「茨華仙……と呼ばないといけないのよね。どう、私が任せた異変は無事解決できたかしら?」
私はお祓い棒で肩を叩きながら華仙に向かって尋ねるが、華仙からの反応はない。ずっと押し黙っていた。
そのせいか不穏な空気が流れる。華仙との間に立つ勇儀とパルスィも私達の様子を見て不思議そうに顔を見合わせている。どういう経緯でこの二人がいるのかは分からないけれど……完全に巻き込まれたって顔をしているわね。
この二人から話を聞けそうになかったので、仕方がなくしばらく次の言葉を待っていると……華仙はやや間を開けてから口を開いた。
「……管理者曰く、ここに原因はないそうよ。おかしくなった怨霊も地霊殿のペットが処理している」
「そう、そっちも後々どうにかしないとねぇ……」
私は億劫な気持ちをため息と一緒に吐き出す。
今までのゴタゴタで半分忘れかけていたけれど、よくよく考えれば怨霊の異変と人が消える異変……関係性があるかもしれない。わざわざ地底まで来てるんだし、ついでに調べておくべきね。
なんて考えていると、華仙が勇儀とパルスィを押し退け前に出てくる。明らかに不機嫌な顔つきだ。
「……旧地獄に入るなとあれほど言ったのに、団体を連れて来るなんてね。いつから博麗の巫女は天邪鬼になったのかしら?」
「私はいつでも人間の巫女よ。誰に何を言われようとも、私は異変を解決するだけ。それに……今回ここに来ようと言い出したのは私じゃないし」
私は後ろで様子を伺っていた北斗を顎で指す。すると北斗は突然話を振られて戸惑っていたが、意を決したように私の隣に並んだ。
「えっと……初めまして、輝星北斗です」
「そう、貴方が……噂は兼ね兼ね伺っているわ。ひょっとして今回の異変も貴方が関わっているのかしら?」
華仙の単刀直入な言い草に、北斗はビクリと身体を震わせる。
動揺ことなんてないのに……気がちっちゃいわねぇ。仕方なく私は隣の情けない奴に代わって文句を言ってやろうとする。が、それより先に北斗は俯くこともなく仙人様に苦笑いを返していた。
「ええ、仰る通りご迷惑をかけてます。なので責任を取るためにも、俺がこの異変を解決しますから」
誤魔化しのまったくない言葉で言い切られ、華仙は虚を突かれたように黙り込んでしまった。
開き直った様な態度に、隣の私も思わず呆れてしまう。この馬鹿はもう少しはぐらかすなりなんなりすればいいのに、なんでこう馬鹿正直な言い方をしてしまうのか……
つい頭を抱えてしまいそうになる。と、唐突に勇儀が吹き出し、腹を抱えて笑い出した。
「あっはっはっはっ! いいじゃないか! 人間の癖に気持ちいい性格をしてるよ! 気に入った!」
勇儀は一通り笑うと左手の盃を飲み干してから、華仙の肩をバンバン叩く。先まで静観していた大人しさは何処へやら、空気を一変させるほど豪快に喋り出す。
「だらしないねぇ華扇! 仙人の真似事なんてしてるから、何も言えないんだよ! 少しはアイツを見習ったらどうだい?」
「五月蠅いわよ勇儀! それよりお目当ての元凶が現れたわよ!?」
華仙はそう叫びながら半身を引き拳を構える。それを見て勇儀はやれやれと肩を竦めながらも、同じく臨戦態勢になる。盃を片手に、握り締めた右手を突きつけてくる。
「悪いねぇ北斗とやら! アンタのことは嫌いじゃないが、それ以上に私は毎日のように騒がしい旧都が好きなんだ! だからここで倒されてもらうよ!」
勇儀の嘘の飾りっ気のない台詞に、私の後ろのメンツにも緊張が走る。どうやら戦いは避けられない様ね。厄介な……これだから鬼は喧嘩っ早くて嫌いだ。
「くそ、やるしかないか!」
隣の北斗もそう吐き捨てながら、刀を抜く。それを皮切りに各々構え始める。
さて、どうしたものかしら? 6対3、鬼が相手だろうがおそらく勝てるけど、全員で戦って時間を掛けるのは得策とは思えない。それにこの大人数でまともな連携なんて取れないでしょうし……
私はお札を手に取りながら、後ろのメンツにだけ聞こえるような声で呟く。
「合図したら二手に分かれるわよ。北斗は先に行きなさい。後は……適当に分かれましょう」
「適当だなぁ……はっきり決めればいいのに」
北斗が何とも微妙な苦笑いを浮かべたものだから、いつイラっとした私は横腹を肘で突いてやる。
仕方がないじゃない。決めたら決めたで色々言われるのよ、主に早苗にね。ま、鈍感な北斗にはわからないでしょうけど。
なんて内診で抗議しつつも、私は問答無用で声を上げる。
「いいからやるわよ……いち、にの、さん! 『境界「二重弾幕結界」』!」
私の掛け声を合図に北斗達は一斉に上空へ飛び上がった。それと同時に、私は華仙達へ弾幕を放つ。ギリギリでそれを躱した勇儀が火が付いたように声を荒げる。
「おい、逃げるのか!? 『怪輪「地獄の苦輪」』!」
「『妬符「グリーンアイドモンスター」』」
対峙する勇儀とパルスィもスペカを発動させる。二人は上手く食いついてくれた。けれど、華仙だけは冷静に北斗を追おうと上空へ向かっていた。アレはしつこく追い回しそうだし、何とか止めないと!
