東方影響録   作:ナツゴレソ

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52.5 運命を変える力

「まだ異変が解決していない……」

 

 北斗が裸足のまま庭に下りながら茫然とした顔で呟く。その顔は血の気が引き真っ白になっていた。

 夜の王たる私も流石に無反応ではいられない。どういうことかしら? この異変は北斗が引き起こしたものじゃないのか……?

 

「おい霊夢、どういうことだぜ!? 私達は元に戻ったのにどうして里の連中は元に戻らないんだ!?」

「そんなのこっちが聞きたいわよ……」

 

 魔理沙が駆け寄りながら問い質すが、霊夢ににべなくあしらわれる。相変わらず愛想がない巫女だけれど、その表情には焦りが感じられた。

 大勢が集う中、重苦しい空気が漂う。と、唐突に北斗が背を丸めながらポツリと呟く。

 

「まだ俺が異変を起こしているのか……」

 

 そんな弱気な北斗が目に付いた私は肩を竦めながら目の前に回り込んだ。いつもは混じり気のない黒い瞳が淀んでいる。情けない、迷っているわね。

 

「お前はそう考えるのか?」

「……レミリアさんは、そうじゃないんですか?」

 

 北斗は暗い顔で私を見下ろしていた。焦点が合っていない。あまりに辛気臭い表情が見てられなくなった私は、日傘の下から手を伸ばしてその額を軽く叩いてやる。

 

「痛……何なんですか?」

「北斗、お前はもう少し前向きに生きろ。足元を見て立ち止まることしか出来ないつまらない人間になるな。少なくとも、フランを助けたお前は下を向きながらも、前に進めていたぞ」

「………………」

 

 私の言葉を受けて、北斗は視線を逸らしながら押し黙る。僅かに盗み見た瞳はまだ淀んでいたけれど、焦点は合ってきているようだった。ま、今はそれでいいわ。まったく世話が焼ける。

 とりあえず北斗には少し考えさせる時間をやることにして、私は日傘を差したまま霊夢に近寄る。

 

「……一体何を迷っているのかしら? この状況で考えられる可能性は多くないじゃないか」

「随分偉そうに言うわね」

「夜の王だからな」

「はいはい、今は昼だけどね。それで、期待はしてないけれどアンタの意見を聞こうじゃない」

 

 霊夢が挑発的な視線で見下ろしてくる。人を焚きつけるのが上手い。ふん、精々私の理路整然たる説明にひれ伏すがいいわ。

 私は隣に並び立つ咲夜に日傘を渡し、腕を組みながら話し始める。

 

「まず一つは北斗が未だに異変を起こし続けている可能性だけれど、それはほとんどないわね。何故なら……」

「私達が北斗の記憶を取り戻したから、かしら?」

「そ、そうよ……」

 

 後ろから輝夜に割り込まれ、私は渋々肯定する。不意打ち気味に私の台詞を横取りされてヘコんでいると、それに追い討ちをかけるようにパチェが空中に腰掛け本を読みながら言う。

 

「それはどうかしらね? 北斗が危惧している通り私達だけ影響下から外れただけって可能性だってある。ほとんどない、と断定は出来ないわね」

「ぐ……」

 

 パチェめ、大人しく本でも読んで黙っていればいいものを……恨めしく睨んでみるけれど、ヒラリと視線を手元の本へと躱されてしまう。

 ……まあいい、咳払い一つ、私は気を取り直して話を続ける。

 

「けど、もし北斗の影響がなくなっているのであれば……北斗とは別のやつが異変を起こしている可能性が出てきたんじゃない?」

「ま、確かに北斗の起こしたって言われている異変の全ては北斗がやったという明確な証拠はなかったけどさ。今のところ候補は北斗しか上がっていないからねぇ……」

「それにその薄い可能性だけ追っても、この異変を解決出来ないと思うぞ」

 

 山の神二体に言われ、ぐうの音も出ない。まったくひどい奴らね! もう少し北斗を信用してやってもいいのにねぇ。

 と、一連の話を黙って聞いていたスキマ妖怪が、不意に会話に参加してくる。

 

「いえ、今回の異変に関しては少なくとももう一人関与している妖怪がいます」

「……古明地こいし、ね」

 

 霊夢の言葉に紫が頷く。古明地……確か地底の館の主がそんな苗字だったわね。まさか地底が関わってくるのかしら?それは色々と厄介だわ。

 他の奴らもあまりいい顔をしていない。そんな中、スキマ妖怪だけは平然とした表情を保っていた。

 

「そう、今回の里の人間の状態はアレの性質と酷似していますわ。そして……この異変は北斗がこいしに出会ったことから始まっている。そうよね、北斗?」

 

 紫に話を振られた北斗は静かに顔を上げる。そして、息を一つ吐いた後、緩慢な動きで首を縦に振った。

 

「……その通りです。そして言い出すタイミングなかったので言えませんでしたが……この異変はこいしが望んだ異変であり、俺自身が望んで引き起こした異変です」

 

