自分で書いていて、ロットンが何を考えているのか、分からなくなってくる不思議。
ある人喰い妖怪の場合
どこまで行っても人しかいない。
妖怪の姿は見えず、獣は飼いならされた家畜に堕ちていた。
今日も肉を食いちぎりながら、これからの事を考えてみる、
(……、たまには、人間の雌も食べたいわ)
赤い液体を飲み干しながらルーミアはふとそう思う。
(雄は簡単によって来るのにどうしてかな?)
ロットンとはぐれて、ふらふらさ迷っていると、なぜだか頭が悪そうな人間の男がよくよく近づいてくる。
(おやつが向こうから来ると思えばいいのかしら?)
そこまで考えて、赤黒い調味料で汚した口をゆがめて、笑みをうかべた。
食事の趣向に思考が避けるほど、余裕が出てきたことにおかしくなったのだ。
お腹が膨れれば妖怪なんとでもなるものだと思い、口の周りに付いたソースを舐めまわす。
(確か、博麗神社は太陽の昇る方向にあったから、こっちで合っているはずなのだけど、いまだに神社の影も形も見えないわ)
美味しいお酒を飲ませてくれた後、行く当てのなかった私に、何故か「何処へ行きたい?」と問いかけたのはロットンであった。
人間の雄。無口で無表情のような性格だが、その行動の節々に、なぜか興味を惹かれる雄であった。
私は、まっすぐに太陽の昇る方向を指さしながら、希望を述べてみたが、ロットンは妖怪の山も、魔法の森も、人間の里も知らなかった。
とりあえずロットに付きそいながら、この世界を歩き回ってみたが、此処は人間の里と比べて、驚くほど大きかった。
白い吸血鬼の家みたいなものも時折見かけたが、屋根に着いた十字架を見ると、とても場違いに思えた。
河童がたまに動かしているような、鉄の塊が目まぐるしく動き回る町。
今までの世界より、此の場所の方が幻想郷という名にふさわしいのではなかろうか?
そう考えたところで、ロットンが席から立ち上り退出を促す。
私は、ロットンの後ろに続くようにしてちょこちょこと歩き出した。
ロットンは、先日拾った小物入れから、巫女が私に投げつけるようなものを取り出して、何やら人間の雄とやり取りしている。
その光景を背に私は、いち早く透明な扉の外へと飛び出した。
夜だというのに、異常なほど明りにあふれた街並み。
ふと見上げた空には月が薄暗く輝いていた。いつも見るよりも星の数が少なく思える。
(妖怪の山も見えないし、一体ここはどこなのよ?)
すでに、月が三度も昇った。
いまだにここがどこか分からない。
まさか、あの隙間妖怪がドジを踏んで、幻想郷の結界を崩壊させたのだろうか?
在りえない話ではない。
確かあの妖怪は一日の半分近く寝ているらしい。
私でも、さすがにもう少しは起きているのに、管理人とは名ばかりでまったく呑気なものだ。
思いを巡らしているうちに、ロットンが出てきた。
「ねぇ、もっと東に行きましょう」
その姿は、まるで人間の子供の様だろう。半ば演技もあるが、感情のままにふるまうことが気楽であるともルーミアは感じている。
「ああ」
何やらサングラスをいじりながら、後ろ足に体重を乗せた奇妙なポーズを取るロットンを無視しながら、ルーミアは鼻歌交じりで歩き出す。
とある酒場の亭主バオの場合
その日、奇妙な客の来訪にバオは僅かに眉を顰めた。
新顔がこの町に流れ着くのは、珍しいことではないが、驚くべきはその組み合わせである。
暑そうなロングコートを着こなした男は、どこかこの町の人間とは違った方向にぶっ飛んだ感性の持ち主のように思える。
しかし、奇妙な服装をとやかく言うつもりはバオにはない。それよりも気になるのは、男が連れている、金髪の小さな餓鬼の方だ。
妙に小奇麗なその姿から想像するに、おそらく夜の為に購入したものだろう。
だが、それよりも気になるのはその餓鬼の表情だ。
周囲の状況が珍しいのか、まるで物おじせずに、目をキラキラさせながら笑顔を浮かべている。
よほど大事にされているのか、この町の恐ろしさを知らないと見える。
そんな無防備な生贄羊をこの町に連れ込むとは、まったく馬鹿な男だと思い息を吐き出す。
