咎孕みし堕天使への狂歌   作:空箱一揆

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投稿期間が開きまして申し訳ありません。
何とか、投稿しましたけど、今回の話で、原作準レギュラーが一人死にます。
この物語に救いはありません。


005 飯櫃

 人喰い妖怪ルーミアの場合

 

 暗闇を照らしていた満月よりも、煌々と輝く街並み。

 人類が眠るべき時間を逸脱し、妖怪の在るべき時間を闊歩する。

 それがどれだけ愚かなことであるかを知らしめるべく、袋小路に連れ込まれた人間へと、容赦なく爪を振るう。

 

「かっ……、あ……、え、あ!?」

 

 失った腕に理解の追い付いていなかった。

 ただ、そこに在ったはずのものを眺める人間の雄を現実へと呼び戻したのは、自身の欠損に伴う痛みであった。

 しかし、それだけでは終わらない。

 切りさかれた痛みが悲鳴に変わるよりも早く、その柔らかい喉元へと牙を突き立てる。

 グジュリッ! 肉をすりつぶした音と共に、流れだした血が喉を潤していく。

 頬いっぱいに肉を頬張りながら、陸に挙げられた魚のように口を動かす男の表情を眺める。

 そこに在るのは、恐怖により促される悲痛な表情。

 二度と発することのできない声を吐き出そうとする、無意味な行動を続ける哀れな餌の姿であった。

 その恐怖こそが糧となる。

 思いだせ。この世界で人が恐れるべき存在が何であるかを―――。

 すでに失いつつある命に止めを刺すべく、柔らかな腸へ向けて右手を振り上げ……、笑顔と共に振り下ろす。

 目は大きく開かれ、口元は痙攣を繰り返す。

 死の瞬間に流れ込む恐れは、今日も私を生かしてくれる。

 食べきれないほどの新鮮な肉、里の中で食事をしても、飛んでくる巫女はいない。

 此処はもしや、妖怪の理想郷なのか……、

 

 …………

 ………………

 ……………………

 

「―――違うッ!!」

 

 苛立ちと共に、残った死体を乱雑にむさぼる。

 

 おかしいッ!?

 

 おかしいッ!?

 

 何故だッ!?

 

「どうして、恐れが満ちないッ!?」

 

 人類は、妖怪と違い同族の死に敏感な生き物であったはず。

 それなのに、この街では人が殺されたとしても、誰もが無関心だ。

 これではまるで、此処の人間は妖怪、化け物ではないのかッ!?

 すでに、息絶えた死体を鞭うつように、痛めつけるように、むごたらしく食い散らかして見せたとしても、この町の人間はまるで恐怖を覚えない。

 いや、恐怖は在る。

 だが、その恐怖を妖怪のものだとは、誰も考えない。

 この街では、人が人を殺す。それが当然のものだと、誰もが信じている。

 グジュリッと、目玉をかみ砕いて一息を付いたところであたりを見渡す。

 大通りからはそれほど離れていないはずなのに、誰もがこの路地裏が存在していないかの如くに、近づかない。

 呼吸が乱れる。

 最近人間が、少し頑丈になって来たように感じる……。

 私は、そのまま苛立ちを紛らわすように、目前の食料を力任せに叩きつぶす。

 

「此処は、一体……、どこ――……」

 

 かつて暗闇を照らしていた満月の光すら、この街では薄暗く感じる。

 今も幻想郷は存在するのだろうか? 

 あの里の言葉を話す人間の男は、博麗神社を知らないと言った。

 ならば、此処は博麗の結界の外だろう。

 私は、あの場所に還ることができるのだろうか――――――。

 今日はもう、眠るとしよう。

 日が完全に沈みきるまで眠るのもいいかもしれない。

 私は、寝床に向かって歩き始めた。

 

 

 

 とある南米十三家族の女中の場合

 

