東方影響録   作:ナツゴレソ

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57.5 ただ一人のために

 どうしてこいしがこんなところに。私は今にも気を失ってしまいそうなほど動揺していた。怨霊のことは知っていた。けれど……こうなるなんて思いもしなかった。なんで……まったく何の脈絡もないじゃない!

 

「さ、さとり様……」

 

 お燐もお空も私と同じように狼狽している。フランドールさんや妹紅さんも心の中で困惑をしているのがわかる。そんな状況ではないのに、つい他人に冷静さを求めて心を読んでしまう。そんな私に少しイラつくが……それでも覗いてしまうのは覚妖怪の性だろうか。

 恐る恐る北斗さんの心を見ようとするが、それより早く全速力でこいしに向かって飛んでいってしまう。

 

「おい待て、北斗!」

 

 妹紅さんが制止の声を上げるが、北斗さんは止まらない。ギリギリ盗み見た北斗さんの心中はただこいしを助けるという衝動にも似た感情に突き動かされていた。そして、北斗さんの心を読む中で、ノイズのような声が混じる。

 

『クルナ……クルナ!』

「……ッ! 北斗さん!気をつけて!」

 

 私は咄嗟に声を上げる。この声は北斗さんのものではない。怨霊の心の声だ! そう気づいた瞬間、それまでただうごめくだけだった怨霊の集合体が、まるでこいしを守る様に一斉に北斗さんを攻撃し始めた。

 

『邪魔だ!!』

 

 北斗さんは第一印象と真逆の、烈火のごとき怒りの感情を心に宿しながら、刀で薙ぎお札を叩きつける。

 鬼気迫る攻撃だけれど、どんな猛烈な攻撃でも蟻が象を攻撃しても痛みはないように、まったく歯が立たなかった。

 必死に攻撃し続けていたせいか、北斗さんは死角から鞭のように振るわれた身体を避けきれない。真下に叩き落とされる。下はマグマ、人間の北斗さんは死んでしまう!

 

「危ないホクト!」

 

 すんでのところでフランドールさんに抱き留められ、事なきを得る。しかし、北斗さんはまだ冷静になり切れていなかった。温和なイメージの彼には似つかわしくない怒りの籠った表情で、声を荒げる。

 

「……くそ! 何でこいしが怨霊に取り込まれているんだ!?」

「ホクト! 落ち着いてよ! 一人でやったら駄目だよ!」

『そうよ、少し冷静になりなさい』

 

 フランドールさんと陰陽玉からの声……幽々子さんに言われて、ようやく北斗さんは気を静めた。けれど、それは埋もれ火の様に心の奥に隠しただけだ。私はお燐、お空、そして妹紅さんと共に北斗さんに近付く。

 

「無茶するな北斗。あんな化け物、お前じゃどうしようもないぞ」

「……すみません、少し気が急きました」

 

 妹紅さんに叱られ、北斗さんは頭を掻きながら素直に謝る。頭に来ているのに心から素直に反省している。よく分からない精神構造をしているわね。北斗さんは一度息を吐いて陰陽玉へ向く。

 

「幽々子さん、さっき影響を受けているって言ってましたけど……」

『……貴方の懸念している通りよ。古明地こいし、あの子のせいで怨霊が無意識に感化されているわ』

「……そんなことあり得るんですか?」

 

 私は横から割って入る様に幽々子さんに尋ねると……ややあって陰陽玉から返事が返ってくる。

 

『ないとは言い切れない、としか言えないわね。不可解な点は多々あるけど……それを精査していく時間はないでしょう。見ての通り、このままでは彼女は危ない』

 

 その通り、ですね。今はこいしを助けるのが最優先事項なのだから。幽々子さんは間を空けてから、私達全員に向かって言う。

 

『なら、私から言えることは一つしかないわ。古明地こいしをあそこから救い出しなさい。それでこの怨霊の暴走が止まるわ。……わかりやすいでしょう?』

「……ああ、言い方は悪くなるが手間が省けたな。まったく不本意な形で、だが」

 

 妹紅さんが銀の長髪を払いながら肩を竦める。その心の内はもう平常心だ。不死の人間で、千年近く生きた者の貫録と言ったところかしら?