しかし、今日あっただけの人間に忠告する優しさなどない。
おそらく数日で餓鬼はさらわれて、男も無残な死体へと変わるだろう。
せめてそれまでに、せめて金でも落としていってくれと思いながら、ガラスコップを磨く。
そんなバオの感情を察したわけではないだろうが、男は緩やかな足取りでカウンターへと近づいてきた。
歩き方、周囲の警戒の仕方から、ただの素人ではなさそうだが、それだけではどの程度の実力かわからない。
「兄ちゃん、見慣れない顔だな? ここは初めてか?」
「ああ、ビールとミルクを」
人差し指を立てながら、空いていた席に座る。
今はまだ、込みだす前の時間帯であり、店の客はまばらだった。
「兄ちゃんここは、保育園じゃねえぞ。餓鬼連れてくる場所間違ってるんじゃないか?」
口では文句を言いながらも、それぞれ男と金髪の餓鬼の前にジョッキを差し出す。
男の前にビールを、餓鬼の前にミルクを置くと、金髪の餓鬼は素早くジョッキに手を伸ばす。
「てっ!? 嬢ちゃん何してやがるッ!?」
男の前に置かれたジョッキをひったくるようにして、それを一息に飲み干した。
「お代わりッ!」
「お前が飲むのかってッ!? おいあんたッ!?」
空になったジョッキを突き出す餓鬼の横で、男がミルクを半分ほど飲み干す。その光景にあっけにとられていたバオだが、男は淡々とした声色で、
「僕は下戸だ、ビールで吐く」
「おめぇら、一体何なんだよ?」
あっけにとられたバオに対して、ルーミアはジョッキを机に打ち鳴らしながら、お代わりを催促する。
その光景に何も言わない男だが、周囲の客たちは逆に興味を持ち始めたようだ。
「何だてめぇッ、そんな為りで良く飲めたもんだなッ、じゃあこいつも飲んでみるか」
明らかに面白がって差し出したそれは、アルコール度数35%のウイスキーだった。
どう考えても、餓鬼に飲ませるものではなかったが、連れの男が止めるそぶりも見せない。そして餓鬼は、迷いなく差し出されたそれを掴むっと、一気に幸せそうに飲み干した。
「お代わりッ!?」
さすがに、一気に飲み干せるとは思ってなかったのか、絡んできた男も一瞬言葉を失う。
横で見ている、男はなれた様子でその様子を黙ってみていた。
サングラスの所為で目元はわからないが、口元は笑っているようにも見える。
「おっ?! よし、バーテンッ! バカルディ一本出してやれッ! 飲みきれたら俺のおごりだッ」
自分の新しく酒を注文して、グラスを煽ると、馬鹿笑いしながら、新しく来た酒を新たに進める。
絶対にろくなことは考えていないだろうなと思いながらも、バオは餓鬼の前に瓶と新しいグラスを置いた。
男のばか騒ぎに、気づいた何人物客が集まって来る。
酒に酔った馬鹿どもにあおられながら、餓鬼は瓶口を加えて一気に酒を飲み干した。
まさか、瓶ごと一気に飲み干されるとは思わなかったようで、客も一気に沸き立った。
面白がった何人かが、さらに酒を注文する。
まるで化け物を見るような目で、バオはケロリと瓶を空にしていく幼女を見つめる。その考えが、まさに正しいと、今のバオには知る由はなかった。
なんにせよ、今日は忙しくなりそうと、苦笑交じりと吐息を吐き出したのだった。
それから数時間。テーブルに移動した餓鬼と入れ違いに、なじみの客が姿を現したのだった。
「おおっ、どうしたダッチ、新顔か?」
餓鬼を連れた男も、この町であまり見ないタイプだが、ダッチが連れた男もこの町で見かけることは少ないタイプだ。
顔付からして、アジア系のようだが、白いYシャツ姿の男は、借りてきな猫のように、周囲を警戒しながら怯えているようだ。
ホワイトカラーが似合うアジア系の男をロックだと紹介したダッチは、左右から挟み込むように男を席へと促す。
「残念。こいつは、レヴィのボーナスだ。なぁ、ロック」
その言葉にどっかから身代金目的でさらってきたのだと悟ると、黙ってグラスを並べることにした。
不幸そうな兄ちゃん、ロックといったが、この町では別段珍しいほどじゃない。むしろ、ラグーン商会にさらわれているだけ安全かもしれない。
