東方影響録   作:ナツゴレソ

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48.5 巫女の使命

 私が博麗の巫女になったのはいつからだったか、覚えていない。

 理由なんてなかった。ただ先代から博麗の巫女として育てられたから、そうなることが当たり前だと思っていた。一時期は写真家になりたいなんて夢を見たこともあるけれど……それでも博麗の巫女になることに躊躇や戸惑いはなかった。けれど今は……

 どうして私じゃないいけなかったの、と後悔していた。

 

 

 

「……暑い」

 

 私は布団を蹴り飛ばして、額の汗を拭う。まったく眠れない。北斗が初めて来た時ですらもう少し熟睡出来たのに、今は目を瞑るだけで余計な事を考えてしまう。悶々と考えているせいで変な汗も出てきた。

 

「水でも飲もう」

 

 私はフラフラと立ち上がって台所へ向かう。その途中にある居間、いつもならここに北斗が寝ているらしいのだけど、当然その姿はない。あるのは壁に立てかけられた封魂刀だけだ。

 

「……あのバカ」

 

 私は口を突いた自分の言葉に顔をしかめた。どうも思っていなかったのに……今は北斗をここまで心配している。まったく……紫を恨まずにいられない。どうして北斗を一緒に住まわせたのかしら。最悪だわ。

 

 私は変わってしまった。

 

 こんなに人の事を気にかけるような人間じゃなかった。いつか、紫は私が変わるんじゃないかと危惧していたけれど、その時の私はきっと北斗と『影響を与える程度の能力』を楽観していたのんだろう。

 何が『空を飛ぶ程度の能力』だ。何がそうならないだ。私は今まさに北斗に縛られているじゃないか。せめて心の中で弱音を吐く。口には出さない。

 私は博麗の巫女だ。私がこの異変を解決しないといけない。この異変を解決できるのは、私しか出来ないのよ。私しか……

 

 

 

 

 

 翌日私は人里へ向かうことにした。紫は北斗とこいしの居場所を特定してみると言っていたけれど、紫は未だ現れていない。

 そこで私は、人里の様子を見に行くことにした。慧音先生の言葉を信じられないわけではないのだけれど、自分の目で確かめておこうと思い立ったのだ……っていうのは建前で、ジッとしていられなかったからだ。

 

「本当に、誰もいない」

 

 人里は日が高いのに閑散としていた。けれど、どこからか足音や生活はしている。それが逆に恐怖を助長していた。薄気味悪さに耐えつつ、しばらく里の中を歩いていると……

 

「あっ、霊夢さん!」

 

 路地に立っていた早苗が声を上げながら駆け寄ってくる。真夏の陽気の中、かつこんな時なのに相変わらず騒がしいというか、無駄に元気よねぇ……

 

「一体どういうことですか!?里に誰も人がいないんですけど……これじゃ布教活動もままならないですよ!」

「それどころの問題じゃないでしょう……これは異変よ。それもかなり大規模な」

「異変!?それなら今すぐ解決しないと、ですね!それで、原因はわかっているんですか?」

「………………」

 

 私は返す言葉に詰まってしまう。もし早苗が北斗のことを忘れてしまっていたら、きっと早苗は北斗を倒しにいく可能性がある。そして場合によっては……

 

「霊夢さん、どうかしましたか?」

「いえ……原因がわかっていたら、何とかしてるわよ。今は情報収集中よ」

「そうですか……なら私も色々調べてみます。どちらが早く解決できるか勝負ですね!それでは!」

 

 早苗はマイペースに意気込みながら、何処かへ飛んで行ってしまう。結局何も言えなかった。早苗が北斗を殺してしまうようなことがあったら……一生眠れなくなりそうだから、仕方がないのだけれど。

 私はその背中を眺めて、安堵と苛立ちの混じった気色の悪い感情を持て余していた。

 

 

 

 結局、里で気になるようなものは見つからなかった。はっきり言ってほとんど無駄足だった。いまさらそれを悔やんでも仕方ない。

 私はせめて鈴奈庵の様子を見て帰えることにした。小鈴ちゃんのことだからパニックになっていそうだし。

 

「邪魔するわよ。小鈴ちゃん、大丈夫ー?」

 

 私はそう声を掛けながら暖簾をくぐって店に入る。その言葉に反応はない。

 店の奥に入っていくと、ソファに横たわった小鈴ちゃんと、それを看病する阿求の姿があった。

 

「ああ、霊夢。よかったわ、貴方も見えなくなっていなかったのね」

「そういうアンタもね。それより小鈴ちゃんはどうしたの?」

「それがね……こんな大規模な異変を目の前にして、半ば錯乱状態になっちゃって、倒れちゃったのよ」

「……ま、それが普通の反応よね」

 

 無理もない、突然里の人間が消えてしまったらこうもなってしまうだろう。私は手つきが危なっかしい阿求に代わって、小鈴ちゃんの看病にあたる。阿求はその様子を眺めていたが……ふと思い出したように口を開く。

 

「霊夢、ちょっと聞きたいのだけれど……この異変は北斗さんが関わっているの?」

「……へ?」

 

