***サンライズ食堂***
俺はイクセル・ヤーン。アーランドの街にある『サンライズ食堂』を任されているコック……といっても、もうこうやって働くようになってから長いし、そんな自己紹介に力を入れる必要もねぇかな?
さて、月明かりが街を照らし始めている今日の『サンライズ食堂』なんだが……ちょいといつもと違った状況だったりする。
「いや……昼にマイスから「今日、クーデリアと飲みに行きますね!」とは聞いてたが……」
注文されていた料理たちを、先に出しておいた飲み物のグラスに気をつけながら置いてから、オレは短く息をつきながら肩をすくめた。
「なんか増えてないか?」
「あはははっ……すみません」
別に正式に『予約』として席を確保したりしてたわけじゃねえから人数が増えてもそう問題無い。だから謝ってきたマイスには「別に悪いってわけじゃないぜ?」と言っておく。
そう、たとえ
「いや。でも、どうしてこうなったんだ?」
俺が疑問を口にすると、
「冒険から返ってきた時の約束だったんだけど、今日改めて飲む約束をクーデリアとしたんだけど……その後、家でフィリーさんとリオネラさんたち会って、今晩僕の家に泊まっていいか聞かれて、約束があるから家をあけるって話から久しぶりだし一緒に行こうかって話になって」
名前を出された
……ついでに、ネコの人形のホロホロ・アラーニャも「よぉ」と手をあげてきた。マイスが言った「たち」ってのは、このふたりのことだろう。律儀に数に入れる、そういうところはマイスらしいちゃあらしいけどな。
そんなマイスの後を引き継ぐようにして、
「あたしはあたしで、「あの話」をするならロロナもいたらいいんじゃないかって思って、ロロナを飲みに誘いにアトリエに行ったの。……そしたら、ロロナを挟んで睨み合ってる職務放棄常習犯と元騎士がいて、二人を無視してロロナを飲みに誘ったらロロナがその二人を誘っちゃって……」
「それはーその……ケンカなんてしないで、みんなで楽しく過ごせたらなーなんて思って」
笑いながら言う
そして、そのクーデリアに「職務放棄常習犯」と言われた
……というか、この時点でツッコミどころがいくつかある。例えば、フィリーとリオネラ当たり前のようにマイスの家に泊まろうとしてる事とか、トリスタンとステルクさんがアトリエで睨み合ってた理由とか。
まあ、前者のほうは、直接その場を見たことは無いが前にも何度か話には聞いていた。そして後者のほうは、元々あの二人は性格が正反対というかそりが合わないので仲が悪くて昔から剣呑な空気になることはあったから、その延長だとも考えられなくはない。
……まっ、そういうのは考えたところでどうしようも無いから、ひとまず置いておいて、だ。
「この
そう。今日『サンライズ食堂』に来ている七人。俺も入れると八人だが知らない仲じゃない。八人のうち七人は、ロロナ本人を含め王国時代にロロナの手伝いをしていたメンバーで、共に採取地へ行ったりもしたことのある間柄だ。
そして、その中に含まれていない一人・フィリーだが、冒険こそ一緒に行ったりしていないものの、王国時代からマイスとリオネラとは非常に仲が良く、その関係で王国祭の時なんかにロロナやクーデリアといった他のメンバーとも顔を合わせたりもしている。そして、アーランドが共和国になった後……フィリーが『冒険者ギルド』の依頼の依頼の受付嬢になってからは国勤めの連中を中心に関わりが深くなっていた。あとは……フィリーの姉のエスティさんが何かと顔が広かったっていうのも大きいか?