まあ本人にとっては、どちらも変わらないだろうが。
いつも通りの摘みを頼むと、ダッチは何やら連絡するといって席を立った。
残された、ロックに金髪論毛の優男、ベニ―が話しかける。
ベニーがこの町に来た時にも、この町に合わない男が来たと思ったが、今ではごく自然に、ここに居るのが当たり前に見えてくるから不思議だ。
染まれば染まるものだと感心しながら、次の注文が来るまで他のグラスでも磨いると、レヴィが、ラム酒を頼んでくる。
瓶とグラスを目の前に出してやると、レヴィは嬉々としながら。いまだ仏頂面のロックに絡み始めた。
「ビールなんぞ、しょんべんみてぇなもんだろう。男ならラムだろ、ラム」
グラスになみなみ注いだラム酒を飲み干しながら、挑発するような物言いで酒を勧める。
このホワイトカラーじゃあ、一気飲みは無理だろうな、と思っていると、意外にこの男はレヴィから押し付けられたグラスを一気に煽り始めた。
どこで吐き出すかと、ひやひやしていたが、意外にもロックはグラスの中身をすべて胃に修めて、グラスをテーブルにたたきつけた。
レヴィやベニーもまさか、ロックが此処まで酒に強いとは思っていなかったのか、あっけにとられたように、間抜けな表情をさらしている。
「俺はな、一気飲みなんて大嫌いなんだッ。だけどな、大学のコンパで、会社の接待で飲まされ続けた日本のサラリーマンをなめるなよッ!?」
何故か得意そうな笑みを浮かべるロック。さっきまでのしけた面は何処に行ったのやら。
しかし、酒を飲み来てそんな面ばかり見ているのも滅入るものだ。馬鹿みたいに騒いで、乱痴気騒ぎしている方が、この店らしい。
そして、ロックの挑発返しにレヴィも火が付いたのか、二人そろって新し酒を注文してきた。
「「バーテンッ、バカルディ店に在るだけ持ってこいッ!!」」
まったく、酔っ払いどもが。今日はいつも以上に儲かりそうだな。
飲み比べをする二人の周りをいつの間にか周りの客たちが、はやし立て始める。
次々に、空になるグラスを前に、どっちが勝つか賭け事も始まりだした。
そんな時だった。
5杯目のグラスをロックとレヴィが空にしたとき、入口から、黒い何かが放り込まれた。
死線を潜り抜けた何人かは、敏感な第六感に何かを感じたのか、ふいにその方向へと首を向ける。
無造作に転がった、手のひらに収まる程度の黒い塊。
危険だと感じたときには、とっさに身体が動き出していた。
直後、周囲を巻き込んだ爆炎が、閃光を伴って周囲を破壊する。
続いてくるのは銃弾の嵐だ。
カウンターに並べていた酒瓶が粉々に打ち砕かれていく。
2度目に襲撃を受けたときに、カウンターに並べるのはダミーの空瓶だけにしといて本当によかったと思う。
そして足元に隠してあった。銃を取り出して、銃弾が止むのを静かに待ち望む。
逃げ遅れた客たちが、うめき声、あるいは悲鳴を上げて崩れ落ちる。
此処までひどい状況は久しぶりだ。
しかし、ここまで店をボロボロにされながら、いまだにロアナプラで店を続けている自身も相当なものだと思う。
すでに自分もこの場所の住人に染まり切っているのだと、改めて自覚する。
一定の間隔を置いた一斉射撃の合い間、改めて手榴弾が投げ込まれて、瀕死の人間にとどめを刺すように爆発が起こる。
さらにとどめだと言わんばかりに、大量の鉛球をばらまいた後、銃声の音が消えた。
「(レヴィ、二丁拳銃の名は伊達じゃないって所を見せてやれ)」
物陰からダッチが、レヴィを焚きつけるように告げる。
すでに二丁のカトラスの安全装置を外していたレヴィは、暗く淀んだ瞳で、獲物のすきを窺っている。
そして、コツコツコツと、床を規則的に踏み鳴らす靴音が、だんだんと大きくなった。
「チェックしろ。まだ、声が聞こえた……、俺は生きてるやつは大嫌いなんだ」
「へぇ、そーなのかー」
手下に命じて、死体を確認させようとしていた男の前に、場違いな幼女の声が立ちふさがる。
あの餓鬼は、生きていたのかと思う反面、数秒後には死んでいるだろうという確信を抱いた。
「なんだ、この餓鬼は……」
あまりにも。場違いな声の主の登場に、銃弾を持った男達が一瞬の思案に暮れた。