すぐさま追いかけようするが……その前に華仙の行く手を塞ぐように格子状の閃光が走った。
「通しません! 『秘法「九字刺し」』!」
私の前へ躍り出ながら早苗が大幣を上下左右交互に振る。すると、たちまち空間が格子レーザーで封鎖される。足止めには最適な弾幕だ。私は目の前から飛んでくる二人分の弾幕を早苗と一緒に躱しながら、労い代わりの皮肉を飛ばす。
「まさか早苗が残る側にいるなんてね! 明日は槍が降るんじゃないかしら!?」
「ちょっと、思うところがありまして! それより前!」
早苗の声で、目の前に飛び込んでくる勇儀の姿に気付く。私は地面に背を向けるように背後に飛ぶ。瞬間、さっきまで私がいた橋の床板が粉々砕ける。勇儀が踏み抜いたようだ。
「ちょっと、私の橋を壊さないでよ!?」
「後でいくらでも直してやるよ!」
ずっと黙っていたパルスィがようやく口を開いたと思ったら、身内への文句だった。
しかし、二人のやりとりに呆れる間もなく上から華仙が間合いを詰めてくる。舌打ちをしながらお札を投げつけるが、右腕であっけなく弾かれてしまう。その隙を突かれ、華仙がスペルカードを突きつけてくる。
「『雷符「微速の務光」』!」
宣言と共に華仙が巨大な雷弾を放つ。スペルの名前通り弾速は遅いが、それは複数に拡散し追尾してくる。単体なら避けれるけれど、今は目の前から勇儀とパルスィの弾幕も迫ってきていた。
避けきれないと判断した私は、結界を張る準備を始めようとするが……唐突に目の前の弾幕が凍って固まった。
「……ッ! チルノ!?」
「そのとーりアタイだよ!」
私は安全地帯の空中まで飛んで逃げたところに、チルノが腰に手を当て胸を張りながら浮かんでいた。
周囲を見ると、北斗、妹紅、フランの姿はもうない。偶然ながら3人ずつ綺麗に分かれられたみたいだ。
「……やってくれたわね」
華仙が静かに呟く。澄ましたような態度をとってはいるが、露骨に怒りが顔に現れていた。勇儀とパルスィも同じ高度に登ってくる。
私とチルノの元へ早苗もやってきて、3人同士で向かい合う形になった。三対三、対峙したまま押し黙っていると、勇儀が盃に酒を注ぎながら華仙を宥める。
「いいじゃないか華扇。あの男と戦えなかったのは惜しいが、これで対等な戦いだ。3対3の変則戦だがな」
「いいえ……それはどうかしらね?」
突然、パルスィが妖艶な笑みを浮かべる。何がおかしいのかしら……? その様子を訝しんでいると、突然早苗が頭を抱えて苦しみ始める。
「あ……く……!」
「早苗……? どうしたの?」
私は早苗に近付いて頭に触れようとする。しかし、早苗は私の手を払いのけた。突然のことに、私もつい声を荒げてしまう。
「痛……ちょっと何すんの……」
文句を言ってやろうとするけれど……途切れてしまう。振り乱した髪の隙間から早苗の緑の瞳が不自然に光っているのが見えたからだ。と、視界の端でパルスィが自分の爪を噛みながら呟いているのを捉える。
「妬ましい、妬ましいわ……あんな男を連れて……以心伝心といった姿を見せられて妬ましいわ……」
その顔は憎悪に満ちているのに、口の端は吊り上っている。
しまった、あの妖怪、水橋パルスィの能力は……
橋姫は早苗と同じ妖艶な緑の眼を光らせながら、早苗を煽る。
「貴女もそう思うでしょう……あの男を取られるは、嫌でしょう……?」
「チルノ! 早苗から離れなさい!」
「えっ!? わわっ!?」
私は慌てるチルノの首根っこを問答無用で掴んで、真上に飛ぶ。すると足元に、早苗を中心に五芒星を描くように弾幕が配置されていた。
……やられた! すっかり忘れていた! 私は最悪の状況に思わず頭痛を覚える。
橋姫、パルスィの能力は……『嫉妬心を操る程度の能力』。言ってわかるかは置いといて、私は唯一の味方になったチルノに向かって警告しておく。
「チルノ、アンタは妖精なんだから、死ぬ気で戦いなさい」
「な、なんだ!? どうして緑の巫女が攻撃してくるんだよ!?」
混乱するチルノに、私は馬鹿にも分かる様にゆったりとした口調で呟いた。
「早苗は……嫉妬心を操られたせいで、私達を攻撃してくるわ。これから……楽しい楽しい2対4の戦いよ」
私は絶望的な状況に、笑うことしか出来なかった。