「さあ、正体不明の弾幕に怯えろ!『妖雲「平安のダーククラウド」』!」
封獣ぬえと名乗った少女を中心に黒い靄が掛かる。その制圧された空間から幾つもの光線が放たれ、幾何学模様を描きながら俺達に向けて殺到してくる。
出所が見えないし、弾速が速い。俺は何とか身を翻して弾幕を躱し、反撃の隙を伺う。
「『鬼火「イグニスファトゥス」』!」
それより早く、俺の背にピッタリと張り付いた火依がスペルカードを掲げる。同時に俺と火依を中心に紫色の火の玉が浮かび上がり、緩慢な速度でぬえに向かっていく。
火依の行動に、俺は内心驚いていた。珍しく火依が積極的に弾幕ごっこに参加している。普段から『遊びでも痛いことはしたくない』と言ってやらない。有事の時には手伝ってくれるのだが、それでもここまで積極的に戦う印象はなかった。
「はっ!なんだこの遅い弾幕はさぁ!?欠伸が出るよ!」
火依のスペカをぬえが鼻で笑いながら、火の玉を掻い潜る。確かに弾速は遅く、迫力はない。だが火依は黙々と火の玉を生み出していく。次々と、次々と。それは紫の妖しい光が夕闇迫る空を埋め尽くしていく。
「チッ、うっとおしい……!」
それらはいつの間にかぬえの動ける隙間すら奪い取るほどの数に膨れ上がっていた。先程まで勇んでいたぬえも流石にたじろぐ。チャンスと見た俺はお札をありったけ乱れ撃つ。
「舐めるな!『鵺符「アンディファインドダークネス」』!」
対してぬえは弾幕でお札を迎撃しなががら紫の炎でも照らしきれないほど暗い暗闇を纏う。そして火の玉にぶつかることもいとわず、無理やりこちらに向かってくる。我武者羅すぎる……!
「火依、下がって!」
俺は後ろに叫びながら、迎え撃つ体勢に入る。槍と刀ではリーチが違い過ぎる。さっきは運よくいなせたが……次は自信がない。今からでも格闘戦は避けた方がいいのかもしれないが……向こうから仕掛けてきているんだ、応戦しないと格好がつかない!
俺は封魂刀を両手で握りしめ、意識を集中させる。
「『剣偽「紫桜閃々」』」
そして踏み込むと同時にスペルを宣言する。連続で空を蹴り、トップスピードでぬえと交叉する。手応えがない。暗闇のせいで間合いを見誤ったか。
宙返りで方向転換し、もう一度同じ攻撃を仕掛ける。今度は目が慣れたか、間合いに入る直前に暗闇から槍先が飛び出るが見えた。
横へのステップで躱す。無茶な動きで身体が軋むが構っている暇はない。横移動の勢いのまま身体を回転させ、そのまま胴薙ぎを放つ。
今度は手応えがあるが、鈍い。槍の柄か何かで弾かれたか!刃こぼれしたら嫌だ。大人しく後ろに飛び退る。
互いにけん制の弾幕を撃ち合いながら、ある程度距離を取ると……暗闇の端からぬえの奇妙な翼が覗く。
「……もう一度聞く。何が目的だ!?」
スペルが解け徐々に姿を現し始めたぬえに対して問いかける。もしかしてこの前の無意識の異変で何かしら恨みを買ってしまったのか……?
そう考えながら答えを待っていると、ぬえは艶めかしい仕草で槍をしな垂れかかる様に抱く。
「お前に話す義理はないよ。もう目的は済んだし」
「何……?」
ぬえの言葉に俺は眉をひそめながら身構える。まさか弾幕ごっこをするのが目的だったのか。それとも何か別の事をされたのか……?