その間は数秒だけ。
実際の時間はもっと少なかったかもしれない。
声の主の姿を確認したときには、すでに手にした銃口は、金髪の餓鬼に向けられていた。
引き金を引くには一呼吸もいらない。
その僅かな合い間を縫うように、レビィとは違う、二丁拳銃を両手に持った新顔が、幼女を庇うようにして、自身の銃口を不埒な侵入者へと向けた。
とある人喰い妖怪の場合
なぜか大量に差し出される酒を大量にあおりながら、楽しげにはやし立てる人間達。
私が何杯目で倒れるかかけているようだが、あと樽に四、五杯はいけるのではないだろうか。
笑いながら次々にグラスを空にしていくと、隣のテーブルで一人牛乳を飲むロットンが目に入る。
目が合うと同時に微笑みかえるロットンに、笑い返すと私はまた酒を煽り始めた。
そんな時だった。
無作法な宴会であるが、その最低限の作法すら守れぬ人が割り込んできたのは。
突如激しい爆風にあおられて、何人かの人間が地面に伏す。
酒場の明かりが完全に消滅すると同時に、あたりは薄暗い暗闇に包まれた。
しかし、この程度の暗闇では、私が作り出す闇には到底及ばない。
闇を操る程度の能力を持つ私にとって、昼間も、真夜中も関係ない。私が作り出す闇以上の暗闇など存在するはずがないのだから。
酒場から光が奪われると、間をおかずに、外側から大量の弾幕が降り注ぐ。
柔らかい人間の身体ではひとたまりもないであろう弾幕の雨の中、わたしの周囲に群がっていた人間達が苦痛の声を上げながら崩れ落ちる。
まるで、数百年前の幻想郷を見るような、人間にとっての地獄絵図。
しかし、人間を殺しているのが同じ人間というのが笑ってしまう。
僅かに口元が緩むのを感じて、私も床に小さく伏せておく。
致命傷は負わずとも、この弾幕の雨に当たるのはあまり気分が良くない。
人間達の悲鳴を聞きながら、じっとその弾幕が止むのを待ち続ける。
――
――――
――――――
店の大半の人間が肉の塊へと変貌したとき、やっと弾幕の雨が止んだ。
「チェックしろ。まだ、声が聞こえた……、俺は生きてるやつは大嫌いなんだ」
ロットンが持っていた、弾幕を撃ちだす鉄の塊を両手に掲げながら、尊大な態度で床に転がる死体をけり転がしていく。
そうなのか、この雄は生きている奴が嫌いなのか。
私も生きている人間は食べづらいから嫌いだ。いちいち抵抗するからめんどくさい。
人間の子供くらいならば、食べやすくていいのだが。
人間の雄の言葉に、少しばかり肉が食べたくなってきた。
私は立ち上がり、とりあえず目の前の雄の言葉に共感を覚えたので一言つぶやいた。
「へぇ、そーなのかー」
人間の雄達は、私の姿を確認すると、あっけにとられたかのような視線を向ける。
しかし、身体はごく自然な動きで、弾幕を撃ちだす鉄の筒を私に向ける。
「あんたは、取って食べれる人間?」
答えはない、指先が僅かに動き、私へ鉄の弾幕を撃ちだそうとするのを確認する。
わたしは、この店の中に、宵闇を作り出そうと闇を操る程度の能力を発動させようとするが、突然目の前に長にロングコートが視界を遮った。
「待て。宴の席に無作法なる振る舞い、零れ落ちたたる杯の一滴は、今宵貴様たちの血肉によって、ッ!?」
ロットンが撃たれた……、少しイライラする。
「兄ちゃん。詩人気取るなら通りで御座でも広げるんだね。まあ、あの世にそんなものがあるのか知らないが――ッ!? ちッ!?」
話の途中で撃つとは無作法な奴である。
まっすぐに飛来した弾は、ロットンの胸に一発、二発と続けて被弾する。
ロットンがその衝撃によってその身体を地面に打ち付けられた。
その光景に、なぜか苛立ちが増した。
その感情に僅かな戸惑いを考えさせられていると、今度はとどめを刺そうとする人間の雄に対して、意識の外から数発の弾が撃ち込まれた。
ロットンと同じように、両手に弾幕を発射する鉄の筒を持った人間の雌であった。
それを合図だと言わんばかりに、他の兵士たちも応戦を開始する。
すでに人間の雄達は、私の事を意識の範疇に置き換えたようだ。
