東方影響録   作:ナツゴレソ

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62.0 要石と有頂天少女

 秋の夜長……涼むのにいい季節だが、いささか空気が張り詰めすぎている。

 この神社の境内で、こうやって剣を突きつけられていると、初めて幻想郷に来た日の事を思い出すな。あの時は紫さんに傘を突きつけられた訳だけど……あの時のように右も左も分からない訳じゃない。

 俺は用があると宣言した少女に向けて、内心戸惑いながらも問いかける。

 

「えっと……君は?」

「名前を聞くときは自分から名乗るべきじゃないかしら?」

「……さっき俺の名前言ってたじゃないか。輝星北斗、元外来人だよ」

「本人から自己紹介は受けてなかったもの。比那名居 天子、天人よ」

 

 天人……確か仏教の言葉だったよな。六道の中の一番高位に住む者のことだっけ?白蓮さんから聞いた話が初めて役になった気がする……なんて思うのは俺が俗物なせいだろうか。

 種族に恥じぬ仰々しい名前だが、要は貴族の箱入り娘といったところか。いちいち偉そうなのがまた型にはまってるというか……テンプレートだ。

 

「で、その天人さんが俺に何のようですか?」

「天人じゃなくて天子様と呼びなさい。天界で天人を消した異変、アレを起こしたのは貴方で間違いないわね?」

 

 天子は緋色の剣を振り回しながら尋ねてくる。先程文に言われた事態がこんな早く起こるとは思わなかった。向こうはやる気満々だが、何とか穏便にことを済ませたいところだが……

 

「ええ、その通りです。ですがもう異変は解決してます。まだ用があるんですか?」

「慇懃無礼な敬語は必要ないわ。確かに天界の人々も元に戻っている。けど、あんな退屈な奴らがどうなろうとどうでもいい。それより私は貴方に興味があるの」

 

 そう言いながら天子は前かがみになって顔を覗き込んでくる。何気ない仕草だったが、こうも露骨な興味で顔を注視されると否が応でも緊張してしまう。

 

「噂で聞いたわ……確か、『影響を与える程度の能力』だったわよね。他者に影響を与え、自らも影響を受ける力……間違いなく貴方は最も幻想郷の行方を左右できる人間よ。比那名居の娘であるこの私が興味を持ってもおかしくないでしょう?」

「……また何か企んでるのかしら?紫にキレられても知らないわよ?」

 

 一方的な台詞に霊夢が呆れ顔で横槍を入れるが……天子は意に介した様子もなく、俺を見据え続けている。

 

「そう……あの妖怪にも一目置かれてるのね。ますます気に入ったわ」

 

 天子はさらに俺との距離を詰めてくる。どうして誰も彼もこう距離感が近いんだろうか?わざとやってるんだったら効果的なんで広めないでください。俺がしどろもどろになっていると、天子が蠱惑的な笑みを浮かべて俺の胸倉を掴む。

 

「ねえ、北斗……私の従者になりなさいよ。今なら天人になれるわよ?」

 

 まるで恋人に囁くかのような言い方だ。それでも高圧的な態度は変わらず、内容は隷属しろという受け入れがたいものだったが。唐突な勧誘に俺は顔を逸らしながら、はっきりと首を振る。

 

「突然そんなことを言われても……頷きかねますね」

「あら、この私が少しでも誰かを認めるなんて滅多にないんだから……素直に受け入れた方がいいわよ?」

 

 そう言うと天子は不敵な笑顔のままにじり寄ってくる。どうもこっちの話を聞いているようで聞いていない。自分の思い通りになると本気で考えている相手に対してどう対処すればいいか益々困惑していると……俺と天子との間に大きく黒い翼が割って入ってきた。

 

「はいそこまで。突然訪ねてきておいて、自分勝手が過ぎるんじゃないかしら?北斗ちゃんも困ってるでしょう?」

 

 天魔さんはあくまで優しい声音で言うが、それとは裏腹にただならぬ気配を纏っていた。普段の脱力したような態度とは違う。今まで感じたことのない強者の気質だ。

 これこそが天狗の頂点に立つ者……天魔。もしこれが俺に向けられていたら……口も開けなかったかもしれない。しかし、それを目の前にしても天子に動じる様子はない。仁王立ちのまま天魔さんと対峙する。

 

「天狗の長ね、貴女。私はただ人間一人を勧誘しようとしてるだけよ?何が気に入らないのかしら?」

「……浅慮が過ぎると警告しているのよ。貴女自身も言ってたじゃない。北斗は今や多くの勢力と関わりがある。彼は要石のような存在よ?それを自分の欲のために引き抜こうものなら……何が起こるか分からない。それくらい平和ボケした天人でもわかりそうなものだけれど?」

 

