東方影響録   作:ナツゴレソ

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47.5 答えの出ない問い

 幻想郷も外の世界と変わらず連日熱帯夜が続いていた。私は鳥居の上で夜風にあたりながら酒をあおる。酒のあては幻想郷の夜景だ。明かりは僅か、里のあたりにまばらに見える程度だ。

 

「嫌われた、でしょうね」

 

 私は月を見上げながら自嘲する。しかし、その呟きは誰の耳にも届かない。虫の声が遠く鳴っている。物悲しい夏の夜だ。

 結局、霊夢は私に答えを聞かせてはくれなかった。私だって、残酷なことを強いていることは自覚している。けれど、幻想郷を守る者である博麗の巫女の使命は何より優先される。それは霊夢の命、いや私の命より重い。

 

「馬鹿ね、本当……」

 

 私は再度、自分を嗤う。何の権利があって私は霊夢にそんな使命を架しているのかしら?幻想郷を守りたいと願うのは私のエゴでしかない。遥か昔に結んだ約束を意固地になって貫き通しているだけ。

 龍神よ、貴方からすれば私は滑稽に見えるだろうか?

 天魔、私の理想は未だ夢物語に見えるかしら?

 

「ねえ、幻夢……貴方との約束、いつまで守ればいいの?」

 

 永劫に答えの失われた問いを月に投げかける。答えが欲しいわけじゃない。ただ、誰かに笑って欲しかった。

 

 

 

 しばらく黄昏ながら酒を飲んでいると鳥居の下に一つの影が現れる。

 

「紫様。北斗の行方が分かりました」

「早かったわね。ご苦労様」

 

 私はひざまづく藍を真上から覗き込みながら労いの声を掛けるけれど、藍は頭を下げたまま報告を始める。

 

「北斗のスマートフォンに式を隠しておいて助かりました。地下の反応だったため、特定が遅れて申し訳ありません」

「そんなことより北斗はどこにいるの?」

「……地霊殿です。おそらく古明地こいしもそこに」

「わかった、引き続き結界を監視しなさい」

 

 命令を下すと、藍は闇夜に姿を紛れて消える。私は盃に酒を注ぎながらスキマを開く。そこから見えたのは部屋の中で立ち尽くす北斗の姿だった。その瞳は虚ろで光がない。まるで木偶人形だ。

 

「これは……」

 

 意識がない。どうやら幻術……覚り妖怪にやられているようだ。心を読むだけの妖怪かと思っていたのだけれど、こんなこともできたのね。今後は注意しておきましょうか。

 しかし、どうしてこうなったのかしら?覚り妖怪本人から聞きたいところだけれど……地底の妖怪とは『地上の妖怪の旧地獄への不可侵』の約束をしている。今こうやって覗き見をしているのも厳密に言えばアウトな気がするけど……

 

「これ、北斗を連れて行っても何か言われるかしら?」

 

 私は一人でうーんと悩むが、他の妖怪も割と自由に出入りしてるし……いいわよね、うん。そう自分に言い聞かせて私は盃を飲み干してから、北斗の足元にスキマを作り回収する。

 ……霊夢にはああ言ったけれど、これで最悪の事は避けられそうね。私は北斗と一緒に隙間に入って、その顔に触れる。死んではいないけれど、冷たくなっていた。心が死ねば、身体も次第に壊死していくものだ。少し危ないわね。

 覚り妖怪の幻術、ということは北斗は何かしらのトラウマを見せられているだろう。私は北斗の額に手を当てて、意識を集中させる。『境界を操る程度の能力』。私はこれで私の意識と北斗の意識の境界を弄ってみることにした。目蓋の裏に外の世界の光景が広がっていく。私は眠るように北斗の意識の中へ潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 最初に降り立った場所は、寺の中で行われる葬儀場だった。しめやかに葬儀は行われているが、その入り口の前で参列者の女性二人がヒソヒソと話をしていた。

 

「またあの子だわ……」

「血縁だけじゃなくて、養子に取ってくれた家族まで……やっぱりアイツは死神だわ」

 

 死神……?一瞬彼岸にいる方が頭に浮かぶが、疎ましそうに話している女性二人の姿に私は眉をひそめる。奥に飾られた遺影には男性と女性、そして小さな女の子の顔があった。棺も位牌3つ用意されている。これは……

 

「俺が12歳ぐらいの時の光景ですよ」

 

 後ろから男の声がして、私は驚いて振り向く。そこにはやつれた姿で立つ北斗の姿があった。まるで幽鬼のようにふらついている。精神的にかなり参っているみたいね。

 

「盗み見とはあまり趣味がいいと思えませんね」

「ごめんあそばせ、私の姿が見えるのね」

「ええ……どういう理屈かはわからないですけどね」

 

 失念していたわ。私の意識と北斗の意識の境界を弄って夢の中へ入ったのだけれど……副作用で北斗も私の姿を認識出来てしまったようね。トラウマに打ち負かされて完全に意識をなくしていたわけじゃなかったのか……