 しかし、平然としていながら北斗さんを守ろうとする意志の強さが読み取れる。やましい心は全くない。ただ単純に北斗さんのために戦おうとしていた。

 

「コイシ……まだ話したこともないけど、絶対助けてみせるから!」

 

 対してこちらのフランドールさんの心の内は混ぜこぜになっている。様々な感情が入り乱れて判別不能だ。

 けれど、その中にはこいしを助けて友達になりたい、とか彼女の姉の代わりに頑張ろうだとか、真っ直ぐな気持ちが芯になって固まっている。きっと大丈夫だろう。

 

「……あんなところで独りぼっちは辛いよ。助けよう、みんな」

 

 刀の中にいた火依さんは、こいしに強く同情していた。

 強い孤独への恐れ、そして誰かといる温かさを知ったから、それをみんなで共有したい。そんな夢みたいなことを本気で思っている。普段なら賛同しかねるけれど……そんな絵空事が逆に心強かった。

 そしてこの三人は……どちらも北斗さんに助けられたから、同じようにこいしを救いたいと思っていた。私はそれが信じられなかった。たった一人のために危険を冒してくれるというの? 三人にとって赤の他人のはずなのに……

 北斗さんは彼女らに一体何をしたのかしら?今の状況では表層の心理は読めても、過去は読めないけれど……これが北斗さんの能力の一端なのかもしれない。

 人を感化させる力。傍若無人な者が多い幻想郷の中では、北斗さんの力は異様に思えた。

 

「さとり様、私達も全力でお手伝いしますよ!」

「うにゅ! こいし様を助けましょう!」

 

 お燐もお空も家族を助けようとやる気満々だ。私は二人に頷きを返して、北斗さんの方を見つめる。

 真剣な横顔は真っ直ぐこいしを見つめている。私はその顔に向けて言う。

 

「まだ、はっきり言っていなかったから、ここで言わせてもらうわ。北斗さん、協力してもらえるかしら?」

「……はい!」

 

 北斗さんは二つ返事で力強く頷いた。

 

 

 

 

 

「よし、行こう!」

 

 北斗さんの号令と共に私達は怨霊を囲むように周囲へ散開する。簡単にだが事前に、作戦会議を行った。北斗さんの特攻を見て分かったのことだけれど、怨霊群はこいしへと向かった時だけ、明らかに攻撃を開始した。

 もしかしたら『こいしに近付くものしか攻撃は行かないんじゃないか』という仮説に至ったのだ。

 そこで機動性の確保できる北斗さんとお燐が特攻してこいしの救出の救出する係に。火力のあるフランドールさんとお空が特攻する二人への攻撃を阻止。そして私と妹紅さんは臨機応変に特攻や火力のサポートを行う役に分かれた。

 

「先に行くよ! お兄さん!」

「頼みます! 俺は瞬間的にしか速度は出せませんから!」

「あいよ! 『猫符「怨霊猫乱歩」』!」

 

 お燐は猫に変身して弾幕をばら撒きながら進んでいく。小柄な体と俊敏さを生かして軽々と躱していくが、怨霊体も分裂や伸縮して道を塞いでいく。

 

「邪魔はさせないよ! 『禁弾「カタディオプトリック」』!」

「お燐、お兄さん! ちゃんと避けてね! 『爆符「ギガフレア」』!」

 

 それを火力の二人が力任せの弾幕で消し飛ばす。当然その余波はお燐、そして北斗さんにも及ぶが……お構いなしだ。

 事前にフランドールさんとお空には攻撃に遠慮をしないように言ってある。そうしないとあの回復力に負けてしまう。特攻二人組も覚悟の上だ。二人の弾幕をギリギリで躱しつつも、お燐と北斗さんは着実にこいし距離を縮めていく。