そんな素振りはまったくなかったのだが……火依は何か気付いているだろうか?横目で様子を伺ってみるが、特に何かを伝えようとする意図は感じられなかった。
どういうことか尋ねようとするが、その前に命蓮寺の本堂から白蓮さんが駆けてくるのが見える。
「北斗さん、火依さん!大丈夫ですか!?」
「チッ……やっぱり邪魔しに来たか……」
ぬえは面倒そうに舌打ちすると、辺りに黒い雲を巡らせる。先程のスペルより範囲が広い。日もすっかり沈んでしまったせいでまったく目の前が見えない。俺は暗闇の中で火依を庇いながら、防御の構えを取る。そうしていると……
「待ちなさいぬえ!『超人「聖白蓮」』!」
完全にシャットアウトされた視界の中で白蓮さんの声が聞こえる。同時に何かが高速で周囲を飛び回り、その風圧で暗雲が吹き消した。
俺は身構えながら辺りを見回すが、ぬえの姿はない。小さくなって身をかがめる火依と空中を高速移動する白蓮さんがいるだけだった。
「消えた……って、白蓮さん!もう大丈夫ですから止まってくださ……って、危ねえ!?」
「いつもトラブルばかり起こして……今日という今日は許しませんから!!」
「白蓮さん!本当に、話を聞いて……ええい、『鬼化「スカーレット・ブラッド」』!」
その後、俺は吸血鬼の力を使って暴走する聖さんを止める羽目になった。危うく尼さんに轢かれかけるところだった……
「すみません、あの子はホントに悪戯好きで、すぐ誰かにちょっかいを掛けるもので……本当にすみません!」
「ちょ、白蓮さん!そんな頭を下げなくて大丈夫ですから!怪我とか何もないですし!」
俺は何度も頭を下げ謝る白蓮さんを宥める。白蓮さんの話によると、封獣ぬえはこの寺に住む妖怪の一人らしい。仏教を信仰している訳ではなく、ただ居候しているだけらしいのだが……どうも彼女はトラブルメイカーのようだ。
しかし、今回は終ぞ何をされた分からないので、どうしようもない。今のところ困ったこともないし、もしかしたら弾幕ごっこをしたかっただけで、何もしていなのかもしれない。
だが、それでも白蓮さんは悪戯した子供の親のようにしつこく謝っている。
「すみません!あの子は……元地底の住人ということもあって、素直になれないんですよ!ですから……」
「ええ、大丈夫ですから……」
地底の住人か、確かにあそこの人達は能力や性格、素行で嫌われた妖怪達が集まっているらしいが……
個人的にはみんなそんな悪い人たちじゃないと思うんだけどなぁ……まあ、要は棲み分けが大事なのかもしれない。
しかし、封獣ぬえか……気になるな。彼女がどこへ行ったかは分からないが……今のところ修行ぐらいしかやることないし、少し調べてもいいかもしれない。
とりあえず、俺と火依はお詫びの代わりに精進料理を戴いてから、命蓮寺を後にした。
神社に帰ると、霊夢は案の定夕飯をカップラーメンで済ましていた。その空の容器のラベルを見て、火依が悲鳴にも似た声を上げる。
「あ、私の旨味噌カップ!隠しといたのに何で食べてるの!?」
「あぁ、あれ隠してあったの?変なところにあったから食べていいのだと思ってたわ」
「むー!北斗!今度は二つ買って!また絶対霊夢が食べるもん!」
「ちょっと!まるで私が食い意地張ってるみたいじゃない!」
帰ってそうそう言い争っている。なんでこの二人はこんなにカップ麺が好きなんだろうか。毎日料理を作っている身としては、自信がなくなるな……
「わかったわかった、二人分買っておくからこの話はお仕舞!霊夢はちゃんと容器を洗っておいてくれよ……ってどうした?」
何故か霊夢がジッとこちらを見ていたので、聞いてみる。しかし、逆に首を傾げられてしまう。
「うーん、何か変な気がするけど……そういえば、随分遅かったけど何かあったの?」
「いや、ちょっと妖怪にちょっかい掛けられただけだ。変なことを言ってたから、もしかしたら何かされたのかもしれないけど……」
「……ま、大丈夫でしょ。いざとなったらどうにするし、どうにかなるものよ」
相変わらず暢気だなぁ……それが逆に心強いけど。ともかく霊夢がこう言っているんだし、ぬえには大したことはされていないのだろう。
人に会いに行くついでに彼女の事を聞いておけば何か起こってもどうにかなるだろう。俺はそんな楽観的なことを思いながら封魂刀をそっと壁に立て掛けた。