 北斗の言葉に、話を聞いていた全員が凍りついた。まさか、本当に北斗が自分の意思で異変を起こすなんてね……

 皆動揺を隠しきれずにいたが、対して北斗は続けて淡々と話を進めていく。

 

「こいしは里の人間、そして地底の旧都の住人を無意識の状態にすることで、姉のさとりさんが外に出ても心を読めなくしようとしたんです。ですが……さとりさんはそれを望まなかった」

「……つまり、こいしの願いは成就しなかったわけだ」

 

 魔理沙のらしくない神妙な台詞に、北斗は無言の肯定を返す。なるほど、姉への想い、か……

 しばしの沈黙ののち、また北斗が喋り始める。

 

「……この異変がどうしてかは続いているかは、自分にわかりません。けれど、終わらせ方は分かっています」

 

 北斗はもう一度息を吐くと、背筋を伸ばし、前を向いた。先程とは違った、力強く真っ直ぐな瞳をしていた。

 

「地底に行って、こいしに会いに行きます。会って、話がしたい」

 

 はっきりと彼は欲求を口にする。それに誰も言葉を返せなかった。

 ……私達は北斗の言葉に瞳に飲み込まれていた。こんな時、こいつが影響力の塊だと実感させられる。能力だけじゃない、北斗の意思がそうさせているのだ。

 その影響にどれだけ当てられたのかは知らないけれど、最初に動いたのは霊夢だった。

 

「……ま、それで異変が終わるなら手伝うのが博麗の巫女の仕事ね」

 

 霊夢は髪を払って、手に腰を当てる。面倒そうに振る舞っているけれど、アレはアレでやる気満々なのだろう。

 続いたのは、先程まで泣き腫らしていた山の現人神だった。袖で目尻を拭くと、気丈げに声を張る。

 

「はい! 私も行きます! センパイを一人にすると、何をするかわかりませんし」

 

 目元を拭いながら、はっきりとした口調で言う。面白いことになってきた。便乗して私も付いて行こうと名乗りを上げようとしたその時。

 

「ホクト! 私も行く!」

「なっ!? フラン!?」

 

 早苗と一緒に泣いていたはずのフランが左手を挙げながら前に飛び出てくる。私は慌ててフランの前へ回り込んだ。

 

「待ちなさいフラン! 気持ちは分かるけれど、力をまだ制御しきれない貴方じゃ……」

「ずっと練習してきたもの、平気だわ!す私、ホクトが頑張ってるならその隣で一緒に頑張りたいの! それに……」

 

 フランは私の両手を取って、顔を覗き込んでくる。私と同じ美しい緋の瞳。

 今まで喜びや悲しみの色しか湛えなかった瞳が、熱い感情を宿していた。私は一瞬、その熱量に内心気圧されてしまう。

 その隙にフランが、たどたどしくも言葉を紡いでいく。

 

「……こいしって子ね、きっと私と同じだと思うんだ。お姉様の事が大好きで、一緒に居たくて……けど、できない。気持ちすごく分かるんだ」

「フラン……」

 

 ……私はずっとフランを見守っていたつもりだった。けれど、ほんの僅か目を離した間に、フランはめまぐるしく変わっていたようだ。

 毎日笑顔で……時に怒って、悲しんで、泣いて、そしてまた笑うようになった。

 皆は……いや、北斗自身も『影響を与える程度の能力』が異変を起こし、他人の猿マネをするものだと思っている。けれど、そんなのは副産物、些細な能力でしかない。

 北斗の能力は、運命を捻じ曲げる力だ。『運命を操る程度の能力』でも果たせなかった、フランと私の運命を変えた……変化の力だ。

 

「私、その子に会ってみたいの。きっとトモダチになれると思うから!」

 

 私は思わず、日傘を手放しフランを抱きしめる。成長した喜びと、私の手から離れていく寂しさが入り混じった結果、身体が勝手に動いていた。私は震えそうになる声を抑えながら、そっと耳元で呟いた。

 

「……わかったわ。あなたが望むまま行きなさい。そして無事帰ってきて、私にそのお友達を紹介して頂戴」

「うん!」

 

 フランは元気に頷いた。本当は私も付いて行きたかったけれど……見守るだけじゃ駄目なのよね。私は最愛の妹を手の中から離し、日傘を差し直しながら北斗へ向かって言い放つ。

 

「北斗、頼むわよ」

「分かってます」

 

 北斗は一言だけ呟く。短い返事だけれど、他ならぬ友人である彼に託しているのだ。信頼しているわ。

 そして四人は慌ただしく出発の準備を始まる。それを眺めながら、一歩離れた所で控えていた咲夜と美鈴に向けて言う。

 

「さ、パーティの準備をしないとね。異変終了のお祝いと、フランの新たな友人をもてなすための」

 

 そう言うと、咲夜と美鈴はお互いに顔を見合わせた。そして咲夜が口元に手を当て、笑みをこぼしながら日傘を差し出してくる。

 

「そんな運命を見たのですか?」

 

 咲夜に珍しく、野暮な質問だ。答えなんてわかっているでしょうに、ね。私はそれに答えずに、受け取ったクルリと日傘を回してみせた。


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