目の前に迫り来る弾幕に対して、見た目が幼い少女の姿である私は、脅威でないとみられているのである。
しかし、それは妖怪にとって面白いものではない。
ゆえに私は、
「ディマーバケーション……」
すでに薄暗くなった酒場の中を、真の宵闇によって塗り替えていく。
発動した自身ですら周囲の認識ができなくなるほどの完全な闇。
ここの人間達に、妖怪の恐ろしさを教えてやるのだ。
レベッカ・リーの場合
何かが投げ込まれたのを察知するや否や、即座に手にしたグラスを握りしめたままカウンターの内へと非難する。
投げ込まれた何かを確認する必要はない。
この場合、最も可能性の高いのが火炎瓶で、次に手榴弾だ。
まさか、空き缶投げ込む酔狂な奴がこの町に居るはずもない。
殺傷性を持った何かだと、あたりをつけて早々に身を守ることに専念する。
このカウンター、バオが何度となく起こる崩壊のたびに、防弾性を持たせており、そこそこの安全は保障できるだろう。
「へぇ、また防弾性が上がったな」
「だろう。フィフティーキャリバーまでなら耐えられるぜ」
感心して見せるが、それでも店のテーブルやら窓ガラスやらば、ばらばらに砕けていく。
まぁ、命あっての物種だ。肝心のモノさえ守っていれば、最悪どうとでもなるというものだ。
射撃が止むのを待つように、ゆっくりとグラスの残りを煽っていると、ロックが這いずりながらカウンターに入り込んできた。
見た目は擦り傷ぐらいで、弾丸は命中していないようだ、さらに泣き言を言うくらいの元気はあるみたいだ。悪運の強い男だ。
いまだに止まない銃撃音。
しかし、もうしばらくすれば、生死の確認をも込めて、店の中に突入してくるだろう。
その時こそ本番だ。
その瞬間を見逃さぬよう、相棒の二丁を両手に握り占めながら、静かに呼吸を吐き出した。
銃撃の合い間に聞こえていた、悲鳴が少なくなっていく。
悲鳴がうめき声に、そして沈黙へ、もうすぐ銃撃が止むと確信した。
即座に飛び出せるように出入り口への意識を注意する。
「チェックしろ。まだ、声が聞こえた……、俺は生きてるやつは大嫌いなんだ」
一か所に注意せず全員で全体をカバーしている。
プロだ……、しかし、姉御。この町を支配するロシアンマフィアの子飼いよりはましだろう。
手下は足元に平伏す、身体をけり転がして、死体であることを確認していく。
半死の者には、銃弾を、もう少し近づけば確実に殺せる。
あと二歩……ッ!?
「(誰だ、あの餓鬼は)」
あと少しで確実に殺せる距離であったというのに、敵は歩みを止めた。
いや、金髪の餓鬼の所為で止められた。
思わぬ邪魔が入った。
無邪気な笑顔を浮かべながら、楽しそうに両手を広げて男へ向かう。
まるで遊戯のように、死体の中で純粋に笑みを浮かべる少女。
「(狂ってやがるな)」
おそらく変態者どもに、醜悪な遊びでも教え込まれたのだろう。
怯えもせず、委縮もせず、まるで子供らしくない
だが、それで終わりだ。
馬鹿な餓鬼が馬鹿をやって、死ぬだけだ。
金髪の餓鬼を殺そうと意識が向いた瞬間を狙う為に今度こそ意識を集中させた。
「待て。宴の席に無作法なる振る舞い、零れ落ちたたる杯の一滴は、今宵貴様たちの血肉によって、ッ!?」
何やら馬鹿は餓鬼一人だけじゃなかったようだ。
しかし、英雄願望か、自殺志願者かはわからないが、これで男たちの多くの意識が逸れた、飛び出したコートの男が撃たれると同時に、飛び出すには今しかないと判断し、一気に両足に力を籠める。
羽より軽い引き金を引く。
眉間に命中。一人が確実に死亡。もう一人は腹から血を吹きだしながら地面に崩れ落ちた。
追撃を逃れるために、再びカウンタに飛び込もうとするところで異変に気付いた。
「なっ!? 煙幕ッ?」
倒れた、馬鹿な男を中心に、黒い靄のようなものが湧き上がってくる。
すかさず、視線が遮られるより早く、銃弾を放つ。
これで二人は減った。
しかし、こんな暗闇でさらに煙幕なんて使う馬鹿がいるとは、常識を疑う。
完全な闇で敵の兵士の姿が掻き消える。
これ以上この場での銃撃は危険だと判断し、ダッチに声をかける。