そんなわけで今ここにいるメンバーは、多少個人個人に浅い深いの差はあれど、少なからず長い付き合いのある間柄ってわけだ。
「た、確かにそうかも……」
「私、マイス君やリオネラちゃん、クーデリア先輩とは一緒なことはあるけど、こんな大人数は初めてだよぅ」
リオネラとフィリーが頷き合っている。……が、注意深く見ればわかるがこの二人、ステルクさんとは絶対に目を合わせていない……いや、合わせられないと言ったほうが良いか? あの二人、ステルクさんの顔を見ると悲鳴上げて気絶したりするし。
けど、いつだったかマイスが「少し改善して、話せるくらいにはなったよー」とか言ってたんだが……コレじゃあ本当か怪しいな……。
「みんなそれぞれ都合があるからね。お仕事があったり、冒険に出てたり……僕だとお祭りの準備や片付けとかの日もあるし」
「偶然にしろ何にしろ、とても珍しい状況だとは思うよ。……できれば、そういう運はもっと別の機会に使いたいものだけどね」
マイスの言う通り以前に比べ、何かしらの役職についたり、人気になって仕事が増えたりしている。だから、ただ単純に時間が取り辛くなっている部分もあるだろう。
まあ、昔もさすがにこの人数は集まらなかったけどな。そういう意味ではトリスタンが言っているようにかなり珍しいだろう。
「でも、ちょっと前にここに集まったことがあったような……?」
「そういえば」と思い出したように呟いたのはロロナ。
確かに、人数は今よりも少ないもののたまたま集まった時があった。けど、
「確かあの時は、あたしとロロナ、
「ああ。あの時か……」
クーデリアが当時の事を思い出しながら、指折り数えてメンバーを言っていく。そして、ステルクさんが釣られるようにして、その時の事を思い出し短くため息をついた。……気持ちはわかる。
「あの時は……なぁ?」
俺がそう言ってみると意図が通じるヤツには通じたようで、クーデリアとステルクさんが「うんうん」と頷き、ロロナとマイスが「あはははっ……」と苦笑いをこぼしていた。
ただ、その時いなかったトリスタンやフィリーは何のことかわからないようで、軽く首をかしげている。……が、その場にいなかったはずのリオネラが申し訳なさそうに口を開いた。
「あの、もしかしなくても、あの時のこと……だよね?」
「でしょうね。あの時はマイスに迷惑かけちゃったわね……」
「つっても、アレは半分くらいマイスも悪いだろ」
リオネラのそばに浮いているホロホロとアラーニャがそう言った。
まあ、ふたりが言ったようにあの時のゴタゴタはマイスのせいって言うのは間違ってない。
「……で? 結局何のことなんだい?」
しびれを切らしたトリスタンが疑問を口にした。
「えっとですね。街に帰ってこないりおちゃんとかジオさんがマイス君のところに定期的に来てて、それがバレてくーちゃんとステルクさんが暴れちゃって……」
「そういうキミこそ、
「そ、それは……! だって、マイス君がほむちゃんのことを秘密にしてたからっ!」
そう慌てたようにステルクさんに言うロロナだったが、その話を聞いていたトリスタンは「ああ」と納得したように呟いた。
「なるほどね。
「それがだな、街に寄ってから来てるもんだと勘違いしていて、特に誰かに言ったりすることは無かったっていう天然丸出しの理由でさ」
「……それは彼らしい失敗だ」
「えっと、話はわかりましたけど……なにもマイス君本人の目の前でそこまで言わなくても……」
「……ううん、いいよフィリーさん。あれは、僕が悪かったんだから……でも、ちょっとへこむなぁ」
――――――――――――
何とも言えない感じで始まった飲み会だが……忘れちゃならないことがある。
そう、俺は『
幸い、今日はそこまで客は多くないが、それでも
そんなわけで俺はテーブルから離れているんだが……今ちょうど、あいつら以外の客の最後の一組が支払いを済ませて出ていった。
それを見送りつつ……ついでに、店先の看板を「OPEN」から「CLOSED」変えてしまう。もうこれで、今日は客は来ないだろう。身勝手な感じもするが、今日は昼間に繁盛したし、売り上げ的には問題無いだろうと自分に言い聞かせて店内へと戻る。
「そういえば、ロロナちゃん最近アトリエにいなかった時期があったけど何してたの?」