 天魔さんが挑発的かつ強気な口調で言う。それにしても要石って……そんな重要なものじゃない、と否定したいところだが、そうできないのが悩みの種だ。確かに俺が天子の従者になったら、色々なところが文句を言いそうだからなぁ……主に紅魔館と守矢神社が。

 以前の異変で、俺の人生は俺一人の物じゃなくなったと実感させられたが、周りの人に気に入られ過ぎてる気がする。別に嫌ではないけどさ。なんて考えている間に、剣呑な雰囲気はますます悪化していく。

 天子と天魔さんはしばらくお互いに睨み合っていたが……意外にも天子が先に視線を逸らす。根負けした、というより馬鹿馬鹿しくなった、という仕草だったが。

 

「ま、確かに急かし過ぎたかしら?また出直すわ、この私に三顧の礼を尽くさせるなんて……つくづく幸福ものね、北斗」

 

 天子はクルリとステッキの様に剣を回しながらしまうと、身体の後ろで手を組んで伸びをする。そして片目で天魔さんを見ながら妖しく笑った。

 

「けれど、私の力は要石を操ることが出来る。だから北斗も私の物にして見せるわ」

 

 天子は言いたいことを好きなだけ言うと、しめ縄に撒かれた岩に腰掛け、空に飛んでいってしまった。その姿が見えなくなると、ようやく天魔さんから発せられていた覇気が薄れる。

 

「……北斗ちゃん、さっきは冗談であんなことを言ったけど、しばらくはこの神社にいなさいよ。それは貴方の為でもあるし、幻想郷のためでもある。いいわね?」

「……はい」

 

 天魔さんは振り向かないまま、真剣な口調で俺に向かって囁く。俺はそれに小さく、けどしっかりと返事を返す。

 それからややあって、思い出したかのように虫の声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「いやぁ……やっぱり北斗は隅に置けないわね。あんなに熱烈に求められてどんな気持ちかしら?」

 

 食事に戻ってすぐさま、文が手帳片手に茶化すように聞いてくる。まだ食事中なんだが……行儀が悪いぞ。俺はお茶を口にしてから、ため息混じりに首を振る。

 

「誤解が生まれそうな言い方しないでくれ。いつもの俺の能力目当てじゃないか」

「それだけじゃないと思いますけどねぇ……それで、霊夢さんはどう思ってますか?」

 

 ペン先を向けて霊夢に振るが、当の本人はうっとおしそうに顔をしかめるだけだ。

 

「私は関係ないじゃない……ま、あの不良天人の手下なんて碌なことにならないって言っとくわ」

 

 それだけ言うと、霊夢は炊き込みご飯を掻き込んだ。不良天人って……過去に何かやらかしたのだろうか?まあ、そもそも手下になりたいという気持ちも特にないし、天人にも興味はない。まず誘いは受けるつもりはないな。

 それに俺は今の生活を結構気に入ってるんだ。博麗神社は客に困ることはないから適度に退屈しないし、道も神社からの往復しか覚えられてないし。

 霊夢と火依はもう家族みたいな関係だと言っていいかもしれない。俺は姿勢を改めて、霊夢に向かって頭を下げる。

 

「それじゃあ、まだまだここに居候させてもらうことになるけど……よろしくな」

「はいはい、構わないわよ。もうそれで慣れちゃったし」

 

 霊夢の態度はそっけない。けど、いつも通りの反応が逆に嬉しかった。

 

 

 

 

 

 食事を終えると、このまま居座りたいと半泣きで駄々をこねる天魔さんを文が引き摺るような形で帰っていった。なんか見ていて悲しくなる姿だった。幻想郷で社畜なんて見たくなかった……

 そして翌朝。霊夢との組手を済まし、定期の妖夢との剣の修行を始めようとしていると……

 

「へえ……北斗も剣で戦うんだ」

 

 空から要石と共に境内に天子が降ってくる。三顧の礼と言っていたが、昨日の今日って早すぎやしないか?

 

「あら、いつぞやの天人じゃない。何の用かしら?」

 

 素振りをしながら妖夢が尋ねる。どうやら面識があるようだ。しかし、表情や口調からしてあんまりよく思っていないようだ。訝しい顔を向けている。俺は妖夢と同じく木刀を振りながら聞く。

 

「それで!今日は!何の!用だ!?」

「用ねぇ……ま、暇だから来ただけなんだけど、気が変わったわ」

 

 天子は近くに置いておいた予備の木刀を蹴り上げて手に取ると、片手で軽く振り回し始める。少女の細腕で振るわれたとは思えない風斬り音が耳に届く。力強く、かつ流麗な剣捌きに、つい俺は素振りを止めて見惚れてしまう。

 一通り身体を動かすと、天子は木刀を肩に担ぎ俺に向き直った。

 

「ねえ北斗、手合せしましょ?私の強さを教えてあげる」

 

 唐突に、少女はあくまでも傲慢に高飛車にそう言い放った。


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