 太陽は完全に沈みながらも、ぎらつく欲望が陰ることのない街の中。ついに目的の場所を発見することができた。

 屑や生塵を何百と煮詰めてこしとったような、一片の価値すら感じられない、人間と呼ぶことすら吐き気を催す、ゴミ達の街。

 淫靡なネオンを掲げる看板を一瞥すると、私は、この街で最もガラの悪い酒場“イエローフラッグ”へと足を踏み入れた。

 粗悪な扉が、ギシギシと音をたてる。

 店内へと一歩踏み出したところで、何人かの客たちが、奇妙なものを見るように私を見つめる。

 私が身を包むのは、命の恩人に与えられた地位の証。

 奉仕を生業とする服装は、およそ場違いなものであろう。

 しかしそれでよいのだ。

 場違いで目立つ服装ならば、どんな頭の出来が悪い人間であっても即座に見つけることができるだろう。

 私の大事な者に手を出した酬いを与えるため……、そいつらをあぶりだすには好都合だ。

 手早く情報を得るために、酒場のカウンターへと足を進める。

 怪訝な目を向けていたバーテンだが、すぐに無関心を装うように、新聞へと目を移す。

 とりあえず牛乳を頼み、すぐにでも情報を得ようと流行る気持ちを抑えながらも、この日中で何度も繰り返した言葉を繰り返す。

 

「この街には、今朝ついたばかりでして。右も左も分かりません。コロンビア人の友人を探してッ」

 

 私の言葉を遮るように、安物のビールを叩きつけて、目の前に差し出すバーテン。

 

「ここは酒場だ、酒を頼めッ! 阿保んだらッ!」

 

 乱暴に叩きつらられたグラスから、なみなみ注がれたアルコールがはねる。

 頬を濡らした滴に、僅かな不快感を感じながら、静かに、指先で拭う。

 右手で握りしめたグラスは、力加減を間違えて、ミシリと音を立て皹が走る。

 グラスが砕けた。

 湧き上がった不快感が僅かながらに解消されたことで、再びバーテンに対して問いかける。

 

「この街には、今朝ついたばかりでして、右も左も分かりません。同郷の友人である、コロンビア人を頼ってきました」

 

 吐き溜まりの中に店を構えるバーテンこの男は……、道端に転がるゴミよりも最悪の部類だ。

 店に入った瞬間から私へ対する警戒を絶やさずに、挑発、悪意ある言葉を使い分けながら、的確に私の真意を探ってくる。

 感情を図ることに長けている。

 私という存在を探り出そうとしている。

 この街の中で、無害ではなく、力によって君臨するでもなく、他人への感情を図り、その感情を自由に引きだすことに精通している。

 善と負の感情を選り分け、向かうべき暴力の先を相手に悟られる事なく、動かすことができる。

 かつての私の知り合いにも、存在した人種だ。

 それなりの訓練を受けた兵士が持ち得る力。

 たかが、駒である兵士を動かす程度の能力だが、クズしかいない、この街では十分に効果を発揮できるだろう。

 この店の中であるなら、客の大半を動かして、私を排除する方向へ持っていく事もできるだろう。

 一対多の戦場を作り出すことのできる。

 それがこの男の自信へとつながるならば、

 

「その方々いる場所を―――」

 

 自身の力よりも、兵を使う時間さえも与えずにも、己の命を奪えることを示してやれば…………、

 

「教えてくださいまし――」

 

 堕とすことができる。

 私は、その惚けた表情を食い殺さんとする眼力で、低い声色で告げた。

 揺らぎ、プライド、いろいろな感情が混ざり合う瞳を逃がさぬように、視線を縫い止める。

 バーテンの頬から汗が流れる。

 そして、口を開く……。

 

「俺達を嗅ぎまわってるイカレタ女中ってのは、お前の事か?」

 

 バーテンが、言葉を紡ぐよりも早く、背後から投げかけられた言葉。

 振り返り、その声の主を確認する。皮膚の色、口調、台詞。

 それは、私が求めたいた獲物であった。

 すでに、バーテンなど眼中にない。

 飛び出し、即座に縊り殺したくなる感情。それを、冷静に制御しながら、現れた屑共に殺意の視線を向けた。

 ごちゃごちゃとのたまう屑共の講釈に付きあう気はなく。

 ひとまず、必要な人数以外を間引くべきだと、ゆっくりと手にした傘を屑共へと向ける。

 通常の傘よりも格段の重量を誇ったそれには、容易に人を殺す仕掛けがなされている。

 柄の部分に偽装した引き金を引けば、たやすく一人の命を奪うことができる。

 とりあえず命さえ残っていれば、必要な情報は手に入る。

 すでに私の頭は、憤怒にまみれていた。

 

