機械戦争戦記・レンの歌声が聞こえる   作:咲尾春華

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第1章・第7話

 

 

    7

 

 ザナルカンドは格子状に積み重なった岩盤の上に建設された都市である。

 岩盤の下部は大石柱構造になっていて、その柱を()うようにして地下空洞が市街の中心部からちょうど北地区の真下辺りを通過して、さらに北に向かって伸びていた。

 その空洞部を 『アンダー・ザナルカンド』 という。

 そこは超高濃度幻光虫が途絶えることなく湧出(ゆうしゅつ)し、渦巻いている空間であり、長きにわたって人の長期滞在を許さない不毛の土地であった。

 近年になって 「幻光虫反応炉」 が設置されたことにより環境が劇的に改善し、この空洞内部の開発計画がにわかに脚光を浴びるようになった。

 と言っても、こんな場所を本気で開発しようなんて考えるのは政府や軍部の人間くらいなもので、まず一般の市民が好き好んで立ち寄りたいと思うような場所ではない。

 しかしそれにしても現在ではすっかり様変わりした。

 そこにはあらゆる実験施設棟やエネルギー施設、軍需施設などが建設され、さながら地下都市の様相を(てい)している。

 ザナルカンドがビーカネルより輸入した幻光虫機械装置の大半はこの場所で稼働した。 そこで生み出される莫大なエネルギーは地上にも送られて、ビルの壁面を滝のように流れる水膜遮光システムを流行らせたりもしている。

 このアンダー・ザナルカンドでは今、人知れず重大な継戦計画が急ピッチで進められていた。

 (きた)るべき首都決戦のため全市民を安全な地下市街に避難させる――篭城戦(ろうじょうせん)の準備である。

 《アンダー・ザナルカンド地区》 に降りる方法は都心部のごく限られた地点に掘られた何本かの坑道によるしかなく、その全てが厳重に管理されていた。

 現在、それらの坑道はいずれもフル稼働で物資の搬送作業が行われており、空洞全区画の正常化を目指していた。

 ――やがては人が運ばれて来ることになる。》

 それまでに、出来得る限りのことをしておかなければならなかった。

 ザナルカンド市民の全員待避という想像を絶するような大計画には、様々な困難が付きまとうと予想された。

 ポーラ・ロイド首相は南西方面軍のビッコール元帥、コマート大将の協力を得て、もう3カ月余りもこの 「地下都市稼働計画」 に忙殺(ぼうさつ)されていた。

 もちろん物資は降ろせるだけ降ろした方がいい。 もともとが異界エリアまでつながっている空洞なので資材置場に困ることはない。

 だが絶対的な時間が余りにも不足していた。

 そんなことをしている間にも、いつ何時ベヴェル軍の大飛空艇艦隊が市街上空に殺到して来ないとも限らない状況だ。

 何を()いても彼らがマカラーニャの南方平原での再編成を完了するより早く 『アンダー・ザナルカンド』 を起動させなければならない。

 いったん戦端が開かれてしまえば、ガガゼトの山中での戦いは下手をすると1週間で終わってしまう可能性があった。 どんなに頑張ったところで2カ月、3カ月と持つような代物でないことは誰の目にも明らかだった。

 (いや)が上にも3名の責任者の双肩(そうけん)には重圧が()し掛かってくる。

 夜を日に継ぐ突貫工事で彼らの顔には疲労困憊(こんぱい)の色がありありだった。

 今日もまた机の上に図面を広げて 「あそこが」 「ここが」 と話し込んでいた3人は、しかし主坑道の降り口にある人物の姿を見留めてさっと表情を変え、会話を中断した。

 現れたのは統合幕僚本部本部長のゼイオン大元帥その人だった。

 レンを総帥府から見送った後、総帥とユウナレスカの父娘も引き揚げたので、一人残されたゼイオン閣下はその足で “差し入れ” を調達し、気の向くままにふらりとここを訪ねて来たのだ。

