機械戦争戦記・レンの歌声が聞こえる   作:咲尾春華

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 ■欄外夜話 『ザナルカンドの情景』 スケッチ 4

     

    

 「通して、通して。 ……はいはい、どうもご免ね」

 

 ――――。

 

 「引っ張らないで、さ」

 

 ――――。

 

 「遅れちゃうから」

 

 ――でも、今日は試合じゃないんでしょー。

 ――ねえねえ、どうしてこんなところに居るんですかぁ?

 ――これから、どこ行くのー。

 ――シューインさぁーーーーん!!

 ――こっち向いてぇ~~~~!!!

 ――おーーい、シューイーン!

 

 さほど広くはない場末の商店街の歩道脇。

 傘の障壁(バリケード)に囲まれてしまうと動くに動けなくなる。

 たちまち渦中の有名人は進退が窮まった。

 

 “進退” と言っても、これが例えば 「引退か」 「現役続行か」 の話なら、答は簡単だ。

 しかし 「ファンサービスか」 「プライベートか」 の二択になると、途端にややこしくなる。 おいそれと無視するわけにもいかなくて――。

 

 (弱ったな。 もう時間がないんだが……。)

 

 「シューインさーーん」

 「シューイーン!」

 「おい、シューイン!!」

 「今年もあの 《ユナイテッド》 を、コテンパンに潰してくれよなー」

 「でもって、こっちの 《ダグルス》 には負けてくれぇ!」

 

 人垣からどっと笑いが(こぼ)れる。

 

 「去年のデビューから、あの……お 応援してます」

 「お前ら、《ユナイテッド》 を止めろ!」

 「ボールを奪ったら、とにかくシュートだ」

 

 (何だよ、それは……。)

 

 苦笑しながらも根っからの好青年ぶりは隠せない。

 何と言っても完全アウェーのスフィア・ドームでただ一人、敵地のファンから黄色い声援を浴びる人気選手である。

 断るに断り切れなくて、彼は途方に暮れた。

 

 だけどそんなことをしている間にも、どんどん人並みは膨れ上がってゆく。

 放って置くと今にも収拾がつかなくなりそうだ。

 さあ、大変だぞ――と思った矢先。

 

 『お客様! お待ちしておりました。 こちらへどうぞ』

 

 不意に――。

 揉みくちゃの音声に混じって彼を呼ぶ言葉が聞こえ、シューインはさり気なくそちらに目を遣った。

 

 歩道の奥に桃色の制服を着た女の子の姿があった。

 

 ――やぁ、助かった。 ここか!》

 

 目的の場所を発見し、ほっとしたように頬を緩ませる。

 

 彼は(おもむろ)に視線をあらぬ方向に走らせると得意のフェイントで人並みを引き付け、その空いたスペースにすかさず強行突破(ブレイクスルー)を仕掛けて、そのまま声のした戸口へと滑り込んだ。

 

 さすがはブリッツのプロ選手、一般人には 「あっ」 と云う間の動作である。

 

 「ご免な。 大切な用があってね、ちょっと急いでるんだ」

 

 そんな台詞を吐き出して、分厚い扉はゴトンと閉ざされた。

 

 ――――。

 

 飛び込んだ先は、倉庫か事務所といった造りのかなり大きな建物だった。

 中に入って一息吐くと、ウソのような静けさが待っていた。

 冷んやりとした、薄暗い――だけど表通りの喧騒や強雨とは別世界の乾き切った空間。

 

 扉の奥には細くて長い通路が続いていた。

 どうやら小荷物運送業の集配拠点のようだ。

 そこを――。

 声を掛けて招き入れてくれた、ひょろりとした体形の女の子が案内してくれた。

 とりあえず黙ってついて行く。

 

 彼女が着ていた制服は一目で飲食店業のそれと知れたので、少し不思議な気がした。

 何でこんな所に居るのだろう。

 

 社員食堂でもあるのかな。

 

 そんな思いをよそに、やがて二人は突き当たりの裸電球が吊るされている壁の前まで来た。

 脇のドアをノックして、彼女が押して入る。

 

 「ヒクリぃ、グッジョブ! ナイスなフォローだね。けけけけけけけ……」

 

 扉を開くなり。

 (かん)(さわ)る濁声が通路の脇まで響いてきた。

 つられて中に入ろうとしたシューインの足が思わず止まる――。

 

 信じ難いが “幼女” の声だった。

 

 「なーに言ってんのさ! たまたま私が見てたから良かったんだからね。 でなきゃ、いったいどうするつもりだったんだい。 ……さ、さ、シューインさんですね。 どうぞ、お入りになって下さい」

