東方影響録   作:ナツゴレソ

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5.5 レミリアの野望

「外の世界から追い出され、自らの運命に翻弄される青年……」

 

 紅魔館の地下、そこに広がるカビ臭い大図書館。月光も届かないこの場所だが……ここに来れば必ず話相手がいる、という点で私はここを気に入っていた。私はパチェすぐ近くの机に腰掛け、静かに優雅に語らう。

 

「彼が運命を操る私の元を訪れたのはむしろ必然だったかもしれないわ。ねえ、そうは思わない、パチェ?」

「……どうでもいいけれど、机から降りなさい。はしたないわよ」

 

 ……せっかく気分をよくしていたのに、まったく空気を読んでいないわ。パチェに水を差され、渋々机から降りながら溜息を吐く。

 相も変わらずパチェはずっと本を読んでいる。活字以外に興味を持つことはないのかしら?私だったら一日持たずに飽きてしまうわ。

 私は机に寄りかかりながら、パチェに指を突きつける。

 

「そんなことよりパチェ、ちゃんと聞いていたんでしょうね? 寝てたなんて言ったら承知しないわよ?」

「魔法使いに睡眠は必要ないわよ。記憶のフォーマットのためにたまには寝るけどね。まったく……盗み聞きだなんて悪趣味なことさせるわ」

 

 愚痴りながら三白眼で睨んでくるパチュリーに向けて、私は肩を竦め戯けてみせた。

 ……あの食事会だが、前もってパチェに音を聞き取る魔法を使わせていた。いわゆる盗聴だ。まあ、そんなことしなくても相席させてもよかったんだけど、ただ単純に協力するだけじゃあつまらないもの。それに……

 

「このやり方をすれば私だけ貴方の意見を聞けるじゃない」

「……せこいわね」

「情報戦は速度が命よ。遅すぎるものは話のタネにもならないわ」

「天狗が言いそうな言葉ねぇ……それで、話のタネにするために私に盗聴させたのかしら?」

「そうだとしても、そんな本より面白い話になりそうじゃない?」

 

 私は無関心を装うパチェの顔を覗き込んで問いかける。すると、パチェは一暼くれただけで、本を持って体勢を変えてしまう。そしてしばらくしてからチラリと横目の視線を向けてくる。

 

「ま……興味深くはあったわ」

「ふふん、そうでしょう?」

 

 私は椅子の一つに腰掛け、胸を張る。そして目の前にゼロフレームで現れたティーカップを手に取った。咲夜には別の仕事を任せていたのだけれど、こういう気遣いが出来るあたり流石私の従者ね。

 パチェもおもむろに紅茶を口を付けると、一息吐いてからポツポツと語り始める。

 

「今まで確認できている彼の能力……その片鱗は二つ。結界への影響、そして外の世界での自身の存在消去。ただ前者は本人が言っている通りただの状況証拠しかない。けれど、後者……外の世界で彼が居た存在を消し去ったこと、これは興味深いわ」

 

 パチェはいつの間に掛けた眼鏡をクイッと持ち上げる。何処かで見た仕草だ。私の相槌も待たず、パチェは勝手に話を続ける。

 

「存在を消す、見えなくする……これに類似する能力は人里にいるハクタクの『歴史を喰う程度の能力』かしらね。彼女は一時的に人里と住民の歴史を食って見えなくすることができた。これはレミィと咲夜の実体験ね。そこで聞いてみるけれど……里のハクタクと北斗2人の違いは何かわかるかしら?」

「男か女か?」

「違うけど違う。正解は意志の有無よ。ハクタクは人里を守るために自発的に能力を使った。しかし、北斗は自らの意思とは関係なく自分の存在を他者の記憶から消し去った……様に普通は思える。ここでチェス盤をひっくり返すわ」

 

 大げさに右手を振りかざしてパチェが宣言する。何だかんだ漫画好きじゃない……私は内心で呆れながらも、付き合ってあげることにした。

 

「ひっくり返すって視点を変えるってことでしょう?いったい誰の視点かしら?」

「一人しかいないじゃない。彼は……『輝星北斗は本当に自らの意思と関係なく外の世界の住人から忘れ去られた』のかしら?」

「パチェは……アイツが故意に幻想郷へ行くために図った と考えているのか」

「可能性もあるわね。けれど、レミィにとってそんなことはどうでもいいでしょう?」

 

