***サンライズ食堂***
俺はイクセル・ヤーン。毎度おなじみ、アーランドの街にある『サンライズ食堂』を任されているコックだ
今日も もう日が沈んでしまい 薄暗くなった街だが、『サンライズ食堂』には そこそこ客が入っていて 昼間ほどじゃないが活気はある
もうこれも、決まり文句になってきたな……
今日もマイスが客として来てるんだが……あまり良い予感がしない
いや、別に一緒に来ているメンバーがマズいとかそう言うわけじゃない
マイスと同じテーブルについているのは、クーデリアとフィリー。いわゆる「『冒険者ギルド』の受付嬢コンビ」だ。
…そして、何がマズいかというと、マイスとクーデリアの様子がよろしくない
マイスは落ち込んでるし、クーデリアは何か機嫌が悪そうだ。これは間違い無く悪酔い一直線だろう
いや、だが……おかしいな
三人が店に入った時はそんな様子はなく、普段通りだったと思う。注文を受けた時もいたって普通だった
……となると、俺が調理している間に何かあったんだろう……今から料理持って行かないといけねぇってのに、すっごくあのテーブルに近寄りたくない。仮に料理を持って行ったとしても、あんまり関わりたくない
けど、今のうちに何とかしておいた方が良いのも事実だ。悪酔いされてしまったら、それはそれで面倒になる。フィリーがあのふたりを止められるとは思えないしなぁ…
意を決して料理と飲み物を乗せたトレーを持ってカウンターから出る
そして、歩いてマイスたちのいるテーブルへ近づいて行ったんだが、その途中、フィリーと目が合った。「目は口程に物を言う」とは良くいった物で、その目からは「た、助けてくださいー!」といった意思がありありと感じられた
フィリーとはあまり直接的な関わりは無いが、マイスやクーデリアを通じて……そして、あのエスティさんの妹ということで、知らない仲ではない
そんな相手にそんな目で見られたら、ますます放置はできなくなる。まあ、すでに首を突っ込む気でいたから、最後の後押しって程度なんだが……
「おまちどーさん…っと。んで、お前らふたりは、なんでそんな顔してんだ?」
「別にいいじゃない。あんたには関係ないでしょ」
そう言うクーデリアに、俺は肩をすくめながら言い返す
「そうは言われてもな、ウチでそんな辛気臭い顔でメシ食われると あんまり良い気はしないんだ。それが知り合いとなればなおさらだ」
「そんな気を遣うんなら、あんたの成長した分の身長 わけなさいよ」
そう言われて俺は苦笑いを浮かべてしまう
とりあえず、クーデリアのほうは いつもの身長のことで機嫌が悪くなっていたようだ。おおかた、仕事中に何か身長に関することがあってそれを思い出しぶり返して機嫌を悪くしていたんだろう
クーデリアの この手の悩みってのは、もはや年がら年中なわけで俺が何か言ったところでどうしようもないからスルーすることにして……問題はマイスのほう
「……で、マイスは何落ち込んでるんだ?」
「知り合いに悲鳴をあげられたステルクさんの気持ちになっています……」
いや、なんだよ その例えは……
そう心の中でツッコミを入れながらも、その言葉からマイスの身に何があったのかを予想する
……けど、思いつかない。いやだって、そもそもステルクさんが他人に悲鳴上げられるのは その
そんなマイスが「悲鳴をあげられる」なんて状況は思いつかなかった。……もしかして、実はマイスがわかっていないだけで、俗に言う「黄色い悲鳴」ってやつだったのか…?
何があったか考えたうえでマイスに何か言おうとしたんだが、それよりも先にクーデリアが言ってきた
「あー…、マイスのことはそんなに気にしないでいいわよ。結構前の事なのに、今さらぶり返してるだけだから……まあ、あたしも人のこと言えないかもだけど(ボソリ」
「お、おう」
色々気にはなったが他の席の客から呼ばれたから、一言言い残してから俺は移動した
……注文取って、調理を開始してからマイスたちの会話のほうへと耳をかたむけた
「ええっ!?マイス君とミミちゃんって、面識あったの!?」
そう驚きの声をあげていたのはフィリー
ミミってのは……いつだったか、前にトトリがウチにメシ食いに来た時に話してくれた冒険の話の時に同じ名前が出てきたような覚えがある。おそらくは冒険者だろうし、トトリ繋がりでマイスと面識があってもそうおかしくは無いと思うんだが……
「とは言っても、最近はほとんど会って無くて……主に王国時代とその転換期あたりが一番交流が有ったかな」
なるほど、アーランドの王国時代からとなると、確かに驚きものだ
あっ、いや……そういえばマイスは昔っから変に顔が広かったりしてたな。というか、マイスがとっつき安い性格っていうこともあってだろう
「…で、あの子に最近嫌われてるっていうのよ。バッタリ鉢合わせて悲鳴上げて逃げられたり、顔を見るなり物陰に隠れられたり……ね」
そうクーデリアが言うと、マイスはガックリと肩を落としながらため息を吐いた。どうやら事実らしい
だが、どう考えても嫌われてるとは思い難い
詳しい事情まで知らないから断言はできないが、むしろそれって好かれてるんじゃないか…?いやだって、言っちゃ悪いが照れ隠しのように思えるんだが……
当のマイスはグラスをあおったかと思えば、大きなため息とともに弱々しく言った
「ハァ…。ミミちゃんに何か悪い事しちゃってたなら謝りたいんだけど……心当たりがないのがなぁ…」
「自覚が無いのが一番まずいんじゃないの?」
「で、でも…、何かミミちゃんが勘違いしてるだけとかで、マイス君は悪くないかも……」
そう微妙なフォロー(?)を入れるフィリー
だが、その言葉に首を振ったのはクーデリアだった
「そういう考え方じゃダメに決まってるじゃない。マイスはロロナとは別方向に天然なんだからー。…あれよ。ふとしたところで大ポカして、それに気づかないでどーかなっちゃったのよー」
酒が入りだして口調が怪しくなりだしているが、言っていることはわかった
「そんなことないと思うけど…」
そう思ったのはマイスだけの様で、フィリーは何か納得したように「あー…」と言って苦笑いを浮かべていた。どうやら何かしら覚えがあるらしい
ついでに言うと、俺も「なるほどなー」と頷いている側だったりする
というのも、クーデリアが言った通り、マイスもロロナと同じく「天然」に部類されると思う。だが、その天然の中でもマイスとロロナは微妙に違ってくる
例えるならば、ロロナは 常にフワフワ浮かんでゆらゆら揺られながら道を進んでいるイメージ。対してマイスは 他の人と同じく普通に歩いているかと思えばふとした瞬間に明後日の方向に突き抜けていくイメージだ
ふとした時、いきなり突拍子もないことをしでかすのがマイスなのだ。そのミミってやつもそんな時に巻き込まれたかなんかして、トラウマでも持ってるのか……それともさっき考えたみたいに、やっぱりマイスに気があるのかじゃないだろうか?
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結局、今日はマイスが早々に酔い潰れ、クーデリアとフィリーに肩を貸されるかたちで店を出ていった
その姿を見ると、マイスが「両手に花」のような構図にも見えなくも無かったが……それよりも「間違ってお酒を飲んじゃった弟(兄)を連れて帰る姉と妹」と言ったほうがしっくりくるような気がした。もちろん、クーデリアのほうが妹だ
……あいつら三人とも同い年だったよな?