 しかし、怨霊群は残響のような悲鳴を上げながら抵抗に過激さを増す。まるで鎖の様に顔が連なった怨霊の細い触手が無数に分かれ、振り回される。

 

「『貴人「サンジェルマンの忠告」』」

 

 その触手の延長線上に瞬間移動した妹紅さんの弾幕が焼き払う。私もうかうかしていられない。スペルカードを掲げる。

 

「『想起「恐怖催眠術」』」

 

 レーザーによる弾幕を放ちながら、精神的な揺さぶりも同時に掛ける。

 しかし、レーザーは当たっても精神の揺さぶりは全く反応がない。幽々子さんはこいしの影響を受けていると言っていたけれど、そのせいで心が読み切れないみたいね。だが流石にこの巨体で厄介な性質を持っていても六人掛かりなら押し切れる。

 ……そう思って、私は油断してしまっていた。突然亡霊が鳴動し始め、そして表面に浮かんでいる顔という顔から弾幕を放ち始めた。

 

「な……つうっ!?」

 

 私は避けきれずに被弾してしまう。心の読める相手なら不意打ち騙し討ちの類は効かないけれど、逆にそのせいで反射に任せた咄嗟の回避が下手なのよね……

 けれど、傷は浅い。これくらいなら無視できる。もうすぐだ、もうすぐなんだから! そう言い聞かせながら私は前見て、愕然とする。

 前を飛んでいた三人、そして私の周囲に靄のような細かい弾幕群がまとわりついて来ていた。この弾幕、見覚えがある……こいしのスペカの一つ『表象「弾幕パラノイア」』そのものだ。

 

「う、動けない!? お兄さん先に行って!」

「駄目だ! 俺も捕まった!」

「ホクト、みんな! 今行くから……きゃッ!?」

 

 前衛と遊撃隊が捕まったのを見てフランドールさんが助けに来ようとするが、逆に怨霊群の触手で弾き飛ばされる。そしてお空は……

 

「くっそー! 止まれったら止まりなさいよー! 『焔星「十凶星」』!」

 

 私達を叩きつけようとする触手を必死に焼き払ってくれていた。

 動けない私達に当たらないように火力制御しているせいでまったく余裕がない。あの子はそもそもそういう細やかなことは苦手なのに……って。

 

「お空後ろ!」

「うにゅ!?」

 

 私の声が耳に届くより早くお空はフランドールさんと同じように触手に叩きつけられる。そしてお空が抑えてくれていた触手もついに回復を始め……

 

「『「パゼストバイフェニックス」』!」

 

 妹紅さんの姿が掻き消え、私達三人に周囲に不死鳥の紋章が浮かび上がる。そしてその弾幕が私達を攻撃しようとする触手を焼き払っていく。

 更に火依さんも剣から飛び出て炎の弾幕で必死に攻撃してくれている。私達も動けない中でも弾幕を張って対抗するけれど……圧倒的に火力が足りていない!

 

「あう!?」

「お燐!」

 

 ついに防ぎきれなくなったお燐が弾かれ、吹き飛ぶ。そして一人分いなくなった分私達への攻撃の密度が更に上がる。もう……耐え切れない……!

 ダメ、なのか……私と北斗さんの心の中に諦めの念が一瞬浮かんでしまう。私は衝撃に備え身体を固め、歯を食い縛って目を閉じる。その時二人の声が耳に届く。

 

「『大奇跡「八坂の神風」』!」

「『凍符「パーフェクトフリーズ」』!」

 

 目を開けると、私に纏わりついていた弾幕と迫り来ていた触手が吹っ飛び、怨霊群が凍り付いていた。私がその光景に茫然としていると……紅白の蝶を思わせるような姿が目の前に現れる。

 

「……随分苦戦しているみたいね」

 

 その人間……博麗霊夢は振り返えると、私と北斗さんに向けて頼もしい笑みを浮かべる。

 

「手伝ってあげよっか?」


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