「んっとね、ステルクさんと一緒にちょっと調査に行ってたの。ほら、例の各地に現れてるっていう新種のモンスターの」
「私のところの依頼には出てないけど、噂はよく聞くよね。その新種のモンスターとの縄張り争いで他のモンスターたちも活発化してるっていうし……」
「いようがいまいがどうでもいいし、こんな夜中まで仕事しろってわけじゃないけど、あんた大丈夫なの? 口うるさく言われてたりするんじゃない?」
「親父にかい? 心配はいらないよ。「マイスとの約束で」って言ったら「そうか」の一言だけでそれ以上グチグチ言わなくなるから。……あっ、そういえばマイスに「今度、また飲みに行こう」って伝えてって言われてたんだっけ?」
「失礼を承知で言うが……私は時折、キミのその童顔が
「そんなこと言ったら、僕はステルクさんのその身長が羨ましいです……。それに、ステルクさんって顔が怖いと言われるって気にしてますけど、『ウォルフ』みたいなカッコイイ顔だと僕は思いますよ?」
「……それは
あいつらがいるテーブルでは、みんながみんな食べ物や飲み物を口にしたりしながら、
にしても、今日は珍しくマイスとステルクさんが一番酔いが回ってそうな雰囲気だ。マイスは一緒に飲む相手によってペースが変わるし酔払うことも時々あるからそこまででもないが、ステルクさんがあそこまで飲んでいるのは初めて見る気がする。
そんなことを考えたり、みんなの会話に耳をかたむけたりしながら、いくつかの料理と自分の分の飲み物とを用意する。そして、それらを持ってテーブルの方へとむかった。
テーブルにたどり着くよりも先に、ロロナが俺に気付いて「おーい!」と手を振ってきた。
「イクセくーん! あれ? どうかしたの?」
「ちょうど客も途切れたし、俺も参加しようと思ってな。ていうか、店も閉めて貸し切り状態にした」
「なら、厨房を借りて僕が何か作ってきましょうかー?」
マイスの申し出を「いいよ。追加で作ってきてあるから」と断り、別のテーブルからロロナが持ってきたイスに勧められるままに座った。
「それじゃあイクセくんも来たことだし、改めて……かんぱーいっ!」
ロロナの声に合わせて、俺を含め他のメンバーも「かんぱーい」と自分のグラスをあげた。
「ええっと……何のお話してたっけ?」
「さあ? バラバラで途中入れ替わったりしながら喋ってたから、明確に何の話ってわけじゃなかったし」
「はて?」と首をかしげるロロナにクーデリアが「別に何ってわけじゃなかったわね」と言ってる。
そこに、薄ら笑いを浮かべているトリスタンが面倒な提案をしてきたのだった。
「じゃあ仕切り直しってことで、ここは
「おいっ、無茶振りかよ!?」
いやまあ、確かに会話の流れを止めたのは俺だろうけど、それはいくらなんでも……といっても、酒がすでに入っていることもあって、ロロナを始め大抵のメンバーが止めるどころか期待の眼差しを俺に向けてきてるから、逃れにくいことこの上ない。
話題ってなんかあったか……? いっそのこと、仕事の片手間で耳にしていたこいつらの会話を掘り返して聞いてみてもいいんだが、そん中に何か気になったこととか……。
「……ん? そういや、最初の時にクーデリアが言ってた「あの話」って何だったんだ? なんかマイスと……あとロロナとも話す予定だったみたいな感じに言ってたが……」
俺がそう言うと、クーデリアとマイス以外が「あっ、そういえば……」といった感じに二人のほうを見た。その様子からすると、まだその話題はあがっていなかったようだ。
「ああ、アレね。……とはいっても、今その話をしてもいいものかしら? でも、今ここにいるのは見知った顔だけだし……」
「……悩むようなことなのか?」
俺がそう問いかけるとクーデリアは「ええ、まあ」と少しまだ迷いながらも頷いてきた。
「ほら、ちょっと前までマイスが長く冒険に出てたじゃない。その話をしようって約束を帰ってきたマイスとしててね」
「このあいだのって言うと、トトリちゃんたちと船で海に出た、あの……」
フィリーがそう言ったことで、ロロナとステルクさんを中心に他の面々も何のことかわかったようで、表情が変わる。個人的に一番関わりが薄いと思っていたトリスタンも何の事かわかったようで、珍しく真剣な表情になっていた。
