっ」 と虚空に消えた。

 ロイドがちょっと考えただけで勝手に戻ってくれた、という感じだった。

 それを見たゼイオン閣下は大いに勘違いして満足そうに声を発した。

 「よし、上出来だ。 マダック。 そういうわけで、私は大至急上に帰らなくてはならなくなった。 今回の件には大変満足している。 このまま続けてくれ」

 「はい、恐縮です。 長閣下もお気をつけて。 また、いつでもお越し下さい」

 「うん、そうさせてもらうよ。 じゃあ行こうか。 ……走れるかい?」

 ゼイオン本部長がヒールの高い靴を履いているロイド女史に気を遣って手を取ってくれた。

 「はい。 大丈夫です」

 ポーラはあえて彼の好意を固辞はせず、引かれるままに走り出した。

 二人は再び最敬礼の波に見守られながら薄暗い部屋を後にした。

 

 

 

  〔第1章・第8話 =了=〕

 

 

   【初出】 にじファン (『小説を読もう!』 サイト内)  2010年6月4日

 


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