東方影響録   作:ナツゴレソ

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43.5 御阿礼の子

 幸運を感じずにいられない。まさか偶然にも今、一番話をしたかった人と会えるとは夢にも思っていなかった。

 輝星北斗。立夏の時期に前触れもなく起こった異変、里の人間の宗教不審の元凶と噂されている外来人だ。あの異変は里の人間ほぼ全員が巻き込まれる大規模なものだった。何故だが私には効かなかったけれど。

 彼がどうやって異変を引き起こしたか、また本当に彼が犯人なのか、その真相は不明だ。故に今のところ彼を、私がどうこうする気はないのだが……

 

「ほんの少しの時間でいいんです。お話できませんか!?」

 

 我ながらしつこいくらいに頼み込む。里内の信憑性ゼロの噂話なんて当てにできない、是非本人から話を聞いてみたかった。

 今回の異変で注目すべきは、その規模より『人間が起こした異変であること』と『その異変を自身で解決してしまった』という不可思議な二点にある。

 幻想郷の歴史を見ても、今までの異変にはないレアケースだ。どういう因果でそうなったか、何を思って自ら解決に至ろうとしたのか……単純な知識欲として、知りたかった。

 だから、思い切って声を掛けたのだけれど……北斗さんの反応は鈍い。困ったように頭を掻くだけだ。

 

「えっと……すみませんが、連れと行動しているのでまた今度にしてください」

「私なら構わないぜ。もう少しここで本を漁ってるからさー!」

 

 断ろうとする台詞を床に座った魔理沙に邪魔されて、北斗さんが恨めしそうな視線を送る。ナイス魔理沙、と言いたいところだったけれど……あからさまに嫌がる姿に、私は半ば諦めていた。

 強引に聞き出そうとすれば、心証を悪く持たれ真実を話してもらえないかもしれない。それじゃあ全く意味がない。

 仕方がなく今日は大人しく引き下がろうと諦めたその時、溜息を一つ挟んでから北斗さんが口を開く。

 

「わかりました。俺が答えられる限りでよければ話しますよ」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

 まさか受けてくれるとは考えていなかったので、私は思いがけず舞い上がってしまう。私は気の変わらないうちに北斗さんの手を取って、店に置かれたソファを勧める。

 

「ささ、座ってください! 本来なら是非私の屋敷でゆっくりお話を聞きたいところなんですが……それも手間でしょうから、ここでよろしいでしょうか?」

「ええ、まあ……どこでも気にしませんよ」

「いや、場所を変えて欲しいんだけど……?」

 

 横槍を入れる様に小鈴が文句を言ってくるが、気にせず近くにあった踏み台に腰掛ける。

 

「仕方ないでしょう? 男性をお屋敷に連れて行って、変な噂が立っても困るもの。北斗さんもこれ以上煩わしくなるのは本意ではないでしょう?」

「あー、はい。確かにそうですけど……」

「そういうこと。長居はしないわ。少しだけ場所を貸して頂戴!」

 

 私が両手を合わして頼み込むと小鈴は不承不承といった様子で手をヒラヒラさせ、本を読み始める。どうやら貸してくれるようだ。ごめんね、小鈴。

 私は内心で謝りながらソファに座る北斗さんに向かい合う。改めて観察してみると……見た目はごく普通の青年だ。

 文々。新聞には外来人だと名乗っていたが、衣服は里の者と同じ格好だ。着こなしは少し垢抜けているけれど。精々目を引くのは精々腰に煌びやかな装飾付きの刀くらいかしら?

 

「あの、それで俺から何が聞きたいんですか?」

 

 私がじっくり見回していると、痺れを切らしたように北斗が尋ねてくる。そういえばまだ自分の素性すら話していなかったかしら? 我ながら気が急き過ぎているわね、ちょっと落ち着かないと……

 私は和服を直し、咳払いを一つする。

 

「失礼しました。ではまず先に自己紹介を。私の家は代々『幻想郷縁起』という書物を書き残してきました。これは元々妖怪達から身を守るための知恵を伝えるために作られたものですが、現在では幻想郷で生きる妖怪や起こった異変を記録をするものとなっています」

「……なるほど、じゃあ以前の宗教迫害の異変について話せばいいんですか?」

「ええ、それもですが……北斗さん、私は貴方について詳しくお聞きしたいんですよ」

「………………」

 

 私の言葉に北斗さんは眉をひそめて押し黙る。その姿は、話したくないというより、話していいものか思案しているように見えた。

 北斗さんは現在博麗神社に居候している。最初この話を聞いたときは信じられなかったけれど……

 もし色恋云々ではなく、別の目的があるとしたら……?