当然、俺にも心当たりがあった。以前に店に来たトトリから船を造っているという話を聞いていた。それにこの前は、ウチに野菜を卸しているマイスから「長い期間、家をあけるから」との話しを聞いていた……その目的も。
「確か、トトリの母親……
まだトトリは街には来ていないが、マイスは帰ってきている。……だが、帰ってきたマイスが特別喜んでいるような様子も見せていないから、ギゼラさんはまだ見つかっていないんだろう。ギゼラさんの手掛かりが見つかったのか、それとも中々見つからず
「……なるほど。それで
「そ、それを言ったらステルクさんだってジーノくんのこと心配してたじゃないですか!」
ステルクさんとロロナがそんなふうに言ったが……それよりも気になってしまうのが、いつの間にかテーブルに突っ伏しているマイス。寝ているってわけじゃなさそうだけど……。
「……お墓が、ありました」
そう、唐突にマイスが言った。
テーブルに突っ伏しているためか声が若干くぐもっているが、その声はしっかりと聞こえてきて嫌と思えるほど耳に残った。
「……そうか」
沈黙した『サンライズ食堂』の中で最初に口を開いたのはステルクさんだった。その顔はいたっていつも通りに
しかし、そのステルクさんの一言に釣られるようにして、マイスは突っ伏したまま喋りだした。
「フラウシュトラウトに遭遇して、撃退して。海峡を越えてずっとずーっと行った先の雪の積もった大陸、その海岸近くにあった村のはしっこにお墓があったんです」
「……ってことは、フラウシュトラウトにやられて、そのまま流されてその大陸までたどりついたってことか……」
俺も『フラウシュトラウト』という外洋に生息するモンスターの噂は聞いたことがあった。だから、海上という不利な状況でさすがの冒険者ギゼラも負けてしまったのではないか、と思った…………
「あっ、たぶんそうじゃないと思います」
「……はぁ?」
マイスはテーブルからいきなり顔を上げたかと思うと、首を少しだけかしげながらいつものように喋りだした。
「だって、船が壊されて流れ着くにしても大陸からは遠すぎて無理がありそうですし。それに、その村の人たちもギゼラさんの名前とか知ってたから、普通に生きてたんだと思いますよ?」
「えっ? ええっ!? ま、マイス君どういうこと!? でも、トトリちゃんのお母さんのお墓があったんだよね?」
「あったけど……そのあたりのことはトトリちゃんが知ってると思う」
混乱した様子でマイスに問い詰めたロロナだったが、当のマイスは相変わらずの調子で妙な返答をするばかりだった。
「ちょっと待って、マイス君……」
「もしかして、その……何も知らないの?」
何とも言えない変な空気になり始めたところで、その場にいる全員の気持ちを代弁するようにフィリーとリオネラが問いかけ……みんなの視線がマイスに集まる……。
「えっと、実は……」
「「実は」じゃないわよ、この大バカ!!」
「あいたっ!? ちょ、叩かなくっても……」
「いや、マイス。さすがにこれは俺もクーデリアを止めねぇわ」
クーデリアに勢いよく「パッシィーン!」と頭をはたかれるマイスを見て、俺はため息をもらしつつ苦笑いをした。
「だって、ほら! 大泣きしてたトトリちゃんの隣について行って話を聞くなんて邪魔になるだろうし図々しい気もするし。それにその後も、まだ泣きたいはずなのに一生懸命元気なふりをして「おねえちゃんとお父さんにも教えてあげないと」って言ってるトトリちゃんに「僕にも教えて」なんて言える神経を僕は持ってないし……」
「……まあ、それはそうだろうが……何というか、こちらの悲しみ損というか、真面目に聞いたこと自体おかしく思えてな」
ステルクさんのため息交じりの言葉に、マイスは「えっ! そんなに!?」とショックを受けていた。
「つくづく思うけど、
「と、トトリちゃんにも言われたけど、トリスタンさんにまで……」
いや、でもこの場に関してだけで言うと、ほぼその意見で満場一致になると思うぞ? マイス。
――――――――――――
まあ、そんなわけで仕切り直しの話題だったはずが、また改めて仕切り直す必要ができるほどグダグダになったわけだ。
……その後、思いっきりへこんだマイスがやけ酒気味に飲みだしたことにより別の意味で大変になったんだが……それは誰にでも想像できるほどベタな酔いつぶれ方だった。