「……(サンタマリアの名に誓い、すべての不義に鉄槌をッ)」

 

 屑共が手にする鉄の飾りが、玩具であることをまずは教えてやろう。

 屑共の銃口が火を噴くよりも早く、塵を掃除するために引き金に力を込めて、

 

「――待てッ」

 

 私は引き金を引くタイミングを失った……。

 自分の格好が、場末の塵溜まりに対して、不相応であることは理解しているが、目の前に割り込んできたこの男の容姿もどこかこの塵溜まりに不相応な姿であった。

 さほど寒さもないこの時期に、長いロングコートを翻し、腰に隠したホルスターから取りだしたのは、年代物のモーゼルだ。

 反対の手には、どこでかで購入したらしい紙包を抱えている。

 

「か弱き女性を多勢に任せて嬲る様。神はよほど俺の瞳に悲しみを映し出させたいらしい」

 

 どこか芝居かかった口調で、銀髪の男が口を開く。

 正直、屑共よりも先にこの男を黙らせたかった。

 この男が、この場に居合わせただけの屑であればよかった。しかし、この男が私を助けるために、出て来たことはゆるぎない事実であろう。

 どのような理由であれ、無関係の人間を救おうとした人物。そのような人間を、屑共へ対する肉壁とするには多少の躊躇いを覚えた。

 数年前、私が南米の屋敷で匿われるよりももっと昔、そのころの自分では、考えられなかった思考であった。

 南米の屋敷で過ごした数年が、私を憎悪によってこの場所へ向かわせ……。

 そして、私が弱くなったことを実感させられた――。

 口惜しさ、苛立ちから、私の口元から赤い血が流れだす。

 

「てめぇ、最近噂になってる幼女趣味じゃねえか。俺達を誰か分かっているのかッ? さっさと、おうちに帰って粗末なナニでも、餓鬼にしゃぶらせてたらどうだ?」

「黙れ、下郎。見知らぬ土地で迷える乙女に銃を向けるだけでは、飽き足らず、我が女神への暴言。それ以上の侮辱は、我の瞳に浮かびし悲壮を、憤怒へと塗り変えることになるとしれ」

 

 さらに、芝居かかった口調に磨きがかかる。

 もしや私は、安っぽい喜劇を見せられているのではないか? 在りえない可能性に困惑しながらも、目の前で肉壁となる人間の脇から周囲の状況を確認する。

 多少なりとも頭のある人間ならば、即座に店の外へと逃げ出すべきであるが、この店の客たちは、私たちを面白い劇を見るかのようにゲスな笑みを浮かべている。

 私が誘いだしたマフィア共、コロンビア・カルテルの連中が、一人の人間が加勢した程度で引くわけがない。

 もはや、スカートの中に隠した手榴弾ですべてを吹き飛ばして終わりにしてやりたい気分になってくる。

 しかし、目の前の屑共にはまだ聞かなければならないことがある。

 私がこの吐き溜まりに来ることになった、恩人の子が、若様の居場所を吐いてもらわなければならない。

 本来ならば、このような吐き溜まりと化した街に居るべき御方ではないのだ。

 もしかしたら、すでにどこかに売り飛ばされているかもしれないと考えると、いてもたってもいられなくなる。

 改めて、観察すると屑共は、私よりも銀髪の吟遊詩人気取りの男に意識が言っている。

 もはや、これ以上時間を費やす気もない、この馬鹿騒ぎに終止符を打つと決め、仕込み傘の引き金に力を込めるタイミングを計る。

 その前では、銀髪の男が、何やら小脇に抱えた包みを動かしては持ち上げて、腕が止まる。

 何がしたいのかわからなかったが、カウンターの中に身を潜めていたバーテンは、その行動を察したかのように叫ぶ。 

 

「おっ、おいロットンッ!? そいつは俺が今朝頼んだものじゃないだろうなッ! 止めろよッ! 止めろよッ! まさかそいつはッ!?」

 

