東方影響録   作:ナツゴレソ

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65.0 墓参りと正体不明との邂逅

 白蓮さんとは以前の宗教異変以降、度々会う機会があった。その大半が説法しに来ていたわけだけど……今日もそうなのだろうか? 白蓮さんは飲み終えた湯呑みをお盆に置いて、おもむろに立ち上がる。

 

「実は少しお話したいことがあったのですが、今日はもう遅いですから、また次回にしようと思います」

「そうなんですか? すみません、来てもらったのに……そうだ、よかったら明日こちらからお伺いしましょうか?」

「いえ、そこまでしていただかなくても……ですが、そうですね。もしかしたら来ていただいた方が良いかもしれません」

 

 白蓮さんがやや悲しみに陰ったような顔で、あやふやな言葉を返してくる。なんだかいつもと様子が違う。何かに迷っているような、そんな雰囲気を纏っていた。白蓮さんはしばらく瞑目してから、困ったような笑みを浮かべながら俺の方を見遣る。

 

「……申し訳ありませんが、そのようにしてもらえませんでしょうか? 日の高い内は忙しいので、夕方頃に来ていただけると助かります」

「ええ、構いませんよ」

「それと……できれば火依さん、でしたか。彼女も連れてきてはいただけませんでしょうか?」

「火依、ですか?」

 

 俺はつい反射的に封魂刀に触れる。しかし、火依は頑なに刀から出てこようとしない。どう答えたものか、しばらく思案し……何とか一言だけ呟いた。

 

「……話してはみます」

「お願いします。それでは、失礼しますね」

 

 そう言い残すと白蓮さんは一礼して、飛んで行ってしまう。その姿が見えなくなったところで、俺は刀の柄を爪で叩いた。

 すると、渋々といった様子で火依が現れる。顔を伏せたまま口を噤み、ただ地面を見つめている。俺もどう話せばいいか迷ってしまい、しばらくお互いに黙りこくる。

 ……しばらくして火依がポツリと洩らした。

 

「私も、行く」

「……わかった」

 

 俺は短く返事を返して、今にも泣き出しそうな火依に背を向けた。今はひとりにした方が良さそうだ。

 

 

 

 

 

 そしてその次の日の夕方、白蓮さんは命蓮寺の門の前で待っていた。白蓮さんは俺と、俺の背に隠れるように浮かぶ火依を確認してから、俺達を敷地内へ招き入れてくれる。

 客室で話をするのだろうと勝手に考えていたのだが、案内されたのは墓地の方だった。夕暮れの墓場は荘厳な空気に満ちていて、まるでこの世とは思えないような物悲しさがあった。

 白蓮さんは何も言わずに墓場の奥の方へと歩いて行く。何も知らずにここに連れて来られたら、きっと肝試しの時のような恐怖を感じていただろうが……俺も、きっと火依も、この先に何があるのかを知っているため、そんなことはなかった。

 ただ、それとは違う恐怖にも似たようで違う何かが、ジワリと足元から登ってきていた。

 

「……着きました。是非、共に供養をなさってください」

 

 それは小さな墓だった。やや大きめの石が置かれただけの墓標だが、この下には……

 

「……自分の身体を供養するなんて、変なの」

 

 火依が小さな声で、皮肉めいたことを漏らす。そう。ここには火依の身体が埋まっている。俺自身も埋めるのを手伝ったからよく覚えている。

 俺は手を合わせることもせず、ただ墓石を眺める。隣に火依がいるというのに、冥福を祈ることなんて気持ち悪くて出来なかった。

 そんな俺の態度を白蓮さんは怒りもしない。白蓮さんも俺達と同じようにどうすればいいのか困った様子だった。長い沈黙の間を最初に破ったのは、白蓮さんだった。

 

「火依さんの話はたまたま風の噂で聞きました」

「噂……ですか?」

「ええ、最初は死にながら生きた妖怪幽霊だとしか知りませんでした。元々の目的は彼女について伺おうと思ったのですが……霊夢が詳しく話してくれました。どう判断するかは私次第だ、と言って」

