機械戦争戦記・レンの歌声が聞こえる   作:咲尾春華

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 ■欄外夜話 『ザナルカンドの情景』 スケッチ 5

     

    

 その日、レンが 《ダグルス通り》 の外れにあるケーキ店に帰って来たのは、結局、夜の7時を大きく回り大方8時になろうかという時間帯だった。

 彼女の姿を最初に見つけたのはアナウンサー養成の専門学校に通う “自称タレントの卵”、シャーミ。

 店頭のショーケース越しに目を合わせるなり、彼女が逸早(いちはや)く声を上げた。

 

 「ヤッホー! や~っと戻って来たよ。 お嬢さん、お帰りぃ」

 

 「なに、なに。 あ、ホントだ。 レンちゃん発見!! 無事だったかい?」

 

 脇から “にゅう” と首を伸ばしてノッポのカリちゃんが相槌を打つ。

 

 ――良かった! シャーミが来てくれてたんだ。》

 

 息を切らせて駆け寄りながら、少しほっとした気分になる。

 

 雨はもうすっかり止んでいた。

 パシャパシャと、歩道にできた水溜りがレンの歩幅に合わせて次々と歪んでゆく。

 

 「ごめん、ごめん。 マジ、トラブっちゃって……。 カリちゃんも帰ってたんだね」

 「私なんか、とぉーーーっくにぃーだよォ!!」

 「ああ、ごめん。 悪かったって、このとおり」

 

 “一緒にしないでよね” みたくブン剥れるヒクリに手を合わせて、レンは素早くお店の脇の勝手口に滑り込んだ。

 

 「店長から突然スフィアで呼び出されてさぁ、ヒクリが居なくなってレン一人だから、今すぐお店に出てくれって言われて……。 しょーがないから化粧も髪のセットもロクにしないで駆けつけてみたら、カリちゃんが一人で店番してて、レンの方が居ないんだもん。 何だよ、それ!? って思うじゃない」

 

 陽気な声が店の奥から聞こえてくる。

 

 ドアを閉めて、カリちゃんの傘をわたしの傘の横に差し込み、上着を脱いで急いでハンガーに掛ける。

 それから、そ~っと勝手間を覗き込んだ。

 

 「おお! レン、帰って来たか」

 

 ――彼はそこに居た。

 

 「ごめんなさい、店長。 ちょっと大変なことになってしまって……時間が掛かっちゃいました」

 

 そう言って頭を下げる。

 

 「うん。 いや……あれは仕方ないさ。 まさか放っておくわけにもいかんしな。 ――気にすることはない」

 「はい。 すみません」

 

 「外国(よそ)の人なんだろ?」

 

 店長が声を落として心配そうに訊いた。

 

 「……だと思います」

 「身元が分からなかったのか?」

 「はい、何も――身分を証明するようなものは持ってなかったから」

 「そうか……とんだ災難だったな。 全く。 ツイてない」

 …………。

 「そういうことには、あまり関わり合わん方がいい」

 「でも、もう関わっちゃいましたから」

 「うー……ん」

 「幸い明日はお休みですし、取り敢えずもう一度、病院を訪ねてみようと思います」

 

 ――――。

 

 「あの人も記憶をなくして混乱しているはずだし……」

 

 「そうかい。 だけど無茶はするんじゃないよ。 くれぐれも気をつけてな」

 「はい」

 

 そう返事をすると、レンはまた、制服のスカートの裾をポンと払って通路脇の鏡を覗き込んでから店の仕事に戻っていった。

 

 夜になって雨が止んだせいもあってか、その後はいつになくよく商品が出て行った。

 シャーミが居てくれて大正解。

 結局、閉店の10時過ぎまで3人は忙しく接客に追われ続け、棚に陳列したケーキは綺麗に売り切ってその日を終えた。

 

     ◇

 

 魔天都市ザナルカンド――。

 北の最果ての地、幻光虫の渦巻く召喚獣の国、スピラ全世界の首都、決して眠らない街……。

 その壮麗な景観は、夜にこそ真価を発揮するという。

 しばしば “独特の” という言葉で形容される曲線と緩やかなアップ&ダウンで構成されたビル群の谷間を縫うように抜けて、一台の小荷物運送業のワゴン車が目的地を目指していた。

 

 乗りつけた先は南A地区 《ゴワーズ街》 の一画。

 ちょうどこの付近一帯は、あのスーパーエースFW 「ヤクト」 を擁するプロ・ブリッツボールの名門 《ザナルカンド・ユナイテッド》 が本拠を置く場所として有名な高級市街区である。

 

 その地に建つ、とある高層マンションの一室に世にも風変わりな “届け物” が運び込まれた。

 

 受取人――ザナルカンド切っての歌姫にして 「史上最高」 の呼び声のある召喚士 『レン』

 配達物――プロ・ブリッツボール 《ザナルカンド・シティ》 の新鋭MFにして兼ねてから手引きの要請のあった青年1名

 

 まあ、ここまで来たら茶番だね。

 

 どうせなら、四角い箱の中に仰々しく横たわって周囲に赤いリボンでも巻いていれば良かったのに。

 

 ――止しとくれよ。 冗談じゃない。》

 

 ちょうどそういった包装の小箱を大事そうに抱えた運送作業員が、帽子の(つば)を深々と被り直した。

 

 ……だいいち、そんな重たくて大きな箱、ザルガバースとエルトには持てないよ。

 

 「有り難う。 本当に助かったよ」

 「いえ、どう致しまして」

 「お兄ちゃん。 またね! けけけ」

 「うん。 エルトちゃんも元気でね」

 

 最上階24階のエレベーターの出口でそう挨拶を交わして二人と別れると、シューインはプレゼントの包みを抱え、目的の(ドア)を目指して一歩一歩、歩き始めた。

 

 ――何だかドキドキするな。》

 

 もしも 「彼女」 がその気になれば、彼らがマンションの入り口に降り立った時点から、その一挙手一投足をモニターできているはずだった。

 

 ……うん。 でも、どうだろうね。 あの人がそんなことをすればだけど。

 

     ◇

 

 この日――。

 シューインとレンの二人の歯車が、再びカチリと噛み合って回り始める日。

 それは一方で、後のスピラの千年の苦悩が 「カウントダウンの時針」 を刻み始めた日でもあるのだが――。

 

 厳かで、頑丈そうで、清潔な戸口の前に立って、すぅーっと一呼吸してから……シューインは(おもむろ)に呼び鈴を鳴らした。

 

 「今晩は。 ザナルカンド・シティの一選手から 《黄金の蹴球(バロン・ドール)》 のお届け物です」

 

 

   ――〔つづく〕――

 

 

   【初出】 にじファン (『小説を読もう!』 サイト内) 2010年3月15日

 


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