 私は重いのがけない言葉につい小鈴ちゃんの顔を拭おうとしていた布巾を取り落としてしまう。小鈴ちゃんの顔にそれが落ちてしまい、ピクリと肩が震えるが、それどころじゃない。

 

「どうして北斗の事を!?」

「え……?ちょうど昨日会ってお話を聞いたんだけど……」

「そうじゃなくて、どうして北斗のことを覚えているのよ!?」

「……霊夢さん、昨日の今日の話ですよ?『一度見た物を忘れない程度の能力』がなくたってそれくら誰でも覚えていますって」

 

 私は阿求の台詞で我に返る。そして同時に謎が解けた。どうやら阿求は、私と同じように今回の異変一つである『消えた人間を忘れさせる効果』が効いていないようだ。

 そこで私は思い切って、この異変について私が知っている限りの全てを話してみることにした。躊躇われたけど、北斗が関わっている可能性もすべて話した。

 ひとしきり話を聞き終えた阿求はしばらく瞑目して、溜め息を吐く様にやや溜めを作りながら呟いた。

 

「そう、ねぇ……確かにこの異変、北斗さんが起こしたのなら辻褄は合うわ」

「………………」

「しかし、それはただの状況証拠でしかない。まだ結論を出すには早いでしょう。ま、北斗さんの起こしたと言われる異変のだいたいはそうだけどね」

 

 阿求は片目で私を見て不敵にはにかむ。何だか安心してしまった心を見透かされたようで、ムッとしてしまう。私のそんな顔に反応も示さず、阿求は話を続ける。

 

「それより私が気になるのは、北斗さんの事を覚えている者についてです」

「覚えている者って……」

「今の所は私、貴女、そしてスキマ妖怪の八雲紫の三人です。おそらく私達は能力のお陰で忘却から免れています。まず私の能力ですが……これは説明不要ですよね。まさに正反対の能力ですから」

 

 そうだ、冷静に考えれば思い出しそうなものなのに、すっかり阿求の事を忘れていた。まあ、北斗と知り合いってことも知らなかったし、異変で気が動転していたし、仕方ないわね、うん。

 

「次は八雲紫の『境界を操る程度の能力』ですが……あくまで推測だけれど、スキマ妖怪は普段から『幻想郷と自分の境界を明確化』して、異変の影響を受け付けない様にしているのかもしれません。インチキくさいですね」

 

 インチキくさいのは同意だけれど、私は阿求の考察力に目を見張る。流石は『幻想郷縁起』の著者。妖怪の知識、分析に関しては間違いなく里一だろう。

 

「そして最後は霊夢だけど……どう思う?」

「知らないわよ。私は覚えていない奴らの方がおかしいって思ってるくらいよ」

 

 私は素直に思ったことを口にする。若干愚痴臭くなってしまったせいか、阿求は呆れたように頬を掻いた。

 

「適当ねぇ……ま、本人も分からないんじゃ私も分からないわ。強いて言うなら『空を飛ぶ程度の能力』が関わっていそうだけれど……」

「………………」

 

 私は自分が、北斗の影響で変わってしまったと思っている。けれど、私はこの異変の影響を受けていない。

 これは北斗が異変を起こしていない証拠になるんじゃないか、なんて頭に過るが……すぐに取り払う。自分の変化なんて主観で語れるものじゃないし、そんな曖昧なものじゃ紫どころか誰も納得しない。忘れよう。

 気付けばベットの小鈴ちゃんは安らかな寝息を立てていた。どうやら落ち着いたようだ。私は当初の目的を果たしたので、店を出ようとする。その背に、阿求が声を掛けてくる。

 

「さらには消えた者とそうでない者の違いもヒントになるかもしれないわね。霊夢、この異変について調べるなら気を付けなさい」

「分かった、そうするわ」

 

 私は背中越しに手を上げてそれに答えた。とりあえず、ちょっと余裕が出てきた。朝から何も食べていないし、食事を取りに神社に戻りましょうか。

 

 

 

 身体が発火しそうなほどの暑さの中、博麗神社に戻り縁側に出る。するとそこには紫と……その膝の上で眠る北斗の姿があった。

 

「なっ……北斗!」

 

 私は慌てて駆け寄り、北斗の首根っこを掴んで揺する。しかし、まるで人形を振り回しているかのように反応がない。肌は暖かいけれど、まるで死んでいるかのようだ。まさか……最悪の考えが過って一瞬固まってしまうが、そんな私の手を紫が掴む。

 

「無駄よ。北斗は今、自分のトラウマに縛られているわ」

「トラウマ……?」

「ええ、覚り妖怪の怒りを買ったようよ。そこで霊夢、貴方にやってほしいことがあるの」

 

 紫の言葉に私は心臓が跳ね上がる。思わず北斗の顔を見てしまう。顔色の悪い、うなされているみたい。酷い寝顔だ。

 

「わた、しは……」

 

 口から零れた声も震えていた。歯がカチカチ鳴り、今にも手の中のお祓い棒を落としてしまいそうだった。紫の次の一言を聞くのが怖い。耳を塞いでしまいたくなる。

 しかし、紫は私の心情を気にする様子もなくあっけなく……呟いた。

 

「彼を、北斗を助けて頂戴」


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