 「皆さん、ご苦労様です。 少し休憩しましょうか」

 本部長から差し出されたバスケットを見て初めて、3人はまだ昼食も摂っていなかったことに気がついた。 もっともこんな地中深くの穴蔵に(こも)り切りでいると昼も夜もあったものではない。

 「ご案内致します。 こちらへどうぞ」

 ロイドが返事して仮設指揮所になっている粗末な事務所に案内した。

 差し入れといってもサンドイッチにバナナとオレンジ、ポットに入った紅茶――至って簡素なものだ。

 作戦は極秘であり、みんな遠慮してか、こんな地下空洞までやって来る人などほとんどいなかった。 ロイド首相はそれでも地上とを行ったり来たりの生活だが、ビッコール総司令とコマート参謀長の二人は、もうかれこれ二月(ふたつき)もこの場所に篭り切りである。

 こんなことでもなければ、なかなか一息入れるきっかけさえない。

 それを察した大元帥閣下が気を利かせてくれたのだろう。

 3人とゼイオンが丸テーブルを囲んで席に着いた。

 いったん椅子に腰掛けて食べ物を口に運ぶと、疲れがどっと噴き出してきて、耐え難いほどの睡魔が襲って来た。 目の前に居る人物がゼイオンでなければ、はてさてどうなっていたか知れたものではない。

 熱い紅茶を強引に流し込んで(のど)を焼き、目を覚ます。 少し生き返った気分に 「ほっ」 と息を吐く。

 さすがに彼らは集中力を開放してはいたが緊張感を解いてはいなかった。

 せっかく本部長が直々に見舞ってくださったのだ。 この機会にぜひ談判(だんぱん)しておかなければならないことは山ほどあった。 担当者3人は麻痺(まひ)していく理性を必死に働かせて頭の中を整理した。

 先に口を開いたのはゼイオンの方だった。

 「どうですか。 進捗(しんちょく)状況は」

 総司令と参謀長が顔を見合わせて沈黙し、押し出されるようにロイド女史が応答した。

 「必要最小限度という感じです。 欲を言えば切りがありませんが、現時点では居住空間の起動そのものより詰め込みを優先しております。 ただ、防衛施設や根本機能の立ち上げは(すで)に完了しておりますので、作戦が発動すれば速やかに対応できます」

 「そうか。 ……では、現時点の備蓄量で篭ったとして、どのくらい持つかね」

 彼は半ば当然のように最初の質問を言い直した。 こうまで言われてしまうと、もう、正直に答えざるを得ない。

 「平時のザナルカンド市民一人当たりの平均消費量を基準にしますと、単純に全住民の数を掛けて5日半に相当する物資を降ろしました。

 私たちの想定しております篭城戦時消費量で計算をし直しますと3週間強といったところでしょうか。 これが現時点での最大篭城戦能力とお考え下さい」

 女の度胸――というのか、ロイドの発言は極めて明晰(めいせき)であった。

 隣でビッコールとコマートの二人が冷や冷やしながら見守っている。

 案の定――。

 しかし……それを聞いて驚いたゼイオンは失望が(おもて)に出ぬよう注意しながら、ゆっくりと言葉をつなげた。

 といってもショックはそうそう隠し切れるものではない。

 「そうか。 ……私は正直、3カ月以上は頑張れる態勢を考えていた。 篭城戦と言うからにはそれが最低限の線だ。 一月(ひとつき)未満では、うん、残念だが厳しいな。

 とすると――このオプションは外しておかなければならないのかな。 まあ、それでも防空壕としては使えるわけだし決して無駄ではない」

 「はい。 申し訳ありません」

 「閣下。 新坑道の昇降機がもう間もなく稼働します。 それからは断然ピッチを上げていけますので3カ月のノルマは必ず、出来ればその倍の半年のレベルで対応できるよう準備を致します。 何卒(なにとぞ)、いましばらくお時間を戴けます様……」