 

 ウエイトレス姿の不思議なお嬢さんに手招きされて、彼は咄嗟に詫びを入れた。

 

 「いゃあ、悪いのは僕なんだ。 雨で道がよく分からなくて……。 傘を差してるから大丈夫と思ったんだけど、ちょっとツイてなかった」

 

 喋りながら扉を潜る。

 

 部屋の奥には思った通り、紫とピンクの横縞のシャツに黄緑色のズボンを履いた女の子が、皮肉な笑みを湛えながら、丸椅子に両手を突いて跨っていた。

 三つ編みのお下げを、水色のリボンで派手に飾り立てている。

 

 ――何つぅ色彩感覚だ。》

 

 シューインは(けん)のある瞳に射竦(いすく)められて言葉を失った。

 

 そこも薄暗い部屋だった。 窓がついてないせいか、余計にそう思われた。

 

 「ザルガバース、準備できてるの?」

 「えっ? うん。 もちろん」

 

 幼女の付き添いのような青年がヒクリに問われて弾けるように答えた。 部屋の中に居たのは、この二人だけだ。

 

 「そう。 じゃあ、お願いね。 ……ふぅ。 私はせっかくだから、お茶でも飲んで行くわ」

 

 そう言ってポットに手を伸ばし、「やれやれ」 といった表情でテーブルの椅子を引く。

 

 「えっ、戻らなくてもいいのか? 仕事中だったんだろ?」

 

 「だーから、だよ。 直ぐに帰ると、却っておかしいじゃない。 こっちだってバレないように工作するの、大変だったんだから。 じゃ、任せたよ。 こっから先はお願いね」

 

 「ああ、大丈夫。 ――おい、エルト。 行くよ」

 

 ザルガバースが幼女の肩を軽く叩き、出発を促した。

 

 ――エルトっていうのか……。》

 

 感情の掴み辛い不規則な目つきで周囲を見渡し、ぎごちない動作で椅子からポンと飛び降りると、女の子は真っ直ぐにシューインに向かって駆け寄って来た。

 

 「こっちだよ。 お兄ちゃん、いい男だね。 けけけけけ……。 ね、エルトと、いっしょに行こ!」

 

 そう言って彼の指を引っ手繰るように握り締めると、ぐいぐい引っ張ってゆく。

 

 「えっ、あ、ああ。 ――あの、……さっきは、本当に有り難う」

 「いえ、どう致しましてねぇ。 実は去年の頃から、あなたの大ファンでさ。 お会いできて良かった」

 「それ、表でも言われました」

 「はははは、怪我にだけは気をつけてね。 今年も期待してるよ」

 「はい。 頑張ります」

 

 「もう! ヒクリぃなんか、どうだっていいのぉ!!!」

 

 幼女に駄々を()ねられて、シューインは向き直るように奥の戸口へと歩を進めた。

 

 「シューインさん、こちらです。 ――これ、エルト!」

 

 「けけけけけ」

 

 彼女はろくに注意も聞かず、どんどんと “お兄ちゃん” を連れて通路の先へと走り出す。

 

 「あ、そうだ。 ガブランスの兄さんに宜しくね」

 

 慌てて後を追おうとしたザルガバースの背中に向けて、ヒクリが言葉を付け足した。

 

 彼が思い出したように立ち止まり、振り返る。

 何か言いたそうにして――しかし暫らくの間、考える素振りをしてから。

 

 「おう、ヒクリ。 そう言ゃあ最近、ご無沙汰じゃないか。 たまには顔出せよ。 ギースもベルガンも心配してたぞ」

 「ギースとベルガンがぁ? そりゃ、どういう意味でだい」

 「さあな……それは――」

 

 思わず噴き出されて、ザルガバースは咄嗟に返す言葉を失った。

 

 「ゼクトの旦那は何か言ってたかい?」

 「いゃあ、あれは無駄口は一切利かない奴だし……」

 「……そう。 だよね。 ――ま、当分は止しとくわ。 私は所詮、別の世界の人間だしね。 手助けが必要な時はちゃんと協力するからさ」

 

 …………。

 

 「そうか? じゃあ、これからも宜しく頼むよ。 ガブランスにはそのように伝えとくから」

 「うん。 あんたも元気でね。 くれぐれもドジなんか踏むんじゃないよ」

 「そりゃ、どうも。 ――お互いにな」

 

 苦笑したザルガバースがそう言葉を返して戸口に消えると、あとはティーカップの湯煙の立ち込める室内にヒクリが一人で残された。

 

 

   ――〔つづく〕――

 

 

   【初出】 小説を読もう!  2010年2月15日

 

 


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