東方影響録   作:ナツゴレソ

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62.5 未熟者と知れ

「ルールは体術と木刀のみを使った一本先取制で行います。スペカ、飛び道具は禁止。一本の定義としては明確な致命打に至る寸止め、もしくは戦闘不能状態にすることとします!」

 

 私は木刀を持って向かい合う北斗と天子に向けて言い放つ。枯葉の落ちる境内。二人はやや広めに間合いを取っている。

 

「そんないちいちルールを決める必要あるのかしら?どっちかが参ったって言ったら負けでいいじゃない」

 

 天子が面倒そうな声を返してくるがそうはいかない。これは無駄に頑丈な天人の為の取り決めじゃなくて人間である北斗のためのものだ。

 そもそも私はこの手合わせ自体止めた方がいいと思っている。北斗はこの半年ほどで見違えるほど強くなった。剣だけではなく、体術も人間離れした腕前になった。

 

「いざとなったら私が止めます。いいですね!?」

 

 私は天子に向かって叫ぶが返事はない。腹が立つが、私が一番冷静でなければ……最悪の事態になりうる可能性だってある。

 天人相手は分が悪い。身体の頑丈さが違いすぎる。北斗がそれを知っていれば、こんな簡単に勝負を受けないと思うのだけれど……すんなりと承諾したところからして知らない可能性は十分ある。いざとなれば私が割って入る必要があるわ。

 私は心配になり弟子を見つめるが、北斗はただ静かに足元の落ち葉を足で払っていた。普段と変わらない様子だ。よくよく考えたら北斗にとっては半人半霊の私を相手にするのと大して変わりがないのかもしれない。少しほっとした。

 

「さ、早くやりましょ。無為な時間は嫌いだわ」

「……俺もいつでもいいですよ」

 

 北斗はいつも通りの基本に忠実な正眼の構えを取る。対して天子は片手で木刀を握り、それを下段に突き出している。一見無気力に見えるけれど、隙は全くない。

 二人の間を秋の風が駆けて、木の葉を舞い上げる。私は右手を掲げて……

 

「それでは……始め!」

 

 開始の宣言と共に腕を振り下ろす。それと同時に動いたのは北斗だ。正眼の構えのまま力強い踏み込みで前に出る。対して天子は微動だにしない。全くもって冷静だ。その表情だけは愉快気な色に染まっているが。

 木の軽い打音が境内に響く。天子の放った逆袈裟が、北斗の袈裟斬りを弾いたのだ。

 真剣同士ならどちらかの刀が欠けるか折れていただろう。無茶苦茶だけれど、これはあくまで木刀での勝負。有効だ。

 

「ぐ……!?」

 

 力負けした北斗は逆らわずに一旦後退し、再度右薙ぎを打つ。が、それも切り上げで弾き返される。この間天子は一歩も動いていない。力の違いを見せつけるためのあからさまなパフォーマンスだ。

 ムカつく。その行為は北斗を、そして北斗に剣を教える私を侮辱している。今すぐ私が切り伏せてやりたいくらいだ。

 北斗も何か感じたようで、再度後退して大きく息を吐いた。そして、天子と同じように右手だけで木刀を握り前に突き出す。あの構えは……

 

「……猿真似かしら?そういうのが得意とは聞いていたけれど、いい気はしないわね」

「偶然の一致だよ。まだまだ剣に関しては未熟だから、今回は『木刀だけ』で戦おうと思ってたんだけどね……そうもいかないようだ」

 

 眉をひそめる天子をよそに、北斗は確かめるように手首で木刀を軽く回す。そして、体勢を低く構えると……

 

「行くぞ」

「……ッ!?」

 

 先程とは比べものにならない速さで、距離を詰めた。天子も目を見張っていたが、今までと同じように木刀で弾きに掛かる。だが、北斗は木刀を振らずに身体の前に引き寄せたまま体当たりをかました。

 

「くっ……ムキになり過ぎ!」

 

 ようやくたたらを踏んだ天子がそれを力で押し返そうとする。鍔迫り合いは一瞬だけ、北斗は半身を回転させ左の裏拳を振るう。天子の帽子が弾かれが宙を舞った。

 

「……やってくれたわね!?」

 

 嬉しそうな叫び声を上げながら、天子は駒の様にまわりながら横薙ぐ。が、それは北斗の木刀が止めた。しかし、天子はすぐさま北斗の懐を蹴り上げてくる。

 入ったと思われたが北斗は背後、いや空中に飛んで逃げて衝撃を軽減していた。お返しとばかりに上空から前宙しながら天子を蹴り下ろす。

 

「女性を足蹴にするなんて酷い男」

「どっかの誰かさんにも同じことを言われたよ」

 

 天子は左手で蹴りを受け止めながら笑う。けれど、それまであった余裕は明らかに無くなっていた。代わりにまるで太陽のようにギラついた笑顔を浮かべていた。

 

「けれど、褒めてあげる。思った以上にやるじゃない。少し加減が過ぎたわ」

「……すぐに本気を出させてみせるさ!」

「ぬかしなさい!」

 