 堪らずビッコール元帥が口を挟んだ。

 「どのくらいで」

 「はい。 ……あと三月(みつき)、いえ、4カ月もあれば必ず」

 「微妙だな。 私が良くてもベヴェルがうん(・・)と言ってくれるかどうか。 2月までビーカネル戦をやっていたわけだから一月半や二月(ふたつき)は問題ないと思うがね……ギリギリ間に合うか、だな」

 「必ず間に合わせてご覧に入れます」

 総司令が繰り返した。

 「集積物資の全体量が増加すればその分、融通(ゆうづう)も利き易くなります。 実際にはあと一月もあれば3カ月の篭城は可能になるでしょう。 現時点での備蓄総量はあくまでも目安とお考え下さい」

 と、参謀長も相槌(あいづち)を打った。

 「そうか。 分かった。 そこは諸君に任せるので、そのようにしてもらいたい。 次の質問だ。 篭城戦を実行したとして、全住民の避難にはどのくらいの時間が掛かる? 具体的なシミュレーションはどうなっている」

 それについてはロイドが応答した。

 「発令して3日間の準備期間を設けたのち10日程度で完了する予定です」

 「全部で2週間か。 とすると先方がガガゼトに取りついてから発令したのでは遅いということになる」

 「ガガゼトの守備隊を強化すれば、或いは……」

 コマートが提案してみた。

 「うん。 だが現実的ではない。 あそこは粘って時間を稼ぐことは(はな)から考えてないよ。 パクマーには消耗戦(しょうこうせん)に持ち込んででも最大限、敵戦力の減殺(げんさい)を図るよう言ってある。 恐らくその線に沿った行動に出るはずだ。

 レンをテコ入れに送り込むのも、そのためなんだから」

 本部長はさり気無く最後の言葉を付け足した。

 “付け足した” と言うには余りにも刺激的な一言を――。

 ――何ですと?》

 聞いていた3人が、即座に反応した。

 テーブルの270度が顔を見合わせる。

 皆が同じ顔をしていた。 自分一人が聞き(たが)えたわけではない。

 「レン大佐が、出征するのですか」

 ビッコール元帥が確認するように()き返した。

 コマート大将は息をのんだまま固まっている。

 「……うん。 ここに篭り切りの君たちには言っても良いだろう。 実は先程まで彼女を呼んで、そのことを詰めていた。 本当に今いま、決まったばかりなんだ」

 「あーっ、長閣下。 あの……、“大陸令(だいりくれい)” ――でありますか」

 コマート参謀長がしわがれた声で恐る恐る質問した。

 レンは絶対にこの街を離れるわけにはいかないはずの人である。

 それを――。

 ゼイオンはニヤリと顔を歪め、「やはり……その程度のことでも驚くか」 と(ひと)()ちた。 真の爆弾情報は 「レンの出征」 それ自体にはない。 その先にある驚愕の真実――彼女の出征は単なる “出征” ではないのだ。 それを知ったならどんな反応が返って来るものか――この私の身に……。

 『ザナルカンドもいよいよ焼き(・・)が回ってきてね』

 そんな文句の大書(たいしょ)された張り紙が大元帥の額から垂れ下がっていた。

 ――事によると、それを聞いて欲しくてやって来たのだろうか。》

 3人はそろってそんな思いを抱いた。

 こんな恐ろしい話、他ではおいそれとできまい。

 「まさか。 単なる要請だよ、話し合いの上でね。 あ、言っとくが話をしたのは総帥父(そうすいほ)だからな。 私は横で見ていただけだ」

 と、聞かれてもないのに言い添えて笑っている。

 「それで、大佐は了承したのですね」

 事情を何も知らないビッコールが念を押した。

 「ああ。 あっさり “行く” と言ったよ。 決断の早い度胸の据わった良い娘だ。 本当に頭が下がる。 まったく……歌姫にしとくのがもったいない」

 …………。

 

 「市民に対してはどのように?」

 