 

「貴方の能力……『影響を与える程度の能力』とは一体何なのですか?」

「……ますます人里に来づらくなりそうだ」

 

 北斗さんは諦めたように独りごちて笑った。

 

 

 

 それから北斗さんは、私に様々な秘密を打ち明けてくれた。北斗さんが自身の能力で幻想入りしたこと、その能力のために博麗大結界に歪みが生じていること、そしてその能力で様々な異変が起こったことを。

 

「にわかに信じられないですね」

 

 特に、里の自殺者増加について聞いたときは流石に動揺を隠しきれなかった。

 博麗の巫女が監視をし、妖怪の賢者が危険視するのも頷ける。結界の問題だけではない。彼は幻想郷を滅ぼしかねない可能性を内包しすぎている。けれど、ある疑問が私の頭の中に浮かんだ。

 

「あの……どうしてこの話を私にしようと思ったんですか? いえ、紛れもなく聞きたかった内容ではあるんですけど、里の住人がこれを知れば貴方は……」

「ええ、今まで通り人里を歩けなくなるでしょう。そんなこと、俺だって望んでないですけど……人里に住む人たちにだって事実を知り、俺をどうするか考える権利はあると思うんです」

「それで貴方が敵と思われようとも?」

「仕方がないと思います。俺はただ信じてもらえるように努力するだけです」

 

 やや自暴自棄にも取れるけれど、実に真摯な態度だ。制御できない自分の能力に対して、精一杯責任を取ろうとしている。だからこそ異変の際も、自ら解決することを目指したのだろう。

 きっとそんな彼を知っているからこそ霊夢を含めた周囲の者達は危険と分かっていながらも、彼を見守るのだろう。向き合い続け、抗い続ける輝星北斗を……

 『影響を与える程度の能力』の本質は、霊夢達の能力を自身に反映させることでも、異変を生み出すことでもない。

 人に変化を与える能力。それこそ彼の真の力なのかもしれない。

 

「貴方のお気持ちはわかりました。しかし、今この話が広まっても里に混乱を招くだけです。このことは私の胸中に収めておきましょう。小鈴も、いいわね?」

「う、分かってますよ……けど、外来人もそんな能力を持った人がいるのねぇ。私は『妖魔本を読む程度の能力』でよかったわ」

 

 ホッとした表情で眼鏡をクイッと上げる小鈴を、私はジト目で見る。小鈴は小鈴で色んな異変は起こしているんだけど……規模や危険性に違いがあるだけで、同じ穴のムジナよ。

 しかし、その視線に気付く様子はなく、小鈴は頬杖を突く。

 

「けど、不老不死の話も出てきたりしてびっくりしました。興味があるわけじゃないけど」

「私は知っていたわよ。妹紅は歴代の『御阿礼の子』の何代かは彼女を見たことがあるし」

 

 ただ、不老不死が存在していることが里の人間の知るところになれば大混乱は必至だ。だから『幻想郷縁起』にも、本人達の事は書いても不老不死について明確な記述は避けているのだけれど。

 

「あの……名乗った時も言っていましたけど、その『御阿礼の子』って何なのですか?」

 

 北斗が不思議そうに訪ねてくる。それを聞いて小鈴が気まずそうに顔を逸らす。そんな気を遣う話でもないんだけどなぁ……

 私は着物の裾を正し北斗さんに向き直ってから、説明を始める。

 

「『御阿礼の子』とは初代当主稗田阿礼の生まれ変わりの呼び名です。私は9番目の転生体に当たります」

「転生……ずっと昔から記憶を受け継いでいるんですか?」

「正確には初代の『一度見た物を忘れない程度の能力』を引き継いでるんですよ。記憶はほとんど残ってません」

 

 まあ、たまに夢の中でそれらしいのを見ることがありますけれど。過去の記憶がどうかなんて記録でしか確かめられないですし。

 

「ただこの身体は30年ほどしか生きられないので、後世に自身の記憶を残そうと様々な記述を残したりするんですけど……あの、どうしました?」

「……いえ、何でもないです」

 

 北斗さんは、やけに難しい顔をしている。

 私のこの話を聞くと大抵手放しに羨ましがられるか同情されるのだが、北斗さんはそのどちらでもない、微妙な反応をしていた。何か思うところがあるのか、尋ねようとするが……

 

「不老不死に、転生、短い寿命、そして俺は……」

 

 目を瞑りながら呟いた北斗さんの呟きに、私は言葉を飲み込んでしまう。

 私は一度見た物は忘れないけれど、その表情は……特に、印象的だった。何かを諦めたような、寂しそうな顔だった。


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