 バーテンの慌てよう、広範囲に対して殺傷を可能とする何か? そしてこの男は何処から出て来たか。

 確か厨房からのはずだ。ならば、銀髪の男が持っているものは、

 

「(小麦!? 粉塵爆破かッ!!)」

 

 吟遊詩人気取りの男が小脇に抱える袋を掲げると、塵共に向かって、投げつける。

 低く弧を描くように飛ぶそれに対して、塵共も何かしら危険を感じたようだが、すでに遅い。

 

「すべての不義に鉄槌をッ!?」

 

 瞬間、仕込み傘から飛び出した銃弾が、放り投げられた包みを撃ち抜いた。

 私は、衝撃が来ることに備え、防弾性を施した仕込み傘を広げて盾とする。

 広がる傘が視界を遮り……。

 そして……。

 撃ち抜かれた袋からは……。

 七色の玉が降り注ぐ。

 私を含めた、多くの客の思考が止まる。

 

「あ、飴玉?」

 

 つぶやいたのは誰だったか? そして、一時の静寂に幕を引いたのは、唯一この包みの中身を知っていた男だ。

 

「今俺の瞳に移るのは悲しみの色でしかないだろう。それらを覆い隠すには、闇でしかない」

 

 抱えていた飴玉の包みがなくなり、自由になった腕がコートの陰に隠れた何かを探り出した。

 そして流れるような動作でそれを眼前に放り投げる。

 

「漆黒『ダークナイトウィッザード』」

 

 薄暗い紫が世界を覆う。

 

「なッ!? がッ!?? えぐまぁッ!? がッ」

「でめぇえッ! バッ、ながにぅッ!?」

 

 眼前で広がった煙に視界を奪われ、床を転げまわりながら物を破壊する音と、言葉にならない悲鳴が響く。

 その横を、強引に手を引かれながら、私は店の外へと飛び出した。

 

「なッ!? ロットンッ!?」

 

 聞きなれない言葉が聞こえた。何者かをはじき飛ばして駆けだそうとする私に、背後から聞きなれた声が響く。

 

「ロベルタッ!?」

 

 手を引く銀髪の男を引きずり倒す勢いで制止すると、声の主へと振り返る。

 

「わ、若様……」

 

 そこに居たのは、今の私が忠義を尽くすべき御方の一人。ガルシア・フェルナンド・ラブレスであった。

 

 

 

 ラグーンの狂犬、レベッカ・リーの場合

 

 餓鬼のお守はうんざりだ。電話がかかって来たのは昨日の夜。

 コロンビア・カルテロの連中から、荷物を引き取って渡すだけの簡単な仕事だったが、その積荷が問題だった。

 口うるさく、ちょろちょろとうっとおしい、そんな荷物の世話にはほとほと、嫌気がさしていた。

 雇い主のダッチにも言われたが、私がこの仕事をやってるのは、ベビーシスターをやるためじゃねぇ。

 むしろそんなことは、隣で阿保面ぶら下げてるロックにでもやらせればいい。

 いまだに、真っ白い服、前職の仕事着を身に付けており、私がせっかく買ってやったアロハシャツを着ようともしない。

 全く、忌々しいことだと思いながらも、仕事が長引きそうになった鬱憤を晴らす為に、目の前の餓鬼を小突いて見せると、さらにダッチにたしなめられる。

 

「お前、それ大人の態度じゃないぜ。てめぇにも餓鬼の頃があっただろう」

「そう言うなら、ベビーシスター代でもよこすんだなッ」

 

 大人の態度じゃない。ならどんなのが大人の態度だっていうのか?

 少なくとも私自身には、餓鬼のころに子供らしい扱いをされたことはなかった。

 そして、この世界には、危険を顧みずに人助けをするヒーロもいない。

 スーパーマン? スパイダーマン? ウォッチマン気取りの阿保ならいるかもしれないが、所詮は映画の世界だろう。

 イライラは募るが、これ以上言ってもどうにもならないことは理解している。餓鬼の世話は、ホワイトカラーが似合うウチの水夫見習いにでも任すことにしよう。

 私は、最後にもう一度餓鬼を睨み付ける。

 そして面倒な役目は、ロックへ丸投げする。。

 ロックが余計なことを言わなければ、今頃この荷物を引き渡して、仕事上りのラムでも煽っていたはずなんだがな。

 餓鬼が孤児だろうが、金持ちだろうが、どうでもいい。

 さっさと、こんな面倒な仕事は終わらせたいもんだ。

 さっきダッチが、ロックが思いついた違和感について、裏付けを取る為にロシアンマフィアのボス、パラライカの姉御に電話していた。

 何やら姉御も立て込んでいるらしいが、できれば早めに、情報を教えてほしいもんだ。

 