 不意にロイドから質問されて――ゼイオン閣下は 「ここが勝負」 とばかり、懸命に何げない素振りを装いながら彼女に目を向けた。

 “実はその突っ込みを待っていたんだよ” という顔など(おくび)にも出さないで。

 あるいは密かに思うところでもあるのか。

 ポーラ・ロイド女史――。

 眼鏡の奥から知性と気品が滲み出る典型的な 「眼鏡顔」 のハイミスながら、誰が見ても絶対 “美人” と言うに違いない魅力的な才媛(さいえん)である。

 質問の趣意は彼女の立場としては当然のことだった。

 レンがガガゼトに転出になるのなら、その事実は隠し通せるものではない。

 「首相、……君には迷惑を掛けてしまうことになると思う。 この忙しいさなかに余計な仕事を増やしてしまって大変に申し訳ないが……。 すまぬな」

 「いえ。 それは良いのですが、本部長。 何か策でもお有りですか」

 「いや、まだ何も。 ついさっきまで話をしていて、そこで決まったばかりだ。 君に何か妙案でもないかと思ってね、こうして訪ねて来たわけだよ」

 言われて彼女は 「うん」 と首をひねった。

 思いつくところの無いわけではないが……。

 しばらく思案して女史が口を開いた。

 「レンが自ら市民を説得する以外にはないでしょう。 そのように仕向けるのが最善かと。 例えば “出征コンサート” でも開いてみてはいかがですか」

 「軍が主催してか?」

 「表に出ては意味がありません。 全体的な(かじ)取りをする必要はあるでしょうが、市民が自主的に企画してレンがそれに乗るような形はどうでしょう。

 彼女は聞き分けの良い賢い娘ですし、放っておいても大丈夫ですよ。 まずは我々の想定を逸脱するようなことはないと思いますが」

 「うー……ん。 それはそうなんだが、……そんなことで、みんなが納得するかな。 そちらの方が心配だ。 軍部が全ての尻拭(しりぬぐ)いを彼女に押しつけて、レン一人では手に負えなくなった時にだね」

 ゼイオンはどうも乗り気ではないようだ。

 可能性うんぬんというより彼の矜持(きょうじ)がそれを許さないのであろう。 とかく寝技は苦手な男だった。

 「やはりここは正直に私から話をするべきだと思うんだが、それでは収まらんだろうか。 首相、君には迷惑を掛けてしまうことになると思うが、その際には一緒に来てもらいたいのだ」

 大元帥閣下は同じ言葉を繰り返して苦しい胸の内を打ち明けた。

 「はい。 私で良ろしければ……」

 「うん。 宜しく頼むよ」

 そう言っていったん打ち切り、ゼイオンは改めて左隣の武官たちに向き直った。

 「邪魔をして悪かったな」

 「いえ」

 二人の将軍が弾けるように応答した。

 「しかしお陰で大変有意義な情報を得ることができたよ。 来て良かった。

 ところで、私から聞くだけでなく君たちの方でも何かないかな? もし私にできることがあれば何でもしようと思うが……」

 “それ来た!” ――。

 本部長の口からやっとお目当ての言葉を引き出して、二人は目を合わせた。

 すかさずコマート参謀長が説明を始める。

 「はい。 実は備蓄資材を搬送するに当たって、生活物資の選定で多少の問題が生じております」

 「というと?」

 果たして大元帥閣下が興味を示した。

 「はい。 私たちが今、最も危惧(きぐ)しておりますのは絶対的必要物資の見込み違いです。 具体的にはある特定の物資が予想を超えて異常なペースで消費されてしまう、或いは想定外の資材が必要になり、それが備蓄リストに入っていなかった――そういう事態を効果的に防止するのが極めて困難であります。 有効な手立てがありません」

 「いざ、篭城戦に突入してみて初めて分かった、というのでは……」

 「うーん、そうか」

 「更にもう一つ、輪を掛けて厄介(やっかい)な問題が最近になって浮上致しまして――」

 「さらに?」

 「はい。 篭城期間の設定であります。 例えば1週間や10日程度の間であれば全く無視できる資材も、半年以上のレべルで考えると、そうも言っていられなくなります。 しかし幾何級数的に品目数が増えると、どうしても想定外の事態が生起してしまう可能性を排除し切れません。