「ダッチッ、まったく見えねぇ。とっととずらがろうッ」
撃ち殺した兵士を盾に、ゆっくりと裏口の方へと後ずさる。
「ロック、悪いなこれであんたの引き渡しはチャラだな」
愛銃のS&Wで撤退援護をしていたダッチがいまだにカウンターの中で丸まっているロックに告げた。せっかくのボーナスなのだから、できれば連れていきたいが、この状況下で足手まといになりそうな奴を連れていくわけにはいかない。
ダッチが此処までだというのならば、ボーナスはあきらめるしかないかと、思っていたが、予想外にもロックは立ち上がり、裏口に近寄りながら叫ぶ。
「俺はどうなるんだッ!?」
すでに闇の中に姿が掻き消えた男達。飛んできた銃弾の火花を目安に、こちらも何発が撃ち込む。
悲鳴が聞こえた。
死んだかの確認はできない。
そんな横で、呑気な会話を続けるダッチとロック。
「もともとない話なんだ。ここで別れるってのはどうだ?」
「それはないだろうッ、連れてけッ!!」
確かにこの日本人。この町に置いて行けば、朝まで生きているかどうかも怪しいだろう。
別に、そのことを憐れんだわけではないだろうが、意外にもダッチはロックの同行を許した。
「しょうがねぇな。足だけは引っ張るんじゃないぞ」
そして私たちは、なぜか追撃が緩んだことを訝しげに思いながらも、港に泊めてある船へと急ぐのであった。
バオの店はすっかり暗闇に包まれていた。
とある人喰い妖怪と信奉者の場合
宵闇。闇より暗く、月の光さえ遮る影の中。手近な人間らしき者の腕を引きちぎる。
無意味に連射される弾幕に対して、こちらも弾幕を放つ。
「夜符ッ、ナイトバードッ!」
鳥の羽のように、扇状に鮮やかな弾幕を放つ。
何人かの悲鳴が聞こえるが、このままでは、生死を確認することができないと、弾幕に合わせて、宵闇を解除する。
かなりの人間が、血だまりに身を沈めてうめき声をあげているが、僅かに数人、いまだに無事な人間が姿を現す。
視界が晴れると同時に、「生きている人間が嫌い」と言っていた人間の雄が店の外へと飛び出す。
それに続いて何人かの人間も外へと逃げ始めた。
私は新しく弾幕を放とうとするが、ナイトバードを放つよりも早く、色あせた弾幕が人間の命を奪った。
いつの間にか、立ち上がっていたロットンが生き残った敵へと駆ける。
胸、頭部、ほぼ一撃を持って敵の命を奪っていく。
人間の雄達は、まるで化け物を見るような目をするが、すぐに応戦するように鉄の筒を構える。
ロットンは、床へ転がるようにして弾幕の射線を躱す。
さらに、床から空へと撃ち抜くようにして、二人の人間の命を奪った。 これで、まともに動ける人間はいない。
すでに何人かは店の外へ逃げ出ていた。
「その牙を敵へと突き立てろ【Rumia】(――何か違うな。「穿てッ」の方がよかっただろうか……?)」
逃げ出した人間に向けてロットンはさらに追撃を放つ。
私の名前を与えられた鉄の筒から、一発の色あせた弾が射出される。
それを最後にロットンは、静かに敵の出方を窺うようにじっと敵を見据える。
色あせた弾丸は、生きている人間が嫌いな雄の肩を撃ち抜いた。
その雄は、顔を痛みと怒りで憎悪に染めながら、こちらを睨み付ける。
「たっ、大尉ッ。21名死亡、3名重傷です」
「――ッ! 撤退だッ! チンピラしかいない街だと思って油断した。まともな殺し合いができる奴が、こんな所に居やがるとはッ! すぐに目標を追うぞッ! あのチンピラども、代わりに嬲り殺しにしてやるッ!!」
生きている人間が嫌いな雄は、そう叫ぶと、重傷者を放り出して、鉄の箱に乗り込み、かなりの速度で去っていく。
私は、手に付いた血をなめとりながら、ゆっくりと僅かに息のある、捨てられた重傷者に近づく。
血に濡れた私がどのように見えるのか。
うつろな視線で必死に手を伸ばす雄に対して私は、
「お前は、食べていい人間?」
笑顔で、いまだ生きていた男の命を頬張った―――。
此処まで、読んでいただきありがとうございます。
感想などいただけると幸いです。
N2様、誤字報告ありがとうございました。