「しっかし、今日も此処は一段と騒がしそうだな?」

 

 イエローフラッグの中へ入ろうと近づくと、そこには、阿鼻響叫喚といった、叫び声が外まで響いてくる。

 

「ダッチ、今日は別の店にしないか?」

「そう言うな、バラライカさんとはこの店で待ち合わせしてる。面倒な客がいるならとっととお引き取り願うしかないな」

 

 ドアを開けることに戸惑ったのは一瞬だが、その一瞬の間に、店の中から何者かが飛び出し、私の身体を押しのける。

 そのことに苛立ち、とっさに腰のホルスターに収めたカトラス掴むと、私を突き飛ばした犯人へと鉛の銃弾を叩き込む

 

「てめぇッ、何処に目つけてやがるッ」

 

 左右から発射された弾丸は、私にとっては不幸にも、飛び出した二人の身体を掠めるだけで合った。

 メイド服を纏った奇天烈な女。

 その手を引くのは、現在この街で最も話題を集めている男。

 幼女趣味、スタイリッシュ電波男、天然ジゴロなど不名誉なあだ名で有名になりつつあるロットンの姿であった。

 

「ロベルタッ!?」

 

 店から飛び出した二人を注意深く観察していると、横から甲高い不快な声が耳に届く。

 

「わ、若様……」

 

 とうとう金髪の餓鬼だけでは飽き足らず、守備範囲を広げたかと半ば、軽蔑的な視線を向けるが、ロットンは極めて涼しそうに、ズレてもいないサングラスをかけ直している。

 そして、クソ生意気な餓鬼に近づこうとして来るメイド服の女。

 私は安っぽい三文芝居でも見せられているのか?

 さらわれた餓鬼をメイドが助けに来るとか、今どき三流映画でもやらないような、現実が目の前にある。

 そんな、分かりやすい物語に、ハッピーエンドに見える物語に、私の苛立ちは限界に達した。

 

「動くんじゃねぇ。てめぇッ、一体どういうつもりだ」

 

 今にも飛び出していこうとするクソガキを抱えるように拘束すると、その口元に、銃口を押し込む。

 

「一体何のつもりでしょうか?」

「あっ、知るかよッ! それよりもこれは私らが預かった荷物なんだッ。どこの誰か知らないが軽々しく近づいてくるんじゃねぇッ!」

 

 近づこうとするメイドの動きが止まる。

 

「レッ、レヴィ!? 一体何を」

 

 何やら横でロックが狼狽えているが、関係ない。この手にあるのは、ただの商品なんだから。言われたとおりに、言われた場所まで運べばそれだけの存在だ。

 そのあとで、変態共に嬲られようが、ばらされようが、一切関与しない。

 このクソガキは人間ですらない、ただの荷物なのだから。

 誰が荷物などを助けに来るのか?

 イライラが募る。

 このまま指先にちょいと力を込めれば、この餓鬼の頭ははじけたポップコーンのように、小気味良く砕け散るだろう。

 

「その手を離してもらえないか?」

 

 これまで、メイドの背後で何度もサングラスをいじっていたロットンが、話に入ってくる。

 

「あッ? ロットン、どういうつもりだ? てめぇもとっとと帰って、餓鬼の世話で……、も――――――――」

 

 銃口をメイドからロットンへとずらした瞬間に、突如頭部を襲った衝撃と共に――、私は、――を、失っ…………。

 

「あなたは、美味しそうじゃないわね」

 

 

 

 人喰い妖怪ルーミアの場合

 