 そのことが致命的に篭城作戦の足を引っ張ることになるのではと……」

 コマート参謀長は切々と訴えた。

 「なるほどな……。 その事態はむしろ確実に起こってしまうという前提で話を進めざるを得ないだろう。 総計3000万住民の篭城戦など過去にも例のない試みだ。 多少の非効率化は覚悟しよう。

 しかし、場所はあっても時間が無い――か。 頭が痛いな」

 「そこで一つ、長閣下のお力添えを(たまわ)りたいのですが……」

 「おう、何だい? 私にできることなら何でもするぞ。 この作戦は現在、軍の最優先課題だ」

 本部長の言質(げんち)を得てコマートは意を強くした。

 内心 “しめた” と思いながら懸案の用件を切り出す。

 「はい。 先のビーカネル戦の様子が分かれば大変な参考になると思うのです。 アンダー・ザナルカンドとは状況が異なりますが、あそこのホームタウンでも全市民が2カ月近く立て篭って抗戦したと聞いております。 その時の篭城戦の担当者の話が聞ければ、非効率化は格段に解消すると小考致しますが――」

 そこまで耳を傾けて聞いていたゼイオン大元帥が、しかし 「うーん……」 とうなったまま表情を曇らせ始めた。

 「ビーカネルとの連絡は、現在どのようになっているのでしょう」

 不安になったビッコールが割り込むように質問した。

 彼らはずっと穴蔵に篭りっ切りでこの作業に没頭しているので、上の様子がさっぱり伝わってこない。 この空洞内で職務に従事している者は大なり小なり皆、同じ状況になる。 彼らだけが特別に不自由しているわけではないが……。

 大元帥は “実はこれも極秘情報なんだ。 滅多なことで口外できないのだが” といった口調で、渋りながらも教えてくれた。

 「現在、方々に手を伸ばして情報収集をしているところだ。 が、(かんば)しくない。 向こうのA軍集団と第1艦隊が陸・海・空を完全に制圧していてな。 連絡線は途絶したままだ。 ガガゼトからの迂回路(うかいろ)も撤収した切りで、依然復旧の目処(めど)が立っていない」

 「えっ!? あそこも引き揚げたのでありますか」

 ビッコール元帥が思わず頓狂(とんきょう)な声を発した。

 「ん? 連絡が行ってなかったか。 この前の報告書にまとめて書いたはずだが」

 大元帥閣下が怪訝(けげん)な顔をする。

 ――しまった!》

 と思ったが、もう遅い。

 「も、申し訳ありません。 その通りでありました。 今、思い出しました。 確かに目を通した記憶はあるのですが、何ぶんと……」

 “元帥杖” を提げた歴戦の大将軍がゼイオンの前でしどろもどろになる。

 「はっはっはっは……。 まあ、そうだよな。 君たちは今、この篭城戦の準備に全神経を集中しなければならぬ身だ。 確かに…… 《ガガゼト》 の連中が何処で何をしていようと、そんなことは知ったことじゃないさ。

 逆に、そんなこと(・・・・・)がチラチラと気になっているようでは困る。 当然だ」

 と大元帥閣下が(かたじけな)くもフォローしてくださる。

 「も、申し訳ありません」

 ビッコールは重ねて頭を下げた。

 「簡単に説明しておくとな。 諸君がレミアムの()で奮戦している最中に、実はガガゼト方面軍もべヴェルと単独で交戦しておるのだ。 まあ、君たちの前では “交戦” と言うのも烏滸(おこ)がましいような規模(レベル)なんだが。

 第1艦隊の一部がビーカネルとの連絡線の遮断を狙ってガガゼトの迂回路に駆け上って来た。 方面軍の方でも頑張って、幻光虫の霧に(まぎ)れながらいろいろちょっかいを出してはいたのだが……衆寡敵(しゅうかてき)せず、だ。 結局、迂回路の根元まで撤退せざるを得なくなった。 それ以降、あそこは失われたままになっている。 あの道を伝ってビーカネルに行くことはできない。