 天子が上空の北斗に向かって力任せに木刀を振う。それを受けて北斗は天子の腕を蹴り飛ばし後ろに飛んでそれを躱す。やりにくく感じたか地面に着地しようとするが、その隙を天子が詰めて来ていた。

 

「ハァッ!!」

 

 気迫の籠った唐竹割りだ。けれど、一直線過ぎて北斗に半身ずらして避けられる。だが流麗な動きで放たれた回し蹴りが北斗の身体を吹き飛ばす。

 地面を削る様に踏ん張って残ろうとするが、そこにさらなる追い討ちが掛かる。流れる水の如く途切れることのない連撃、だがその攻撃は烈火の如く苛烈だ。

 私はつい唸ってしまう。剣と体技が一体化している。天子の剣技にはまるで舞踊のような美しさがあった。しかし、北斗も上手く凌いでいた。元々北斗は護身術として武術を習っていたこともあって、流石守りは上手い。何より攻撃を冷静に判断し、瞬時に最適な判断を下す力に優れている。今まで格上の相手と戦えていたのは従来その力故だろう。

 

「けれど……力が違いすぎる」

 

 やはり人間だという身体能力的足枷が北斗にまとわりついている。この嵐のような攻撃の中で攻守を覆す隙を見つけられるか……

 後ろに跳んだり、空中に逃げようと試みたりと仕切り直そうとしているのは分かる。けれど天子はそれをさせまいとしている。このまま攻めきるつもりだ。

 ……このままでは危険な一撃が入ってしまうかもしれない。

 

「……恨まないでくださいね北斗」

 

 私は勝負を止めようとしたその時、北斗が右手の木刀を手放した。止めるのが遅かったかと後悔の念が走る。

 天子もつまらなそうにトドメとばかりに木刀を振り上げようとするが……それと同時に北斗は懐に踏み込みながら深く沈み込んだ。バネのように伸び上がりながら右拳が振り上げられる。

 以前夢の中で北斗と霊夢が戦った時に見せた一撃、美鈴さんは紅砲と呼んでいたか。確かに得物を持ってはあれは打てない。起死回生の一撃になるかと思ったのだけれど……

 

「……ッ!?」

 

 寸でのところで首を逸らして躱される。拳から放たれる気迫が、二人を一瞬だけ硬直させる。そして次の瞬間……

 

「それまで!」

 

 その隙を見て私は声を上げて勝負を止める。北斗は拳を、天子は木刀を振り上げたまま動かない。そして、どちらとともなく後ろに下がった。

 ……このまま続けたら北斗は頭を叩き割られていただろう。だが天人相手にかなり善戦したといえる。もう十分でしょう。

 

「……まったく、最悪ね」

 

 突然、天子は木刀を投げ飛ばして吐き捨てるように言う。そこまで相手にならなかったことが不満なのだろうか?しかし、北斗は反応せずに自分の木刀を拾って、天子に頭を下げただけだった。

 

「……まあいいわ。こんな棒切れの叩き合いで決着なのも味気ない。『この続きは』全部アリでやりましょ。勿論邪魔が入らない場所でね」

 

 続き……?妙な言い回しに眉をひそめるが、天子は不機嫌そうなまま北斗の返事を待たず要石に乗って飛び去ってしまう。その様子が気になった私は落ち葉が舞う空を呑気に見上げていた北斗に尋ねる。

 

「……続きって、どういうこと?」

「さぁ……?多分、天子はあの時点で勝負が着いたと思ってないんじゃないかな」

 

 北斗は右手首を擦りながら答えた。どうやら木刀を片手で受けたり振ったりして、大分負荷がかかっていたようだ。無理もない。しかし、どう見てもあの状況では天子が勝っていたと思うのだけれど……

 

「だからアンタは幽々子に未熟者とか言われるのよ」

「霊夢!?突然現れて心を読むのやめてよ!」

 

 私はいつの間にか横に立っていた霊夢に驚きながら抗議する。しかし、霊夢はそれを無視して竹箒で境内を掃き始めた。

 

「最後の方しか見てなかったけど、この勝負もう少し続いたわよ」

「えっ!?」

 

 何気なく呟いた霊夢の言葉に、私は思わず北斗を見遣る。対して北斗は苦笑いを浮かべて木刀を布巾で拭いていた。

 

「いや、どのみち俺が負けてたから結果は変わらないよ」

「でしょうね。脳天から血の噴水を出さないうちに終わってよかったじゃない」

「そうかも。にしても俺はまだまだだな……少なくとも剣技はからっきしだ」

 

 北斗が自嘲しながら言う。けれど、それを言いたいのは私の方だった。私は北斗に手が残されていることを見抜けなかった。あの時、北斗と戦っていたのが私だったら……

 

「……今日はもう帰るわ」

 

 私はそれだけ言い残して、白玉楼に向かって飛ぶ。背後を見ず、ひたすら真っ直ぐに駆け抜ける。

 ……失念していた。北斗という原石を磨いている内に心の内で満足していたのだ。自分が未熟者だと知れ。人を教えるだけで満足してはいけない。

 

「もっと……強くならないと」

 

 そうでないと……いつまで経っても祖父は越せない。私はいつも以上の速度で、宙を駆けた。


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