 自分の過去を見られて取り乱すと思ったのだけれど、北斗はそうする気力もないのか実に落ち着いていた。

 

「まあ、いいですよ。自分から話したくはないですけど、わざわざひた隠しにしたかった訳でもないんで」

「あらあら、ご本人の解説付きかしら?」

 

 私は茶化してみると、北斗はいつもと変わらない苦々しい笑いを返してくる。けれど、それは能面のように思えてならなかった。

 

「構わないですけどね。まあ、そんな大したことじゃないですよ。俺は二度家族を失ってるんですよ。血縁と、その後引き取ってくれた親族を。どちらも交通事故です」

「……入口で話してたのが、言っていたわ。だから、貴方の事を死神呼ばわりしていたのね」

「ま、それだけじゃないんですけど……そんなところです」

 

 北斗は遺影を眺めながら目を細める。この死に北斗の能力が関わったかどうかは、私にも知り得ない。まったくの偶然でそれが起こることだって、当然あり得るけれど……なるほど、それで死神か。

 死の影響を与えるのは死神。安易な考えだ。けれど、その呪いにも似た決めつけが、押しつけが、レッテル張りが、時に本当になってしまうこともある。それこそが、幻想の本質なのだから。

 私は北斗の隣に並んで顔を見る。悲しそうであったけれど、懐かしそうな表情をしていた。

 

「父親と母親は小さいころに亡くなったから、よく知らないんだけど……この三人とは、本当の家族みたいだった」

「そう……」

「結局こんな別れ方をしてしまったけどね。親族からは疎まれて墓参りも仏壇で拝むことも許してもらえなかったから……夢か幻だとしても貴重だったよ」

 

 そんな強がりを言っているけれど……あの覚り妖怪がトラウマの一つとして見せているのだから、辛い光景には違いない。けれど、北斗は目を逸らすことはない。その横顔を見て……私はどうしてか、花見の時に霊夢が北斗から聞こうとした問いを思い出す。

 

「……どうして貴方は自分の死を望むのかしら?」

「………………」

 

 北斗は答えない。霊夢にすら答えなかった質問だ、私に答える道理はないのはわかっていたけれど……答えを待っている間に代わりに周囲の景色が変わっていく。いや、景色というより真っ暗な空間に飛ばされただけかしら。

 はっきり見えるのは自分と北斗の姿だけだけれど、まるで木霊の様に様々な声が聞こえてきた。

 

『近寄るなよ死神!俺も殺すつもりか!?』

『アレと同じクラスなの……私達もお祓い行かないといけないわ』

『君……死神の生まれ変わりとか言われてるんだよね。今度ホラー番組やるんだけど、ちょっと取材させてよ……』

 

 それは北斗を蔑み、疎み、嘲笑う言葉の雨だった。流石に私も顔をしかめてしまう。まるで呪詛を浴びているようだ。けれど、北斗は能面を張り付けたような無表情だ。感情が抜け落ちたような顔で立っている。

 

「……これが、貴方の答え?」

「………………」

 

 北斗は黙って言葉に耐え続けている。今までもこうやって耐えてきたのだろう。

 けれど、言葉は心を傷付け、傷口から病に掛かる。そして……その病は心を腐らせ、死に至らしめる。北斗は幻想郷に迷い込んだ時は、もうその病に掛かっていたのだろう。

 今回の異変、もし北斗が起こしたとしたのなら動機が分からなかったのだけれど……今、ようやくわかる。ああ、そうか。北斗はこの幻想郷に迷い込んだ時のようにすべての人から忘れ去られたかったのかもしれない。忘れられれば、傷付けることはない、と。

 

「けれどね、北斗……」

 

 私は立ち尽くすだけの少年の背にそっと寄り添う。まるで死体のような冷たい身体だった。

 外の世界ならいざ知らず、この幻想郷で自ら死を選ぶことは難しくない。でも貴方は絆を断ち切る方法、誰も悲しませない形を選んだ。それは……この幻想郷で得た絆を大切に思っているからよ。貴方は先の蓬莱人の件でそれを学んだはず、もうここには貴方の死を悲しむ人達がいるのよ。

 幻想郷はすべてを受け入れる。私の使命は幻想郷を守るだ。そして北斗、貴方はもう既に幻想郷の一部になったのよ。ならば私は……霊夢は……

 

 

 

 

 

 目を開けると、そこはスキマの空間内だった。私は未だ目覚めない北斗の髪を撫でる。この異変、きっと解決するだけならとても簡単だ。

 北斗の願いを叶えればいい。彼に孤独を与えればいい。けれどそれは『異変を終わらせた』だけであって、『幻想郷を守る』ことには繋がらない。

 ならどうすればいいのか。それはきっと私がいくら計算しようとも出ない答えだ。今に限っては、答えを出せるのはただ一人しかいない。

 

「私の出番はここまでね」

 

 今回も私は裏方へ徹しよう。物語を紡ぐのは私じゃない。

 だから、後は任せたわ。霊夢。


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