 つまり――。

 正直に言うと、今のところは手の出しようがないといった状態なのだ」

 「では、ビーカネルの現在の様子は……」

 「うん。 正確なことは何も分からん。 ただ、相当ひどいことになったようだ。 両軍ともにな。 ビーカネルの人間でどのくらい生き残ったか、脱出した者がどの程度いるのか、見当さえつかない。 もっとも戦闘が終結してまだ二月しか経っておらぬから無理からぬところもあるが――」

 「するとビーカネルの情報は、当分……(あきら)めるしかありませんか」

 ビッコールが残念そうに訊いた。

 「いや。 連中ももうすぐ再編成で大多数がマカラーニャに引き揚げるはずだ。 そうなればこちらとしても打つ手はある。

 どのみち放っておくわけにはいかない案件だし、そういう事情があるのなら多少の無理もしてみる価値はあるな」

 「お願い出来ますでしょうか」

 「ああ。 それについては私が請け合おう。 必ず何とかする」

 「有り難うございます。 宜しくお願い致します」

 二人はそれを聞き 「ほっ」 としたように頭を下げた。

 話は一段落した。

 最後に忘れ物でもあるといけないというように

 「他にも何か聞いておくことがあるかな」

 と念を押し、ゼイオンはテーブルを見回した。 彼が持ってきたバスケットはちょうど良い具合にバナナが1本残っているだけとなった。

 ないわけではないが、今は余計なことは言わない方が良さそうだ。

 いえ、――という一同の合図を確認すると、彼はそれを手に取って皮をむき 「ぽいっ」 と口に放り込んだ。

 それを合図にゼイオンと一同が立ち上がり、さっと敬礼を交わす。

 「忙しいところを邪魔して悪かったな」

 「いえ、とんでもないことであります。 長閣下こそ、お忙しいさなか、このような場所にお越しくださり、大変有意義なお話を賜りました。 感謝申し上げます」

 「なんの、こちらこそ。 あ、それと邪魔ついでと言っては何なのだが……首相、ちょっといいかな。 その、……別件で付き合ってもらいたいことがある」

 ゼイオン本部長が突然、声のトーンを落としてバツ悪そうに話し始めた。

 「そんなに長くは取らせないからさ」

 そう要求されては、3人ともまさか “(ノー)” とは言えない。

 ――それならそうと最初から言えばいいのに。》

 互いに顔を見合わせ、やっと得心がいったような気分になった。

 彼がやって来た本当の理由は、要するにそういうことだったのだ。

 統合幕僚本部本部長であり大元帥でもあるゼイオンならば、有無を言わせず一方的に命令しても誰も文句は言わないと思うのだが……。

 自分たちが今どれだけ忙しくしているかを知っているだけに、彼もなかなか切り出せなかったのだろう。

 彼の人の好い性格は誰からも好かれる得難い長所であったが、同時に全軍の長として見るなら周囲の者が一様に気を揉む心配事でもある。

 差し入れのバスケットと、今いま決まったばかりの最新情報を手土産にして、さらに現場の要望まで聞いて、その上でロイドを引っ張って行こうというのがいかにも本部長らしい。 ――いや、笑っちゃいけないが。

 ――きっと良い上官だよ。 俺たちの苦労をちゃんと分かってくれるね。》

 「どうぞ。 こちらは当面二人だけでも何とかなりますので」

 ビッコールが型通りの返事をした。

 「そうか。 ……本当にすまないな。 じゃあ、大変とは思うが一層の資材備蓄に励んでくれ。 ザナルカンドの命運がひとえに諸君の奮闘努力に懸かっている。 期待しているよ」

 「はっ!」

 その場に居合わせた全職員の最敬礼に見送られて、ゼイオンはロイドを伴い空洞の奥へと消えて行った。

 

 

 

  〔第1章・第7話 =了=〕

 

 

   【初出】 にじファン (『小説を読もう!』 サイト内) 2010年4月22日

 


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