 毎夜宴会を繰り広げる酒場だが、今日は宴会場へ行く気分にもなれずに、部屋の布団の上で転がっていた。

 珍しくロットンは朝から出かけており、日が沈むまで一人ゴロゴロと、白い布団の上を何度も往復する。

 最近疲れやすくなった身体を休めるために、布団の上で寝そべっているが、疲れはあまり取れなかった。

 そんな中、微妙な胸騒ぎと共に、一階の騒ぎが一段と騒がしくなったように感じ、ふらりと窓の外を覗いてみた。

 そこには、先日出会った、人里の言葉を話す人間の雄が店に入ろうとしている

 そして、反対に店の中から飛び出して来るロットンの姿があった。

 何やら、吸血鬼の従者が来ているような服を身に付けた人間の雌の手を引いているが、一体何があったのだろうか?

 そのメイドが、ナイフを飛ばしてこないか注意深く確認してみる。

 すると、ロットン達と対峙していた人間の雌が、弾幕を放つ鉄の筒、銃と呼ばれているらしい武器を抜くのが目に入る。

 そして、その雌はロットンに向けて、その筒を向けた……。

 私の鼓動が大きく脈動した。

 徐々に湧き上がる不快感が私の中に充満していく。

 そして、私の中に残った論理的な意識がささやいた。

 ロットンが死ねば、私はどうなるのであろう?

 この世界は、おそらく外の世界。

 博麗結界の外の世界で、幻想を、神への信仰を、妖怪への恐怖を失ったこの世界で、宵闇をつかさどる私は何時まで存在できるのか?

 この街に来て、何度人間を襲ったとしても。

 幾度となく恐怖を振りまいたとしても。

 誰一人、他人の死に興味を示さない人間達。誰もが、人殺しを妖怪の仕業と考えない、人が人を殺す、この狂った世界で、人喰い妖怪である私は、生きている意味があるのか?

 身体はすでに動きだしている。

 脆い窓を突き破り、ロットンへ銃口を向ける雌の頭部を、力任せに地面へと叩きつけた。

 そして……、抱えられていた、小さな子供の頭部が弾けた。

 脆い。

 やはり人間は脆いと思った。

 しかし、地面に倒れ伏す人間の雌は今も人の姿を保っている。

 人間の頭部はこんなに硬かっただろうか?

 

「あなたは、美味しそうじゃないわね」

 

 食欲のそそらない人間の見下ろしながら、ロットンの方を見上げると、驚いたような、悲しいような、不思議な表情をしていた。

 その隣で、絶望に染まった表情のメイドが叫びを上げた。

 

「わ、わか……、さ、ま――あっ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 手にした傘と鞄を取り落とし、狂ったように叫ぶメイド服の女。

 その女の目に、いつか見た人間を思いだす。

 ただ、妖怪を憎み、憎み、憎み。

 憎悪によって人の心を正常に保とうとしていた人間がいた。

 博麗の巫女と比べても遜色ない、力を持った人間がいた。

 力こそがすべて、それ以外のすべてを奪われた人間がいた。

 かつて見てきた人間と同じように、悲しみに支配されたメイドは、崩れ落ちた子供の身体を必死に、抱きとめる。

 しかし、その失われた瞳がメイド服の女を見返すことはない。

 失われた口が、再びメイドの名を呼ぶこともない。

 今頃は三途の川を渡り、閻魔の前に並んでいる頃だろう。

 狂ったように、命を失った肉塊に対して、何度も語りかける。

 特段珍しくない光景に、興味を失いながら、トコトコとロットンの方へと歩いて行く。

 

「ロットン、お腹すいたわ。御飯を食べに行きましょう」

 

 何故だか、悲しそうな表情をするロットンに対して、首をかしげると、背後から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

「る、ルーミアちゃん……」

 

 呼びかけられた声に、私は少しだけ気分をよくして振り返る。

 

「何かしら?」

 

 怯えが感じられた。畏怖は感じられないが、未知に対する恐怖が、私の中へと流れ込む。

 これまでの気怠かった身体が、嘘のように活力に満ちてくる。

 私の心は晴れやかだった。

 いまだ、人類の中に、他人の死を共感できる人間がいると知って。

 私はとても楽しそうに、人里の言葉を話す雄へと笑いかけた。

 人里の言葉を話す雄は、なぜか口元を抑え、狼狽した様子で後ず去る。

 