 

 そうか、霊夢が話したのか……最後の一言は確かに彼女らしい発言だ。この状況は火依の身体を埋葬したあの日から覚悟していた。もしかしたら、白蓮さんと敵対することになるかもしれないと。そして、その罪は俺が背負おうと。

 俺は半歩ほど後ろの地点で浮かぶ火依の顔色を横目で伺う。意外にも顔を伏せることもなく、ジッと墓を見つめていた。

 彼女はどんな気持ちなのだろうか……流石に伺い知ることは出来なかった。俺は息を一つ吐いて、白蓮さんに向き直る。

 

「火依を、どうするつもりですか?」

 

 単刀直入に聞いた。右手はいつでも刀に手が行くように意識はしておくが……白蓮さんは俺と火依へと身体を向けて優しく微笑むだけだった。

 

「……どうもしませんよ。少なくとも私には、目の前の命を助けようとした北斗さんと、ただ生きようと欲した火依さんを滅する資格などありませんから」

「どういう……こと?」

 

 火依が首を傾げながら尋ねる。白蓮さんは俺達から視線を外し、墓の周りに落ちている木の枝などのごみを拾いながら、話し始める。

 

「お話していなかったと思いますが……私は魔の力を使い、不老長寿の力を得ています。まだこの世での未練を断つことのできない未熟者です。その私が、火依さんを滅することなどできません。そして、貴方もそれを望んでいないでしょう?」

「……うん」

「でしたら、私から言うことはありません。ですが……偶には貴方自身の身体を労わってあげてください。魂は離れても、紛れもなくここに眠るのは貴方の片割れなのですから」

 

 終始優しい声音で言い切ると、白蓮さんは礼だけして寺の方へ帰っていってしまった。

 ……きっと白蓮さんはもっと色々言いたいことがあったのだと思う。だけどそれを言わなかったのは、自信が不老長寿という存在だからか、それとももっと別の……俺には計り知れないことを考えていたからだろうか?

 しばらく俺と火依はその背中をジッと眺めていた。そして、その背が見えなくなってから、俺は火依と向き合って呟く。

 

「……偶には墓掃除ぐらいしに来るか」

「うん。そうだね……」

 

 その後、貸し置いてあった掃除用具を使い、一通り墓を綺麗にしてから墓地を後にした。

 

 

 

 

 

 門へと戻る帰り道、灯篭が並ぶ石段の中央に一人の女の子が、俺達の行く手を塞ぐように立っていた。黒い髪に黒い衣装……一見普通の女の子に見える。背中の奇怪な形の羽のようなものが無ければ。

 

「聖との話は終わったみたいだね」

 

 女の子は不敵な笑みで話しかけてくる。命蓮寺にはしばしば来ることはあるが、それでも彼女を見かけた記憶はない。俺は火依の知り合いかと思って視線を向けるが、首を振って否定される。

 

「えっと……初対面だよね、俺達に何か……」

 

 戸惑いながらも尋ねようとするが、少女は突然、その言葉を遮る様に突然光弾を放ってくる。咄嗟に上空に跳んで躱すが、間髪入れずに少女は手に持っていた槍を突き出して追撃してくる。

 

「……ッ!?」

 

 咄嗟に封魂刀を抜いてそれをいなす。そしてポケットからお札を抜き、その少女に直接叩きつけた。閃光が飛び散り、少女が磁石のように弾かれる。

 しかし、すぐさま空中で体勢を立て直し、にやけ顔で俺を睨んでくる。

 

「ぐっ……人間の癖にやるじゃないか」

「随分な挨拶だな。何が目的だ?」

「その前に自己紹介くらいさせてよ」

 

 自己紹介もせずに突っかかってきたのはそっちだろうに……内心で毒付いといると、少女は槍をクルクルと回して肩に担ぎなおした。

 

「私は封獣ぬえ。長い付き合いになると思うから、よく覚えておいてよ。輝星北斗」

 

 少女はそう名乗るや否や、極彩色の弾幕を放ちながらこちらに突貫してきた。


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