 ……確かにそうだ。さすが私の親友、私の好みをちゃんと把握しているわね。

 あの男がどういう目的で幻想郷に来たなんてまったくどうでもいい。何を望もうとも、何を仕出かそうとも、興味はない。

 ここでは善悪なんて些細なことでしかない。路傍の石の表と裏をきめるかのように不毛だ。

 幻想郷はすべてを受け入れる。スキマ妖怪の言葉を借りるのは癪だけれど、清濁併せ呑んでこそ幻想郷は楽園足り得るのよ。

 そして、真に私が知りたいことがある。それは……

 

「もし『彼が心の中で誰からも忘れられたいと願い、本当に誰からも忘れ去られた』というならば彼の能力は、『自らの願いを大衆へ反映させることができる』かもしれない。ま、覚り妖怪でないと検証もできない仮説だけれど」

「いい。いいじゃない。まさに王のような力じゃないか。ククッ……」

 

 私は堪え切れず、笑い声を上げてしまう。

 愉快だ。ここ最近、退屈で仕方がなかったけれど……今は心が浮ついて仕方ない。この場で踊りだしたい気分だ。

 

「アハハ! 運命の気紛れで呼び込んだ人間がこんな大当たりなんてね! ギャンブルの面白さなんて私には生涯分からないと思っていたけれど、なるほど、一度当たれば癖になるじゃない!」

「……その様子だと元々勘付いていたみたいじゃない。何でわざわざ私に話を聞いたのよ」

「信じきれなかったのよ、私の見た未来が。けれど、パチェの仮説ではっきりしたわ!」

 

 私は椅子から立ち上がり、大図書館の宙に浮かび上がる。

 パチェは私を見上げながら小さく笑う。子供のようにはしゃぐ私が滑稽に見えるかしら? 自覚はある、けれど貴方にもわかるでしょう? 私の喜びが!

 確かにあの男は幻想郷を滅ぼしかねない劇薬だ。紫が始末しようとするのも分からないでもない。けれど、扱いによってはその毒は切り札にも成り得る。

 

「彼の能力は『影響を与える程度の能力』。あの男の思考が、思想が、欲望が! 人に、妖怪に、民衆に、世界に理に運命に! 影響を与え変化させる力!」

「そう聞くと……まるで創造神のような能力ね」

 

 パチェは信じられなさそうに呟く。確かに神のごとき力かもしれないが、幻想郷では『神程度の力』でしかない。精々弾幕ごっこをするぐらいの力があるかどうかだろうさ。それに……

 

「意思あるものの一挙手一投足、その全てが何かしらの影響を与えるわ。小さな蝶の羽ばたきが、嵐を巻き起こすようにね」

「レミィ、その例えはカオス理論の初期値鋭敏性と予測困難性を表現するための表現であって、その引用は……」

「そこまでよ!は、貴女の口癖だったわね。意味は分かるんだから元ネタなんてどうでもいいわ! ともかく、北斗は誰もが持つ影響力が強すぎるだけなのよ!」

「あーそう」

 

 パチェは面倒そうに頷くだけで、ペラペラと本を捲っている。数百年来の友人付き合いだけれど、ノリが悪いのは昔からまったく変わらないわ。

 興を削がれてむくれていると、それを察したのかパチェが渋々といった面持で私に問いかけてくる。

 

「彼の事はそれなりに分かったわ。それで、レミィは『その蝶』に何をやらせたいのかしら?」

「フフ……よく聞いてくれたわ……」

 

 私は背中の羽をはためかせ、空中でクルリとターンして見せる。そして本の端から顔を出し見上げるパチェに……努めて静かに質問を返す。

 

「ねえパチェ、彼の思考が世界に影響するというならもし、あの男が心から私に隷属したらどうなると思う?」

「……ああ、そういうこと」

 

 パチェはその一言で察したようで、詰まらなそうに視線を本に戻してしまった。対して私は感情を抑えられず、大図書館に両手と羽を広げる。そして、幻想郷とそこに生きる者共に向けて高らかに宣言した。

 

「そうだ、この私が、幻想郷を支配するのさ!」


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