 物言わぬ躯に縋り付くメイドと、顔を青くして怯える人里の言葉を話す雄のおかげで、今日は美味しくご飯がいただけそうだ。

 せっかくなので、目の前で弾けた子供の肉も味見してみるとしようかと考える。

 

「てめぇらッ!? 死ねッ!!」

 

 美味しいご飯をどれから食べようかと考えていると、そこそこ食べられそうな御飯が、酒場の中から飛び出してきた。

 消えかけた煙の中から放たれた弾幕に続いて、目を真っ赤に染めたご飯達が、銃をこちらに向けていた。

 

 「思いだしたぜ。フローレンシアの猟犬、お前の首を持っていけば、俺も晴れ――――」

 

 何か叫んでいたご飯だが、突如飛来したナイフによってその喉を切りさかれた。

 吸血鬼の館に住むメイドよりも動きは遅いが、目の前の肉を捌くには十分な速度だった。

 おそらくその集団の中心人物だったのだろう、残った肉達は、まるで連携も取れずに、狂ったように声をあげるメイドよって、切り伏せられていく。

 痛みで転げまわるご飯達。

 メイドは、そのご飯達に向かって、何度も、何度も、ナイフを突き立てる。

 

「若様ッ! 若様ッ! 若様ッ! これは、これは、私が受けるはずたった罪業であるはず。決して、貴方のような方が、受けるべきではななかったはず」

 

 獲物が完全に生明を停止させたとしても、その腕は止まらない。

 何度も、何度も、何度も、その手に持ったナイフを沈黙した肉塊へと振り下ろす。

 

「お前のような奴が、お前のような奴がッ! わ、若様ッああああああああああああああ――――――」

 

 突如メイドの動きが止まった。

 ゆっくりと、立ちあがるメイドはふらりとこちら、正確には、人里の言葉を話す人間の雄とそのつれを見据える。

 

「何故……、若様―――」

「おっ、おいッ!? これ、ちょっとヤバいんじゃないの?」

 

 くすんだ金色の髪を持った人間が怯えた声をあげる。

 

「ああ、とりあえず逃げッ!?」

 

 メイドは、人間とは思えない速度で、泥にまみれたように見える、身体の大きな人間の雄に詰め寄ると、手にしたナイフを力いっぱいに振り下ろす。

 泥まみれのような雄も、腰に下げた銃を手に取り、応戦しようとするが、振り下ろしたナイフの軌道が突如逸れた。

 振り下ろした速度を維持したまま、その鋭利な刃は、泥まみれのような雄の腹へと突き刺さる。

 

「ベニ―ッ、車を出せッ! ロックッ! レヴィをッ……」

 

 そこまで叫んだところで、メイドは泥にまみれたような雄から大きく距離を取るように後退する。

 メイドが立っていた場所に、2発の弾丸が撃ちこまれていた。

 

「行けッ! もはや救えぬならば、せめてその子と、同じ場所で眠らせよう」

「お前……。すまねぇ。生きてたら一杯奢るぜ」

 

 なぜだか、ロットンは泥にまみれたような人間の雄を庇うようにして、メイドの前に立ちはだかった。

 泥まみれのような雄は、そのまま走り、クルマと呼ばれていた鉄の箱に乗り込んで去っていく。

 それを追わんとするメイドの前に立ちはだかるロットンは……、

 

「ッ!?」

 

 強烈な蹴りを股間に受けて、悲鳴を上げる暇さえなく崩れ落ちた。

 私は、ロットンの傍へと駆けよる。

 そんな私を無視するように、メイドは、地面に転がった傘と、鞄を掴み、近くにあったクルマに乗り込む、泥にまみれたような雄達を追うように去っていった。

 

「ろッ、ロットン?」

 

 呼吸はしている。いまだにロットンの魂は、三途の河にはたどり着いていないようだった。

 私はこの時ばかりは、さぼり癖のある、赤毛の死神の存在に感謝した。

 

 

 




若くして散ったガルシア君に黙祷。

友人に言われたんですよ、このまま勘違い系SSで行くのかと。違います、この小説は、猟奇ものです。

此処まで読んでいただいてありがとうございます。
感想などいただければ幸いです。

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